強欲ヨ全テヲ喰ラエ 陸
不吉なアナウンスの音と共に、脳内に鳴り響き続けていたファンファーレがようやく鳴り止んだ。
それと同時に目の前には複数のウィンドウが表示される。
「うお、すげー経験値だな!それにこれは…」
『黒炎の魔導書』
『墓守』のベールが愛用したとされる黒炎を習得することができる魔導書。
『ベールの遺骨』
途方もなく長い年月を墓守として過ごした者の強靭な骨。その骨を手にすれば、かの『墓守』のように俊敏な機動が出来るようになるだろう。
「目的の物とは違うけど、良い拾い物をしたな」
ピロンという通知音と共に右下に着信マークがついたので、着信マークをタップし確認してみる。
「げっ、GENZIの奴もうヴィートに着いたのか。俺も急がないと!」
慌てて多くのウィンドウを閉じると小走りで奥に進んでいく。するとまたしても階段があり、降りるとその先には祭壇のような物と『永光のオーブ』と思わしきものが祀られていた。
祭壇に近寄ると、一応手を合わせ神に『永光のオーブ』を貰っていく旨を念じた後にオーブを手に取った。
「よっしゃ!キーアイテムゲットぉ!それじゃあ早速…」
アイテムボックスから『転移のスクロール』を取り出しGENZIの待つ町の名前を呼んだ。
「転移!ヴィート!」
~~~~~~~~~
「と、いうわけだよGENZI君?」
「何で名探偵風に言ったんだよ。それでその手に持っている水晶玉みたいなのがキーアイテムなのか?」
「おうともさ。そういうGENZIの方はどうだった?」
「ん?俺の方はまあ、色々あってコイツ、マーガレットがペットになったりとかもしたけど無事に終わったよ」
そう言って肩の上に乗っているマーガレットの頭のアホ毛をつつくと、少し嫌そうな顔をしたのですぐに止めた。
「へ~そうなのか、俺も気になってたんだよな、その肩に止まってる白い鳥」
「じゃあ準備も出来たことだし行くか?」
「いや、もう少し装備を整えてから行こうぜ。俺、さっき良い素材を手に入れたからこれで俺達の装備を強化した方がいいだろぉ?」
確かに一理ある。まだ出来ることがあるなら全てやり切り、万全の状態で臨んだ方がいいに決まっている。
「そうだな、じゃあまずはガンツさんの所に行って武器防具を整えてもらおう」
「よっしゃ、じゃいくぜ~。転移!王都ゼルキア!」
~~~~~~~~~
安定の如く、そそくさと路地裏に入ると迷路のようになった道を突き進み、最短経路でガンツさんのいる鉄血武具工房を目指した。
鉄血武具工房の前に着くと、いつもなら開いているはずの木製の扉が閉まっており、不思議に思っていると、お構いなしに麒麟が大声で叫んだ。
「ガンツさーん!いらっしゃいますかー!!?」
流石に店の前で大声を出したためか、店内からズカズカと荒々しい足音が近付いてくるのが聞こえた。段々大きくなる音がピタリと止まったかと思うと、目の前の扉が勢いよく開いた。
「うるっさいぞ!!別にそんな大声で呼ぶ必要もないだろ!」
「ごめんごめん、ガンツさんは鍛冶仕事してる時とか集中してて全然話しを聞いてないからさ、大声で呼んだ方が良いかなって。テヘっ?」
その言葉にガンツさんはキレたのか、麒麟は音がするほど強烈な拳骨を喰らっていた。
「痛ってぇぇぇぇ!!」
「ふん…それで?今度は何の用だ?」
「はい、今回は…」
俺が説明しようとすると隣で痛がりながらも麒麟が話を被せてきた。
「今回は武器と防具の強化をお願いしたいんだよ、ガンツさん」
ニヤリと笑う麒麟の顔を見ると、ガンツさんはさらに拳骨を追加した。
「痛ったぁぁぁぁ!?」
そして何事も無かったかのように振り返ると、痛がる麒麟を無視して俺と仕事の話を再開した。
「なるほどな、それで素材はあるのか?」
「はい、そこでのたうち回ってる麒麟が持っています」
「おい、坊主。のたうち回ってないで早く素材を出せ」
「酷くねぇ……はい、どうぞ…」
麒麟は痛みに涙目になりながらも素材を取り出すとガンツさんに手渡した。
「強化したい武器と防具を置いてけ。三十分後くらいには完成してる」
その話を聞いて少し気になったことがあったので聞いてみた。
「あれ、今回は長いんですね。いつもならすぐに終わるのに」
「見た所この素材、名持ちの素材だろ?」
「ふふん!その通りですよ、ガンツさん。そしてそれは俺が倒したんですよ。俺が!」
痛みから復活した麒麟がドヤ顔を決めるとまたしてもガンツさんによる鉄拳制裁を加えられ、同じように床でのたうち回っていた。
「はぁ…で、名持ちってぇ奴はユニークには及ばなくともそれに近いもんなんだ。つまり、この素材は物凄く貴重ってことだな」
「はい」
「名持ちの素材を使った鍛冶はただでさえ時間がかかる。だが俺も鍛冶屋の端くれ、特上の素材があるなら最高の仕上がりにしてぇってもんだ。集中してやるとなるとそんくらいの時間がかかっちまう」
「なるほど…よろしくお願いします、ガンツさん」
「よろしく…お願い…します……」
「ふん、分かったならさっさと行け。気が散るわ」
追い出されるように店を後にした俺達は三十分間の時間はどう潰すか考えていた。
「俺はさっきの戦いでレベルアップしたからそのステータスポイントを割り振ろっかなぁ」
「それなら落ち着いた場所の方が良いだろ?良い店を知ってるんだ、付いてきてくれ」
そのまま路地裏を縫うようにして歩き、以前俺が使わせてもらった雰囲気の良い路地裏にあるあのカフェまで案内した。
店頭に着くとカフェは今日もやっているらしく、窓ガラスから暖色の光が漏れている。
ドアを開け店内に入ると、ドアベルの軽快な音とマスターの低い声が重なる。
「ご注文は?」
相変わらず不愛想だが、マスターのダンディーなその雰囲気が俺は好きだった。
「マスター、お久しぶりです」
「ん?ああ、この前来てた初心者の坊主か。隣の奴はフレンドか?」
「はい、他のゲームで知り合って仲良くしてる麒麟です」
「どうも、麒麟と言います」
ペコリと頭を下げると愛想よくマスターに笑いかける。
「ああ、よろしく。それで注文はどうする?」
「前回と同じものを」
「それじゃ俺もGENZIと同じものをお願いします」
実は麒麟だけでなく俺もステータスポイントを振り分けようと考えていたのだ。ただ、俺の場合は自分のではなく、マーガレットのものだが。
どうやらモンスターをペットにするとペットのステータスポイントを飼い主であるプレイヤーが割り振ることができるらしい。
マーガレットはステータスポイントを振る時にあるステータスを上げようとする嫌がる動作を見せたり嬉しそうな動作を見せた。
マーガレットの反応を見ながら完成したステータスはこんなものだ。
PetName:マーガレット
Gender:メス
Job:無職
Clan:無所属
HP:50
MP:200
STR:20
DEX:20
VIT:20
AGI:20
INT:100
MND:20
LUC:50
まあこのようになった。俺とは違い、万遍なくステータスが上がるかと思ったが俺ほどではないにしても随分と魔法よりの性能になったものだ。
スキルで魔法がなければ使えないんじゃないかと思って確認してみたところ、しっかりと魔法スキルを持っていた。
Skill
Active
Attack:『突進』
Defense:『ウイングガード』
Magic:『ホーリーライト』『シャイニングアロー』『リジェネレイト』『ハイヒール』『キュア』
Buff・Debuff:『雛鳥の応援・剛』『雛鳥の応援・堅』『雛鳥の応援・速』
Passive:『緑聖鳥の加護』
この通りである。そこで麒麟の方を見ると、ステータスポイントを割り振るわけでもなく、ただグダグダとだらけているだけであった。
「お前がステータスポイントを割り振りたいって言うから来たのに何でお前がステータスを決めてないんだよ…」
「いやぁごめんごめん。実は俺さ、LV60になったから三次職にジョブチェンジ出来るようになったことを今の今まですっかり忘れてたんだよね」
「お前なぁ…まあいいよ。麒麟が強くなる分にはこっちとしてもありがたいしな」
目の前のカウンターにそっとコーヒーカップが二つ差し出される。
「どうぞ」
出されたコーヒーを俺と麒麟は黙って受け取ると、口元に運んでいき、ゆっくりと飲んだ。やはり奥深く濃厚な香りと程よい苦味が癖になる味だ。
「やっぱり美味い!」
俺が美味いと言って飲んでいる間に麒麟はそのコーヒーを見たり、匂いを嗅いだりしていた。何をしているのかと訝しげに見ていると、ピタリとそれらの動作を止めマスターに言った。
「マスター、貴方現実のどこかで店を出していませんか?」
その言葉に俺は少し驚いたが同時に納得もした。これだけのものを出せるのだからリアルで店を出しているのではないかと思うのも分かる。
「いや、俺は出店してないよ。ただの趣味さ」
「そうですか…マスター、すごく美味しいコーヒーでした!ありがとうございます!」
気が付くと、少し真剣な顔をしていた麒麟はいつもの麒麟に戻っており、尚且ついつの間にかコーヒーを全て飲み干していた。
「また来ますね~!」
「え、あ、ちょっと待てって…!」
急いでコーヒーを飲み干すとカップをソーサーの上に戻し席を立つ。
「マスター、美味しかったです。また来ます!」
~~~~~~~~~
「遅いぞーGENZI」
「麒麟がいきなり行くからだろ?麒麟はこれから神殿で三次職にジョブチェンジしに行くんだよな?」
「そのつもりー。そのまま神殿でステータスポイントを割り振ってきちゃうわ」
「了解。じゃあ俺はこのままガンツさんに預けた装備を受け取りに行ってくる」
「じゃあ後で鉄血武具工房で待ち合わせってことでー」
そこで別れると、俺と麒麟は逆の方向へ歩いて行った。
鉄血武具工房に戻ると、今度は開いていたドアから店内に入る。しかし店内に人の気配がないため、まだ工房で鍛冶をしているんだろうと覗いてみると、案の定工房では汗だくで作業をする上裸のガンツさんの姿があった。
後ろから声を掛けようかとも思ったが集中している最中に声を掛けたら悪いと思ったので、その作業が終わるまで後ろから見学していることにした。
~~~~~~~~~
特に何事もなく神殿に着くと前回同様に神殿の奥に通され、祈りのポーズを捧げた。
すると目の前に四つの選択肢が表示された。
前回は三つだったのに今回は選択肢が四つ表示されたので気になって選択肢をザーッと流しながら見ていく。
一つ目は狙撃手。ただただ遠距離からの射撃を追求し続けた結果といえようこのクラスでは今のように近・中・遠ほどほどに使い分けるということが出来なくなるので無い。
二つ目は砲撃手。どでかい大砲を担ぎ、一撃でどんなモンスターだろうと殺すという脳筋スタイルのジョブのようで、自分には合わないのでこれも無い。
三つ目は上級銃士。純粋に今の銃士の性能を底上げし、便利で使いやすいスキルを多く取りそろえた理想的なジョブ。四つ目のジョブがなければ自分もこれを選んだことだろう。
そして気になっていた四つ目の選択肢。それは他の三つとは違い異彩を放っていた。
俺はその職業を迷いなく選んだ。GENZIが言っていた無性に惹かれて選んだ、というのはまさにこのような気持ちだったのだろうと今にして思う。
その変わったジョブに合わせてステータスポイントを割り振ると、GENZIの待つ鉄血武具工房へと急いだ。
~~~~~~~~~
しばらく待っていると、ガンツさんの作業が終了した。一息つくとこちらへ振り返り、俺の姿を見て驚いていた。
「いるならいるって言ってくれ、心臓に悪い」
「すいません、集中しているようだったので。完成ですか?」
「ああ、どれも最高の出来だ。ほら、見てみろ」
渡された俺の装備達を確認するとどれもが嘘のように強化されていた。俺と麒麟の装備は強化されたことで、強化前よりも目立って変更された点はあまりないのだが高級感のある物になっていた。
そして何よりも気になったのが布に包まれた謎の何かだった。
「ガンツさん、それは?」
「ああコイツか?これはあの坊主のための物だ。あとで坊主が来たら見せてやるよ」
「分かりました。気になっていたんですがガンツさんはどうして店を表通りに出さないんですか?」
これだけの腕を持っているのにこんな人目のつかない場所で鍛冶屋をしているのには何か理由があるのだろうと思い、失礼かもしれないが聞いてみた。
「別に理由っていう程のことじゃねえよ。ただ昔色々あってな。面倒ごとに巻き込まれたくないからこの路地裏で鍛冶屋をやってるってわけだ」
昔を懐かしむように、目を瞑り回想しているガンツさんと俺の間に何とも言えない雰囲気が漂っていると、勢いよく麒麟が店内に走り込んできた。
「待たせたな!GENZI!」
「ようやく来たか、坊主!」
そう言って布に包まれた何かを麒麟に向けてそっと投げた。
「おっと、これは…」
何かを受け取るとかかっていた布をそっと取った。
「『ロミオ』と『ジュリエット』?」
「その通りだ。だが見ての通り元の二丁に戻したわけじゃないがな」
確か『ロミオ』と『ジュリエット』というのは麒麟がガンツさんに作ってもらった二丁の対となる銃だったはずだ。だが被さっていた布を取り、見えた姿は一丁だった。
「ガンツさんでも修理はできませんでしたか…」
「ああ。だが、『ロミオ』に籠った思いはこの銃に受け継がれてるぜ。『ロミオ』と『ジュリエット』を組み合わせて作ったこの『ロージュエリオット』にな」
『ロージュエリオット』、そう呼ばれた銃はこれまでのマスケット銃のような外見でありながらウィンチェスターのようなリロードが出来るという点やそこはかとなく漂う高貴な雰囲気は変わりなかった。
ただ、一点だけ明らかに今までとは異なる点があった。銃身、バレルが二つ付いていたのだ。
「ガンツさん、これはダブルバレルか?」
「その通りだ。精度は落とさず、威力は単純計算で今までの倍だ。それと、坊主とGENZIの脚の防具にはその骨を砕いたものを散りばめておいた。だから特殊効果が付与されているはずだ」
「防具に特殊効果を付与するなんてことが出来るんですか?」
「ボスや名持ちの素材で武器や防具を作成したり強化したりすると、その素材となったモンスターに似た特殊効果が付与されるんだ」
脚装備を確認してみると確かに特殊効果が付与されていた。
『蛮竜の脛当て』
STR+25
DEX+3
VIT+2
特殊効果:『墓守』
『墓守』:一定のクールタイムを置くことで、任意のタイミングにて加速をすることができる。
「これは俺との相性が良さそうだな…」
「俺も、こんな効果を使ってやがったのかあんにゃろう…」
「まあ、そんなところか。それと坊主、これもやる」
今度は投げるわけではなく、麒麟に何かを手渡した。
麒麟が受け取った物は古式な短銃だった。
「これは?」
「お前が前来た時に二丁の銃で戦うって言ってただろ?『ロミオ』と『ジュリエット』が一つになっちまったら二丁で戦えなくなって困るだろ?」
「ガンツさん…やっぱりツンデ…ゴフッ…!」
ガンツさんに対して言ってはならないことを麒麟が言おうとした瞬間、ガンツさんの渾身のストレートが麒麟のみぞおちを突いた。
「GENZI、このクソ坊主連れて行け」
「あはは…了解です。ありがとうございました、ガンツさん。また来ます」
「ふん、とっとと行け」
店を出ると、時刻を確認する。
現在時刻は18:57。一度ログアウトして夕食などを済ませたらまた再集合といった具合だろうか。
俺達の出来ることは全てやり切った。決戦の時は近い。
その時こそ全てを出し切る時だ。沈みゆく夕日を見ながら胸に募る思いをそっとしまった。