音ゲーマニアが帰還するようですよ
どうにか勝利を掴むことは出来た、でも、なんだろう……。
どうも納得がいかないような、そんな感覚が俺の胸中に残された。
ドロップアイテムとして入手した、【バァイ】の二振りの白刀。これを見ていると何かの記憶が呼び覚まされそうになる。
ふと、視界に入ったアイテムの説明欄に書かれているのはキーアイテムという文字。
―あれだけ【バァイ】が振り回していたのだから使わせてくれればいいのに……。
「んっ?」
何気なく思い至った思考、だが、その思考に俺は引っかかりを覚えた。
前にも一度、どこかで同じようなことを思ったことがある。
そう、あれは確か――
「あーっ!! 思い出したぞ!」
絡み合っていた謎が紐解け、喉元につっかえていたようなモヤモヤとした感覚が消えた嬉しさなあまり、思わず大声を上げた。
「きゃっ!? いきなり叫んでどうしたんですか……?」
小さく悲鳴をあげると、隣を歩いていたクロエが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
突然クロエの顔との距離が近づき、咄嗟に一歩後退ると、何かに躓いて背後に転倒する。
勢いよく尻餅をついた。
「いてて……」
腰をさすっていると目の前に白色のレースを纏った華奢な腕が差し出される。
腕を辿れば、そこには先程よりも心配そうな顔で俺を見つめるクロエの姿がある。
少し照れ臭かったが、差し出された手を掴むと、立ち上がった。
「本当に大丈夫ですかGENZI君?」
「ああ、本当に大丈夫。さっきからずっと気になってたことが分かったんだよ!」
大道を歩きながら、隣で小首を傾げるクロエに説明する。
「俺はさっきドロップした【バァイ】の白刀が、何かイベントに絡んでいるだろうって思ったんだ。それだけなら多分誰だって考える、俺が気になっていたのは、あの剣のことだったんだ」
「剣……ですか?」
クロエの言葉に頷き、肯定する。
「装備して使うことが出来ず、キーアイテムという表記がされている剣。俺はどこかで見たことがあった気がしたんだ。それで考えて考えて……で、思い出したってわけだ」
「それであんなに喜んでたんですね」
「まあ……」
ほのかに顔が熱くなるのを感じながら、クロエの言葉に頷くと、微笑ましいものを見るようにクロエが穏やかな笑みを見せた。
それが自分に向けられたものだと思うと、どうにもこそばゆい。
軽く咳ばらいをすると話を続ける。
「で、思い出した内容が前にここへ麒麟と二人で装備の素材集めに来た時の事だったんだ。この劔山脈の連なる山の内の一つ、その頂上で【バァイ】とは真逆に全身の体毛が黒い虎、【シュイ】と対峙した」
「あ、もしかして……」
「そう、多分クロエが思っている通り、【シュイ】も二つ名を持った名持ちモンスターだった。苦闘を強いられながらも俺達は【シュイ】に勝った、その時ドロップアイテムとして落としたのがコレ」
俺は話しながらアイテムボックスから【シュイ】との戦闘で獲得した黒い大剣を取りだした。
「さっき手に入れた白刀と同じようにキーアイテムっていう表記があって、装備出来ない剣。しかもこの剣を落とす相手が、劔山脈に現れる虎型のモンスター、何て偶然が過ぎるだろ?」
クロエは少し考え込むような仕草を見せ、口を開こうとした瞬間に、背後から随伴してきていた麒麟の声が響き、俺とクロエは思わず振り返る。
麒麟は何を言うでもなく、前方を指差した。
俺達の視線は麒麟が指差した方向へと吸い込まれていき、麒麟が思わず声をあげた理由が分かった。
「綺麗……」
「ああ……」
俺達はいつの間にか靛青の街まで降りてきていたらしい。
視界の先に広がっていたのは、宙を舞う紅提灯や、ランタンの数々。
陽が沈み、空が藍色に染まり始めたこの時間帯にはそれらの放つ光がとても映えている。
靛青の街へと入場する門は、紅や朱を基調とした垂れ幕が垂れかけてある。
「劔祭り?」
垂れ幕には大きな文字でそう書かれていた。
「とりあえず中入らね? こんなところで立ちっぱなしなのもアレだし」
麒麟の提案をのむと、街の中へと入っていく。
宙を舞う紅提灯に照らされる大通りには、暗くなり始めているのに人の往来が絶えない。
大通りの両脇には幾つもの出店のようなものの準備が行われている。
近くの出店で忙しそうに動き回っている男のNPCがふと目に入り、声を掛けた。
「すいません! これは一体?」
「何も、これは劔祭りのための準備さ。劔祭りってのは十年に一度、劔山脈におわす、剱神様とそのお供である四神様達がこの靛青の街へ降りてきて街の全員で剱神様方に感謝をするっていう儀式だ」
作業をこなしながら面倒くさそうに話された会話の中で、既にいくつもの知らない単語が飛び交っていた。
ただ、どうにも嫌な予感がする。
少し、掘り下げてみた方がいいかもしれないな。
嫌な予感が的中しなければいいんだが……。