2-2 キングでフェアリーなナイツ!
「和泉、新田、よくぞ報告してくれた」
生徒指導の肩書を持つアキラ先生は、眉ひとつ動かさず《新田ルナの更生プラン》を聞き届けたあと、そういって俺たちを労ってくれた。
プランの内容に満足したのか。
カリンの実務能力を評価したのか。
モデルのような顔つきがフィルターの役割を果たし、本心を読ませてくれない。
放課後の夕日がまぶしい生徒指導室にいるのは千駄ヶ谷アキラ、和泉カリン、そして俺の三人である。
こうして時間を割いてもらったのは、
「うん、方向性としては悪くない」
という一言をもらうためだ。
お墨付きを得られたことに安堵した俺はほっと胸をなでおろす。
「新田ルナが学校をサボっている原因はゲームにある。だからゲームの中の新田ルナと接触してコミュニケーションを取るわけか。アイディアとしては百点満点に近いのではないか」
「ありがとうございます」
カリンが心底から嬉しそうな顔をして頭を下げた。
髪を束ねているリボン――今日は緑色のストライプ柄がふわりと揺れる。
「詳しい話は控えさせてもらいますが、とある条件を満たせば新田ルナのゲーム熱は冷めると思います。そうすれば学園祭にも参加するというのがわたしたちの見込みです」
「和泉の説明はわかりやすくて助かる」
アキラ先生の視線がカリンから俺へとスライドした。
「新田ルナは今日はどうしている?」
「普通に登校していましたよ。部活動をやっていないのですでに帰宅していますが」
「そうか……どうやら職員室にあるわたしの席までやってきたらしい。昼休みは別件があって対応することができなかった。申し訳ないことをしてしまった」
「いえ、帰ったらルナに伝えておきます」
「頼む」
俺にはそれよりも気になることがある。
「学園長への対応はどのような感じでしょうか? ルナのことを許す気になってくれましたか? 少しは怒りが収まりましたか?」
「それがな、あまりよろしい状況ではない。歳を取ったせいで頑固になったのかもしれないな」
「ですか……」
「それでも生徒指導部の設立については許可をもらった。控えめには期待してくれているようだ。ただし、新田ルナの更生には失敗すると考えている節もある。それだけ良くない噂が学園長の耳に入っているということさ。例えばこれを見てくれ」
アキラ先生の引き出しの中からタブレット端末が六台も七台も出てきた。
その中のいくつかに俺は見覚えがある。
「すべて新田ルナから没収したものだ。取り上げても取り上げても新しい端末を買ってくるらしい。新田ルナの担任の先生にヒアリングしてみたところ、これだけの数が出てきたというわけだ。学園のルールだと没収した私物は年度末まで預かることになっているが、次々と買ってくる生徒は新田ルナが初めてだ。まるでイタチごっこだよ」
「なんか……すみません。あいつ、金だけは持っているので。そもそも悪いことをしている自覚が欠落しているのです。半分以上は兄である俺の責任です」
「今さら気に病むようなことではない。しかし、学園長じゃなくても怒りそうなものだ」
アキラ先生が力なく首を振り、俺はがっくりと項垂れた。
「そこは何とかしてみます。俺はルナの兄ですから」
「生徒にこんなことをいうのも何だが、君たちふたりの活躍が頼りだ。顧問としての責任は果たすつもりだから、何か進展があったら報告してほしい」
「はい、了解です」
「君たち、今日の予定は?」
「これから部室にいって引き続き計画を遂行します」
「わかった。生徒指導部の活動に移ってくれ」
俺とカリンは一礼してから生徒指導室をあとにする。
「はあ~、やっぱりあの部屋にいると緊張するな。苦い思い出がいっぱい詰まっているからかな」
「そうかしら。アキラ先生はいい人じゃない? いつも参考にさせてもらっている」
「それとこれとは別だよ。お巡りさんだってプライベートで会うぶんには怖くないだろう」
「う~ん、その例えはどうかしら」
「アキラ先生もきっと休日に会ったら別人みたいだぜ。意外と彼氏に甘々だったりしてな。あと部屋着姿のアキラ先生とかちょっとだけ興味がある」
「それはキョーヘイくんの妄想という気がする。いつものクールで知的なアキラ先生よ」
「そうかな~」
カリンは心底から尊敬しているようだ。
脳内でアキラ先生に対する補正がかかっている、といったら怒るだろうか。
「俺はフレンドリーなアキラ先生に会ってみたいけどな」
「そんな人は存在しない」
「だよな」
舌戦になる前に俺は矛を引っ込めた。
「今日はキョーヘイくんに観てもらいたいものがあるの。でもその前に計画を一度おさらいしましょう」
「観てもらいたいものって?」
「今日こそFKCのフレンド登録を済ませる。そのための鍵となりそうなものよ」
部室のホワイトボードには昨日の書き込みがそのまま残っている。
生徒指導部
顧問:千駄ヶ谷アキラ先生
部長:和泉カリン
副部長:新田キョーヘイ
活動内容:問題を抱えている生徒の更生
ミッション:新田ルナを学園祭に参加させる
小ミッション:新田ルナと良好なコミュニケーションをとる
小ミッション:FKCの世界から新田ルナへの接触を試みる
小ミッション:新田キョーヘイがFKCにログインする
《堕剣士・真剣優》
「小ミッション《新田キョーヘイがFKCにログインする》はクリアできたよね。あと、カリンちゃんとルナはいい感じにコミュニケーションを取れている」
「とはいえあまり楽観できる状況ではない。ルナちゃんってFKCの世界では強プレイヤーなのでしょう。ゲームから足を洗うのはキョーヘイくんが想像しているよりも難しいはずよ」
「それってどういう意味だ?」
「持ちつ持たれつと昨日話していたでしょう。FKCの世界にたくさん仲間がいる。その仲間のために学校を病欠してまでゲームに没頭している。ゲームの世界で強いということは、それだけ周囲から信頼されるという幸福感があるはず。そういう相互関係はなかなか崩れない」
「毎日プレイしなくてもいいだろう? もう十分強いんだし」
「これはMMORPGに対する想像になるのだけれど、きっと強さを維持するのに並みならぬ努力が必要なのよ。学校を休むことさえできれば、一日に十六時間くらいプレイできる。サラリーマンの所定労働時間は八時間程度だったりするけれど、それと比較するといかに異常な時間の費やし方なのかわかる」
一週間のうちの百時間。
それだけでも月に四百時間を超えるからなかなか根深い問題だ。
「うわ、俺だと死んじゃいそうだ。たぶん視覚からくるストレスで発狂するよ」
「ルナちゃんの半分はゲームでできているといっても過言ではない。きっとゲームをやりながら勉強しているのよ。とても器用な勉強方法だし、それだけ能力は高いのでしょうね。でもそのやり方が高等部でも通用するという保証はない」
「我が義妹ながら恐ろしいな」
「ここまでくると将来が心配ね。だからわたしも全力で協力させてほしいの。その結果としてキョーヘイくんとルナちゃんの空間に土足で踏み込むことになるかもしれない。それでも了承してくれる?」
「了承するもなにも、こっちからお願いしたいくらいだぜ。ルナはいつもあんな調子だから、本音を聞きたいと思ってもはぐらかされるし」
「やっぱりFKCのフレンド登録は必須のようね。でも、その前にわたしが説明したいのは……」
カリンはホワイトボードに《KoF》という文字を書き足した。
「これは《King of Fairy Knights》の略。より正確には《KoF2》というのだけれども、ネット上では《KoF》の方が多数派だった」
「《KoF》? 《KoF2》?」
「数字の《2》は第二回という意味なの。キングオブフェアリーナイツ。あのタイトルの頂点を決めるための大会よ」
「なるほど、それに向けてルナは頑張っているのか」
「そういうこと」
「ちなみにFKCをプレイしている人数ってどれくらいなんだろう?」
「公式の数字は発表されていなかったけれど、とある掲示板の情報によればアクティブユーザー数は十五万人から二十万人のあいだと推測されている」
「マジか! すごく多いな! 全国の高校球児の数と同じくらいだから、甲子園の優勝を目指すくらいの狭き門なのか!」
「スポーツと一緒にはできないけれど、表現としては秀逸かもしれない」
カリンが九月と十月のカレンダーを書いていく。
「《KoF》には予選と本戦という二段階のスケジュールが発表されている。そして本戦が終わるのがこの辺り。十月の上旬ね」
「え~と、学園祭が十月下旬だから、学園祭の二週間くらい前なのか」
「これから説明するのは理想のパターンなのだけれど、まずルナちゃんが《KoF》で優勝する。それを機にFKCを引退する。そこから学園祭の準備に入っても何とか間に合うことになる」
「もし《KoF》で惨敗したら?」
「ショックでしばらく引きこもるかもしれない。もちろん負け方にもよるでしょうけれど」
ゲームに熱中していない俺にとっては理解しにくい状況だ。
大会に向けて頑張る?
負けたらショックで引きこもる?
何が正しくて何が間違っているのか分からなくなってくる。
「でもルナなら普通に優勝するんじゃねえか? 《ギルドランキング》だってトップなんだし」
「それがね……」
なんと《ギルドランキング》はワールドごとに集計されているらしい。
全十六ワールド。
《KoF》の本戦には各ワールドの予選を勝ち抜いた代表ギルドが参加してくる。
「ルナちゃんはあくまでワールド《ネビリム》のトップなの」
「つまり《ギルドランキング1位》は全部で十六も存在するのか」
「そうね。でも優勝候補の一角であることには違いない。だから《KoF》の栄冠をつかむ可能性は十分にある」
「これは難しい問題になってきたぞ」
俺としてはなるべく学校に通ってもらいたい。
しかし《KoF》で優勝してほしいという気持ちも捨てられない。
「ねえ、カリンちゃん。《KoF》の開催日はさすがに休日だよね」
「その通り。FKCのメインプレイヤーはサラリーマンだから」
「ならば問題は《KoF》までの一か月間か」
「だからキョーヘイくん、いや《エルフちゃん!》には調べてほしいのよ。ルナちゃんがどれくらい意気込んでいるのか。何がなんでも優勝したいのか。単なる思い出作りとして《KoF》に参戦するのか。予選を勝ち抜ければいいくらいに考えているのか。参加することに意義があるというのなら、負けたとしてもダメージは小さいでしょう」
「……わかったよ。やってみる」
もしルナが《KoF》に命をかけていたら少々面倒なことになる。
俺なんかで一敗地にまみれたルナをフォローできるだろうか。
「決めたよ、カリンちゃん」
「ん?」
「俺としてはルナを応援したい。まあ、ゲームをやりすぎるのは問題なんだけど、ルナなりのモチベーションがあるのは確かなんだ。そういうピュアな気持ちがあっても許されると思う」
「そうね、モチベーションについてはわたしも気になる」
「だったらさっそくミッションを進めよう」
「キョーヘイくんに観てもらいたいのはこの動画。とある有名プレイヤーがアップロードしたものよ」
動画のタイトルは
〈第236回 真剣優が教える攻略動画! 新レイドボス! 炎征機神竜・ヨトゥン討伐!〉
という長さが二十分程度のものであった。
「なんじゃこりゃ!」
俺はたまらず奇声を発してしまう。
とある有名プレイヤーが誰なのかは質問しなくてもわかる。
おおよその内容についても推測できるだろう。
まさか俺の義妹が?
動画投稿サイトにムービーをアップしている?
「何やってんだよ! ルナ!」
「落ち着いて、キョーヘイくん。とりあえず動画を観てみましょう。昨日の夜に見つけたのだけれど、わたしもまだ内容はチェックしていない」
「二百回を超えているの! 俺は全然知らなかったぞ!」
「初耳のキョーヘイくんもどうかしているけれど、いまは目の前の一本を確認しましょう」
「ちょっとだけ待って」
「いくらなんでも動揺しすぎ」
「過保護のお兄ちゃんにとってはダメージが大きいんだよ。まだ心の準備が……」
俺はすう、はあと深呼吸を繰り返す。
ルナを応援すると宣言した手前、この動画をスルーすることは許されない。
「再生するね」
カリンの指が再生ボタンをタップした瞬間、俺はごくりと生唾をのんだ。