音ゲーマニアが情報収集するようですよ 麒麟後編
麒麟の前にある揺り椅子に腰かけた老爺の気配が変わったことに麒麟は気が付いた。
相手の些細な挙動や表情の変化を見つけ、そこから相手の心情を推測するのは麒麟の得意分野だ。
「何故……知りたいんじゃ?」
「それは……もうすぐ劔祭りがあるじゃないですか、そのためにも祭りの主役である剱神様達の事を知りたいなぁと思いまして」
「ふむ……」
麒麟は少し口ごもったが、不自然な様子を見せずに無難な作り話を話す。
それを聞いていた老爺は、終始鼻をひくつかせ、何かの匂いを嗅いでいるようにも見えた。
何かを掴んだのか、老爺は剣呑な眼差しを麒麟へと向ける。
「おぬし、今、嘘をついたじゃろう……?」
「……っ」
―何でこの爺さん分かったんだ?
麒麟は表情をピクリとも動かさず、努めて平静を保つが揺り椅子に深々と身体を預ける老爺の鋭い視線は、以前麒麟に突き刺さったままだ。
「儂はのぅ、鼻が利くんじゃ。だからのぅ、嘘の匂いも分かる。おぬしが先程剱神様達や四神様のことについて教えてほしいと言った時、僅かに嘘の匂いがしてのぅ、試しに話題を振ってみればすぐにボロが出たわ」
「……」
「それで、本当の要件は何じゃ?」
老爺が匂いで麒麟のことを洞察しているならば、麒麟は老爺の全てを観察していた。
呼吸、表情、視線。
そう言った嫌でも心が現れる場所を重点的に観察していたが、麒麟には老爺が嘘をついているようにも、カマをかけているようにも感じられなかった。
それはつまり、この老爺が言っていることが正しいという裏付けに他ならない。
麒麟は深々と溜息をつくと、観念したように話し始めた。
「ええ、まあその通りです。俺は嘘をつきました。俺の本当の要件は、剱神を倒す方法、もしくはその弱点となる情報を教えてもらうために貴方に会いに来ました」
「おぬし、剱神様を討つ気か?」
「はい」
じっと老爺は麒麟のことを見つめると、不意に立ち上がった。
「そうか……おぬしが、か……いいじゃろう、じゃがその前に、剱神様と四神様が暴走している原因について語らねばなるまい」
麒麟は老爺に促されるまま対面の椅子に腰かける。
麒麟が座るのを見計らうと、老爺は語り始めた。
それは、遠い昔の出来事。
剱神は他の英雄達と同じく、自身の身に【原初の罪】の一つを封印した。
剱神の中で日に日に増大していく【原初の罪】を次第に抑えきることが難しくなり始めたころだった。
自身の力を分け与えた四匹の虎と共に、身体を清めることが出来ると言われる神聖な山、劔山脈を目指して歩いていた時に立ち寄った村が、モンスターに襲われて困っているという話を耳にした。
その後は昔話でも語られている通り、モンスターを撲滅させ、村を救った。
この時には既に、剱神の身体の中に眠る【原初の罪】が大きく膨れ上がり、自我を保つことでやっとだった。
その様子を見かねた四匹の虎達は、最も力の弱かった紅い虎以外の三匹の虎達の身体に剱神の中に眠る【原初の罪】の力を移したのだ。
それによって自我を失いかけた虎達を封印しながら、それでも心身を浄化できると言われる劔山脈の頂上を目指して歩き続け、遂にその場へと辿り着くことが出来た。
その時には既に、剱神と紅い虎を残すのみとなり、剱神はその場にて倒れる。
最後に紅い虎に向けて、自分のことを封印してくれと懇願し、紅い虎はそれを受け入れ、剱神はその場に封印されたのだそうだ。
だが、それだけで言えばどうして十数年に一度、剱神たちが村に降りてくる際は平静を保っていられるのかという疑問が浮かぶ。
しかし、村人達が見てきたその姿は全て、幻なのだという。
一匹残された紅い虎、【ホォン】は剱神と仲間達のことを忘れてほしくないという思いから、幻を作り出し、数十年に一度劔祭りに現れていた。
「……つまり、剱神や四神達っていうのは元々あの状態だったってことですか?」
「そういうことじゃ、これまでも既に、剱神様方は封印されているだけで精一杯、むしろいつ封印が解け暴走し始めてもおかしくない状況だったんじゃよ……」
感慨深く話す老爺の話を聞いていると、麒麟の中にふと疑問が浮かんだ。
「貴方は何故、剱神達のことについてそんなに詳しいんですか? 村の人々は知らないような情報を貴方は知っている」
老爺は少し寂しそうに、自嘲するように呟いた。
「簡単なことじゃよ、儂も朱薙のホォンによって作られた幻だからじゃ」
「まぼ……ろし?」
何を言っているの分からないと、麒麟が訝しむ。
洞察力に優れ、先程から目の前の老爺のことを隅から隅まで注意を払っていた麒麟は、だからこそ老爺に起こっている異変に気が付いた。
「身体が……っ!」
本当に些細な変化だが、少しずつ老爺の身体がポリゴンの欠片に変わり始めている。
アイテムが壊れる瞬間やプレイヤーが死んだ瞬間に世界に残す残り火。
それを老爺の身体は発し始めている。
「儂の役目が終わったから、じゃな……。儂の役目は剱神様のことを安らかに眠らせることが出来る人物に、然るべき情報を与えること……。かれこれ数百年にも渡って待ち続けていたが、終ぞ現れることが無かった導き手の仲間が、遂に儂の前に現れた」
「待ってください、俺は貴方からまだ、重要なことを聞いていない。剱神の弱点となるものはないんですか……?」
ゆっくりと老爺は立ち上がると、乱雑に積み重ねられた古書の山の中へと踏み入っていき、奥から何かを持って戻ってきた。
その手に乗っていたのは小さな箱だ。
「この箱は?」
「オルゴールじゃよ、恐らくこの音を聞かせれば剱神様の動きを一瞬だけ止めることができるはずじゃ。じゃが、効果はほんの一二秒、一度きりの使い切りじゃ。使いどころは慎重にの」
老爺はオルゴールを麒麟の手に握らせると、ゆっくりと揺り椅子に腰かけた。
次第に光の欠片となり始めている身体は、既に足が消えていた。
これから消えてしまうというのに、老爺の表情はとても穏やかなものだ。
その様子をじっと見つめていた麒麟の視線に気づき、老爺は苦笑を浮かべる。
「いつまでそこでボーっとしてるつもりかのぅ? ほら、早く行きなさい。おぬしのことを待っている仲間がきっといるんじゃろう?」
「……ありがとうございました、ズー爺さん……」
そう言い残すと麒麟は小さな家を背を向け、小さな黄色い花が咲き乱れる丘へと歩み始めた。
麒麟が居なくなったことによって静かになった家の中、老爺は揺り椅子を背中でおして軽く揺らしていた。
「ズー爺さん……か。その名前を知っておるのは、あの子だけだったと思ったんだがのぅ……」
目を瞑ると、遠い日の記憶を思い返す。
かつて村の近くに住んでいた頃に無邪気な笑みを見せてくれた少女のことを。
思いのほか早く情報収集がすみ、嬉しいという思いはあったが、麒麟はどうにも釈然としない思いを抱えていた。
少し歩いたところで、麒麟は不意に後ろを振り返り、目を見張った。
先程まで確かにその場にあったはずの小さなあの家が消えていた。
家があったはずの場所には見覚えのある揺り椅子があり、その上には一冊の本が立てかけられている。
歩みを止め、来た道を戻ると揺り椅子の上に乗せられた本を手に取り、頁を捲る。
「……っこれは……」
白紙の頁が続く中、最後の頁だけが書き込まれた不可思議な本。
その頁に書かれていたのは、何かを示唆するような内容だった。
太陽が東の空より現れ、月が西の空から現れ、その姿が重なりし時、罪は姿を現す。
剱虎、仟の劔を率いて望まぬ蹂躙を嗤う。
剱虎、血の涙を流し、己の腕を砕かんと欲そうともその殺戮が終わることなし。
我、そうならぬことを望む。
故に、導きが必要なり。
現れた導きの光が昏き太陽を照らし、仟の劔を砕き、終わりなき殺戮に終止符を。
それ以降の文字は読めない。
麒麟はこの文章の意味を読み取ることは上手くいかなかった。
だが、これがティルグリースに関係することであり、奴の討伐に際して重要な役割を果たすことを感じ取った。
「こりゃあ連絡っすわぁ」
麒麟はチャットでぽてとさらーだ達に連絡を取ろうとしてその手を止める。
「やっぱり、まだ自分で分かるところまでは調べるべきかな……」
ショートカット欄に含まれた【転移のスクロール】を取り出すと、再び聞き込みを再開すべく靛青の街へと転移した。