Case.1 ある男の話
夜もこれからが本番といわんばかりの雰囲気に包まれた繁華街のその裏路地に突如、衝撃音が響いた。
原因は、あからさまに足取りが覚束なく酔いどれた年かさ50半ばくらいの男が、そばにあったゴミ箱を蹴ったことにある。周囲にいた通行人は不快感を隠さずに男を一瞥しながら過ぎ去ってゆく。男がそれらに気づくと溜まっている苛つきに拍車をかける事態になった。
「ちくしょう!どいつもこいつも俺を見下しやがって……!」
長年連れ添ったはずの女房と成人した子供に逃げられ会社では、年下の上司に因縁をつけられストレスを晴らすためにギャンブルにつぎ込んだものの見事に大損。行きつけの飲み屋で管を巻いていたら追い出され……本当にロクな事がない日だった。
「……ん?」
それが目についたのは偶然としか言いようがない。寂れたように古めかしい看板に『身分証明、印鑑、源泉徴収票などは一切必要ありません!どんなものでも担保をに入れていただければ、その価値によってご融資させていただきます。詳しく知りたい方はどうぞ是非、一度ご来店ください』と書かれていて、その近くに古いビルへ入って行く上り階段があった。あきらかに胡散臭いとわかる文面を男は黙ってしばらく見つめていたが、ギャンブルと呑み代で懐が寂しくなっていたところだったし冷やかし程度に覗いてみるかと階段を上り始めた。
階段は急だったが上り切ってみると中は意外と広くて、その店に続く扉はおしゃれなカフェのような飾りがあり店を間違えたのかと首を傾げていると、曇りガラスの扉が開いて人が出てきた。
「おや?ご融資のご相談でしょうか?」
出てきた人物は中肉中背、黒縁の眼鏡をかけていて年頃は20代後半、まさに喫茶店の店員のような恰好をしていたが、どうやら看板に偽りなく貸金業らしい。
「担保さえあれば金が借りられるのか?」
「正確には細かい取り決め事がいくつかありますが、概ねそれで合っています。ご興味がおありのようですので、宜しければ中で詳しくご説明させていたきますが……いかがでしょう?」
尋ねられて男はどうせ冷やかし程度の話だったのだから聞くだけ聞いてみようかと黙って頷いた。店員風の人物は、では中へどうぞと男を店へと誘った。




