音ゲーマニアが二つ名持ちの白虎と戦うようですよ
悠然と歩み寄ってくる白い虎。
身体には青い線が稲妻のように刻まれている。
鋭い牙を見せる口には、二本の真珠色をした刀が咥えられていた。
「誰かアイツの情報を持っている奴は?」
GENZIの言葉に返答は無く、代わりに沈黙が返ってきた。
その沈黙こそが誰も視線の先に居る名持ちモンスターの事を知らない証拠でもあった。
夕陽に照らされ、朱色に染まる大地を踏みしめながらゆっくりと近づいてくる【バァイ】からは、これまでのモンスターとは違う何かを、その場の全員が感じ取っていた。
「なぁ……? なんかヤバい気がするの……俺だけ?」
「いえ……多分、皆そう思っていますよ……」
仮想の身体だというのに肌がひりつく感覚を覚えながら、一行は迫る強敵に意識を向ける。
全員が武器を抜き、戦闘態勢を取った瞬間に【バァイ】は一瞬にして姿を消した。
何が起きたのかと全員が困惑する中、GENZI一人が【バァイ】の居場所に気付いた。
「……っ! 上だッ!!」
その声に促されるままに上を仰いだクロエ達の目に入ったのは、口に咥えた二本の白刀を振りかざす巨大な白虎の姿。
遠目からでは判別がつかなかったが、その虎は視界を覆いつくす程の巨躯を携えていた。
唐突の襲撃に反応の遅れたクロエ達に生まれた隙、【バァイ】はその隙を見逃さず、後衛の二人に狙いを定めている。
「やらさねぇっ……よッ!」
『グルゥ……』
白刀と麒麟達の間に体を滑り込ませると、体の捻りによって遠心力と体重が乗った【シュイ】の白刀を受け止める。
だが――
「くっ……!」
鍔ぜり合うGENZIの刀と【バァイ】の白刀。
圧倒的な力の差の前に、刀はGENZIの側へと傾いている。
このままでは押し負け、GENZIが潰れることは誰の目から見ても明らかだ。
それはGENZIとて重々承知している。
GENZIは回避主体の戦闘スタイル、そもそもが攻撃を受け止めることを想定していないのである。
では何故、GENZIは白刀を受け止めたまま動かないのか。
「スイッチッ!!」
「っ!」
その声を待っていたと、GENZIは口端を吊り上げ、刀身を上手く利用することで鍔ぜり合っていた【バァイ】の白刀を受け流す。
白刀に体重をかけていた【バァイ】はそのまま体勢を前へ崩し、倒れ込みそうになる。
その僅か一瞬の隙、一歩後ろへ下がるGENZIと入れ替わるように飛び出たクロエが、蒼剣を高らかに掲げた。
「『サウザンドソード』ッ!」
掲げられた蒼剣が青く発光し、周囲に光の剣を幾十、幾百、幾千と創造し、クロエが蒼剣を振りかぶり、切っ先を【バァイ】へと向ける。
蒼剣の周囲を漂っていた幾千もの光の剣が群れを成し、【バァイ】へと襲い掛かる。
『グルゥ……』
陥没するほど地面を強く蹴ると、【バァイ】は光の剣から逃れるため背後へと飛び退る。
しかし、いくら距離を置こうと光の剣は【バァイ】のことを追跡し続ける。
いつまでも追尾してくる光剣を鬱陶しそうに睨みつけると、【バァイ】は回避を諦め、その場に止まった。だが、【バァイ】に大人しく光剣を受ける気など微塵も無かった。
大きく息を吸い込むと、口を大きく開き。
『グゥゥゥゥゥゥゥオォォォォォォォォッッ!!』
鼓膜が破れるほどの爆音。
衝撃が空気を伝い、【バァイ】を包囲していた光剣の群れが全て消滅する。
あまりの爆音を目の前にしたGENZI達は思わず両手で耳を塞ぐ。
「なんだっ!?」
「おいおい……! もう来るぞッ!」
すかさず追撃を加えんと迫る【バァイ】に、そうはさせまいと白銀の盾を構えてクロエが立ちふさがる。だが、圧倒的なまでの【バァイ】の力の前には無力、クロエは身体ごと空中へと放り投げられる。
空中に浮かんだクロエの元へ一気に距離を詰めた【バァイ】が白刀を振りかざした。
「――『ダークネス・バイト』ッ!」
瞬間――突如空中に出現した黒い霧が【バァイ】の身体に纏わりつき、動きを絡めとる。
【バァイ】の身体を縛り上げると、鎖のように硬質化し、地面へと【バァイ】を繋ぎ止めた。
「ナイスぅぽてと氏! 『トリプルファイア』ッ!!」
流れるように連携を取り、動きを封じた【バァイ】目掛けて三発の銃弾が撃ち込まれる。
三発の弾丸は全て、【バァイ】の急所である、胸元の紫水晶の元へと吸い込まれるように命中。急所を撃ち抜かれた【バァイ】は闇色の鎖を噛みちぎると、すかさずその場を離れる。
『フゥゥ……!』
こちらを警戒し、怒りを露わにする白虎の姿を、その頭上に表示されるHPゲージを見て麒麟は思わず苦笑する。
「HP一割くらしか削れてないんだけど……」
「これは……厳しくなりそうだな」
♦
戦闘が開始してから既に三十分以上が経過し、【バァイ】残存HPは約五割。
少しずつ削ってはいるが、このまま耐久戦に持ち込めば負けるのはこちらだろう。
俺達は洞穴の中での連戦による消耗もある中での戦闘、それに比べて【バァイ】はこの戦闘で全力を出し切れる状態だ。
どうにかして短期決戦に持っていきたいが、いったいどうすれば……。
「っ! 危ねぇ……」
音に反応して咄嗟に屈むと、頭の上を突風が通り過ぎた。
ちらと視線を上に向けたら、見えたのは二振りの白刀。
一瞬でも反応が遅れていれば俺はこの場で即死していた。
今の状況でもそうだ、やはり俺達の反応速度にも遅れが出始めている。
―これは本格的に急がないと不味いぞ……。
俺が一歩下がると、【バァイ】は標的を変更、最も近くに居たクロエの元へと向かう。
クロエは回避と防御に専念し、迫りくる【バァイ】の連斬を受け流している。
こうして隙を作っている間に――
「燃やせ、燃やせ、猛らせろ……。『炎龍の息吹』」
「『ザ・キャノン』ッ!」
後方から詠唱が完了したぽてとさらーだの魔法と、麒麟の遠距離攻撃スキルが【バァイ】へと飛来、直撃する。
ダメージを受けると【バァイ】は標的を変更し、麒麟達の方向へと向かう。
そこに俺が割り込み、【バァイ】に一撃喰らわせることでヘイトを俺に向けさせる、と。
このループを繰り返すことで今はダメージを与えられているが……。
一つ、気掛かりなことがある。
何度見ても先程から【バァイ】に与えるダメージが減少している気がしてならないのだ。
一度目は火魔法と銃弾、二度目は氷魔法と銃弾、三度目は雷魔法と銃弾、そして今、四度目は再び炎魔法と銃弾を喰らわせている。
「……っと!」
駄目だ、思考に集中しすぎて回避が疎かになれば待っているのは死、あるのみだ。
目の前の相手の動きを聞き逃さず、そのまま思考を巡らせろ。
眼前に迫る白刀を体を逸らし、跳び、転がって避ける。
銃弾によるダメージは一回目から回数を重ねるごとに減少していった。
それは、炎魔法も同じこと。二度目のダメージの方が明らかに減少している。
不規則に変化する【バァイ】のリズムに合わせて、白刀が振り下ろされるタイミングで【不知火】の刀身を利用して刀撃を捌く。
俺やクロエの斬撃でもそうだった。
回数を重ねるごとに与えるダメージ量が減少しているような……。
まさか……!
迫る白刀を潜り抜け、一気に【バァイ】の懐へと潜り込む。
これまでバァイに与えたのは、斬撃、銃撃、魔法。属性で言えば火、氷、雷。
なら――
「っ……!」
俺は懐に飛び込むや否や急停止し、飛び込んだ勢いを力へと転換して、潜り込んだ【バァイ】の腹部目掛けて思い切り拳を振りぬく。
―瞬装【鬼穿・改】。
手に握りしめていた刀と入れ替わって現れたのは、笑みを浮かべる不気味な骸骨が彫られた焔を撒き散らす手甲。
「燃え上がれっ! 鬼穿・改ッ!!」
俺の声に呼応するように、骸骨の口から焔が噴出され、推進力を手に入れた拳はあり得ない速度で【バァイ】の腹部を殴打する。
―【激音の極意】
心の中で己に念じるように言葉を唱えると同時に、【バァイ】の腹部を穿つ拳に自分のリズムを流し込む。
『グルゥァッ!?』
今のでHPは残り二割を下回った。
後は簡単だ。
【バァイ】は体勢を立て直そうと、立ち上がろうとしているが一向に立ち上がる気配はない。
それどころか体を動かすことすらままならない。
「まだ……これは使ってなかったよな」
―瞬装【餓血】。
右手に【餓血】を持つと、体を動かすことのできない【バァイ】の元に近づき、胸元の紫水晶に切っ先を突き立てた。
「『修羅の解斬』っ」
抵抗なく、スルリと【バァイ】の身体を貫いた【餓血】は、【バァイ】の血を啜る。
砕け散った紫水晶の破片がポリゴンの欠片へと変わり、間もなくして【バァイ】もポリゴンの欠片へと姿を変え、風に吹かれて霧散した。
最後の最後、【バァイ】が俺のことを見る金色の瞳はそれまでの殺気だった獣の目ではなく、まるで子を見守る親のような優しさに満ちたもののように思えた。
釈然としないもやもやとした感情を心に残したまま、【バァイ】は消えてしまった。
後に残されたのは、【バァイ】が扱っていた二振りの巨大な白刀と、耳元に残るアナウンスのみ。
【プレイヤー、GENZI・麒麟・クロエ・ぽてとさらーだの四名が『白刀』のシュイを討伐しました】