音ゲーマニアが情報収集するようですよ クロエ前編
「ふぅ……ここに来るのは久しぶりですね」
ディバイン神聖国の中心、聖都【ディバイン】。
クロエは教皇が住まう聖城の目と鼻の先、中央に石像が置かれた広場に転移した。
ディバイン神聖国の国教であり、UEOの世界で崇められる神の一柱、【ユスティーツィア】の石像の周りには、敬虔な信徒たちが祈りを捧げている姿も見受けられる。
中央広場に転移したクロエは、迷うことなく教皇の座す聖城へと歩を進めた。
タイル張りの道を歩き、聖城へと続く幅広の階段を登っていくと巨大な石造りの門が姿を現した。
前には何人もの門兵が待機しており、近づいてくるクロエの存在に気が付き警戒し始める。
右手には槍を、左手には盾を構えた門兵達は遂に階段を登り終え、自分達の前へと姿を見せた純白の鎧に身を包んだクロエに集中した。
「貴殿は何者か! 何用で聖城に参った!」
「私はクロエと申します。教皇様に拝謁したく、参りました」
「それはならん! 教皇様はお忙しいのだ! 先約もしていない者を通すわけにはいかん!」
強情な門兵にクロエが困り果てていると、奥から門兵の大声を聞きとり、一人の門兵が姿を見せた。
門兵の鎧の右肩に施された刺繍は、他の門兵たちが一本の剣なのに対し、二本の剣が施されている。その男の顔を見て、クロエは思わず声を漏らした。
男は少し眉間に皺を寄せると、門兵と揉めている人物の顔を見て駆け出した。
「クロエ様っ! お久しぶりですね、本日はどうなされたのですか?」
「お久しぶりです、ジークさん。実は少しこの国に立ち寄る事情が出来たので、教皇様に挨拶をしに行こうかと思いまして」
「おお! そうだったのですか! それではどうぞ中へ」
二人の親し気なやり取りを傍から呆然と見ていた門兵たちは、何が何やら分からぬと言った様子で大門をくぐり抜けていく自らの上司と見知らぬ少女の背を見守った。
だが、納得がいかなかったのか、一人の門兵が聖城へ向けて歩き出すジークを呼び止めた。
「すいません! ジーク様、その方とは一体どういったご関係なのでしょうか?」
「む、そうか、お前たちはあの時いなかったものな。この方は以前、この国をお救いになられた救国の聖女様だ。その功績を認められ、聖剣姫の職業に就くことを教皇様が直々にお認めになられた御方なんだぞ」
「聖剣姫……!? ということは、その方は枢機卿と同じ位であるとおっしゃるのですか!?」
門兵の悲鳴にも似た絶叫にジークは苦笑を交えながら頷き返すと、門兵たちは口を開いたまま唖然としてしまった。
去り際にクロエがお辞儀をすると、はっと我に返った門兵たちは先程のような威勢は既に無く、勢いよくビシッと音が鳴りそうな程奇麗な敬礼を見せた。
「それにしてもジークさん、その右肩の刺繍……」
「ええ、まあ。恥ずかしながら私も守護騎士の任を賜りまして、今ではこうして部下もいる身となったわけです」
ディバイン神聖国の国教であるユスティーツィア教では、教皇を頂点とするピラミッド型の体制が出来ている。
下から数えて行けば、信徒、神兵・修道士、守護騎士・司祭、聖騎士・司教、聖人・聖女・大司教、聖剣姫・聖剣王・枢機卿、教皇という順に位が分かれている。
「それでは、私が同行できるのはここまでです。聖城内は三階級以上の者しか立ち入れない決まり、ここから先のことは教皇様のお付きの者に頼んでおきましたので、ご安心下さい」
ジークは腰を折り、騎士の一礼をすると踵を返し、門の方へと向けて歩き出した。
歩き去っていくジークに深々とお辞儀をすると、クロエもジークに背を向け、聖城の中へと歩を進めた。入場すると、クロエの目の前には一人の修道服を身に纏った女性が立っていた。
「クロエ様ですね?」
「はい、そうです」
「畏まりました、それではこちらへ」
修道女に案内されるまま、後をついていくと一つの扉の前に案内される。
絢爛な装飾が施されているわけでもなく、ごく普通の扉。
扉として役割が出来れば良いという考えの元に作られただろう扉を修道女が二度ノックした。
「どうぞ」
中から穏和な声が返され、「失礼します」と修道女が先行する。
部屋の中は、中央にテーブルを挟んで二つの椅子、奥に事務仕事用の幅広の机が置かれるのみで、教皇の部屋とは思えない程に質素なつくりをしている。
修道女に続いてクロエが中に入ると、窓際に立った一人の老いた男性の姿が目に入る。
男は窓の外から目を離し、クロエの方に視線を向けると、柔和な笑みを浮かべる。
優しく包み込むような笑みを見れば、誰とは言わずともこの男性こそが教皇なのだと分かってしまう。
「お久しぶりです、教皇様」
「お久しぶりですね、クロエ」
教皇にお辞儀をすると、教皇は窓際から移動し、部屋の中央にある椅子に腰かけ、クロエにも対面の椅子に座るよう促した。
「さて、クロエ。今日は私にどのような用でしょうか?」
「あ、いえ、特に用というほどの用事でもないのですが、この国に少し用事があったので。せっかくですから教皇に挨拶をと思ったのです」
「ふふ、そうでしたか。それでは、少し興味本位で聞きますが、クロエの用事とはどのようなものでしょう? よろしければ私にも教えてください」
クロエは少し考え込むような素振りを見せた後、口を開いた。
「実は、少し情報を集めに来たんです。今、私は仲間と共に強大な敵と戦っています。一度敗北し、それで私達のリーダーが今は強くなるために出来ることをしよう、と言ったのです。それで、今はこうしてその強大な敵に関する情報を集めに来たという訳です」
「なるほど……その強大な敵というのはどのような敵なのでしょうか?」
「そう……ですね……私達もあまり分かっていないのです。それがティルグリースというモンスターであることくらいしか……」
【ティルグリース】、その名前が出てきた瞬間、教皇が息を飲んだ。
その様子は対面で話していたクロエも感じ取り、疑問に思っていると、教皇が問いかけた。
「ティルグリース……それは仟剱のティルグリースの事ですね……。よもやかの魔物と対峙することになろうとは……」
「っ! 教皇様はティルグリースのことをご存知なのですか!?」
「はい、知っていますとも。ですがそうですね……そういうことであれば、私よりも適任が居ます。貴方がよく知り、貴方の事をよく知っている者です」
―私がよく知っていて、私の事をよく知っている人……。そんな人……。
はっと何かを思い出したのかクロエが口を開けた。
「まさか、星光龍ステラ様のことですか?」
クロエが思ったことをそのまま口にすると、教皇はニコリと頷いた。
「はい、その通りです。クロエ、貴方ももともとステラ様のことを尋ねるつもりでこの国へ来たのではありませんか?」
「はい……流石ですね、まさかたったあれだけの話の中から私の目的まで見抜くなんて……」
「ふふ、クロエが分かりやすいだけですよ。クロエ、ステラ様に拝謁するのであれば、もう聖城を出なさい。あそこは転移魔法払いの結界が張られていますから、自らの足で向かう必要がある。ですから早く向かった方が良いと思いますよ」
さあさあ、と急かされるまま教皇に促され、クロエは聖城を後にした。
最後に教皇に礼を言い、お辞儀をすると、教皇はユスティーツィア教に伝わる印を切ると、クロエの姿が見えなくなるまで深々とお辞儀をした。
「教皇様への挨拶も終わりましたし、ステラ様の元へ向かいましょうか」
【ディバイン】の街並みは正に中世ヨーロッパという雰囲気で煉瓦造りの建物が立ち並ぶ。
街行く人々の顔には【バルバロス】を行き交う人々とは違う活気で満ちていた。
人々は一人として下を向いている者はおらず、皆が前を向いて歩き、困っている者がいれば率先して助け、町は笑顔と感謝で溢れている。
それも一重にディバイン神聖国の国教であるユスティーツィア教の主神【ユスティーツィア】が正義を司る神であり、善行を取る人を好むことが影響している。
「サラっ!!」
「あ、危ないっ!」
何気なしに歩いていると、道に転がっていく林檎を追った少女の横から馬車が迫っていた。
このままでは間に合わない、そう即座に判断したクロエは躊躇いなく翼を展開させ、翼を羽ばたかせる。それによって得られた推進力を活用し、間一髪という所で少女のことを抱きかかえてその場を離脱することが出来た。
馬車の御者が慌てて飛び出てくると少女の身を案じ、クロエが助けたことが分かると泣いて感謝し、少女にも頭を下げた。
去り際に何度も頭を下げながら御者は再び馬車に乗り込み、行ってしまった。
「サラっ!」
「ママっ!!」
何が起きたのか分からないと言った様子でぼんやりとしていた少女の元に、一人の女性が走り寄ってきた。女性は少女の名前を呼ぶと、抱きしめる。
それでようやく状況が分かってきたのか、少女はそれまでの恐怖が溢れ出したかのように泣きながら母親に抱き着いた。
「貴方が助けてくださらなかったらサラは……本当にありがとうございます! 何とお礼を言っていいのか……」
「そんな、気にしないでください。当然のことをしたまでですよ。サラちゃん? 貴方ももう少し周りに注意しなきゃ駄目だよ? 分かったね?」
「うん! ありがとう! お姉ちゃん!」
瞳の端に涙を浮かべながら、それでも笑みで手を振ってくれた少女に手を振り返すと、クロエは再び歩き出す。
その様子を見ていた街行く人々は口を揃えてこう言ったという。
天使が少女の命を救ったのだ、と。
こうしてクロエは知らず知らずのうちに隠しパラメーターである善行値を溜めていくのだった。