強欲ヨ全テヲ喰ラエ 伍
階段を下りた先は薄暗い通路が広がっていた。明かりは無く、薄っすらと足元が見える程度だ。
アイテムボックスから『松明』を取り出すと、自動的に火が灯り、周りを照らしてくれる。
「おー、納骨堂って言ってただけあって骸骨がいっぱいだぁ…」
通路の左右の壁面にはびっしりと骸骨が積まれており、全ての骸骨がこちらを見ているように思えてならない。
そのまま通路を直進していくと、十字路に出た。
(確か、シスターは迷路みたいになってるって言ってたよね)
こういう時は勘に頼らず、ルートを一つずつ潰していくのが良いと昔とあるRPGの攻略本で見た。
その攻略本に倣い、左から順に通路を通っていくことにした。
通路を歩いていると、また同じような十字路に出る。その通路でも左の道を選び進んでいく。
するとまた十字路が現れた。
「これ、もしかしてループしてる?」
何となく胸の内に湧いた疑念を口に出してみると、本当にそのような気がしてならなかった。不安な気持ちを抑え同じように道を進んでいく。
「やっぱりかぁ…」
先程と同様に十字路に逆戻りをすることとなった。左が駄目ならば前と右の道はどうなのかと考え、進むが結果は同様に十字路に戻ってきてしまった。
ふと思ったが、マップを見ればすぐにこの迷路を突破できるのではないか、と考えた俺はすぐにマップを確認してみた。勿論、マップは使い物にならなかったが。
どうやらこの納骨堂はシステム的にマップを開けない仕組みになっているらしい。仕方がないので別の方法をとることにした。
俺は進んだ道々で、髑髏を進んできた道の方に向けることで印を付けながら何度も何度も進んでは十字路に戻された。何度やったのかは分からないがそこまで時間が経たずに何となくこの場所の仕様が読めてきた。
試している間に分かったことだが、どうやらこの納骨堂が広大な広さを持つというのは本当らしい。FPSでマップを覚えるように、頭の中でマップを描きながら進んでいたので間違いない。
同じような十字路が縦に十、横に三十、合計で三百個の十字路が存在する。だが、ただ広いだけでもないようだ。俺が最初にした推測はあながち間違いでもなく、十字路でどこかの道を通ると別の十字路にワープするようだ。
それだけを聞くと、三百の十字路をワープし続けるとすればゴールにたどり着くなんて無理だ、そう思うだろう。ただ、勿論対抗手段がないわけではない。
このワープには規則性が存在する。縦列をA~J、横列を1~30と考え、脳内マップの中に何処を通ると何処にワープするのかを書いていく。
そうすることで出来上がったマップを見ると一つの道筋が現れた。その道だけが他の何処ともワープするはずがないのだ。
俺は迷わずその道へ、脳内マップを頼りに歩みを進めた。
そしておかしな通路に辿り着くと、そのまま道を通る。すると先程までに目が腐るほど見た、忌々しい十字路の姿はそこに無かった。
「ふうーようやく迷路突破かぁ、これでようやく『永光のオーブ』が手に入…る…?」
シスターの話を聞いていた限り、迷路を踏破したら『永光のオーブ』が手に入ると思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
俺の目の前にはさらに地下へと進む階段が見えていた。
~~~~~~~~~
「あ…行ってしまったわ…」
「あの冒険者様は大丈夫でしょうか…一層の迷路もそうですが、それよりも二層の方が心配ですわ…」
胸元からタリスマンを取り出し、両手で握り締めると、納骨堂の中へ旅立った冒険者に向けて祈りを捧げた。
「女神テレミス様。どうか、彼を守り、お導きください…」
~~~~~~~~~
さらに階段を下りた先は先程までのような閉鎖的な通路ではなく、壁などの障害物が少ない、開けた空間だった。
松明で周りを照らすと、辺り一面に墓標や骨が散らばっていることに気が付いた。
「大分長い間手入れされてないのかな」
辺り一面に広がる墓標の間を縫うようにして進んでいくと、自分の足元を何かがグッと絡みついてきた。
「なんだ!?」
急いで足元を見ると、そこには地面から伸びた、骨の手があり、俺の足首をがっちりと掴んでいることが分かった。
右の腰に吊るしているマスケット銃を持つと、俺の足首を掴む手を狙い打ちぬいた。
「グァァ…」
地面から聞こえてくるうめき声と共に、足首をがっしりと掴んでいた手は地面の中に戻っていく。
だが、それで終わりではなかった。
「おいおい…マジぃ…?」
その瞬間に辺り一面に突然火の玉が出現し、辺りを照らした。
周りを見回すとそこら中の地面からモンスターが湧いて出てきていることが分かる。
「しゃーない、やりますか!」
見た所湧いてくるモンスターはスケルトンだけのようで安心した。しかし、油断はできない。地面から湧き出てきたスケルトン達は俺のことを包囲するように近付いてくる。
「頼むぜ!ロミオ!ジュリエット!」
腰に下げている二丁の愛銃、『ロミオ』と『ジュリエット』を引き抜くと、すぐ手前まで来ているスケルトンに銃口を向ける。
見た所スケルトン達は簡素とはいえ武器や防具を装備している。防具のつけていない所を狙った方がよさそうだと思い狙いを絞る。
「『ファイア』!」
スキルの宣言とともに、銃口から弾丸が発射される。その弾丸は見事にスケルトンの頭蓋骨を粉砕し、スケルトンはバラバラに崩れ落ちた。
「『リロード』」
高速で弾をリロードすることができるスキル、『リロード』。そのままの名前だが今のような状況では非常にありがたい。
高速で弾丸の再装填を完了させると、背後から迫ってきていたスケルトンに背後を向けたまま撃ち抜く。
「『ファイア』!」
続けざまに突進してきたスケルトンの攻撃を、ジャンプすることで回避しながら頭蓋に一発弾丸を打ち込んだ。
「『ファイア』!」
撃つ、避ける、再装填。俺はこの動作をワンアクションとして戦っている。GENZIとレベリングをしていた時もそうだ。
この戦い方はFPSをやっていた時から体に染みついた戦法であり、自分の最も得意とする戦い方だ。
(ああ、今すげー楽しい!)
思わず口角が上がり、笑みを浮かべてしまう。大量の敵に囲まれながらの激闘、心が浮き立つのが自分でも分かった。
「おっと!」
スケルトンの攻撃をジャンプして避けると、空中にいる俺を別のスケルトンが槍で攻撃してきたので驚いたが体を捻ることでそれらの攻撃を回避する。
周りのスケルトン達の動きが突然変わり、先程までとは違い隊列を組むようにして同時に攻撃を仕掛けてくるように変化した。
まるで軍隊のように統率された動き。明らかにスケルトン側に指揮官のようなモンスターがいると思わざるをえない。
俺を中心として同心円状に隊列を組むスケルトン達の奥を見ると、明らかに他のスケルトンとは雰囲気の違う個体が見えた。
「ボス見っけ!」
少し悩んだがこの包囲網を抜け、指揮官スケルトンのもとに辿り着くためには使わざるおえないと思い、奥の手を使うことにした。
「『ロミオ』!『ジュリエット』!力を貸してくれ!」
俺の言葉に反応するかの如く、ロミオとジュリエットに火の玉の光が反射しキラリと光る。
「『チャージ』…!」
近付いてくるスケルトン達の攻撃を避けながら機会を待つ。
「『チャージ』…!」
次々と迫りくる攻撃の前に、流石に全てを避けきれなくなり攻撃を喰らうがそれでも尚機会を待つ。
「『チャージ』…!!」
その瞬間、二丁の銃が赤色のオーラを纏い、光輝いた。
「…!!今だ!」
「『バレットシェイク』!!」
360度、全方位に向けて弾丸を乱射するスキル、『バレットシェイク』。使うためにはスキル『チャージ』を使い一定量MPを注ぐ必要があるが、その威力は絶大だ。
バレットシェイクでは弾丸を撃ち出すのではなく、魔力を弾丸に変換し撃ち出す。それ故に弾が一発しか入らない『ロミオ』と『ジュリエット』でも乱射することが可能なのだ。
『バレットシェイク』を使い終わった時には周りにいたスケルトン達は全員地面に散らばった、ただの骨となっていた。
残るは眼前に構える指揮官スケルトンのみ。その姿を見た瞬間、驚きを隠せなかった。
武器、防具共に今までのスケルトン達と違うことは分かっていた。驚いたのは名前があったことだ。
通常、モンスターに固有名はない。ただ頭上にカーソルと共に種族名が表示されるのみだ。ただ、稀に二つ名を手に入れることで、システムがモンスターに固有名を与えることがある。
固有名を持ったモンスターは決まって強力な個体だ。プレイヤー達はそういった名を持ったモンスターのことをネームドモンスターと呼んでいる。
「『墓守』のベール…」
頭上に表示されるカーソルは限りなく黒に近い赤だった。つまり、俺のレベルを持ってしてもまだ挑戦するべきではない、それだけ強力な相手ということだ。
そこで俺は致命的なことに気が付いた。自分の持っている弾丸の数が残り十発分しかないのだ。
「うっわぁ…ヤバァ…」
骨しかなく声帯がないため分からないが、『墓守』のベールは今、大声で雄叫びをあげていたことだろう。戦いの準備は整ったとばかりに片手直剣をこちらに突き付けてきた。
瞬間、ベールは既に俺の真横に立っていた。
「な!?早…」
ベールの切り払いで思い切り吹き飛ばされる。壁に激突した衝撃でさらにダメージを喰らい、残りHPが2割を切った。
「ゴホッ!はぁ…あっぶねぇ…『ロミオ』で何とか防いだけどこの威力かよぉ…」
ポーチから素早くポーションを取り、一気に飲み干す。
「プハァ…これは本格的にまっずいなー」
壁に物凄い勢いでぶつかったため砂煙が立ち昇っている。
「うし!今の内に出来ることはやっちゃいましょう!」
「『バレットチェンジ』『セイクリッドバレット』」
スキルで、通常の弾丸から聖属性のエンチャントが施された弾丸に切り替える。恐らくこれで僅かながら『墓守』のベールに与えるダメージは増えると思うが、それでも奴を倒すには足りないだろう。
「出し惜しみしてる場合じゃないか…」
「『アクセラレート』『クイックリー』『ストレングスパワー』『闇の衣』」
自分の持ち得る全てのバフをかけ、
「『コンプレスバレット』…!!」
一発の弾丸に全てを込める。
十発の『セイクリッドバレット』を一発の弾丸に圧縮したもの、それこそがこの弾丸である。見た目はただの弾丸だがその威力は今までのものとは比べ物にならない。
全てを込めた一発。それを超高速で移動するベール相手にこの一発を当てなければならない。外せば俺の負けは確実、だが当てたとしても俺が勝てるとは限らない。
決戦の合図はこの砂煙が晴れた瞬間。
弾丸をダメージの少ない『ジュリエット』に装填する。
カチャリと音を鳴らし、装填が完了したその瞬間、砂煙が晴れ、俺とベールは同時に駆け出した。
「………」
何かをベールが呟くと片手剣が突然ベールの手から消えた。目を見張った瞬間、上から空気を切り裂く音が聞こえ、上を見上げるとベールが持っていたはずの片手直剣がこちら目掛けて落下してきていた。
それを何とか後ろに跳ぶことで回避する。
「『チャージ』!」
「………」
またベールが何かを呟いたかと思うと今度は左手に黒い炎を持ち、地面に突き刺さった片手直剣を走りながら引き抜き、こちらに向かってくる。
ベールは走りながら左手に持った黒い炎を投げつけてくる。その火球はバフをかけた今の俺でさえ、ギリギリ見えるかどうかという程に速いものだった。
それらを何とか避けるが数か所その黒炎が体を掠ってしまった。
「何だ!?」
その時異変に気が付き、思わず声を荒げる。HPゲージの下には見知らぬマークがついており、その効果なのかHPゲージが継続的に減っていることに気が付いたからだ。
HPが削れるペースは十秒に一回。最大HPの約5%程を削れる。このデバフが消えれば問題はないが、もし時間経過でこのデバフが消えないとすれば、ベールの攻撃をこれ以降一撃も喰らわないとして百九十秒後に死ぬ。
「やっぱり短期決戦しかないってわけかぁ…」
ベールは俺との距離が近くなると黒炎と片手直剣を器用に使いこなし、俺に反撃の隙を与えず攻撃してくる。
それでも回避を続けながら奥の手の準備を続ける。
「『チャージ』!」
ここでまた黒炎の掠った所がうずいたと思うと、HPが5%程削られていた。
ベールは黒炎と片手直剣の連撃が俺に通用しないことが分かると、また戦術を変えるようだ。
一度距離を取り、やはり何かを呟くと、今度は黒炎を片手直剣に纏わせた。
黒炎を纏った片手直剣を持ち、ベールは駆ける。片手直剣を引きずるようにして走っており、ベールの通った地面は燃えている。
ベールがこちらに近づく程その熱気を感じられた。これだけの距離でも感じるほどの熱、もしもそれが触れたらと思うと恐ろしい。
「『チャージ』!」
こちらも一度距離を取り、出来るだけベールに近づかない様にする。
しかし、ベールは俺のスピードを遥かに凌駕し、すぐ目の前に現れた。
(熱い!!)
それがベールと肉薄したときに感じたことだった。UEOは痛覚を除く五感をほぼ完全に再現していると言っても過言ではない。それ故にこの熱気が苦痛だった。
全身から汗が吹き出し、その汗があまりの温度に蒸発する。その殺人的な熱気はどうやらデバフ扱いのようで、さらに継続ダメージが増えていた。
「………!」
縦、斜め、横。繰り出される斬撃を出来る限り最小限の動作で回避していく。
ベールの動きは単調ではないが、そこまで複雑というわけでもない。しかし、その圧倒的な速度のせいで避けきれない。そういうボスだ、しかし今は違う。
確かに近付くだけでダメージを喰らい、当たればどうなるか分からない攻撃を繰り出してくるのは先程よりも危険かもしれないが、辛くはない。むしろ楽といえよう。
何故なら、ベールの剣の振りが大振りになったからだ。黒炎を片手直剣に纏わせてからベールの動きには少しばかり隙が生まれ、そのスピードを活かしきれていない。
「『チャージ』!」
それでも尚、油断していい相手ではないことを俺は知っている。それ故に最後の最後までベールの動きを注視していた。
その時だった。注視していたからこそ気が付けた些細な変化。だが些細な変化だとしてもそれは俺にとって途轍もなく重要な事だった。
ベールの表面の骨が黒く、そして小さな亀裂が入っていたことに。
ようやく待っていた最大の好機がやってきた。俺の中で心臓が早鐘を打つ。
「『オーバーチャージ』!!」
これで『チャージ』回数は計五回。内一回は使用条件があるが『チャージ』三回分と同等の効果を持つ『オーバーチャージ』。チャージの効果はこれで七回分かかったことになる。
この状態ならあれが使える。二つ目の奥の手が。使用条件が厳しいため使う機会はないだろうと考えていたのだがどうやらそうでもなかったようだ。
ベールが近づき俺に攻撃しようと片手直剣を振りかぶるその瞬間を狙った。
「『ユッドバレット』!!」
その弾丸は見事にベールの頭蓋に直撃し、激しい光を放って爆裂した。耳を劈くような音と、衝撃波を伴い、その衝撃で俺はまたしても吹き飛ばされた。
今度は壁に激突するほどではなかったが、勢い余って床に倒れ、よろよろと起き上がった。
「どうなった…?」
ベールの方を向くと、ベールは粉々に粉砕され、残った骨すらも、地面に散らばっていた。
「ふぅ~…ようやく終わったー…」
安心していると、不穏なアナウンスが流れた。
「現在時刻午後六時二十八分を持ちまして、ネームドモンスター『墓守』のベールが麒麟によって撃破されました」
「あ、終わった…これで俺もGENZIと同じ追われるプレイヤーかぁ…」
どうやらネームドモンスターでも撃破するとプレイヤーネームと共にアナウンスされるらしい。