音ゲーマニアが青虎と戦うようですよ 後編
短期決戦、ともすればパーティーの連携が必要不可欠。
ひたすらにモンスターを狩り続け、効率を追い求め続けたあの日々がこんなところで活きてくるとは思ってもみなかった。
「早さを求めるなら……うん、いつものやつでいこう!」
「りょーかい」
「分かりました!」
その場に後衛のぽてさらだけを残し、俺と麒麟、クロエは【ツァイ】が佇む滝壺の中へと跳びこんだ。
滝壺、とは言っても水深はそこまで無く、膝丈くらいだろうか。
川の流れをぽてさらの魔法で先程塞き止め、徐々に滝壺に溜まる水の量が減少している。
とはいえ、膝丈まで水があるということは、その分行動を制限されるということ。
実際に、俺達のHPゲージの下には移動速度半減のデバフアイコンが現れている。
「……っ! 来るぞ!」
「ッ!!」
前方から【ツァイ】は一直線にこちらへ迫り、勢いそのまま鋭爪を振り下ろす。
俺達の前には、攻撃を受け止めようと盾を構えるクロエの姿が見える。
だが、このままでは先程の二の前、またしてもクロエが攻撃を受け切れないことは明白。
そんなことはクロエも重々承知している。
俺は頭の上にどんがりと居座るマーガレットに向かって叫ぶ。
「今だッ!」
「ピー!!」
俺の吠声と同時、マーガレットが俺の声に重ねるように甲高い鳴き声を高らかに上げる。
その声はクロエへと届き、同時にクロエに多数のバフを付与した。
クロエがバフを獲得した瞬間、クロエの右斜め上から迫る鋭爪をクロエは盾の表面を使って上手く受け流す。
それが気に食わなかったのか、目を血走らせた【ツァイ】は左前脚を乱雑に振り回す。
左右交互に連続して迫る重撃。
当たれば一貫の終わりであるそれを、吹き飛ばされることなく、ダメージを喰らうわけでもなく、クロエは冷静に敵の攻撃を捌いていく。
マーガレットのスキルは主にステータス上昇系のバフの付与。
その存在のことを完全に忘れていた俺だが、マーガレットのスキルは進化していた。
そして今、クロエに使ったのは新しいスキルの一つ。
効果は五秒間対象の全ステータスを大幅に上昇させるというもの。
もうすぐ、クロエに付与したバフの効果が切れる。
俺は既に移動を始めていた。
その間も【ツァイ】の猛攻が止まることは無い。
クロエはただ、その攻撃を防ぎ、いなし、捌き続ける。
左上のHPゲージを見れば、クロエのバフアイコンが激しく点滅していた。
その時、クロエは一瞬こちらに視線を向け、すぐに【シュイ】へと鋭い視線を戻す。あれは合図だ、つまり――。
「スイッチっ!!」
カーン、と一際甲高い音をあげて【ツァイ】の巨腕が宙へと弾き飛ばされる。
俺は、この瞬間を待ち侘びていた。
水に足を取られて動き辛い環境、故に予め移動しておいた場所。
完璧な条件だ。
俺は鞘に納めた二振りの刀に手を掛ける。
「『縮地』」
『グルゥァ!?』
足を取られる悪環境、だとしてもスキルの効果まで阻害できない。
俺は一瞬で【ツァイ】の目の前へと移動すると、柄を軽く握り、勢いよく振りぬく。
「『二月』」
刀をクロスさせるように、【ツァイ】の胸を切り裂く。
赤いダメージ痕が×印として残る中、俺の連撃は止まらない。
「『三慧』」
切り上げた刀を振り下ろし、左右交互に二連撃。
「『四光』」
続けざまに体を回転、追随する刀を遠心力を上手く利用して振り払い、二撃。
連撃の間に下段蹴りを混ぜ、相手の体勢が崩れた瞬間に左斜めから振り下ろし、二撃。
『グルゥゥゥゥゥゥ!!』
流石にこれだけ一歩的に斬られ続ければ【ツァイ】も反撃を仕掛けてくる。
しかも反撃のタイミングは俺が技を打ち切った直後、最も隙が生まれる瞬間だ。
だが、俺は攻撃を避けることはせず、既に次の攻撃の予備動作に取り掛かっている。
俺が避けずとも――。
「やらさねぇよ」
パン、と乾いた銃声が響き、弾丸は【ツァイ】が振り上げた前足を的確に貫いていた。
麒麟の援護射撃によって、【ツァイ】の攻撃の軌道はずれ、俺に当たることは無かった。
そして攻撃を外した【ツァイ】を待ち受けているのは、スキルの予備動作を終わらせ、刀を振りかぶる俺だけだ。
「『五雲』」
左斜め上から斬り下ろし、勢いに乗せ体を右回りに回転、【不知火】の焔と【餓血】の深紅の血が宙を舞い、軌跡を描きながら斬撃。
斬り払った勢いを流さず、腕をバネに弾かれるように返し、さらに二連撃を加える。
これで一つ、条件が完了した。
「お前ら! 頼んだッ!!」
「頼まれた!」
「『空歩』っ!」
飛び上がり、空気を踏みしめて一度【ツァイ】から離れる。
俺が離れるのと同時に、一歩下がっていたクロエと麒麟が前に出る。
そして後方、これまで戦闘に参加していなかったぽてさらが大杖を振りかざした。
「――『神雷の号哭』ッ!!」
振りかざした瞬間、大雷が天を轟かせ、轟音と共に滝壺へと飛来した。
水は雷をよく通す。
UEOではパーティー内のフレンドリーファイアが無効、つまり。
『グルラァァァァァッ!!』
【ツァイ】は大雷の直撃を受け、さらに水に流れた電流をその身に浴び続けている。
こうして皆が時間を稼いでくれている間に、俺は最後の準備に取り掛からなくてはならない。
―瞬装【胴装備・無】。
よし……これで二つ目の条件もクリア。
本当はやりたくないが、今はそんなことを言っていられる場合じゃない。
―【唆毒蠍の腰尾】解放。
俺が心の中で念じると同時に、腰から二本の尻尾が生えてきた。
蠍が持つ、先端に毒針を備えた強靭な尾。
先程まで膝丈はあった滝壺の水が、もう足首程まで減っている。
それに比例するようにして【ツァイ】の回復量も減少していた。
これなら……いけるな。
俺は大きく地を踏み切ると、【ツァイ】目掛けて降下していく。
「『修羅の解斬』」
『ル……ル……グルゥ……!?』
感電したままの【ツァイ】がこちらを振り向くが、遅い。
刃は深々と【ツァイ】の背に刺さり、俺は刺さったままの刀に手を掛けると、そのまま【ツァイ】の身体を裂いた。
残りのHPはおよそ四割、HP回復量が減少している今なら、あの技で終わる。
「見せてやるよ、この装備の強さをな」
と、言っても分からないだろうが。
俺は肩から力を抜くと、一気に【ツァイ】に詰め寄る。
「『六極』ッ!!」
斜め下からの斬り上げ、流れるように斬り返す。
感電しながらも反撃しようとする【ツァイ】、だが、この装備はそれすらも封じ込める。
振り上げられた【ツァイ】の前脚に俺の尾が絡みつき、先端の毒針を突き刺す。
それによって麻痺状態になった【ツァイ】は、攻撃を強制的に中断される。
追い打ちをかけるように連斬を叩き込み、【ツァイ】が反撃を試みようとした瞬間に毒針で動きを封じる。
「これで……終わりだ!」
【ツァイ】の額に【餓血】を突き刺し、遂に【ツァイ】のHPが全損した。
【唆毒蠍の腰尾】……本当にこの装備の性能はイカれているとしか現しようがない。
二つ名モンスターである【ツァイ】を倒したことによって、目の前に現れるウィンドウとワールド全体に駆け巡る撃破アナウンス、そして脳内に鳴り響くLVアップのファンファーレ。
ただ、どうしても勝ったという実感は湧かず、勝利の喜びは無かった。
俺が背後を振り向くと、顔を隠すクロエとこちらをニヤニヤと見つめる麒麟達の姿が目に映った。
「あ……」
やば、とすぐに瞬装で【黒虎の軽鎧】を身に纏う。
「おーい……クロエさん? あの、もう装備着たんで目開けても大丈夫ですよー……」
「……っ!」
「あ、ちょっと!」
何も言わず顔を赤くしたまま走り逃げていくクロエを、俺は追いかけた。
その頃、残された二人は……。
「なぁなぁ、ぽてと氏や」
「はいはい、なんですか麒麟っち?」
「あの二人……いい加減くっついた方がよくないですか?」
「確かに……そうですねぇ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、あれやこれやと悪知恵を働かせていた。
「うーん……なら夏休み中にどこかに出かけるとか?」
「ただ、クロは恥ずかしがり屋だからいきなり二人で行かせるのは無理……ならば我々四人で行けば……!」
「それだ!」
こうして、二人の知らぬ間に夏休みに出かける予定が生まれ、そして二人をくっつけようとする、やかましい恋のキューピットが生まれた瞬間だった。