剱虎ヨ切リ裂キ断チ切リ力ヲ示セ 肆
すいません!
ようやく実家から帰省したので、今日から投稿再開します。
半身を劫火に焼かれ、半身を己の血で紅く染め上げ。
それでいて尚、幾つもの傷を負った戦士の顔が浮かべたのは笑みだった。
獰猛で、快活に、それでいてどこか嬉しそうな、そんな笑顔。
俺には何故【ティルグリース】が笑みを浮かべるのか分からない。俺にとって今、最も大切なことはどうやって奴を倒すかということだけだ。
「……っまだ立ち上がるのかよ」
「まあな、お前が今使った技、あれは五輪之介の技だろ? まだまだ粗削りな所はあるが……よく一人であれだけ完成させたもんだ。お前の技の完成度は、これまで五輪之介と幾度となく戦ってきた俺が保証してやるよ」
片目を薄く閉じ、口端を吊り上げた【ティルグリース】は心底愉快そうにしている。
なるほど……それで先程からこうも機嫌がよさそうだったのか。
「俺も一介の剣士だ、お前のその技量に敬意を表し俺も技を使わせてもらうぞ」
「は……? お前さっきからあれやこれやと技使ってただろ、何を言って――」
「お前こそ何を言ってるんだGENZI、俺はこれまで一度も技なんて使ってないぞ」
嫌な考えが脳裏を過る。
仮に【ティルグリース】が言っていることが真実であるとするならば、これまで奴が戦闘中に繰り出したあの暴風も、あの雷も、それら全てが武器の性能、能力の範疇であるということになる。
そうなれば俺はただ武器を振るっているだけの、通常攻撃しかしてこない敵に対してこれだけの苦戦を強いられていたということになる。
この予感が自分の考え過ぎだと信じたくて、違うと言ってほしくて俺は【ティルグリース】に視線を向けた。
「これまでの戦いの中で、俺はただ剣を振っていただけだ。そこに技なんてものはねぇよ」
「はははっ! マジかよ……」
つまり奴は、これまででさえ手に負えない程に強大な敵だったというのに、さらに強くなるというのだ。今までの自然災害の如き力に加え、さらに【五輪之介】が使ったような殺気に満ちた剣技を放とうとしている。
そう、考えるだけで――。
「ん? かかっ! やっぱりお前も剣士なんだな、口ではあーだこうだと言っているが、顔は正直だぞ」
ああ、分かっているとも。
今俺が、お前のような笑みを浮かべていることくらい。
身体が浮き立つような高揚感。
拍動が早まり、全身がカッと熱く燃え上がる。
音ゲーと同じことだ、乗り越える壁は困難であれば困難であるほど興奮してくる。
「それじゃあお前の期待に応えなくちゃあなぁ? いくぜっ……!」
視線を僅かに【ティルグリース】のHPゲージへと向けた次の瞬間、【ティルグリース】が姿を消した。
「……っ!」
目を離したとは言っても一秒にも満たない極僅かな時間だ。
辺りに静寂が訪れる、風の音すら聞こえない無音の世界。
聞こえるのは心臓の鼓動の音だけ、【ティルグリース】の音は何も聞こえてこない。
辺りに注意を配り、どこから奴が現れようとも即座に動ける体勢で構えていると、その時は訪れた。
突如【ティルグリース】の音が足下に出現した。
「っ! そこか!」
俺の【餓血】が【ティルグリース】を捉えるよりも先に、奴は再び姿を眩ませた。
だが、今ので【ティルグリース】が姿を消すカラクリがある程度読み解けた。
恐らくだがあれも奴の剣の能力。
俺の足元に空いていた空間の裂け目のようなもの、今は消えてしまったが先程目にしたあれは間違いなく何かの裂け目だった。
つまり、奴の剣の能力は空間と空間を繋ぐ、若しくは空間を裂いて別空間に移動できる……そういった類のものだろう。
奴が姿を現すまでは音を捉えることは出来ない、なら出てきた瞬間を狙うのみ。
【ティルグリース】が姿を現すのは、奴の間合いの範囲のはず、そうなればある程度出現する場所は予想が立てられる。
再び静けさが訪れた空間、次の瞬間に【ティルグリース】の音を確かに捉えたが、それは俺の予想を裏切り、遠く離れた山頂の端だった。
「なにを……」
思わず言葉が漏れる。
視線の先、山頂の端に現れた【ティルグリース】は俺に向けて頭を下げていたからだ。
「すまん、折角の剣士の決闘、俺の中の罪が騒ぎ始めやがって無粋な真似をした。許してほしい」
深く頭を下げる【ティルグリース】を見て、俺は何とも言えない感覚に陥った。
奴の剣にかける情熱や誇りというものは自分には理解できない程に高いものだと理解したからだ。
「顔をあげてくれ、別に俺はその戦法を悪いとは欠片も思わない。お前の武器だ、どんな使い方をしようともお前の自由だろ」
「すまんな……俺が俺であれる時間もどうやら残り僅かみたいだ。最後に俺の技をお前に見せてやる、これを乗り越えればお前の実力を認めよう、そうすれば後は……これ以上は語らなくてもいいだろ」
【ティルグリース】が二振りの刀を構え相応する俺も二刀を構える。
そして、合図などなく、おもむろに俺達は地面を蹴った。
僅かに土煙を登らせ、一気に肉薄する。
【ティルグリース】は鞘から抜いた刀を構え、斬りかかると思いきや俺を跳び越え、背後に回った。反射的に振り返ると、二刀流の構えで無理矢理居合の型を作ったような歪な格好をした【ティルグリース】の姿が目に入る。
瞳を閉じ、静かに息を吐く音が耳に届く。
奴を中心に流れる冷気が身体を包み込むような感覚を感じた直後、奴の音が俺に危険だと警鐘を鳴らした。
「『壱の型・隼斬り』」
警鐘に身構えた俺は咄嗟に刀を交差させ、直後、奴の姿が消える。
だが、今度は剣の力で消えたのではない、【ティルグリース】自身の力でだ。
俺には確かに奴の動きが分かる、だが間に合わない。
腰を落とした体勢からどうやればそのような瞬発力を得られるのかという疑問しか出てこない。
【ティルグリース】は俺の目の前で刀を振りかぶっていた。
「くっ! 『鏡花水月』ッ!」
咄嗟の判断で『鏡花水月』を発動させ、俺の形をした水人形を【ティルグリース】が切り結んだ。
斬撃による風圧が一足遅れて吹き乱れ、あまりの迫力に鳥肌が立つ。
このまま奴に接近を許すのは危険だと判断し、距離を置こうとステップを踏むと、【ティルグリース】の視線が俺と交差した。
獰猛な笑みを浮かべると、【ティルグリース】は再び腰を落とし、あの構えを取る。
「『壱の型・隼斬り』」
「っくぅっ!!」
甲高い金属音を鳴らし、【ティルグリース】の刀と俺の二刀が交差する。
一度見たことで動きをある程度把握したため、何とか反応することが出来たがそれにしても早すぎる。
圧倒的な速度に加え、その剣に乗せられた重さもこれまでの剣戟がお遊びだと思えるほどに重い。
「おぉ……ぉぉぉぉおおおッ!!」
気合を込め、吠声をあげながら刀を振り上げる。
交差した刀が弾かれ隙を見せた【ティルグリース】の脇腹に、体を回転させ、回転に合わせて刀を振るう。間違いなく入ったと確信した一撃、だが次の瞬間捉えた音はこれまで聞いたことのないものだった。
不気味さと直感で攻撃を中止し、瞬時に身を引くと同時に【ティルグリース】が技を放つ。
「『虎剱・拳虎弐連』」
いつの間にか【草薙剣】を手放した【ティルグリース】が放ったのは、空いた拳による拳撃と右手の剣による二連撃だった。
ただの拳撃ではない。勢い余った拳が地面に激突し、激突した地面は、その一点を中心に同心円状の亀裂が入る。
地震かと見紛うばかりの震動を起こし、拳が外れたと分かるや否や既に【ティルグリース】は地面を蹴り、俺へと接近していた。
「しまっ!?」
「『虎剱・脚虎二連』」
鋭い蹴りが俺のみぞおちへと的確に繰り出される。
何とか身体を逸らすことで蹴りを躱すが、【ティルグリース】は蹴りを放った足を軸に飛び上がり、空中で体を捻りながら剣を俺の首元に振り下ろした。
スキルを発動することも間に合わない、回避することもままならない。
間違いなく、絶命することが決定づけられた一撃。
だが、最後の瞬間まで諦めはしない。
例え絶命することが分かり切っていたとしても、最後の最後まで相手の手の内を暴く。
さながら音ゲーで曲の研究を重ねるように、【ティルグリース】の動きを捉え続ける。
死の間際だからかあり得ない程に遅延された時間も終わりが来る。
首元を正確に捉えた刀が、吸い込まれるようにして俺の首を断つ。
「……ん……何だ、俺生きてるのか?」
待てどもその時が来ず、視線を向けると、刀を取り落とした【ティルグリース】の姿がそこにあった。