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Utopia Endless Online~音ゲーマニアがいくVRMMORPG  作者: 赤井レッド
ああ、剣虎よ!幾仟の剱と共に
115/138

音ゲーマニアが【劔の滝】へ赴くようですよ

 

 ゆっくりとお茶を味わい、朝方の静けさに浸っていると、右袖を引っ張られた。

 視線を下げると、マーガレットが(くちばし)で俺の袖を(ついば)んでいた。

 大きめの蒸しパンが置かれていたはずの皿には、食べかす一つ残っておらず、マーガレットは満足そうに「ピー!」、と鳴いている。

 時間を確認してみると丁度約束の八時半を迎えようとしていた。


「時間も時間だし、行くか?」

「ピー!」


 元気よく鳴くと、マーガレットは自身の身体を小さく変化させると、再び俺の頭へと降り立つ。

 俺の頭に留まった途端に全身の力を抜き、全体重を俺の頭にかけてくる。

 コイツ……もしかしなくても俺の頭の事を巣か何かだと勘違いしているんじゃないか……?

 ジト目で頭上のマーガレットにちらと視線を送ると、澄ました顔で視線を避けやがった。


 俺は店を後にしようと長椅子から立ち上がると、アイテムボックスの中からゴールドを取り出した。

 つい癖で代金を置いていこうとしたが、その必要は無いことに気付き慌てて動きを止める。

 ここは仮想世界、ゲームの中だ。買い物をする際は、基本的には全てが前払い、アイテムを購入しようと選択した時点で自動的に所持金の中から必要分のゴールドが引かれている。


 店の去り際、別に音がしたわけでも、何かに気付いた訳でもない。

 でも、何となく後ろを顧みると、深々とお辞儀をする、あのお婆さんが居た。

 結局分からず終いだったが、あのお婆さんは何者だったんだろうか。

 俺が音に気付けない相手なんて今まで初めてだったかもしれない。

 万に一つも無いだろうけど、あのお婆さんと戦うことになったらどうしても勝てる気がしない。

 お辞儀をしているお婆さんに軽く会釈を返すと、再び前に向き直り、立ち込めていた朝霧の晴れた大通りを歩き、転移広場へと向かった。


 ♦


「驚いた……」


 GENZIへと頭を下げていた彼は、自身の存在に気が付いた導き手に驚きを隠せなかった。

 彼はまさかGENZIが自分に気が付くことは無い、そう考えていたのだ。

 だが、GENZIは後ろを振り返り、彼に軽く会釈を返した。


「まさか俺の存在に気付くとはな、五輪之介が見繕ってきた奴にしては中々見どころのあるやつだ」


 先程までとは異なり、男性の声をあげる、腰の曲がった背の低い老婆。

 傍から見たら不気味の一言に尽きるだろう。

 窓に反射して映った自分の姿に気付いた彼は、自身の胸に懐から取り出した小刀を突き立てると深々と心臓を貫いた。

 だが、ダメージは受けず、代わりにその姿を大きく変化させた。

 身長が180センチを越すだろう巨体に、身体を包み込む引き締まった筋肉。無駄な脂肪や過度に肥大した筋肉ではなく、野生の獣のような絞られた身体をしている。

 紅く染まる頭髪は長く、後ろで一つに束ねられており、顔には爪痕のような傷がいくつも見受けられる。


「はぁ……それだけに残念でならん……。あいつはまだまだ伸びる、でも今のあいつじゃあ俺の事は倒せない」


 彼は一度店の中へと入っていくと、お茶を一杯入れ、長椅子に腰かけながらゆっくりと啜る。


「……五輪之介が連れてきたっていうところが癪だが……しょうがねえ、俺があいつのことを見てやるとするか」


 ずずっ、と残っていたお茶を飲み干すと、茶器を長椅子に置き、彼は地面に一振りの剣を突き刺した。

 すると彼の姿は光に包み込まれ、跡形も無くその場から消え去る。

 丁度彼がその場から消えた頃、店の奥から先程のお婆さんが姿を現した。

 お婆さんが看板を出そうとしたところ、既に看板は外に出されている。

 そして、何故かまだ温もりを感じる飲杯が長椅子に置かれていた。


 ♦


 時刻は八時半、約束の時間になった。

 転移広場には既に麒麟達が待っていた。

 少し小走りで近づいていくと、俺のことを真っ先に見つけたクロエがにこやかに手を振ってくる。


「悪い、待たせたか?」

「いんやぁ? 俺達も丁度今集まったところだし、それじゃあ早速向かいますか」

「ああ」


 昨日のクロエの話では確か、四神が封印されている場所には二か所。

 劔山脈に網の目のように張り巡らされた清流の源、【劔の滝】。

 劔山脈のうちの一つ山、その山頂に存在するという【劔湖沼】。

 靛青(ディエンチン)の街からの距離で言えば、【劔の滝】の方が近そうだ。


「じゃあ、まずは近い方の劔の滝から向かおう」

「分かりました」





 道中、俺のパッシブスキル『修羅の呪い』によって引き寄せられてきたモンスターを薙ぎ倒しながら、予定よりも速いスピードで山を登っていき、一時間と経たずに目的の【劔の滝】に到着してしまった。

 道すがらモンスターの相手をしていて、つくづく【ウェネーウム】は反則(チート)級の強さだったのだと実感させられた。


 何故突然【ウェネーウム】の話が出てきたかと言えば、俺が【ウェネーウム】の撃破報酬として手に入れた腰装備、【唆毒蠍の腰尾】の効果が圧倒的だったためだ。

 先に効果を言うと、この装備から生えている()()()()()()()()()()()()()()()()

 元々人間に尻尾なんてものは無いので、慣れるまでは使い物にもならなかったが、コツを掴んだ後は敵を軽く蹂躙出来ると確信するほどに無茶苦茶な性能だった。

 感覚としては、イメージだけで自在に動くリーチの長い腕が二本増えたようなものだ。

 しかも、右の尾の先端の針が掠っただけで相手を一秒間麻痺(スタン)させ、左の尾の先端の針が掠っただけで相手を一秒間魅了(チャーム)する。

 ただ、この尾を使用する条件として、胴装備を外す・一定時間攻撃を受けず、一定回数攻撃を加えるというものがある。

 そうだとしても条件の割に性能が破格すぎるように思える。


 こればかり使っていては本当に自分のPS(プレイヤースキル)が鈍りそうだと感じた俺は、自分の中でルールを決めることにした。

 一、相手がユニークモンスターであった場合。

 二、仲間が危険な場合。

 三、絶対に勝たなくてはいけない場合。

 このルールだけは絶対に曲げない、そう心に決めた。

 自制しなければならない程にこの装備は強い。そして何より、個人的に使いたくない理由が、使用条件にある胴装備の解除。これをすることによって、俺は半裸状態にならなければいけない。

 そして、先程何気なく使ってみたところ、クロエがしばらく口を利いてくれなくなった。

 俺が話しかけようとしても、顔を紅潮させて逃げるように避けられてしまった。


「もう、あんな思いは絶対にしたくない……」

「GENZI君、何か言いましたか?」

「い、いや? 何も言ってないよ」


 思わず口に出た言葉を誤魔化す。

 怪訝そうな顔で小首を傾げるクロエは、未だに俺のことを訝し気に見ていたので何とか話題を変えようと思っていると、少し先から水の音が聞こえてきた。


「さっきからマップ上では劔の滝に入ってたけど、ようやく滝まで辿り着いたみたいだぞ」


 急勾配な山道をいち早く登り切った俺の視界に映ったのは、現実で見たそれとは一線を画す荘厳な激流。

 昔、滝を見た時も感動したことを覚えている。

 だが、今感じているのはそれ以上のものだと断言できる。

 激流の流れ落ちた先、滝壺は白く泡立ち、その水飛沫がここまで飛散してきていると錯覚するほどにここだけ温度が異なっていた。

 この地に足を踏み入れた瞬間、言い表すならばここだけが別の空間のように感じられた。


「おーい? GENZIとクロエちゃーん、そんなところでぼーっとしてたら置いてっちゃうよ~」

「……はっ! 悪い! ほら、クロエ行くぞ」

「え!? あ、はい!」


 目の前の光景に呑まれていると、いつの間にか後ろに居たはずの麒麟とぽてさらは先に行ってしまっている。

 声をかけられて気が付いた俺は、同じく呆然と立ち尽くしているクロエに声を掛け、麒麟達の元へ駆けた。


「それにしてもスゲェ場所だよなぁ、クロエちゃんとGENZIが見惚れるのも分かるわ」

「俺もそう思うわ、もし急ぎの用で来ていたんじゃなかったらもう少しゆっくり見てられたんだけどな」


 危うく忘れかけていたが、今回この場所に来ているのは靛青(ディエンチン)の街を四神と剱神から守るためだ。


「で、恐らく俺達の予想が合っていれば――」

「ありました!」


 クロエが差したのは滝の裏側。

 俺も移動して目を細めると、辛うじて滝の裏側に巨大な岩が置かれていることを確認できた。

 この距離だと断言するのは難しいが、まず間違いなくあの岩と見て間違いない。

 俺達は無言で視線を合わせると、細い道を通って滝の裏側を歩いていく。

 遠目からは分からなかったが、こうして近づいてみるとあの巨岩が目的のものであることが分かった。

 巨岩の周りを取り囲む縄と、呪符。

 それらをすり抜けて巨岩に触れようとしたその時だった。


『グルゥゥゥォォォォォォォォォッッ!!』


 けたたましい獣の吠声。

 鼓膜を破るような大音量は、大地を震わせた。

 咄嗟に耳を抑えた俺達は、その爆音が止むのを待っているが、一向に止む気配は無い。

 そして、ようやく吠声が止んだと思った瞬間だった。

 俺の耳に飛び込んできたのは水の音に交じる、水を切る音。

 理由は無い、だが、唐突に背筋が凍り付くほどの悪寒を感じた。


「全員左右に跳べッ!!」


 気付いた時には叫んでいた。

 そして叫ぶのと同時、激流が流れ続けていたはずの滝の水が止み、その瞬間に激流が流れ落ちてきていたはずの場所から一つの影が飛び込んでくる。

 影は俺達の目の前に着地すると、爪のように手から五つの刀が生えた、青色の虎が姿を現した。


「蒼刃のツァン、LV130……!」

「お相手さんに話す気は――」

『グルゥゥァァッ!』


 額に冷や汗が浮かぶのを感じながら苦笑を浮かべる。


「――どうやら無さそうだ?」


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