音ゲーマニアが情報収集するようですよ ぽてとさらーだ前編
「ふぅ……皆行ったけど、大丈夫かな?」
次々と己が持ち場へと転移していき、ゼルキア王国にはただ一人、ぽてとさらーだが残された。
「いや、皆の心配もあるけど、それよりもまず先に自分の心配、だよね……」
とぼとぼとゼルキア王国の中を歩いているぽてとさらーだは寄り道することなくどこかへと向けて歩いている。
その足取りは迷いなく一つの場所へと続いていた。
大通りの脇の一角、他の建物よりも一際大きく、その存在感を露わにした巨大な館。
鋼鉄の門が構え、門の両隣には二人のプレイヤーが門番をしている。
ぽてとさらーだは鋼鉄の門へ堂々と歩き出した。
「悪いんだけど、ちょっとばかし用事があってね。中に入れてもらえないかな?」
「何を言って……っ! ぽてとさらーださん!?」
「やあ」
鋭い視線を向けた門番たちだったが、ぽてとさらーだの顔を見るなり驚きを露わにする。
対するぽてとさらーだは居心地が悪そうに苦笑いを浮かべた。
「用事……といいますと……?」
「クライブに合わせて欲しいんだ。だからちょっとだけ入れてくれない?」
「……いくらぽてとさらーださんとは言え、既にクランを抜けた身、ホームの中に外部のプレイヤーを入れるわけにはいきません」
迷いなく告げると、門番はぽてとさらーだの要求をはねのけた。
それを聞いたぽてとさらーだは想定通りだったのか、「まあそうだよね」と苦笑いを浮かべて、呆気なくその場を去っていく。
あまりにもあっさりと引き下がったものなので、門番たちの方が拍子抜けしていた。
鋼鉄の門の前を離れ、裏路地に曲がるとぽてとさらーだは意地悪そうに笑みを浮かべた。
「そんな簡単に諦めるわけないじゃん」
元よりぽてとさらーだも正面から迎え入れてくれると考えるほど楽天的ではなかった。
あの巨大な白亜の館はクラン【セイントローズ】のホーム。
つまりは正式なクランランキングが実装される以前より最強と名高く、名実共にナンバーワンクランと言われ、ぽてとさらーだとクロエもつい先日まで籍を置いていた最強クランの本拠地だ。
裏路地に構える、とある店に立ち寄ると、ぽてとさらーだは十九枚のGOLDをカウンターに置き店員に向けて合言葉を告げる。
「清廉なる薔薇、純白の薔薇、されどその身は棘に包まれ、誰も手に入れることは叶わない」
何の意味を持つのか分からない問いかけに店員は顔色一つ変えることなく、無表情のまま口を開く。
「汝、何を望む」
問い返されたぽてとさらーだは一片の迷いなく答えた。
「薔薇の袂へ」
「承知」
短いやり取りが交わされると、店員は何かの装置に手を掛ける。
すると、裏路地の一角であるはずの建物と建物の間が割れ、道が現れた。
靴音をカツカツと響かせながら、ぽてとさらーだが道を通り抜けるのを確認すると、道は再び建物によって隠された。
錆び付いた鉄の梯子に手を掛け、被せられた重りを退かすと差し込んだ光に思わずぽてとさらーだが目を細める。
隠し通路の先、下水道を介してやってきたぽてとさらーだは、辺りに人がいないことを確認すると梯子を一気に駆け上った。
「ふぅ……とりあえずは侵入成功っと」
ぽてとさらーだの周りを取り囲むように茂っているのは純白の薔薇。
薔薇をつける生垣は、迷路のように入り組んだ道を作り出している。
その場から見える白亜の館に目を向けると、ぽてとさらーだは迷うことなく歩き出した。
今、ぽてとさらーだが使用したのは【セイントローズ】に所属している中でも極一握りのプレイヤーにのみ知られている秘密の抜け道だ。
元幹部であったぽてとさらーだは勿論のことその存在を知っていた。
そして、隠し通路を通ることで広大な薔薇園の中に侵入することが出来たわけである。
ぽてとさらーだは正面玄関の方向に向かうのでなく、その反対、普段は誰も近寄ることのない背面に向かった。
「風の精よ、我が装備に加護を……『エアリアル・エンチャント』」
自身のブーツにバフを施すと、地面を軽く、トン、と跳ぶ。
身体は留まることを知らず、そのまま重力に逆らって飛翔し、マンションの五階程の高さはあるであろう屋上に難なく着地した。
「ふう……問題はここからだぞ」
屋上には小さな庭園と、一対のテーブルと椅子が置かれている。
人の気配は無く、誰かが来る様子も無い。
ぽてとさらーだは屋上へと続いている二つの階段を見やると、右側の階段の方へと歩き出した。
―恐らく今の時間帯ならこっちの方が人が少ないはず……。
「幻影よ、反射せよ……『ウォーター・ミラージュ』」
自身に降りかけるように大杖を振ると、ぽてとさらーだの姿が透過する。
精確に言えば、光を反射するようになった。
完全に透過するわけでは無いので、まじまじと見られれば違和感を覚えられ、すぐにバレてしまうだろう。それでも、これからプレイヤーが跋扈するホームの中に忍び込むぽてとさらーだにとっては心強い魔法だ。
「……」
極力足音を立てないように階段を下ると、廊下へと恐る恐る出る。
ぽてとさらーだの目的を達成するためには、ホームの中に設置された書庫に向かう必要がある。
書庫が置かれているのは三階の左端、現在ぽてとさらーだがいるのは四階の左端だ。
階層を行き来することが出来る階段が設置されているのは各階層の中央部。
つまり、この廊下を歩き、最も人通りの多い中央部にある螺旋階段を降りなくてはならないというわけである。
「―それでさぁ」
「ははっ、マジ?」
「……っ!」
中央階段を降りようとぽてとさらーだが歩を進めた瞬間、前方から男性の声が二つ、響いた。
咄嗟に花瓶が置かれた木製のインテリアの後ろにぽてとさらーだは隠れるが、その勢いで上に置かれていた花瓶が大理石の床に落下し、音高らかに破砕した。
―しまったっ!
「なんだ!?」
二人のプレイヤーは花瓶が割れた音を聞きつけ、急いで階段を駆け上る。
花瓶の破片と床に撒かれた水と花、それらを訝し気に見ると、二人のプレイヤーは辺りを見回す。
だが、変わった様子は無く、破片を二人は納得がいかない様子のまま花瓶の破片と残骸を片付け始めた。
その様子を声を殺したぽてとさらーだは隅で体を小さくして見ている。
一人のプレイヤーが、飛び散った破片が隅の方に散っていることに気付き、それを拾おうとしたところで、隅の異変に気が付いた。
何故か部屋の隅とその手前の様子が鏡写しのようにようになっていた。
「ん? なんだこれ……」
男が手を伸ばし、ぽてとさらーだに触れるかという瞬間――。
「おい、花瓶が一人でに割れてたことを報告しに行くぞ。このまま何度も割れたら片付けるのが面倒だしな」
「あぁ、うん」
背後に立っていた男が声を掛け、言われるがまま立ち上がると、二人は階段を降りてどこかへ行ってしまった。
隅に屈みこんでいたぽてとさらーだは、冷や汗を垂らし、早鐘のように鳴っていた心臓を抑えてふらふらと立ち上がる。
「危なかった~……マジであのプレイヤーには感謝だな」
そのまま覚束ない足取りで危なげに螺旋階段を降りていくと、三階に辿り着いた。
廊下には運よく誰もプレイヤーがおらず、ぽてとさらーだは最後まで気を抜かずに音を立てないように歩き続け、ついに目的の書庫にまで辿り着いた。
鍵のかかっていない扉のノブを回し、部屋の中に入ると本棚に囲まれた部屋の中央にある椅子に腰かけて本を読んでいる男の傍に立った。
「やあ、クライブ」
「……その声はぽてとか」
「正解正解大正解、君の友達ぽてとさらーだが来たよ」
本に視線を落としたまま反応したのは、【セイントローズ】の幹部の一人、『付加術師』【クライブ】。
様々な情報に精通し、ぽてとさらーだがクランに居た頃は色々な情報を聞いていたプレイヤー。
例のヌシ絡みのボーナスステージもクライブがぽてとさらーだに教えたものだ。
「今日は何の用だ、お前は確か、つい最近うちのクランを脱退したのではなかったか」
「いやあ実はさ、クライブに聞きたいことがあったんだよね。クライブ、君、ティルグリースに関する情報持ってないかな?」
【ティルグリース】、その名前を聞くと、それまで視線を活字に落としたままだったクライブが視線を上げた。
「ティルグリースだと? それはユニークモンスターのか」
「ああ、そうだとも。ティルグリースの情報が無いなら剱神についての情報でも構わないよ」
「……情報は確かに持っている。だが、クランのメンバーでもないお前に教えてやる義理も無いだろう」
ぐぬぬ、とぽてとさらーだが呻いているとクライブが「ただし」と言葉を足した。
「俺とお前はフレンドだ、そのよしみで教えてやらんことも無い」
「クライブ……!」
「ただし、条件としてティルグリースの情報に値するほどの面白い情報を持ってこい。そうしたら教えてやる」
そのクライブの言葉を聞いたぽてとさらーだは、「相変わらずだなぁ」と言葉を漏らしながらも、ひとまず情報が手に入る可能性があることを確信し、嬉しさが沸き上がった。
「それじゃあ、こんな話はどうかな? たった一人でユニークモンスターに勝利したプレイヤーの話」