音ゲーマニアが手分けをして情報収集するようですよ 麒麟前編
「これで装備の新調に関しても問題なし……だな」
暖色色の間接照明に照らされる店内、穏やかなジャズが流れる中GENZIはコーヒーカップに手を掛ける。
カウンター席に座るGENZIの隣には、左に麒麟、右にクロエが座り、クロエの横にはぽてとさらーだも腰かけている。
「それじゃあ残ったのはティルグリースに関する情報集めかな?」
「うわぁ……そうじゃん……あれメンドイんだよなぁ」
残る問題をぽてとさらーだが確認すると、麒麟は大きく溜息を吐きながらカウンターに突っ伏し顔を埋めた。
「情報を集めると言っても具体的にはどうするんですか?」
「あー……それなんだけどマジで一切宛が無いんだよな……」
その自信なさげな声音を聞いた麒麟とぽてとさらーだがギョッと目を見開く。
「……マジで?」
「マジ……だから今回は四人で分かれて情報収集しようと思う。今日は時間も時間だからやらないにしても、思いのほかLV上げがすんなりと終わったから丸々二日を充てることが出来るし、まあ……なんとかなるだろ」
その後、事前に誰がどの辺りで情報を集めるかを決めることとなった。
GENZIはカトレア連邦、クロエはディバイン神聖国、麒麟は光芒帝国、そしてぽてとさらーだがゼルキア王国で情報を集めることが決まり、その日は解散となった。
翌日の朝、麒麟は他の誰よりも早くUEOにログインしていた。
真っ先に向かったのは、剱神や四神と関わりの強い靛青。
UEOでは時間帯や天気など、何らかの条件下によってしか現れないNPCも存在する。
それを知っていた麒麟は、普段ならしない早起きを無理矢理敢行してまでUEOに早々とログインした原因だ。
麒麟が朝霧に包まれた大通りを歩いていると、他の店は開店していないなか、一つだけ空いている店を見つけた。
近付くとそれが茶屋であることが分かる。
茶屋へ近付いていくと、店の中から小さな白髪の老婆が姿を現した。
「ご注文はいかがいたしますか?」
「え? あ、えーっと……じゃあ烏龍茶を一つ」
突然の事にたじたじになりながらも、咄嗟に目に入ったメニューの一番上に書かれていた烏龍茶を頼んだ。
注文を聞くと老婆は店の中へとすっと消え、麒麟は表に置いてあった椅子に腰かける。
それと同じくして姿を現した老婆が烏龍茶の入った飲杯をお盆に乗せて現れた。
お茶を出すと再び店の中へと歩き去ってしまいそうだった老婆に背後から声を掛けた。
「あのぉ、すいません、ちょっといいですか?」
麒麟の声に呼び止められると、老婆は足を止め、その場で振り返る。
「実は俺、四神様や剱神様について調べていましてぇ……良ければお話を聞かせてくれませんか?」
「こんな老婆の話で良ければいくらでもお話ししますよ」
そう慈愛に満ちた笑みを浮かべると、老婆は麒麟の対面の椅子にゆっくりと腰かけた。
「そうですねぇ……まず何からお話ししましょうか。では――」
老婆の口からゆっくりと語られたのは剱神の歴史だった。
それは麒麟も既にGENZIから聞き及んでいた話ばかりだったが、話を聞けば聞くほどにこれまで街の人々とこれだけ交流を持ち、崇められていた四神や剱神があのような状態になるのかが、麒麟には不思議でならなかった。
数十分程老婆の話に耳を傾けていると、老婆は何かを思い出したようにぱたぱたと店の中へ小走りで走っていき、帰ってきたときにはその手に地図とペンのようなものが握られていた。
「貴方は四神様や剱神様について調べているのよねぇ? それなら私よりも物知りのズー爺の方が知っていると思うから、ここにいってごらんなさい」
老婆がペンもどきで印をつけたのは、ここから約五キロ程離れた場所にある丘だった。
周りに村や町は無く、とてもじゃないが人が住んでいるようには思えない場所だったが、老婆が親切心から言ってくれていることを理解していた麒麟は、「分かりました~」と軽く頷いた。
その頃には飲杯に入っていたお茶も空になっており、麒麟は席を立つと、最後に老婆にお礼を言ってから印の場所へと向けて街を出た。
『グルゥゥ……ワンッ!』
「うおっとぉ」
老婆が印をつけた丘に向かう道中、最短距離で向かおうとする場合鬱蒼と木々が生い茂る森を通る必要があり、麒麟は今その森を縦断していた。
森の中はモンスターが多く出現し、軽くあしらいながら走り抜けてきたが奥へと進むほどにモンスターは次第に厄介になっていき、先程からは本当に最低限の敵しか相手をしていなかった。
背後から迫るモンスターは【窮奇】。
針鼠のような針を背に生やし大型の牛の姿をしたモンスター。
その鳴き声は犬に近く、先程から麒麟はスキルを駆使しながらこのモンスターから逃げていた。
『ワンッ!!』
「『霧隠れ』っと」
【窮奇】の飛ばした針が麒麟の身体を貫通したかと思ったが、麒麟の姿は霧のようにして消えてしまう。合わせて麒麟の得意技である、相手の死角に潜り込むことによって普通のモンスターなら余裕で撒くことが出来るのだが――。
これまで針を生やしているとは言え、牛の姿をしていたはずの【窮奇】が姿を変貌させる。
どういう訳か、【窮奇】は麒麟がちらと振り返った時にはその姿を虎へと変化させていた。
「うわぁ、やっぱりかよっ!」
麒麟は気付かれていない間に少しでも早く、と距離を稼ぐが、【窮奇】は猫科肉食獣特有の鋭い瞳を光らせ爪を一振りする。
そこには旋風が起こり、鋭い刃の塊となって麒麟を襲う。
「うぉっ!?」
間一髪のところで回避し、前へ前へと走り続けていると、それまで木葉に遮られて日光が少なく暗かった森に前方から明るい光が差し込み始めた。
見ればそこには森の終わりがある。
後ろから物凄い勢いで迫る翼を生やした虎から逃げるべく、さらにギアを一段階上げるとそのまま光の元へ向かって飛び込んだ。
強い光に目が慣れず、目を薄く開き、やがて目が光に慣れてくるとようやく瞳を大きく開く。
目に映ったのは視界一杯に広がるのは黄色い小振りな花が咲き乱れる丘だった。
「……」
思わず情景に見入ってしまいそうになったが、麒麟は現在の状況を思い出して後ろ顧みる。
すると【窮奇】は理由は分からないが木々の隙間から憎々し気に麒麟を睨みつけてはいたが、襲ってくる様子は無かった。
麒麟が不思議に思っているや否や、これまで執拗に追いかけてきた【窮奇】があっさりと踵を返して森の中へと戻っていった。
「マジで何だったんだぁ?」
結果として【窮奇】を退けられたことを喜びながら、麒麟は丘の上へと歩いていく。
麒麟の歩み寄る先には、小さな家がぽつりと佇んでいる。
花に囲まれたその家は、間違いなく茶屋の老婆が印した場所と一致している。
玄関まで近づくと、木製のドアを二度、軽くノックする。
「すいませーんどなたかいらっしゃいますかぁ?」
しかし、反応は返ってこない。
気付いていないのかともう一度繰り返したが、それでも中から人が出てくる気配は無かった。
どうしたものかと麒麟が途方に暮れていると、地面を踏みしめる音と共にこの家へと向かってくる人影があることに麒麟が気付き、俯いていた顔を上げると目の前に杖を突いた老爺が立っていた。
「おぬし、何か儂にようかの?」
「もしかしてこの家の方ですか……?」
「如何にも。この家には儂しか住んでおらんしな。まあ折角足労してくれたのだ、中に入りなさい」
老爺に促されるまま麒麟は家の中に入ると、その匂いに思わず鼻をつまんだ。
物凄い埃とカビの匂いが家の中には漂っていた。
悪臭の原因と思われるものは一つしかない。
「本……ですか……?」
「ああ、儂の唯一の趣味じゃよ。すまんのう、古臭い書物が多くて、初めての人にはキツイ匂いじゃろう。ほれ、少しでも気を紛らせるためにお茶でも飲みなさい」
出されたお茶を「ありがとうございます」と麒麟は受け取ると、軽く口をつける。
すると、これまで激臭に耐えていた鼻の中に香草特有のサッパリとした香りが満たされる。
そのまま出されたお茶を飲み干すと、老爺が麒麟に声を掛けた。
「して、おぬしは儂に何の用かの……?」
「……俺に剱神様や四神様のことについて教えていただきたい」
「ほう……」
これまで穏やかだった老爺の瞳の奥の気配が剣呑なものへと変わった。