音ゲーマニアが情報収集するようですよ GENZI編
街の中央部に雲を突き抜ける程高い大樹が聳える街、森都【アルブ】。
広場の中心に設置された噴水から噴き出す水は、魔法の力によってその姿を妖精や龍へと変化させている。
街行く人々は全体的に森精族が多く、殆どのプレイヤーが魔法使いやそれに準ずる職業が大半を占めている。
空飛ぶ箒に跨った魔女や、大量の物資を乗せた空飛ぶ絨毯に乗った商人が飛び交う街の中、GENZIは広場の隅にあるベンチに腰掛け項垂れていた。
「はぁ……皆はもう何かしらの情報を掴んだみたいなのに、俺は一切情報が掴めてない……」
GENZIのメールボックスには初めに麒麟、次にぽてとさらーだから情報を得たという報告が入り、つい先程クロエからも情報を手に入れたというメールが入った。
GENZIは自分が言い出したことであるが故に、当の本人が一番何も掴めていないということが他のメンバーたちに申し訳なく思っていた。
深く溜息をついていると、ベンチの前を横切った二人のプレイヤーの会話がGENZIの耳に入ってくる。
「――でさ~、あ、そういえば覚えてるか? 秘境の魔女のこと」
「あー覚えてる覚えてる、確かサービス当初に発見されたよく分かんないNPCだよな? 最高級のポーション系のアイテムを作れるだけのパラメーターを持ってるのに作ってくれないっていう」
秘境の魔女、それはGENZIにとっても聞き覚えのある言葉だった。
かつてナインテールと戦うための準備としてカトレア連邦を訪れた際、対ナインテール戦で活躍することとなった【エリクシル】を譲ってくれたNPCこそが、秘境の魔女レヴィアだったからだ。
「そうそう、実はその秘境の魔女にさ、ポーションのことじゃなくて全く関係のないクエストの相談をした変な奴がいたんだよ」
「それで?」
「そしたら何と! 的確な返答が返ってきたらしいぞ。秘境の魔女の言う通りにクエストを勧めたら見事大成功、おまけに追加報酬まで貰えたって噂だ」
「へぇ~……あ、もしかして最近噂の助言の魔女って……」
「その通り、秘境の魔女は今では助言の魔女としてまたしても有名になったんだよ」
二人のプレイヤーがベンチから離れていくと、GENZIはゆっくりと腰を上げた。
盗み聞きする気ではなかったが、聞こえてしまったものは仕方ないと自分に言い聞かせると、GENZIは森都【アルブ】の北門を抜け、【アルブ】のさらに北上したところにひっそりと建つ、魔女の家へと向けて歩き始めた。
「久しぶりだな、ここも」
鬱蒼と針葉樹が茂る森の中、一か所だけ陽が差し込む場所が現れる。
そこには水溜まりが一つと、その周りを囲むように色とりどりの花々が植えられている。
GENZIは予め取ってきていた白のアネモネを取り出すと、水溜まりの上に落とした。
すると景色が一変した。
先程までそこにあった木々は消え、目の前には煉瓦造りの煙突から煙を立ち昇らせる小さな一軒家が姿を現した。
迷うことなく歩み寄ると、GENZIはドアをノックする。
「どうぞ」
家の中から声が響き、ドアを開けると夏だというのに火の点いた暖炉の傍で揺り椅子に座り、分厚い本に目を通す魔女の姿がそこにはあった。
以前あった時と同じように、紫色の艶やかな長髪をおろした魔女の姿を見て、思わずドキリとさせられる。大人の色香というものを正に体現したようなその見た目に、GENZIはいつになく緊張してしまった。
「あら、GENZIじゃない。あの後ちゃんと五輪之介からの依頼は達成できたかしら」
「ああ、おかげさまで。それで今日はまたまたお願いがあって来たんだけど……」
「何かしら?」
レヴィアは魔法で椅子を作り出すと、GENZIに座るよう促した。
GENZIは席に着くと口を開いた。
「ティルグリースというモンスターのことを知ってるか?」
「ティルグリース……そう、アイツももう……」
「あの、レヴィさん?」
「あ、ごめんなさい。ティルグリースの話だったわね」
レヴィアはGENZIが【ティルグリース】の名を出すと、GENZIには少し落ち込んでいるように見えた。
少し心配になったGENZIが声を掛けると、そこには先程の沈んだ表情を見せるレヴィアはおらず、いつも通りの調子のレヴィアに戻っていた。
「ティルグリースのことは知っているわ、それでGENZIは何を知りたいのかしら」
「アイツの事を倒す方法が知りたいんだ」
「……その前にいいかしら、貴方はユニークモンスターと呼ばれる存在をこれまでに何人……いえ、何匹討伐した?」
何故そのようなことを聞くのか、とGENZIは考えたが素直に答えた。
「これまでに……四人と戦って二人討伐した」
「そう……それじゃあティルグリースはまだまだ本領を発揮していないわけね。なら、全然勝機はあるわ。それじゃあティルグリースに勝つ方法を教えてあげましょう」
対面に座ったGENZIは固唾を飲み、場は緊張感を帯びる。
「剣で戦って実力を認めさせることよ」
「……は? いやいやいや、だって俺、もうすでに一回負けてるんだよ? それにあいつ、ユニークモンスターだぞ?」
「ええ、でもティルグリースはまだ正気を完全に失っていないんじゃないかしら?」
「……」
そのことをGENZIはまだレヴィアに話していなかった。
なのにレヴィアはそれを知っている、その事実にGENZIの前身が寒気立つ。
それはまるで、GENZIの行動を見ていたかのような。
GENZIの様子がどこか緊張感を帯びたことを感じ取ったレヴィアは、苦笑いを浮かべた。
「別に監視してたわけじゃないわ、アイツの意志の強さならまだ原初の罪に抗っていてもおかしくないって思っただけよ。でもGENZIの反応を見る限り、まだティルグリースに自我が残っているということよね」
「一応、な。それでもティルグリース曰く、半分以上精神を蝕まれているらしい。それで、ティルグリースの精神が保てるのも二日後までが限界だとも言っていた」
「そう……それなら尚の事今の内に剣で実力を認めさせるべきだわ。多分、ティルグリースはまだ自分の意志で自害することが出来る。今貴方の力を認めれば、即座にあいつなら自害するはずよ」
レヴィアは真剣な顔でそう言う。
だが、それがGENZIには奇妙に思えてならなかった。
何故、剣の実力を認めさせることでティルグリースが自害するのか。
何故、レヴィアはそこまでティルグリースの事を知っているのか。
何故、【原初の罪】のことを知っているのか。
「不思議そうな顔をしているわね。まあ無理もないわ、ユニークモンスター、過去の七柱のことを知る人物なんて、限られてくるもの……」
「七柱……?」
「あら、まだ誰も教えていなかったの。それなら私が教えるのは止しておきましょう。貴方がティルグリースに勝った時、ティルグリースに聞いてごらんなさい」
優しく微笑んだレヴィアは席を立ちあがるとGENZIに近づいた。
GENZIがレヴィアのことを見上げると、レヴィアは白いシルクの手袋を嵌めた手でGENZIの頭をそっと撫でた。
「な、何をっ!?」
「あら、そんなに驚くことかしら? 意外と初心なのね、照れ屋さん?」
顔を赤く染めたGENZIが驚きのあまり悲鳴をあげると、レヴィアはクスクスと笑いながらその手をどけた。
GENZIも既に高校生、その年になって頭を撫でられることなどそうそうない。
ましてや撫でた相手が超が付くほどの美人であったため内心嬉しくもあったが、それ以上に驚愕が勝ってしまった。
「GENZI貴方はよくやってくれているわ、この世界のために。貴方にその実感は無いのでしょうけれど、それでも言わせて。ありがとう、世界の導き手さん」
「それはどういう意味――」
GENZIが質問しようとした瞬間、視界は揺らぎ、いつの間にかGENZIは元の森へと強制的に戻されていた。
そこに煙突から煙の立つ小さな一軒家の姿は無く、周りにあるのは鬱蒼と生い茂る針葉樹と、花に囲まれた水溜まりだけだ。
「……まあいいか、また今度来た時に聞けばいいだけの話だしな」
GENZIは踵を返し、魔女の家を後にする。
情報は僅かだが手に入った。
これで全員の情報を統合し、残るはティルグリースとの決戦を控えるのみ。
GENZIはクランのメンバーである麒麟達全員に連絡を送ると、後日、クランのホームにて話し合うことが決定した。