強欲ヨ全テヲ喰ラエ 玖
先程までそこにあったはずのナインテールの死体が無くなっていることに気が付いた。
「…!?麒麟!!周囲を警戒しろ!ナインテールの姿が消えた!」
「嘘っそぉ!?OK、それじゃあお互いの影を警戒しよう、そうすれば出てきた瞬間に倒せる」
お互いがお互いの影を見張り合っているがナインテールは一向に姿を現さなかった。流石に痺れを切らしそうになった時、麒麟が大声で叫んだ。
「GENZI!!後ろ―――」
麒麟の言葉を最後まで聞く前に反射的にその場でしゃがんだ。元々俺の頭があったあたりを黒い触手、いや、黒い尻尾が通り過ぎた。
「アーア、避ケチマッタ…クヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
今まで聞いていたような狂気を孕んだ声ではなかった。底冷えするような、まるで雑音のような声。
変わったのは声だけではない。その姿形も先程までとは異なっていた。
先程までは腰に布を一枚だけ巻いた罪人、そういう格好をした男だった。
しかし今は、全身に包帯を巻いており、その包帯にはぎっしりと赤色で文字が書かれ、まるで何かを封印しているかのようだった。
「次ハ当テルゼ?」
そして何よりも変化した点。それは…
「っく…!」
気が付くと当たる寸前の所まで迫っていた尻尾を、ギリギリの所で『不知火』と『狂い桜』の二刀を使っていなす。
その攻撃は先程までよりも一段と速く、一段と重かった。バフの効果がまだ続いていたおかげで何とか反応することが出来たが、もしもバフの効果が切れていたらと思うとゾッとする。
そう、何よりも変化した点。それは九本の黒い触手がナインテールの尾骶骨の辺りから生えているということだ。俺達が今まで黒い触手だと思っていたものは、ナインテールの尻尾だったのだ。
「GENZI、加勢するぜ!さっきはお前の戦いをぼーっと見てただけだったからな!」
「助かる!」
麒麟が牽制として数発の弾丸をナインテールに発射した。
「羽虫ガ止マッテイルヨウダゾ」
しかし、ナインテールはそれをいとも容易く尻尾を使って叩き落した。
「マジ!?」
「フンッ!!」
九本の黒い尻尾が俺と麒麟を追跡する。何とか反撃しようとするが、フェイントを織り交ぜながら攻撃してくる動きに対応するので精一杯だった。
「麒麟!大丈夫か!」
「何とかね!でもこの状況が続いたらちょっと不味いかも!」
確かにそれはその通りだ。防戦一方のこの状況、何とかする手立てはないものか…
俺がナインテールの尻尾攻撃の動きをほんの少しだけ捉えることが出来たので、現状の打開策を考えることに頭のリソースを使う。
(今ある手持ちのスキルや装備、アイテム、ステータス、戦術…どうすればいいものか…)
その時麒麟が動いた。
「GENZI!!俺に考えがある、お前も俺の事を信じて付いてきてくれるか!?」
突然大声で呼ぶから何を言うのかと思えばそんなことか。俺は当たり前のことを返答する。
「勿論だ!麒麟の言うことを信じないはずがない!」
俺の言葉を聞いて麒麟はふっと笑みを零すと、その笑みを不敵なものに変え、ナインテールを正面に捉えた。
時間にすれば三分にも満たない僅かな時間の中での出来事。その間に交わされた言葉が麒麟の心を突き動かした。
「それじゃあ…ここからは俺の戦場だ…!!」
~~~~~~~~~
先程のGENZIの戦いを見て、俺はそれを呆然と見入ってしまった。舞うように戦うさまはまるで踊っているかの如く、当の本人は笑みを浮かべ、心の底から闘争…いや、闘争を楽しんでいるように見えた。
それを見たせいだろうか。心の底から沸き立つようなこの感情を抑えられなくなったのは。
「【――――――――――】ははっ!こっちだよ!!『ファイア』!」
「…クゥ…!」
ナインテールの脇腹を撃ち抜く。
形勢は逆転していた。防戦一方だった状況から完全に攻勢に転じている。
何故俺にそんなことが出来たのか。俺にはGENZIのようなセンスは無い、だが一つだけ勝つことが出来るものがあるとすれば…
「ガッ!?…ゴッ!……!!」
今度はナインテールの足を撃ち抜いた。
それはFPSで鍛えられた立ち回りと心理戦での力だ。勿論、心理戦での力など今の状況では意味をなさない。相手はモンスター、AIを積んでいるとしてもその程度の知能しか持ち合わせていないからだ。
なら何故こうも一方的な戦いとなっているのか。もう一つの強みを最大限有効活用しているためだ。
そう、立ち回り。これを極め、その極地とも言えるのが今のこの状況を生んでいる。
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俺はFPSを始めたばかりの頃、今とは違い全く勝てず、キルすることも出来なかった。勝率はほぼ0%と言っても過言ではない程に酷い戦績を叩きだし、VCでは暴言を吐かれ、挙句の果てには部屋からキックされるようになった。
それでも俺はFPSを辞めることはなかった。ただひたすらにFPSをプレイすることが楽しかったから。
まず俺は自分に足りないものが何か、それを考えた。今までのリプレイを見返しながら考え着いたのはエイム力の圧倒的欠如と非効率的な立ち回りを直すことだった。
欠点が分かるとマルチプレイから一時的に離れ、練習用のモードに籠り、BOT相手に練習し続けた。練習して、練習して、練習して…ついに普通と呼べるまでのエイムを獲得することができた。
そう、それだけ練習しても普通のエイム力しか手に入れることが出来なかった。それでも俺は諦めていなかった。まだ自分には立ち回りがあるじゃないか、と。
リプレイを見返し、相手の行動パターンを学習し、記憶する、BOTの動きを観察し、記憶する。これらを繰り返し、自信が付いたらマルチプレイに戻ってはぐうの音も出ない程やられそのリプレイを見返し改善点を出す。
そんなことを続けている内に俺は上達していき、周りの評価も改まり、今では日本トップクラスのプロチームに所属するにまで至った。
実力を認められるようになってからも俺はその練習を続けていた。そんなある時のことだ。俺はある時フレンドに指摘された。
お前は稀に姿を視認できなくなることがある、と言われたのだ。
俺も初めは何を言われているのか理解が出来なかった。だがフレンドの視点でリプレイを見返すことで理解してしまった。そして気が付いたのだ、俺の新たなる可能性に。
人間には必ず死角というものが存在する。それは勿論VRゲームの中であってもだ。例えば十字路になっている道で死角となる左の道路からいきなり車が飛び出して来たらどうなるだろうか。
答えは簡単、反応できずに轢かれる、だ。俺は戦闘の最中、無意識のうちに相手の死角に潜りこんでいたのだ。
それを見て考えた。もしもこれを意図的に、自分の意志で好きなタイミングに使えるようになれば俺はさらに高みを目指せると。
そこからは練習と研究、試行錯誤の日々だった。人間の視界がどれほどのものなのか、死角に入るにはどうすれば良いのか。そしてついに完成した技術、それが【インビジブルスペース】。
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「何処ニ消エタ!!」
ナインテールは俺の姿を視認できない。俺は奴の死角に潜り続けているからだ。
「『コンプレスバレット』」
「『コンプレスバレット』」
「『コンプレスバレット』」………
「…!!…ソコカ…!」
ナインテールは俺の声に反応し、尻尾で攻撃するがその攻撃が俺に当たることは無かった。無論自分でもこの技術の弱点は把握している。その対策をしないはずがない。
俺は移り変わるナインテールの死角に潜り続け、着々とナインテールを倒すためにGENZIにも見せなかった奥の手の準備を進める。
「『コンプレスバレット』」
「『コンプレスバレット』」
「『コンプレスバレット』」
「ッチ…今度コソハ…!」
先程と同じようにナインテールは俺の声が聞こえてきた場所に対して攻撃を加えてくる。だがその時には既に俺はその場から離れていた。
これだけ攻撃をしても相手に当たらず、相手の姿を視認することが出来ないとなれば次に相手がとる行動は容易に読むことが出来る。
(広範囲攻撃による無差別攻撃…)
「当タラナイノデアレバコウスルシカアルマイ!!」
ナインテールの行動は俺の読み通りであった。見たこともない動作を初め何か準備をしているようだった。
「GENZI!広範囲攻撃がくる!すぐに退避しろ!!」
「了解!」
俺の声を聞いた瞬間、すぐさま離れた位置までGENZIが避難したことを確認すると、ナインテールが口の端を歪めニヤリと笑みを作った。
「クヒヒ!仲間ガ逃ゲヨウトオ前ハ此処デ死ヌンダヨ!!」
「『黒死洞』」」
床に巨大な魔法陣のようなものが現れ、紫色に光輝いた。ここからは一か八かの賭けでしかないが、俺はその可能性に賭けて駆け出した。
するとその瞬間、地面の魔法陣がふっと消えた。そして、魔法陣の代わりに現れたのは果てしなく暗い闇だった。
(マズ…)
そう思った時には既に遅かった。俺の体は地面に広がる闇へと吸い込まれ、全身を全方位から圧縮されるような奇妙な感覚に陥った。
「麒麟!!」
遠くからGENZIの声が聞こえるが、今の俺がどういう状況なのかが理解できていなかった。すると目の前にウィンドウと共にアナウンスが流れる。
「プレイヤー麒麟の死亡を確認しました。30秒後に最後のセーブポイントへリスポーン致します」
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「麒麟!!」
俺は麒麟に言われた通り祭壇付近まで逃げたため、ナインテールの広範囲攻撃に巻き込まれなかったが、代わりに麒麟がその攻撃を喰らってしまった。
その技は遠目から見ていた感じ地面に巨大な闇を出現させ、その中に敵を吸い込むというもののようだった。
麒麟が吸い込まれたと思った瞬間に目の前にウィンドウが現れた。
「プレイヤー麒麟の死亡を確認しました。30秒後に最後のセーブポイントへリスポーン致します」
「嘘だろ…?」
麒麟の死亡を確認したというアナウンスが流れ一瞬呆然としてしまう。だが俺にはその死亡を取り消す手段に心当たりがあった。
(そういえば…)
マーガレットを撫でた時に出てきたアイテム、『世界樹の葉』。効果はざっとしか見ていなかったが確か効果の中にプレイヤーを蘇生することができる、という効果があった気がする。
急いでアイテムの説明を確認してみる。
『世界樹の葉』
世界樹ユグドラシルの頂上に生える葉。これを使えば如何なる傷、病を治し、死を回避することさえできる。
効果:HP・MPの全回復
全状態異常回復
蘇生
やはりそうだ。このアイテムを使えばまだ麒麟を蘇生することが出来る。今すぐにでも『世界樹の葉』を麒麟に使って蘇生させたいところだがそうもいかない。
まだナインテールの使った闇が残ったままなのだ。このままでは麒麟に近づくことはおろか、ナインテールに攻撃を加えることすら出来ない。
どうすればいいのか途方に暮れていると、岩壁を見てあることに気が付いた。
今までごつごつとしたただ岩壁だと思っていたものが明かりに照らされることによって、真の姿を現していた。その岩壁には壁画が描かれていたのだ。
それだけであれば目についたとしても無視していたことだろう。ただ、俺の見た壁画の一つがどうしても目について離れなかった。その壁画に描かれた状況と今の状況が非常に酷似していたからだ。
壁画には九本の黒い尻尾を持った怪物が描かれており、その下には黒い渦が描かれている。そしてそれと対応するように描かれた一人の人物は鎧を着て剣を持ち、怪物と戦っているようだった。
そしてその壁画には続きがあった。隣を見ると同じような壁画があり、その壁画では剣を持った人物が光り輝く玉を黒い渦の中に投げ入れることで、黒い渦を消していた。
もしもこの壁画が正しいとすれば『永光のオーブ』を、あの闇の中に放り投げることで全てが解決するということになる。ただ、あの壁画が正しいとも限らない。
しかし今そんなことを考えている余裕は無かった。麒麟を蘇生するためには30秒という短い時間の間に麒麟のもとに辿り着き、『世界樹の葉』を使用する必要がある。
俺は意を決すると『永光のオーブ』を闇の中に放り投げた。
今は春休みの期間となりましたので、毎日投稿を出来るよう頑張ります!
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