音ゲーマニアがフレンドとLV上げするようですよ
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「と、いうわけで時間通りに来たわけだが……」
ざっと辺りを見回してみるが、麒麟らしき姿は見えない。
まあ、麒麟が遅れてくるのは恒例のことなのでさほど気にしてはいないが。
近くに在ったベンチに腰掛けると、麒麟から聞いていた情報を頭の中で纏める。
唸りながら考え込んでいると、頭をマーガレットに突かれた。
何事かと思い顔を上げると、こちらへ向かって走ってくる麒麟の姿が目に映る。
「わる~い! 遅れちゃったんだぜ」
笑顔で近づいてきた麒麟は、下をペロッと出しながら謝ってくる。
「……お前、悪いなんて欠片も思ってないだろ」
「あ、バレた?」
マジでムカつくわぁ……。
内心、麒麟をぶん殴ってやりたい気持ちで溢れかえっていたが、そこは何とか衝動を抑え込む。殴りたいと思っても自制出来るのが大人というものだ。
「それで結局俺達はどこに向かうんだ?」
「お、やっぱり気になるぅ? 俺達が今から向かうのは高天ヶ原さ」
「何でもまた?」
ふっふふー、と麒麟は怪しげに笑うと得意気な顔をこちらに向けた。
「今回はなるべく最短でLVを上げたいから、ちょっとばかし荒っぽい方法を使おうと思ってねぇ~」
「だからその方法を――」
「着いてからのお楽しみ! さあ! 行くぞー、転移! セキガハラ!」
俺の制止の声も、問いかけも振り払われ、麒麟は転移のスクロールを使用した。
というか、セキガハラってまさか……。
俺の思考が終わらぬ間に視界は白く塗りつぶされ、咄嗟に目を瞑る。
そして次に目を開いた時には、目の前に和の風景が広がっていた。
瓦屋根が延々と続く街並みは時代劇の世界に来てしまったような錯覚さえ覚える。
着物を着た人々が大通りを闊歩し、人力車が横を通り過ぎていく。
「なあ、麒麟。俺の勘がもし間違ってなければ、お前がこれから何をしようとしているのか分かった気がする……」
「さっすがGENZI、やっぱり俺の相棒はよぅく俺の事を理解してるなぁ」
溜息を一つつくと、俺はジト目で麒麟を睨みつけた。
「一応確認取るぞ、フィールドのセキガハラに……行くわけじゃないよな……?」
「大正解~!」
「よし、帰ろう」
「ちょいちょい、待て待て相棒」
絶対に嫌だ、あんなところには行きたくない!
あそこに行くって分かっているんだったら俺は帰る。何が何でも帰る。
是が非でも帰ろうと【転移のスクロール】を開こうとした瞬間に背後から襟を掴まれ、俺は動きを止めた。
「はーなーせ~! 俺は絶対にあのフィールドには行かない! もう二度とあんなところに行ってたまるか!!」
「まぁまぁ、GENZIがあのフィールドに嫌な思い出があることは知ってるど、最短でLV上げしようと思ったらあそこが一番効率良いんだよ」
「ぐぬぅ……」
確かに頭ではあそこが効率の良い狩場だということぐらい理解している。
でも……だからって……。
「あそこお化けでるじゃねぇかよッ!!」
「は~い、行きますよぉ」
俺の心の叫びを聞いた麒麟はニッコリと笑みを浮かべると、俺の襟を掴んだまま歩き出した。俺の訴えかけなど聞こえなかったとでも言わんばかりに、ズルズルと俺のことを引きずりながら麒麟は大通りを歩いていく。
「ば、ちょっと待て麒麟! 落ち着け! 止めろ、早まるなぁぁぁぁ!!」
そのまま門外まで出ると、俺のことを放り投げた。
空中で姿勢を整えて着地すると、麒麟のことを睨みつける。
「……お前、覚えとけよ……?」
「あーなんにも聞こえないなー」
わざとらしく耳を塞いで聞こえない振りをする相棒に舌打ちすると、俺は辺りを見回す。
もう既に、ここは【セキガハラ】の一角だ。
それはつまり――。
「まあ……来るわな……」
現れたのは軽装を身に纏った足軽……の亡霊だ。
モンスターの名前は【亡霊足軽】。
ゆらりとこちらへと歩み寄ってくる様は、見ているだけで恐怖を煽ってくる。
「ひぇっ……」
俺はモンスターを目の前にしているというのに、思わず後退りしてしまう。
コイツが、コイツが普通のモンスターなら……。
「はぁ……本当にGENZIは幽霊とかそういうの駄目だよなぁ」
「五月蠅いっ! 誰だって苦手なものの一つや二つあるっての」
「そんなに口尖らせて拗ねんなよぉ、俺が亡霊系のモンスターは相手してやるからさぁ」
「マジで!?」
「おう、マジマジ。だからGENZIはあいつらの相手をしてくれる?」
麒麟が親指で差した方向からは、何かが近寄ってきていた。
この距離でも聞こえてくる音。
これは甲冑の擦れる音とと、大量の足音。それに加えてこれは……。
丁度麒麟が【亡霊足軽】を打ち貫いた瞬間だった、戦が始まる前の法螺貝の音色がフィールドを駆け巡る。
「おーやっと来たかぁ」
「やっぱり麒麟はこれを狙ってたのか……」
【セキガハラ】は、激しい戦によって死んだ武者達が、怨霊となって出現してくる広大なフィールド型のマップだ。
基本的なモンスターはさっき遭遇した【亡霊足軽】みたいなのが大半を占める。
ただ、このマップでは時々だが時間限定のボーナスイベントが起こる。
それこそが【合戦】だ。
「じゃあ俺はあいつらを片付けに行くから、麒麟は亡霊共の相手を頼んだぞ、マジで。本当に早い所亡霊共を狩りつくしてくれよ?」
「オーケーオーケー、代わりにGENZIも頼むぜ」
俺は麒麟と視線を交わすと、麒麟とは逆方向に駆けていく。
向かうのは法螺貝の音源だ。
遂に行軍してくる軍の前に立つと、戦闘に立つ男が隊の進行を手で制止させた。
「貴様、何者だ。そこを退かねば斬る」
「元からそのつもりだ」
「何ッ!?」
他の兵士達よりも一際絢爛な武装を身に纏っていた男を一刀のもとに切り伏せる。
俺の動きを捉えることが出来なかったのか、驚愕の声をあげながら男は馬から崩れ落ち、地面に触れるよりも早く体をポリゴンの欠片へと変え霧散した。
「殿!? ええい、貴様! 己が何をしたか分かっておるのか!! 皆の者、この逆賊の首をとれい!!」
数千は下らないように見える軍隊は、隊列を崩すことなく俺へと迫り、攻撃を仕掛けてきた。
盾兵による防御、その後ろからの長槍による攻撃。
さらに後方に並ぶ部隊からの、弓矢と火縄銃による後方支援の嵐。
激しい爆音を撒き散らしながら、猛攻が過ぎ去った後には砂煙がもうもうと立ち込めている。敵軍の兵士たちは立ち込める砂煙を見て喜んでいるが、残念だ。
「俺はこっちだよ」
「え……?」
声をあげるよりも早く、兵士の首を刈り取る。
瞬時にポリゴンの欠片となった兵士だったものに一瞥を向けると、はぁ……と大きく溜息をついた。
このモンスター達、本当に見た目が人間に似ているから止めてほしい。
こいつらは実際は鬼の集団なのだが、今は魔法の力によって人間に姿を近づけているため、本物の人のように見える。相手がNPCやプレイヤーであれば襲おうとは思わないが、相手がモンスターとなれば話は別だ。
さっきはボーナスイベント、と言ったが、実際のこのイベントはボーナスでも何でもない。というかむしろプレイヤー達からは忌み嫌われている。
その理由はこのモンスター達の個々の強さと圧倒的な集団の強さに起因している。
このモンスター達の経験値は大変美味しいのだがこの難易度故に俺達以外のプレイヤーの姿は影一つ無い。
「さて……ちゃっちゃっと片付けちゃいますか」
麒麟が亡霊を相手取ってくれていることだしな。
丁度つい先程終わったばかりの師匠のレッスンの成果を出す時だ。
【無音の極意】ッ。
呼吸を意識しろ、歩法に気を配れ。
一時も油断せずに敵へ近付き……!
「……!?」
背後から相手を貫き、【不知火】の焔を猛らせ、刺し殺したモンスターを跡形もなく燃やし尽くす。敵軍は背後の仲間が次々とやられていることで混乱を招いている。
今がチャンスだな……。
俺は一対千の逆境の中、閃光の如き素早さで相手を翻弄し、確実に数を削った。
「ふはぁ……」
「うぃーお疲れ~……」
戦闘は終結した。
【合戦】は千の鬼軍と共に、千の亡霊軍が現れる。
俺は鬼軍を、麒麟は亡霊軍を倒して回っていたため、二人して息を上がらせて地面にへたり込んでいた。
「でも、やっぱり美味い狩場だっただろ?」
「まあ時間効率は良かった……と思うぞ」
こうして、俺と麒麟はLVを99に。
目標のアプデ前の限界LVまで到達することに成功した。
第一職業がLV99に達することによって、第二職業を解放できるようになるのだ。
「じゃあゼルキアの神殿に行きましょー」
「りょーかい……」
俺達は疲労した身体―実際には疲れていないが―を起き上がらせると、静かに【転移のスクロール】を読み上げた。