音ゲーマニアが山道で襲われるようですよ
何時間にも及ぶ登山の果て、呆気なく手に入った最後の劔を手にGENZI達は顔を見合わせた。
「何か戦わずに剣、手に入っったんだけど……最後の剣が手に入ったわけだから一応山頂に行ってみる?」
「まぁ、一応な?」
微妙な空気が漂う中、方針が決まると再び山道を歩き始めた。
今GENZI達がいるのは、劔山脈に連なる山々の中でもかなり標高の高い山の頂上だ。
そして、これから向かうべき場所は劔山脈の山々の中で最も存在感を放つ、劔のように尖った険しい山の頂上。およそ現在地から歩いてニ十分程の距離にある。
ただひたすらに傾斜の強い坂を登り続けていると、GENZIがこちらに近づく複数の足音に気付き、全員に声を掛ける。
「……数はおよそ十、地上に六匹、空に四匹。俺とクロエで地上のモンスターの相手を、麒麟とぽてとさらーだは空のモンスターの相手を頼む」
三者三様の返事を返すと、間もなくモンスター達の姿が視界に入り始めた。
坂を駆け下りてきている【ジエン・タイガー】LV120と、空を勢いよく滑空し迫る【ジエン・ホーク】LV125。これまで相手にしてきたモンスター達の中でも、かなり上位に食い込む強さのモンスター達。
油断は出来ない、とクロエが武器を持つ手に力を込めた。
開戦の合図は麒麟が放った銃声だ、空中を悠々と飛んでいる【ジエン・ホーク】の翼を狙った一撃が空を掠め、その音に反応したモンスター達が一斉に麒麟へと突進する。
「お前たちの相手はッ!」
「私達ですっ!」
麒麟へと向け全速力で駆け始めた【ジエン・タイガー】に対し、クロエは蒼剣を横一閃する。
流石と言うべきか、【ジエン・タイガー】はクロエの攻撃を劔のように鋭利な尾で防ぎ、後ろへと後退した。
それを境に、麒麟目掛けて駆け出していた【ジエン・タイガー】達がGENZIとクロエを包囲する。
周囲を敵に囲まれ、警戒しながら後退しているとGENZIとクロエの背がぶつかった。
互いの背を預け、辺りを取り囲む鋼色の虎に注意を払う。
「GENZI君、いけますか?」
肩越しに聞かれた問いに、少し驚いた後GENZIはニヤリと口端を上げた。
「もちろん」
それを合図に、クロエとGENZIは一気に駆けだした。
二人が動き始めたのに対し、即座に反応した【ジエン・ウルフ】が三匹ずつに分かれた。
直後、クロエに一匹の鋼虎が飛び掛かる。
『グルゥ!』
背後から迫る鋼虎に一瞥もせず、僅かに身を反らして避けるとがら空きとなった脇腹を蒼剣で貫く。
見事に脇腹を貫いたクロエは、即座に剣を引き抜き、自身の傍ににじり寄っていた鋼虎に切っ先を向ける。
「『飛剣』!」
斬り払った斬撃が、空気を震わせ、鋼虎目掛けて飛翔した。
凄まじい速度で迫る飛ぶ斬撃に、反応が遅れた鋼虎は額から直撃を受ける。
先の一匹と、今倒した一匹のHPが消し飛んでいることを確認すると、クロエは残る鋼虎へと身体を振り返らせる。
二匹いたはずの仲間は僅か二十秒程の間に片付けられ、残るは自分一匹となった鋼虎は目の前の戦姫に対して恐怖を覚えていた。
劔の如き尻尾は垂れ下がり、初めに放っていた剣呑な威圧は見る影もない。
鋼虎の目前までクロエが近づくと、恐怖のあまり正常な思考を失った鋼虎はなりふり構わず鋭利な牙を覗かせ、クロエの首元に飛び掛かる。
が、クロエは飛び掛かる鋼虎を鏡盾で防ぐと、鋼虎の身体を両断した。
クロエから少し離れた位置、三匹の鋼虎に再び包囲されたGENZIは相手のことを注意深く観察していた。相手の歩法、動き、呼吸。
行動という行動すべてに意味があり、その行動は音を伴う。
GENZIは鋼虎の音に注意を払っていた。
そして、GENZIの耳が、筋肉の収縮する音を聞き取る。
「そこか」
『ギャウッ!?』
足音を消し、背後から飛び掛かる鋼虎の方を振り返ったGENZIは、宙に浮かぶ隙だらけの鋼虎の身体を瞬時に二度切り刻み、最後に回し蹴りを放つ。
まともに攻撃を受けた鋼虎は、盛大に吹き飛び、岩肌を数回バウンドしたのちに身体をポリゴンの欠片へと変えた。
それを見ていた残りの鋼虎達が、仲間の仇を打つとでも言わんばかりの勢いでGENZI目掛けて突進した。
左右に分かれ、GENZIに同時に飛び掛かる鋼虎は、劔のように鋭利で強靭な尾を振りかぶる。
しかし、その行動すらも音を支配したGENZIには筒抜けだった。
「『鏡花水月』!」
GENZIがスキルを発動させると同時に、飛び掛かる鋼虎の鋭利な尾がGENZIの身体を裂いた。
仇をやった! そう、鋼虎達が思った瞬間、その感触に違和感を覚えた。
言うなればそう、まるで水でも斬ったかのような。
鋼虎達の直感は正しかった。
斬られたと思われていたGENZIは、姿を水へと変え、その場にばしゃりと崩れ落ちる。
二匹の鋼虎は辺りを注意深く警戒するが、どこにもGENZIの姿は映らない。
その時、地上に一つの影が差した。
二匹が上を眺めた瞬間には既に、二匹の首は地面に転がっていた。
「ふぅ……」
血糊を払うように二振りの刀を振り払うと、鞘へとカチャリと納めた。
GENZIが振り向いた時には既にクロエの戦闘も終結しており、「終わりましたよー!」と笑顔で手を振っている。
―やっぱり、五輪之介みたいに上手くは使えないな……。
と、GENZIはしみじみと五輪之介の技を模倣していて実感するのだった。
空を飛び回る四匹の【ジエン・ホーク】。
翼が鋭利な剃刀のように切れ味の良いそれらは、空高くを周るように滑空しながら地上の麒麟とぽてとさらーだを見下していた。
「かぁ~っ! アイツら避けるせいで全然弾が当たらねぇ……」
「なら俺が全部片づけてあげよっか、麒麟っち?」
面倒くさそうに頭を掻く麒麟に向けて、ぽてとさらーだがニマニマと笑みを向けると麒麟が額に青筋を浮かべる。
「ほう? それは俺が足でまといだと……? いいじゃねぇか? その挑戦受けて立つぞ! 先に空を飛び回っている銀鷹を二匹撃ち落した方の勝ちな!」
「OーK~、じゃあ勝った方の言うことを何でも一つ聞くってことで。この石が地面に落ちるのと同時にスタートね」
そう言うと、ぽてとさらーだは近くに落ちていた石を握り、軽く手の中で転がして感触を確かめる。
空中を飛び回る銀鷹達がこちらに襲い掛かってこないことを確認すると、ぽてとさらーだは天高く石を投げ放つ。
重力に従って次第に落下してくる石に二人の注意が向けられ、石が地面に設置した瞬間、二人は同時に動き始めた。
空高く舞う【ジエン・ホーク】達はおよそ高度五十メートル地点を悠々と漂っている。
地表に立つぽてとさらーだが、銀鷹に狙いを定め大杖を振りかぶろうとした時、空中から陽の光を反射して煌めく何かが飛散した。
突如のことに、しかして一切の動揺を見せず冷静に防御魔法を展開することで飛散した何かから身を護る。
防御魔法とソレが衝突した際、甲高い金属音を上げ、近くに弾き落された。
近くに弾き落されたソレに目をぽてとさらーだは目を向ける。
「……銀の……羽……?」
ぽてとさらーだが手に取ったのは銀色の羽。
毛とは思えない程に鋭利で固い。
ぽてとさらーだの視界には、羽の周りに土の精霊の姿が見えていた。
それはつまり、この羽が鉱物であるという証明の他ならない。
金属……金属か、それなら……。
悪戯を思い浮かんだ子供の様に笑みを浮かべると、ぽてとさらーだは再び大杖を構える。
先程の失敗を活かし、詠唱速度が極めて短い魔法を唱える。
「雷精よ……『サンダーボルト』!」
空気を青色の光が走り抜ける。
誰にも追いつくことが出来ない程速く、相手が気付いた瞬間には既に迸る電流が銀鷹の身体を走り抜けていた。
雷が触れた瞬間、銀鷹の身体は痙攣を起こしたように震え、翼の動きを止められ、そのまま地面に落下する。銀鷹から銀鷹へと、空気を介して近くを飛んでいたもう一匹の銀鷹も感電し、二匹纏めて地面に叩き伏せられた。
顔をあげることすらままならない銀鷹の元へ現れたぽてとさらーだは、止めにもう一度電撃を【ジエン・ホーク】の身体に流し込む。
ついに動きを止めた二匹の【ジエン・ホーク】を見て、「ふぅ……」と息をつく。
「どうやら俺の推測は当たってたみたいだな」
銀色の翼、突き刺さる程鋭利な羽、光沢を放ち、おまけに土の精霊が集まっているともなれば【ジエンホーク】の羽を構成するのはまず間違いなく金属である、そうぽてとさらーだは考えた。
そして事実、その考えは当たっていたらしい。
背後を振り返ったぽてとさらーだの視界に映り込んだのは未だに戦闘を繰り広げる麒麟の姿。
丁度戦い終えた麒麟はぽてとさらーだ同様に振り返り、二人の視線が交差する。
一方は勝ち誇ったように目を弓なりにさせて、もう一方は屈辱的とばかりに目を伏せて。
「麒麟っち~? や・く・そ・く、覚えてるよね~?」
「ぐぬっ……分かったよ! 後で何でもお前の言うこと聞いてやるってぇ!」
身体全身で喜びを体現するぽてとさらーだと、反するように沈んだ麒麟の元へ戦闘が終了し戻ってきたGENZIとクロエは思わず互いに顔を見合わせる。
自分達よりも格上の相手を相手取る機会が増えたおかげか、あっという間に片付いたモンスター達がポリゴンの欠片へと変わり、霧散していく様子を傍らにGENZI達は再び歩みを始める。
そして数分後、目的の山頂へと辿り着いた。