音ゲーマニアがLV上げをするようですよ 後編
GENZIの合図をきっかけとして戦闘が始まった。
追尾する【ライト】の光に淡く照らされ、浮かび上がったシルエットは四足歩行の肉食獣。
鋭い牙を覗かせ、呼吸を荒げるモンスター達は雄叫びをあげると共に一斉にGENZI達へと飛び掛かった。
モンスターがこちらへ飛び掛かってくると同時にクロエが盾を構え、スキルを発動させる。
「『プロテクションサークル』」
『ギャッ!?』
クロエを中心としたドーム状の青い結界が張られ、飛び掛かってきたモンスター達が結界に弾かれ、吹き飛ばされた。
「隙だらけ……だぜっ!」
得物を構えていた麒麟は一瞬の隙も逃さず、三匹のモンスターに向かって弾丸を撃ち込む。
短い悲鳴と共に暗闇の中で倒れ伏したモンスター達はすぐさまポリゴンの欠片へと姿を変え、音を立てて霧散した。
周囲への警戒を解かず、銃を構えたまま麒麟が吠える。
「モンスターの名前はアルブス・タイガー! LVは110だっ!!」
「「「了解ッ!」」」
麒麟の報告に各々が声をあげると、陣形を崩さないまま奥へと進んでいく。
止まない獣の呼吸音……むしろ増えているとさえ感じられるそれに警戒を強めていく。
洞穴の暗闇は深く、【ライト】の光があったとしても目前になるまでは敵の存在を感じ取ることが出来ない。その状況の中、GENZIは意識を耳に、正確に言えば鼓膜に集中させていた。
「足音からして敵の数はおよそ三十! 俺達の周りを旋回しながら陣形を整えてるみたいだっ!」
これまでも頼ってきた音ゲーで鍛えた独特の音感で相手の位置を把握、報告すると、背後でぽてとさらーだが悪戯心を孕んだ笑みを浮かべた。
コツンと大杖の音を響かせると、ぽてとさらーだは詠唱を始める。
「紫電よ、弧を描け……。『エレクトロ・サークル』!」
短く発せられた言葉の終わりと同時に大杖が振りかざされ、大杖から紫色の電撃が迸る。
地面を這うように走る電撃は、術者を中心に弧を描く。
紫電が走り抜けた後には断末魔をあげる暇さえなく倒れた【アルブス・タイガー】が転がっている。まだHPが半分以上残っている個体が大半だったが、『雷』属性の効果で痺れ状態となっている【アルブス・タイガー】達は身動き一つとれない。
「おっ! ナイスぅ、ぽてと氏!」
「ナイス! ぽてさら!」
倒れた【アルブス・タイガー】が起き上がるよりも先に移動したGENZIと麒麟は、次々と身動きのとれない【アルブス・タイガー】達に止めを刺していく。
これで終わりだ、と最後の一匹にGENZIが【不知火】を突き刺す。
GENZIは近くから聞こえていた音が無くなったことを確認すると、軽く息を吐きながら刀を鞘に納めようとした……その時――。
「……っ!」
GENZIは、新たな音を捉えた。
小さく、まだ距離が離れているためか、思わず聞き逃してしまいそうな程の。
しかし、その音が徐々にこちらへと向かって近づいてきていることも、その数が先程の倍以上であることにも気づいていた。
これは不味い……そう判断したGENZIは迷いなく声を張る。
「前方から増援ッ! 数は約六十ッ!!」
「……ッ」
誰のものとも分からない息を飲む声が闇へと消え、獣の息遣いが再び洞穴の中を支配する。
足音は徐々に大きくなり、【アルブス・タイガー】は着実に距離を縮めていた。
暗闇の中、【ライト】による明かりがあろうとも、正に一寸先は闇、このようにお互いが見えない状態で各々が動けばどうなるか。
答えは簡単だ、容易く陣形が崩れる。
『グルゥアッ!』
「っ!」
正面から唾液を撒き散らし、獰猛な牙を剥きだしにして迫る【アルブス・タイガー】を、クロエは盾で弾くと続けざまに飛んできた【アルブス・タイガー】を切り刻む。
弾かれた【アルブス・タイガー】は空中で姿勢を整え、再度特攻をしかけるが、それを予測していたクロエはいとも簡単にすれ違いざまに腹を裂いた。
一瞬にして二匹の敵を無力化したクロエは油断することなく、辺りを警戒していたはずだった。しかし――。
『ギャゥッ!』
突如背後から襲い掛かってくる【アルブス・タイガー】が一匹。
クロエは前方の敵を攻撃した剣と盾を持った手が伸び切ったままの状態で、後方の【アルブス・タイガー】からの攻撃を防ぐ術がない。
通常ならば後衛のぽてとさらーだや、麒麟が援護するために気にならない相手だ。
だが、今は暗闇によって陣形が崩れており、それどころか敵の位置すら近づかなければ気付けない程の状況。
「ッ!? しまっ――」
反応が遅れたクロエを待ち受けるのは【アルブス・タイガー】の鋭い爪。
首が回転するほどの風圧と、金属音をあげながら振り下ろされる爪撃は的確にクロエの上半身を捉えていた。LV差のある敵、喰らえば無傷とはいかない。
鋭爪がクロエに直撃する直前、何かが【アルブス・タイガー】の爪に当たり、弾かれた。
軌道がずれたまま、あらぬ方向へと爪を振るった【アルブス・タイガー】の背に突き刺されたのは紅く燃え上がる刀。
揺ら揺らと燃え盛る焔が刀を持つプレイヤーを紅く照らし出す。
「GENZI君っ!」
「クロエ無事か!?」
辺りを見回し、危険が無いことを確認すると、GENZIはクロエへと駆け寄る。
その顔には不安や心配、そういった色が見えた。
いつもとは打って変わった様子を見て、思わずクロエは表情を和らげ、破顔した。
「大丈夫ですよ、助けてくれてありがとうございます」
クロエの言葉を聞いてようやく安心したのか、GENZIが口を開こうとして、自ら口を閉じる。
口をきつく結び、表情から見て取れるくらいに機嫌悪く背後を顧みる。
「……はぁ……邪魔すんなっての!」
ほぼ無音に近しい程、音も無く歩み寄っていた【アルブス・タイガー】の額に【不知火】を突き刺すと、額から全身に火が回り、焔を猛らせながら倒れる。
仲間の敵討ちのつもりか、辺りにいた【アルブス・タイガー】全てを引き寄せたかのように大量の【アルブス・タイガー】が迫る中、GENZIは冷静に【不知火】を引き抜くと両手に刀を構えた。
「もう、お前らの動きは掴んだ。俺には一発も当てられねぇよ」
誰に投げかけるわけでもなく、ふてぶてしく呟くと目前に迫る戦いに意識を集中させた。
時間は午後の四時頃、UEO内では空が茜色に染まり、稜線の先に陽が沈みかけている。
茜色に染まる空の色を反映したように朱色に染まる獣道。
GENZI達はこみ上げる疲労を抑え、夕陽に照らされながら劔山脈を下山していた。
「……まさか、あの後さらに増援が来るなんて思ってなかったんだけど……」
「それなぁ……」
GENZI達は、六十体の【アルブス・タイガー】を倒し終え、ようやく先に進めると洞穴の奥に踏み込んだところ、さらに【アルブス・タイガー】の群れに遭遇し、交戦した。
その後も同様のことが続き、洞穴の最奥に到着するまでの間に幾度となく【アルブス・タイガー】の群れとの戦闘を強いられた。
GENZI達がLV上げのために自ら望んだことではあるが、提案したぽてとさらーだ本人も、まさかここまでのものだとは考えてもいなかった。
「結局、洞穴の一番奥まで行って見つけたのは巨大な岩だけだしな……」
ぽてとさらーだですら愚痴を零す姿を見て、思わずクロエも苦笑を浮かべる。
暗闇の中という不利な状況で、格上のモンスターの大群との連戦。
苦労したことは言うまでもない。
だが、同時にLV上げの効率は良かったと誰もが実感していた。
これまで三日間の間で狩りを続けて上がったLVはたったの三、それに比べて先程の洞穴は僅か三時間の間で七もレベルが上がったのだ。
「凄く効率の良い狩場でしたけど、LVが上がってしまったので次回に行ったとしても今日程の経験値を得ることはできませんよね……」
「その通りだな、それに同じくらいLVが上がるとしても俺はもう行きたくない」
GENZIの言葉に麒麟とぽてとさらーだは激しく同意し、頷いていた。
GENZI達が歩いているのは断崖絶壁の細い山道。
一歩でも踏み間違えれば崖から落ちて死亡が確定する。
こんな場所だろうとお構いなしに襲い掛かってくるモンスター達をあしらいながら、ようやく大道に出ることが出来た一行は、緊張から解放されたのか肩の力をふっと抜いた。
ただ一人、GENZIを除いて。
GENZIの異変にいち早く気が付いたのは麒麟だった。
身体を強張らせていつでも動けるように構えているGENZIに声を掛ける。
「おい、GENZI? どうしたんだ? まさか、まだとんでもないモンスターが来てるー……とか言わないよなぁ?」
少し冗談交じりに肩を叩いた麒麟と顔を合わさず、背後に向かってGENZIは話しかける。
「その通りだ、いい推理力だな、麒麟。俺の視線の先、この広い道の奥の方に何か見えるだろう?」
GENZIに言われるがまま、パッシブスキル『鷹の目』を使用して大道の先を眺めた麒麟が思わず顔をひきつらせた。
苦笑いを浮かべながら麒麟は見たままの事を口に出す。
「白刀のバァイ、LV123」
「おいおい……マジで言ってんのか……?」
誰もが聞いたことのないモンスターの名前。
そして名前の前に着く『白刀』の二文字が如実に語っている。
「名持ちモンスターだ……!」