音ゲーマニアが追い掛け回されるようですよ
転移先はゼルキア王国王都【ゼルキア】。
スクロールを使用して転移してきたということは、俺達は転移の石碑がある広場にスポーンすることとなる。
この時、疲弊しきっていた俺達は、自分達がどういう状況にあるのかを完全に失念していた。
「あ……やっばいわ、これ……!」
「逃げるんだよぉぉ!」
現在俺達は王都の曲がりくねった路地裏へと入り込み、小径を走り抜けていた。
「うわっ! まだ追ってきやがる……!」
背後から迫るのは俺達と同じく、頭上に名前を表示させるプレイヤー達。
何故俺達がこのような状況になってしまったのか、事の発端は数分前に遡る。
俺達はジョブチェンジをするために、【ゼルキア】へと転移してきた。
本来なら俺達は身を隠すために、すぐに路地裏へと駆けこむのだが、二人共久しぶりのUEOだということと、直前の戦闘による疲労からそこまで気が回っていなかったのだ。
俺達は大通りを、この名前の横にクソ目立つ称号を掲げながら歩いていたわけだ。
結果は見ての通り。
こうして大勢のプレイヤーから情報を吐けと追いかけまわされている。
「GENZIぃぃ! コレどうすんだよぉ!! 【転移のスクロール】の再使用のCDまであと三分以上あるぞ!」
「……仕方ない、あんまり迷惑かけたくなかったんだけど……。ついてこい麒麟!」
入り乱れた小径を奥へ奥へと突き進んでいき、路地裏の最奥へと辿り着く。
そこに構える【鉄筋武具工房】と看板が張り出された店の中に駆け込む。
「ガッツさんっ!」
店内に入ると大声で店の店主の名前を叫んだ。
―お願いだから早く来てくれ……!
俺の願いが届いたのかどうかは分からない。
だが、ガッツさんは上半身を作業服をはだけさせた状態で店の奥に存在する工房から姿を現した。
「何だ……坊主とGENZIじゃねぇか。新しいオーダーメイドの武具作成の依頼か?」
「いや、違います。奥の工房に隠れさせてください!」
「あ? 一体何があるっていうんだ?」
右肩に鍛冶槌を置いたまま、ガンツさんは首を傾げている。
「すいません、急なことで。でも、本当に時間がないんです!」
「……分かった。行けっ! その代わり、後で話を聞かせてもらうからな」
俺と麒麟は通り過ぎざまにガンツさんへ会釈をすると、奥の工房の中へと足を踏み入れる。
工房内は暗く、僅かに灯るランプの淡い光と、中央に位置する炉が放つ暗くそれでいて猛々しく燃ゆる焔が部屋の中を照らしている。
隣から小突かれ、そちらを振り向くと麒麟が耳打ちをしてきた。
「何かこういう職人の工房ってワクワクするよな」
「こんな時に何言ってるんだよ……まぁでも、その気持ちは分かる」
何というか、こう、言葉では言い表せない感慨深さみたいなものが確かにある。
強いて言うならば男心をくすぐる浪漫……みたいなものだろうか?
俺達がくだらないことを喋っていると、ガンツさんのものじゃない足音がぞろぞろと聞こえてきた。
「おい……GENZI……」
「ああ……もう追いついてきたみたいだな」
足音は近づき、ついには店内まで侵入してきた。
「すいません、この辺りに二人組のプレイヤーが来ませんでしたか?」
「いや……知らねぇな……」
「あ、そうですか~って引き下がるわけないでしょう? この店の中に『剣舞死』と『霧銃』が入っていくところを見ていたっていうやつがいるんですよ」
マジか……。
クソ、まだスクロールは使えないのかよ!
「そもそもこの店の中にプレイヤーなんて来てねぇ……。他を当たんな」
「では、その閉じた扉の向こう側を見せて頂けませんかね? 我々も彼らがいないという証拠をこの目で確かめたいので」
つか、つか、と木製の床を踏みしめる足音が俺達が隠れている工房へと近づいてくる。
足音が止んだかと思うと、ドアノブが少しずつ回り始め、扉が開きそうになった瞬間だった。
「っ!? 何をするんですか!」
「お前ぇ、今工房の中に入ろうとしただろ……?」
「それが何だと――」
「鍛冶師にとって聖域である鍛冶場に無断で入ろうとしたんだ。どうなるか分かってるんだろうな……?」
「ヒェッ……」
扉越しに二人の会話を聞いているだけの俺達には扉の外で何が起きているのかは分からない。
一つ分かることは、ガンツさんが俺達のことを必死で庇ってくれているということだ。
何が起きたのかは分からないが、扉の向こう側で大きな物が倒れたような粉砕音とともに男の悲鳴が響いた。それを皮切りに蜘蛛の子を散らすようにだただたと足音を立てる。
大勢居たはずのプレイヤー達がどこかへと消え去った光景が目に浮かんだ。
「お前ら、もう出てきていいぞ」
そっと扉を開いて出ていくと、目の前に広がっていたのは鈍器でも叩きつけたのかというほどに凄まじい壊れ方のしたカウンターと、左手を後ろに隠すガンツさんの姿だった。
「本当にありがとうございました! 何てお礼を言えばいいのか……」
「本当にありがとうございましたぁ! マジで助かりました!」
「別に気にすんな。どうせこの店に来るのはお前らくらいのものだからな、お得意様が居なくなったらこっちとしても商売あがったりだ」
長い髭を垂らした顔で、豪快な笑みを浮かべるとガンツさんはガハハと笑っていた。
本当にこの人には世話になりっぱなしだ。
俺達は何だかんだいって兄貴みたいな優しさを持った、この人に頼ってしまっている。
「で? 何でお前らはあいつらに追われてたんだ?」
「実は――」
俺は自分達の置かれている状況、どうしてこうなったのかの経緯をかいつまんでガンツさんに話した。俺が話している間ガンツさんは目を瞑り、腕を組んで静かに聞いていた。
概要を話すと、ガンツさんはゆっくりと口を開いた。
「その問題の解決法、教えてやろうか?」
「「え?」」
思わぬ提案に俺と麒麟の声を重なる。
解決法……? 本当にそんなものがあるなら……。
「是非! 教えてください!」
「坊主も聞きてえんだな?」
ガンツさんの問いかけに麒麟はこくこくと頷く。
「なに、簡単なことだ。お前らがクランに入る、もしくは新しくクランを作っちまえばいいのさ」
「「え?」」
「お前らがプレイヤー達に追い掛け回されている理由だがな、多分大抵のプレイヤー達は情報を手に入れるためにお前らを自分のクランに誘おうとしてるんだと思うぞ」
確かにその可能性は大いにある。
俺達はこれまで何だかんだで追いかけてくるプレイヤー達を振り切り、一度も話を聞いたことは無かった。
ガンツさんの言う通りなんだとすれば、俺達が他のクランに入るというのは無し……というわけでもないが……。
隣に座る麒麟へ視線を送ると、視線に気が付いたのか麒麟がこちらを振り向いた。
「どうする?」
「お前に任せるよ、GENZI」
主語の無い会話。
それでも俺達の間では確かに意志の疎通が出来ていた。
―任せる、か……。それなら、俺は……。
「分かりました、ありがとうございます、ガンツさん。このお礼は必ずさせて貰います」
「ん? おお。お前ら、もう行くのか?」
「はい」
隣に立つ麒麟と顔を見合わせると、ニヤリと悪戯心に塗れた笑顔を浮かべる。
「「ちょっくらクラン作ってきます」」
「とは言ったものの……なぁ……」
クラン作成の条件は大きく分けて三つ。
一つ、百万ゴールド。
二つ、クランの拠点となる建物をメンバーの誰かが所有していること。
三つ、クランリーダーを含めて四人以上のクランメンバーがいること。
この条件の内一つ目の百万ゴールドは既にクリアしている。
二つ目のクランの拠点となる建物に関しても、俺達の割と有り余っているゴールドを使えばどうになかなる。
問題は三つ目、クランリーダーを含めて四人以上のクランメンバーがいること。
「はぁ……。俺と麒麟で二人、最低でも後二人のプレイヤーが必要になる。多分掲示板かなんかを使えば一瞬で集まるんだろうけど……」
「それだといまいち信用できないよなぁ。俺達はちょっとばかし他のプレイヤーに話せないような情報を抱えすぎてるからねぇ……」
「「はぁ……」」
俺達はカウンターの上に突っ伏しながら大きく溜息を吐いた。
「信用出来て……面識があって……それなりに強くて……そんなプレイヤーじゃないとな」
「いやいや、お前らそれは理想が高すぎるんじゃないか?」
これまでカップを磨いていたマスターこと、オウガさんが話しかけてくる。
「俺はクランに入ってないから何とも言えないが、そんなに高い条件のクランに入れる奴なんて中々……」
「まぁですよねぇ……あれ、クランに入ってないならオウガさんはどうやって寄ってくるプレイヤーの人達をあしらったんです?」
麒麟の質問を聞いて確かに、と俺も頷く。
「あ? そんなもん面倒だから全部薙ぎ倒してきたわ」
がはは、と豪快に笑うオウガさんを見て乾いた笑みが思わず零れる。
いや、駄目でしょ……と内心思っていたがぐっと抑え込む。
脱線してしまったが本当にどうしたもんかな……。
「あ、星……じゃなかった、クロエちゃんに連絡した?」
「え? いや、してないけど……。だってクロエはランキング一位のクランに加入してるじゃん」
「案外イケるかもしれないぞ?」
麒麟がそう、念押しをし続けてくるので、ダメ元でPIPEを使ってクロエに連絡を取ってみる。
すると数秒で返信が返されてきた。
「はやっ!」
「もう返信来たのか……。それで?」
「えーっと……何かクラン入るって……」
「ほらな?」
「次いでになんかぽてさらの奴にも連絡したらクロエが入るなら私も、だって」
と、いうことは……。
「これで問題だったクラン作成条件を全部満たしたな!」
「ってことは、二人に何とかしてUEOにログインしてもらえれば……!」
「俺達は晴れて面倒なストーカーから解放だ」