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2-3 さあ、真剣優さんの時間だぞ!

〈第236回 真剣優が教える攻略動画! 新レイドボス! 炎征機神竜・ヨトゥン討伐!〉


 この時の心情を述べるとするならば「義妹の秘密をのぞいちゃった!」という一文に尽きる。


 ルナだってこの動画を兄が観ることは想定していないだろう。

 最近はゲームの話をしなくなったし、俺がゲームに興味ないことを知っているからだ。


「なんかルナを裏切っている気分になってきた」

「これもルナちゃんのためよ。それとも動画を閉じちゃう?」

「……ごめん。やっぱり内容が気になる。すごくドキドキしてきた」

「キョーヘイくんはルナちゃんのことが本当に好きよね」


 映し出されたのはFKCのプレイ動画だ。

 画面の右上に《エロフ商会のギルド本部》という文字があり、酒場のような空間にたくさんのプレイヤーが待機している。


 彼らがNPCではなくギルドメンバーであることは、


《+メルメル+ レベル180》、《()()ヌコ(まる) レベル180》、

(かざ)()(もん)()(すけ) レベル180》、《チロル レベル180》、

《KK レベル180》、《(もも)(いろ)のガンダルフ レベル180》、

(せい)(てん)()★やいこ レベル180》


 という表記をみれば一目(りょう)(ぜん)である。

 みんなレベル上限に達しており、さすが強ギルド《エロフ商会》といったところか。


「よう、画面の向こうのリスナー諸君! 今日も元気にFKCをやっているか?」


 想像よりも明るいルナの声がした。

 地の声の方ではなく、変声テクニックで出している男性のボイスだ。

 この動画を私立ローレライ学園の先生が観たとしても、ルナ本人であるとは気づかないだろう。


「真剣優さんの時間がやってきたぞ~。ギルメンやフレンドのみんなも観ているかな~?」


 俺は動画再生数のカウンターをチェックしてみた。

 アップロードから二十四時間しか経過していないのに再生数二万回を記録している。


「さっきFKCのメンテナンスが終わったんだ。今日は新しいレイドボスの攻略をやってみようと思う。なんて名前だったかな……思い出した! 《ヨトゥン》だ! 《炎征機神竜・ヨトゥン》だよな! こいつ名前が格好いいんだよな~。ビジュアルも公式が出しているから待ってみい~」


 画面が一度ブラックアウトして別のページに切り替わる。


〈新エネミー実装! レイドボス! 炎征機神竜・ヨトゥン!〉


 と題されたFKCの公式ニュースページだ。


 メタリックなフォルムで覆われた鉄のドラゴンがプレイヤーキャラクターたちと(たい)()している。

 背景の山々が噴火を起こしているので、フィールドはどこかの火山地帯らしい。

《炎征機神竜・ヨトゥン》の口からは火炎放射のようなブレスが飛び出しており躍動感あふれるカットといえよう。


「なんかラジオ番組みたいな軽いノリだな」

「これからルナちゃんがプレイを実演してくれるようね」

「そんな大胆なことをして大丈夫なのかよ」

「でも楽しそうよ。ほら、コメント欄を見てちょうだい」


 カリンの声が俺を現実へと引き戻す。


〈いつもお手本にしています!〉

〈お陰でヨトゥンを倒せました!〉

〈装備のレベルが高すぎてちっとも参考にならない!泣〉


 そのようなコメントがつらつらと寄せられている。


「あのルナがねえ」

「心配?」

「ものすご~く社交的だと思ってな。再生数二万回とかよくわからないけれど、たくさんの人がルナの動画を心待ちにしているってことだろ。それって単純にすごいなと思ってね」


 もちろんコメントの中には


〈さっさと定職を見つけろ!〉

〈課金しすぎぃぃぃぃ!〉

〈廃人プレイって面白いの?〉


 というネガティブなものも含まれている。


〈真剣優は人生の勝ち組!〉

〈あの人はマンション経営で大成功しているから!〉

〈馬鹿にしているやつは非リア確定!〉


 というなんとも勝手な憶測などなど。


「まるで普段のルナちゃんとは別人みたいね」

「実は別人だったりしねえかな?」

「それはない。昨日の声を聞いたでしょう。ルナちゃんの変声テクニックはすごかった」

「だよな~。でも知らない人からすると中身はチャラそうな男性だよな~」

「それだけ演技が上手いってことでしょう」


 ルナが前置きをしているあいだ、俺たちは《レイドボス》のルールについて調べた。


 最大で三十人のプレイヤーが参加することができる、エリアボスよりもはるかに強力なボス戦のようである。

 難易度は《EASY》、《NORMAL》、《HARD》、《VERY HARD》の四段階から選択することができ、強くなれば強くなるほどアイテムドロップも豪華になる。

 イベント期間内であれば何回でもトライは可能。

 一回のバトルにつき十五分という制限時間がある。

 時間切れになったときはプレイヤー側が強制敗北する。

 敗北してしまった場合でもペナルティは存在しない。


「じゃあ、《炎征機神竜・ヨトゥン討伐》いってみようか!」


 ルナが選択するのはもちろん《VERY HARD》である。

 すぐにプレイヤーの募集がはじまり《エロフ商会》のメンバーが続々と参加してくる。


〈参加プレイヤー数が上限に達しました。あと10秒でレイドボス戦を開始します〉


 待ち時間のあいだ《堕剣士・真剣優》のステータス画面が表示される。

 中でも目をひいたのは〈攻撃力:179710〉のところ。

 当たり前とはいえ《エルフちゃん!》とは格が違う。


〈クエスト開始まであと3秒です〉

〈クエスト開始まであと2秒です〉

〈クエスト開始まであと1秒です〉

〈クエストを開始します〉


《ナオレ火山地帯》というフィールドにカメラが切り替わる。

 溶岩の川が流れており、はるか上空をマグマのようなものが横切った。


〈侵入者ドモメ!〉


《炎征機神竜・ヨトゥン》は言葉をしゃべった。

 なるほど、神を名前に(かん)するだけのことはある。


 フィールドの中央に陣取っているのはメカニカルなデザインのドラゴンだ。

 戦闘モードに入ったことを告げるように双眸(そうぼう)から紅の光が走る。

 歩行に合わせてスクリーンが上下に揺れる。

 咆哮(ほうこう)に合わせて火山が煙を吐きだす。


 このような化け物が実在しようものなら、都市のひとつが簡単に焦土と化すだろう。


「さあさあ、やってきましたよ~。名前だけじゃなくて見た目も格好いいね~。これは検証動画だからね~。バフとかに頼らず特攻してみようと思いま~す! どんな攻撃が飛んでくるでしょ~か?」


《堕剣士・真剣優》を操作するルナは明らかにハイテンションだ。

 硬直が解けるやいなや巨体に向かってダッシュしていった。

 ちなみに《炎征機神竜・ヨトゥン》のHPは画面上部の赤バーで表示されている。


「とりあえず最強火力の技を出してみるか~。《(たい)(けん)()セイクリッド》! どっせいぃ! あたたたたぁ!」


《大剣技セイクリッド》は種族ヒューマンが習得する最強スキルのようだ。

 七回の斬撃が全段ヒットしたにも関わらず、赤バーは数ドットしか減っていない。


「マジかぁ! 免疫(バリア)でも張っているのかなあ? 制限時間があるのに驚きの堅さだよ! さっきからエルフとダークエルフが魔法を撃っているけれどHPが全然減らねえな! ちょっとドワーフさんに《()()アーマーブレイク》を撃ってもらうわ~。いや~、これでもダメージが通らないか~。もっと相手の防御力を下げないと無理だな~」


 残り時間が十分を切ったとき、それまで爆炎をばらまいていた《炎征機神竜・ヨトゥン》の行動パターンが変わった。

 後ろ脚で立ち上がり、魔法の詠唱を開始する。


〈全テヲ滅スル……(かく)(さつ)ノメガフレア〉


 白い閃光がほとばしり、すべての景色が爆発で埋め尽くされる。

 まさかの全方位かつ無限の射程のようだ。


〈《+メルメル+》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《96ヌコ丸》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《風衛門之介》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《チロル》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《KK》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《桃色のガンダルフ》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《聖天子★やいこ》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《エリスたん♪》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《月下(げっか)(きし)》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈《マッサン》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

 …………。

 ……………………。

〈《堕剣士・真剣優》が倒されました。レイドボス戦から退場します〉

〈パーティーが全滅しました。レイドボス戦を終了します〉


 動画から一切の音が消える。


「……うわ、えげつねえ! ひでえ! ちょっと待って、《ヨトゥン》さん! ガードが堅いくせに火力もやばくねえ! いや、これ、FKCの運営の人がこの動画をみたら絶対にニヤニヤしているわ~! ざまあとか思っているわ~! ちょっと趣味が悪くない?」


 ゲームパッドをがちゃがちゃする音が割り込んでくる。

 ルナなりに思考をフル回転させているのだろう。


「ちょっとギルドの人と作戦会議しま~す。リスナーのみなさんはちょっと待っててね~。……うんうん、《ビショップ》が盾バフをばらまいて、《セイジ》がダメージ減少の魔法を唱えておいて……そうそう、攻撃はどうしようかな~。もしかして状態異常が通じるのかな~。試してみる価値はあるな~。じゃあ、《ガーディアン》の人には耐えてもらって、俺たちで穴を探してみるか~。それでもダメだったら固定ダメージの技でチマチマやってみるとか……貫通、防御力無理、確定クリティカルの重ね掛けもアリだよね……」


 どうやら作戦がまとまったようである。


〈クエスト開始まであと3秒です〉

〈クエスト開始まであと2秒です〉

〈クエスト開始まであと1秒です〉

〈クエストを開始します〉


「キョーヘイくん、ルナちゃんがしゃべった内容は理解できた?」

「いや、さっぱり分からない。まるで外国語みたいだよ」

「そうね。FKCの知識がないのが辛いところよね」

「でも大丈夫。ルナが何らかの対策をしたってことは理解できたから」

「勝てると思う?」

「ルナなら勝てる。ああ見えて貪欲(どんよく)なところがあるから」

「さすがお兄ちゃんね。無条件の信頼かしら」


 ふたたび《ナオレ火山地帯》へワープすると、


〈侵入者ドモメ!〉


 というボイスとともに《炎征機神竜・ヨトゥン》が起動した。


 先ほどの戦闘とは与ダメージの量が明らかに違う。

 パリン、パリン、という音とともにHPの赤バーが減っていくのだ。


 そして問題となる残り十分のタイミングがやってきた。


〈全テヲ滅スル……確殺ノメガフレア〉


 爆発の大きさは前回と同じであるが、ひとつ違うのは、


「よっしゃあ! 誰も落ちてない! もしかしてみんな生きてる!」


 ルナの歓喜の声が聞こえたことだ。

《ビショップ》や《セイジ》による対策が功を奏して、二の舞になるのを避けたようである。


 それからは淡々とした戦闘が繰り広げられた。

 素人目にはよくわからないが、回復魔法や補助魔法が乱舞するように飛び交っており、ひとりも退場者は出なかったようである。


「ふう、討伐完了。だいたい七分くらいは必要かな。たぶん理想的なパーティーを組んでも五分を切るのは無理だと思う。つまり〈全テヲ滅スル……確殺ノメガフレア〉のところの対策は必須というわけか」


 クエストクリアの文字が表示され、報酬受け取り画面へと(せん)()する。


《炎征機神竜の(うろこ)×28》

《炎征機神竜の爪×28》

《炎征機神竜の牙×14》

《ヨトゥンのソウルストーン×1》

《メガレッドハーブ×1》


「ドロップアイテムの検証はまた別の動画でやろうと思いま~す。あ、《メガレッドハーブ》落ちてる。らっき~。いや~、久しぶりに疲れた。けっこう強い敵を実装してきましたね、運営さん。《VERY HARD》はいままでのレイドボスの《VERY HARD》とは一味違うので注意が必要です。ではでは~。今回はこの辺で失礼しま~す。笑いすぎた~。お腹がいた~い。最近は寒い日もあるからみんなも風邪には気をつけてね~。ばいび~」


 ぷつ。

 断線するような音がして動画は終わる。


 俺とカリンは十秒ほどスマートフォンの画面を見つめていた。

 そこに〈次のような動画もお勧めです〉というメッセージが表示されている。


「どうだった?」


 カリンがいう。


「観ていてすごく楽しかった。きっとルナが楽しそうに話しているからリスナーも楽しいんだと思う」

「そうね、テンポのいいしゃべり口とか独特の間の使い方とか、人気になりそうな要素はある」

「改めて思ったよ。ゲームには人を楽しくする力があるって。そうじゃなきゃ固定ファンなんてつかないだろう?」

「キョーヘイくんのいうとおりね。この世界のどこかにルナちゃんの動画を心待ちにしている人間がいる。そうじゃなかったら二百回も動画をアップロードしない」

「そういう話を面と向かっていえないのがちょっと残念かな」

「ならば《エルフちゃん!》から伝えましょう。あなたのファンですといえばいいのよ。きっと(こころよ)くフレンド登録してくれると思う」

「そうかな? フレンド数が上限いっぱいなのに?」

「ひと枠くらいなら空けてくれるかもしれない。キョーヘイくんが知っているルナちゃんの性格ならね。断るのが苦手なタイプだから」

「カリンちゃんはよく人を観察しているね」


 俺はさっそくFKCにログインし、《堕剣士・真剣優》へ宛てたメッセージを考え始める。


〈投稿サイトの動画を観ました。いつも参考に…………〉

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