音ゲーマニアがボーナスステージに突入したようですよ
視界は黒一色に染まり、ジメジメとした空気が漂うヌシの体内の中、GENZI達はぽてとさらーだの魔法で視界を確保し、現状を確認していた。
「それでぽてさら、俺達はこれからどうすればいいんだ?」
「簡単だよ、今俺達が居るのはヌシの舌の上で、フレンド情報だと胃まで降りていくとどうやらモンスターが現れ始めるみたいなんだよね。で、そのモンスターが全部経験値の美味いモンスターらしいよ」
「ほ~それじゃあ装備を整え次第、早速行きますかぁ~」
GENZI達は釣り中に外していた防具を素早く装備すると、ヌシの舌の表皮を歩いていく。
緑色の舌は、ぬめり気を帯びており油断していると足を持っていかれかねない。
「きゃっ!?」
「おっ!?」
そういう傍からクロエが足を滑らせ、転倒しそうになったところに隣を歩いていたGENZIがすかさずクロエの腕を掴んで引っ張り上げる。
「大丈夫か?」
「はい、GENZI君のおかげで大丈夫です。ありがとうございます」
クロエがGENZIに笑みを向けたので、釣られるように笑みを返すと、先行するぽてとさらーだの後をついていく。
しばらく歩いていくと、大きな縦穴が現れた。
横幅がマンションの三階程、約十メートルはあり、底は一切見えず闇が続いている。
「ここを降りていくわけだけど……まあ俺の魔法で快適な落下時間に変えてあげよう」
ぽてとさらーだは冗談っぽく言うと、素早く詠唱を済ませ、全員に大杖をかざした。
すると大杖をかざされたクロエ達は身体が空色に発光し、HPゲージの下にバフのアイコンが現れる。
ぽてとさらーだの説明によると、このバフは落下速度を遅らせて落下ダメージを無くすというものらしい。
「じゃ、お先にー」
「俺も行くぜぇ!」
次々と飛び込んでいく麒麟とぽてとさらーだに続いて、GENZIとクロエも底の見えない縦穴の中に身を投げた。
GENZIは飛び降りる際に僅かな浮遊感を覚え、目を強く瞑ったがその後は一切の浮遊感を感じなかった。恐る恐る目を開くと、落下速度が軽減されており空中に漂っているような不思議な感覚を覚えた。
「はー……すごいな、これ」
すぐに適応したGENZIは、空中で水を掻くようにして泳ぐ。
普段では考えられない状況を楽しんでいると、五分程したところで地面が見えてきた。
徐々に地面へと近づいていくと、最も先行していたぽてとさらーだが上を振り返って吠えた。
「これは地面じゃない! 今すぐ自由落下を止めるんだっ!」
その意図を理解しないままぽてとさらーだに言われた通り減速しようと壁に摑まる。
だが、肉壁はぬるぬるとした液体が湧きだしており摑まることはおろか、GENZIやクロエの剣を突き刺して減速しようにも肉壁が硬すぎて刃を通さない。
「駄目だぽてと氏! 止まれねぇ!」
「っ! 分かった!」
全員が自由落下を遅らせることが出来ず地面との距離が縮まっていく。
さらにはバフのアイコンが点滅し始め、その効果が切れかかっていることを訴えかけてくる。
軽く息を飲むとぽてとさらーだは詠唱を行わずに左手に持つ魔導書を使って魔法を行使した。
ぬるぬるとした液体が流れていて摑まることの出来なかった肉壁に幾つかの岩の突起が現れる。丁度四人分の突起が現れ、咄嗟にそれらに摑まると、下方からぽてとさらーだの大声が響く。
「下に見える地面っぽいのは地面じゃない! あれがどうやらモンスターみたいだ! ついでに言うとモンスターの周りは胃酸で覆われていて足をつける地面が殆ど無い!」
ぽてとさらーだの報告にGENZIとクロエは顔をしかめたが、麒麟だけは小首をかしげた。
なに変なことを言ってるんだ、と麒麟は平然とした顔でぽてとさらーだに言った。
「ぽてと氏のこの岩の魔法とかで胃酸の上を覆っちゃえばいいじゃん」
「……あ、その手があったか」
ひょいと軽々しく大杖を振ると、薄黄色の水面が広がっていた場所に荒々しい岩の地面が出来上がっていき、遂には胃酸が完全に見えなくなる。
上に居る麒麟達の方へ「もういいよー」とぽてとさらーだが声を掛けたので、麒麟達は続々と下へと降りていった。
落下するや否や、ぽてとさらーだ達を待ち受けていたのは大量のワーム型モンスター。
身体をうねらせ、顔の無い頭をこちらへと向ける。
「あ、言い忘れてたんだけど、このヌシの体内ってボーナスマップ扱いみたいで時間で強制的に釣り場に戻されるから~! 各自、出来るだけ多くのミミズを狩る感じでよろしく~」
それだけ言い残すと、ぽてとさらーだはさらに奥へと進んでいってしまった。
残されたのは何が何やら理解が追い付いていないGENZIと麒麟、そしてワーム型モンスターの姿を見て震えあがるクロエだった。
ぽてとさらーだがこの場から消えたことによって、ワーム型モンスター、【エクスペリエンティア・ワーム】の視線が一斉に麒麟達へと注がれる。
『キュイィィィィィィィッ!!』
「うわっ!? 気持ち悪いぃぃ!!」
顔を引き攣らせながら麒麟が咄嗟に放った銃弾が【エクスペリエンティア・ワーム】の身体を貫き、一撃で絶命した。
仮にもLV140もの高LVモンスターにも関わらず、たった一撃である。
そしてログに付け足された情報では、何とこのミミズ一匹の経験値量がかの洞窟で対峙した【アルブス・タイガー】十匹分に相当するとのこと。
それを視認した麒麟は思わず苦笑いを浮かべた。
「おいおい、マジか……気持ち悪いけど経験値クソ美味いじゃん。よっしゃ! ここは俺に任せろ! GENZI達は先に行ってこのミミズ共を倒してくれ! 多分そうした方が経験値効率が良いしな!」
それだけを言い残すと麒麟は【エクスペリエンティア・ワーム】の群れの中に身を躍らせた。
麒麟の言った通り、この場で戦うよりも分散した方が効率が良いと考えたGENZIは、隣で青くなるクロエを連れて奥へと続く縦穴の中に身を投げた。
縦穴に思われた穴は、ウォータースライダーのようになっており、その中を加速し続け滑り降りていく。
「うぉぉぉぉぉ!?」
「ぁぁぁぁきゃぁぁぁぁぁ!?」
長い長いチューブ状の滑り台を滑り終えた先、GENZI達が吐き出されたのはまたしても肉壁に覆われた空間。
ただ、先程とは違って肉壁のいたるところが緑色に発光し、燐光を振りまいている。そのおかげで内部は想像以上に明るく、視界は良好、妨げになるものは無い。
強いて言えば、妨げとなっているのは眼前に広がるミミズの群れだ。
「うっ……GENZI君すいません、私……私、うにょうにょしてるものだけは苦手で……」
クロエは視界に入れたくもないのかGENZIの背後に回ると、震える手でGENZIの肩にしがみつく。
顔を青くしたクロエは、目の端に涙を浮かべている。
GENZIは背後のクロエに向かって、「少し待ってて」と諭すように言い残すと、鞘に納まった二振りの刀を抜き放ち前方から迫る【エクスペリエンティア・ワーム】の大群に切っ先を向ける。
「ここから先は行かせないぞ」
静かに、それでいて闘志に火の点いたGENZIは、迫るミミズの大群に鋭い視線を送った。
「ヒャッハー! 汚物は消毒だぜぇ!!」
右、左、右、と両手に持つ二丁銃の引き金を交互に引き、迫りくるミミズの群れを一匹ずつ確実に削っていく。
装弾が切れれば、スキルを駆使して無駄のない動きで素早く再装填し、再びミミズの群れを屠る。
この作業を繰り返して長い間が経過していたが、麒麟の目の前から【エクスペリエンティア・ワーム】の姿が消えることは一度も無かった。
倒しても倒しても気が付けばそこに現れている。
「ま、考えるだけ無駄だよなぁ。と、いうわけでぇ……」
ダンッと銃声が響く。
「もっと俺の的になってくれよぉ?」
無限に湧き出てくる【エクスペリエンティア・ワーム】のことを、まるでFPSの演習場に出てくる動く的のようだと麒麟は感じていた。
そうしていると、何度も何度もエイム練習を繰り返していた昔の記憶が麒麟の頭の中にフラッシュバックし、麒麟のVRFPSプロゲーマーとしての性を疼かせた。
「うへぇ……マジでどこにいるんだろ?」
麒麟やGENZIが【エクスペリエンティア・ワーム】の大群を蹂躙している最中、ぽてとさらーだはヌシの体内の奥へ奥へと進んでいた。
道中現れる【エクスペリエンティア・ワーム】達は片手間に片付け、ぽてとさらーだはとあるモンスターを捜索していた。
それはぽてとさらーだがフレンドから聞いた話の中の一つ。
ぽてとさらーだのフレンドはここで湧き続ける高経験値モンスターを狩り続けてLVを上げた。
湧き続けるモンスターを狩りながら奥へ奥へと進んでいったところ、これまでに見かけたミミズ型モンスターよりと色の異なる一際大きな個体に出会ったという。
結局その個体には逃げられてしまったそうだが、明らかに様子の異なるそのミミズは希少モンスターの可能性が高く、相応に得られる経験値も高いだろうとぽてとさらーだは当たりをつけていた。
「っ!!」
足早に動かしていた歩を止める。
歩みを止めたぽてとさらーだの眼前には、青色の巨大なミミズが姿を現している。
「やっと見つけたよ……さあ、希少モンスターなんだから一杯経験値をくれよ?」
青ミミズに気取られることなく、その場で長く長大な魔法を組み立てる。
巨大な魔法陣が宙に浮かび、詠唱の完了と同時に大杖を振りかざした。
「『獄炎の伝来者』ッ!」
極大の焔の波が青ミミズを飲みこみ、回避の暇も与えず瞬間的に消滅させた。
強大な魔法を使ったことにより、MPを大量に使用したぽてとさらーだは自身の身体を大杖で支え、ゆっくりと壁際まで歩み寄ると肉壁に寄りかかる。
「はぁ……あとはGENZIっち達に任せよ……俺はもう無理……」
もしもの時のためにとMP回復のポーションを使用してMPを回復した後、ぽてとさらーだは肉壁に体を凭れかけた。