Case.1-4
コトリと置かれた洒落たカップから珈琲の良い香りが漂う。普段はインスタントか缶で飲むことが多いが、出されている物がそれらより手の込んだ物だとわかる。そして何故か白い砂の入った木製の砂時計を店員の手元に置いた。
「そういえばこれに料金を払わなければならないのか?」
「いいえ。サービスの範囲なので飲み物に関しては料金はいただいておりません」
「その砂時計はなんだ?」
「契約に必要なのです。お客様に不都合なことがあるわけではないので、お気になさらず。それで、いかがなさいますか?」
「……上限額いっぱいと、この腕時計を含めて借りる」
「左様でございますか。では必要事項にご記入を。不備を確認させていただきまして、問題がなければ現金をお渡ししますので」
少し失礼いたしますとまたその場を離れて、店の奥に続く扉へと店員は消えた。そこで慌てて自分の免許証とキャッシュカードを取り出して、完全に嘘にならない程度に記入していく。まったくのでたらめでも確認しようがないだろうが、念の為だ。
全てを記入して身分証明の物をしまうと抜けがないか確かめていると、ちょうど店員が分厚い茶封筒を持って奥から戻ってきたので記入した借用書を手渡して黙って待つ。店員は一つ一つ指先で丁寧に確認していたが、少しして頷きながらこちらを見た。
「記入漏れもございませんので、こちらをお渡しいたします。72万円あるかご確認をお願い致します」
封筒の厚みに僅かに手が震える。そっと中身を取り出すと新札の一万円札の束が出てきて、一枚ずつ数えていけば確かに言った通りの金額が入っていた。
「72万、確認した」
「そうですか。それでは、こちらが借用書の写しとなりますのでお持ちください」
一応は読んでみるが、条件は最初に見た物と相違ない。借用書の写しを折りたたんで金と共に封筒の中へ入れておいた。用は済んだ。あとはここから立ち去るだけだ。
席を立つと店員が先に入口の扉を開いて待っている。そこを堂々と通り過ぎようとしたその時に店員が呟くように話しかけてきた。
「お客様。返済の期限にはくれぐれもお気をつけてください」
「大丈夫だ。わかっている」
偽物の内容で追跡などできる訳がない……そうほくそ笑んで店をあとにする。
繫華街へ向けて神妙に歩いていたが、人通りが増えてきた辺りで通ってきた道を振り返ると誰かがつけてきている様子もなく、歓喜に心が躍った。
男は真っ先に他から借り入れていた借金を全額返済して、行きつけの飲み屋のつけも支払うと高揚したまま自宅である安アパートへと足を向けている。金額はかなり減ってしまったがそれでも手元には20万円以上は残った。これならば多少、遊ぼうがかなり余裕がある。
これからの使い道について考え事をしていた男はこの時、確かに幸せの絶頂にいた。しかし次の瞬間、突然の音と光に包まれて空に浮いていた。
「な……っ」
何が自分に起きたのか理解する前に強い衝撃を受けて、何かが砕ける感覚と激痛が走り意識は消え去った。
「人が轢かれたぞ!」
「早く救急車をっ!!」
騒然とした場の中で誰かが呼んだのであろう、サイレンの音が遠くから鳴り響いた。




