音ゲーマニアが試作型ALIENを飲むようですよ
「……」
言葉を失った。
控え室へと帰ってくるなり、初めに目についたのは今にも崩れ落ちそうなプレゼントの山。そしてその大多数を占めているのがALIENだという事実に驚きを隠せない。
傍に寄ると、扉の傍から眺めていたよりもプレゼントの山の存在感が一層増す。
「こんなに……か……」
自分の大好物であるALIENをこれだけの量頂けたことに対してとても感謝している。しているのだが……。
「やっぱり何事にも限度ってものがあるだろう……」
少しずつALIENによる高揚感が薄れ、同時に疲労感がこみ上げてくる体を引きずるようにしてソファーへと移すと、力無く倒れ込んだ。
これだけの量のプレゼントがこんな短時間に貰える、それはスタッフさんの言っていた通り凄い事だと思うし、ありがたいとも思う。
ただ……これだけの量のALIENを持って帰れるのかという問題、そしてこの山をまた整理しなくてはならないということが非常に億劫でしょうがなかった。
「はぁ……」
今ばかりは溜息をつくことも許してほしい……。
―まあ、それでも俺がやらないといけないことなんだが……。
気怠い体をソファーの引力に惹かれつつも抗い、何とか立ち上がらせる。
雑多なものが並ぶテーブルの端まで移動し、長丁場になるであろう整理を開始した。
あれから時間が経った。
しかし作業効率は悪く、一向に進む気配を見せない。
このままでは本当に決勝戦までに間に合わなくなりそうだ。
内心文句を垂れ流しながらも手を動かしていると、他とは何かが違う、箱を見つけた。外装は黒一色に包まれ、赤いリボンで蓋が閉じられている。
「……?」
これは一体何だ?
疑問を持てばすぐに解決したくなる性分の俺は、堪えきれずに蝶々結びされたリボンを解き、謎の黒い箱を開封した。
中を覗き込むと、ヒンヤリとした空気が頬を撫でる。
注視すると、箱の中の黒さと暗さが相まって見え辛くはあるが、中には保冷剤のようなものと、さらに一回り小さい箱が封入されていた。
「……」
終始無言のまま、俺は好奇心に身を任せて小振りな箱―とは言っても片手では収まりきらない程の―を手に取ると、一思いに蓋を開いた。
瞳を輝かせ、いったい何が入っているのかと期待の眼差しを送った先には、シルクのように白くきめ細やかな綿毛と、それに包まれている三本の缶がある。
俺はその缶のことを知らないが知っている。
「これは……ALIEN。でも俺はこんなALIENを知らない……!」
瞳に移るのは確かにALIENだ。でも、俺はこんなラベルのALIENを見たことがない。
―一体これは……。
頭の中から離れない程に強烈な衝撃を与えたその缶の隣には一枚の手紙が添えられていた。
半自動的に封を切り、手紙を開く。
GENZI様へ―
この度は本社の商品、【ALIEN】シリーズのご紹介をしていただき誠にありがとうございます。
大勢の人々が集まる『BSD』の世界大会という場で、GENZI様程の名の通ったプレイヤーが宣伝してくれたことの影響は計り知れません。
これだけの事、ただお礼をするだけでは申し訳が立たないためGENZI様へ、贈り物を同封させていただきました。
GENZI様は当社の【ALIEN】シリーズのエナジードリンクがお好きとのことでしたので、前々から行っていた新作【ALIEN】の試作型を送らせていただきました。
ただしこの新作は――
何……だと……?
呼んでいる途中で顔をバっと上げると、もう一度手紙を見る。
書いてある文章に変わりはない。
つまり、これは俺の幻想でも夢でも幻覚でも無いということだ。
「……ははっ!……ははははは!!」
笑いが止まらないとは正にこのことだ。
俺が愛してやまないALIEN。
そしてその製造メーカーからの直々の手紙と新作ALIENの試作型。
何よりも俺なんかのプレイをALIEN本社のお偉いさんが見ていてくれたということが嬉しくて堪らない。
「――は……って、結構時間ヤバいじゃん……!」
視界の端に表示されるデジタル時計は午後一時五十五分を示している。
決勝の開始時刻は二時、つまり試合開始まで残り五分だ。
慌てて仮面を被り、用意を済ませると部屋を飛び出て行こうとしたが、その足を急停止させる。俺の視線はある一点に釘付けとなり、離れようとしなかった。
それはもちろん、新作のALIENが梱包された黒い箱。
「……っ……。駄目だ、我慢できんっ!!」
時間が無いため急いで駆け寄ると、黒を基調に赤色のラインがいくつも入ったALIENを手に取り、グッと傾けて一気に飲み干す。
チェリーのような甘酸っぱい風味……。
甘すぎず丁度いい味わいは飲んでいて癖になりそうだ。何度も喉を鳴らし、多少口から零れようとも気にせず飲み干す。
「っぷはぁ……!」
飲み終えると同時に空き缶をテーブルに勢いよく置くと、急いで会場へと向かった。
廊下を駆け、扉を開き、到着した会場。ステージへと一直線に伸びる道を歩いてステージ上へと躍り出る。
「GENZI選手がついに姿を現しました! これで決勝戦のカードが出揃いましたね。まずは簡単に決勝戦に出場する両選手の紹介を行ってしまいましょう」
司会のTさんはマイクを傾け、左側に手を向ける。
「まずはこの方、ECLOD選手です。彼はこの世界大会の予選が初めてBSDプレイだったにも関わらずその大会で優勝。その後も勝利を重ね、プレイ歴一か月半という時間で世界最高の舞台まで上り詰めた超新星です!」
熱のこもった紹介は止まることをしらない。
口が開き始めたTさんの声音はさらに熱を帯びていく。
「ECLOD選手、いいんですよね……?」
「はい、大丈夫ですよ」
にこやかに笑みを浮かべ、オッケーサインを出した師匠。
俺には何のことだか分からないが、Tさんもニヤリと笑い、マイクを近づける。
「実は、ECLOD選手とはかの有名な、あのECLOD選手のようです! BSDはそれこそプレイしていませんでしたが、他の著名音ゲーのランキングを見ると必ず一位の玉座に鎮座しているとまで言われる“皇帝”ECLODその方なのです!」
その演説に度肝を抜かれたように観客がざわめく。
ただ、俺には何のことかさっぱり分からない。
師匠がそんなに多くの音ゲーに手を出していたこと自体、今初めて知ったのだ。
「そんな音ゲー古参プレイヤーであるECLOD選手の相手はこの方! GENZI選手です!!」
油断していたら、Tさんが俺の方に近づいてきた。
「もう会場の皆様は知っていると思うので皆までは言いません。彼こそが現BSD界最強と言っても過言ではない程のプレイヤースキルで、他の追随を許さず、未だに世界ランク一位の座を欲しいがままにする男……GENZI選手です!!」
これで三度目か四度目の紹介だというのに観客の人々は誰もが声を張り上げるように盛り上がっている。
「紹介が終わり、観客の皆様と選手のお二人の緊張が程よく解れた所で。それでは第三回Beat Sword Dancer Arena決勝戦を開始したいと思います。選手のお二人はアークへ」
ついに、ついにこの時が来たか。
二年振りの再会を果たした一昨日の『BSDE』の披露会での一件以来、俺の心に灯った焔が掻き消えることは無かった。
久々に感じた敗北という悔しさ。そしてこの悔しさに誓った。
次に師匠とまみえた時は必ず俺が勝つと。
だからこそここで負けるわけにはいかない。
ドクン……と鼓動が跳ねる。
血流が全身を掻き乱し、暴れまわっている。
全身が熱い、興奮と緊張とそれから……。
様々な気持ちが合い混ぜになった不可思議な思い。
「ははっ……」
思わず声が漏れてしまう。
俺は浅い笑みを対面に立つ師匠へ向けると、一言。
「今回こそは俺が……勝ちますっ……!」
静かに、だけど確かな闘志を露わにして。
突き出した拳に合わせるようにして師匠が拳を軽く打ち付ける。
「まだまだGENZI君に負ける気は無いさ」
俺達は互いに不敵な笑みを浮かべると、そっと用意された【アーク】の中へ乗り込む。
さあ、始めようか。
師匠と俺の二重奏を……っ!