1-5 フレンド登録は一日にして成らず
〈フェアリーナイツクロニクルの世界へようこそ〉
美麗なグラフィックをふんだんに使ったムービーに俺の目は釘づけになった。
物語のプロローグは《妖精の渓谷》に隠されている二つの秘宝から始まる。
ひとつは混沌の王《イクサラン》の心臓。
ひとつは精霊の剣《シャリオ》の輝き。
ある日、ひとりの青年がやってきて《妖精の渓谷》を破壊してしまう。
この青年こそは《イクサラン》の末裔であり、四つの種族ヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフの混血児であるがゆえに《シャリオ》さえも操ってしまう混沌の再来《ゴルダーク》であった。
大地の割れ目から湧いてきた魔物たち――《ゴルダーク》はその存在を《ダークフェアリー》と呼ぶ――がみるみる大地を浸食していく。
生き残ったフェアリーたちはヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、四つの種族を結集させ、安寧を取り戻すため《ゴルダーク》との戦いに身を投じる。
要約するとこんな感じだ。
RPGにありがちな巨悪との戦いである。
ムービーが終了するとそこからはチュートリアルの連続となる。
〈さあ、冒険の旅に出ましょう!〉
銀髪ツインテールのロリ巨乳エルフ、《エルフちゃん!》の登場カットインが発生する。
俺が思わずドキリとしたのは、笑ったときの表情がルナにそっくりだからだ。
革のローブというファンタジックな服装さえハイクオリティなコスプレに思えてしまう。
「どうしたの、キョーヘイくん。そんなにルナちゃん似なのが気になるの?」
「いや、肌の質感とかすごいリアルだと思ってな。本当にルナを操作しているみたいだ」
「そこまでくると兄バカね」
「否定はできない」
「え~と、どうやって操作するんだ?」
「ほら、十字スティックのアイコンがあるでしょう」
森林のようなフィールドを進んでいると《ゴブリン下級兵》という敵と戦闘になる。
「もうバトルかよ。戦い方がわからないぜ」
「落ち着いて。これから教えてくれるはずよ」
「本当だ。チュートリアルが始まった」
指示されるまま通常攻撃ボタンをタップすると一撃であっけなく倒してしまった。
《ゴブリン下級兵》のポリゴンが砕け散り、青色クリスタルのような結晶をドロップする。
〈これは戦利品のドロップボックスなので忘れずに回収するように〉とチュートリアルが指示してくれる。
俺がわくわくしながらドロップボックスを開けると、
《3000ゴールド》
《レッドポーション×10》
《ブルーポーション×10》
という冒険には欠かせなさそうなアイテムが出てきた。
《ゴールド》の説明は割愛するとして、《レッドポーション》はHPを、《ブルーポーション》はMPをそれぞれ回復してくれるようである。
「ちゃんと戦闘に勝てたじゃない」
「まだチュートリアルだから楽勝というわけか。いきなりだからびっくりした」
すると今度は《訓練されたゴブリン兵》という敵が出てきた。
こちらは一撃でノックアウトとはいかないが、三回も攻撃するとHPをすべて削りきれた。
ドロップボックスの中からは、
《ブロンズロッド×1》
《レザードレス×1》
という装備品とおぼしきアイテムが出てくる。
《ブロンズロッド》は《エルフちゃん!》の武器として装備できるようである。
チュートリアルに従い、俺は武器スロットに《ブロンズロッド》を装備してみた。
すると攻撃力が〈121→176〉という具合に上昇する。
同じような要領で《レザードレス》を防具スロットに装備してみる。
すると防御力が〈49→87〉という具合に上昇した。
「なるほど、これは楽しいな」
「まだ装備アイテムを手に入れただけなのに?」
「そうなんだけど……なんか楽しいんだよ。ほら、レベルも上がったし《白魔法ホーリーレイ》という技も覚えた」
《エルフちゃん!》が攻撃モーションに入ったときの「えいっ!」とか「やあっ!」という声もなかなか可愛かったりする。
ちなみに杖の先から光の玉を飛ばすのが通常攻撃のようだ。
「さすがに声まではルナちゃんに似ていないのね」
「そこまで似ていたら逆に怖いよ。中の人は声優さんなんだから」
ちなみに被弾したときは「きゃっ!」という耳がこそばゆい声色だ。
《ゴブリン下級兵》や《訓練されたゴブリン兵》が道中を邪魔してくるが、光の玉でサクサクと倒していく。
ふいにイベントムービーが始まり、《エルフちゃん!》は廃村のようなところにやってきた。
焼けあとが痛々しい民家、崩れてしまった井戸、どうやら人影はなさそうである。
重厚なBGMが緊迫したシーンを演出したかと思いきや、
〈ひえ~、助けてくれ~〉
という悲鳴を上げながら、六十がらみの老父が駆けてきた。
それを追い立てているのは鉄のハンマーを担いだひとつ目の大鬼である。
さしずめサイクロプスやギガンテスがモデルであろうか。
〈我はゴルダーク様の幹部のひとり《デスストーム》! ひとりも生かすなと命令されている!〉
おいおい、勝手に名乗っちゃったよ、と俺は内心で《デスストーム》に突っ込む。
まだ冒険が始まってから十分しか経っていないのに、エリアボスらしき敵が出てきてしまった。
〈そこにいるのは《フェアリーナイツ》か! はっはっは! これは運がいい! かかってきなよ、おチビちゃん! 粉々にしてやるぜ!〉
いきなり宣戦布告された《エルフちゃん!》はきょとんと首を傾げる。
さしずめ「えっ? わたしのこと?」と戸惑っていることだろう。
〈あなたがあの《フェアリーナイツ》ですか? ということは《精霊の儀式》が間に合ったのですね〉
なんと窮地の老父までもが《フェアリーナイツ》に食いついてきた。
〈わたしの村はあの《デスストーム》に潰されてしまいました。生き残っている人間をどうかお助けください〉
なんともテンプレチックな流れを受けて《エルフちゃん!》 vs 《デスストーム》のバトルが開始される。
これは苦戦するのでは? と考えた俺は操作に意識を集中させた。
《デスストーム》の攻撃モーションはハンマーを叩きつけるの一点張りであり、その気になれば避けることができるのである。
かと思いきや《死風の乱舞》という全方位の攻撃を放ってきて、横殴りのハンマーが《エルフちゃん!》に連続ヒットしてしまう。
「あ、やべやべ、思いっきり直撃した」
俺はすぐに《レッドポーション》をタップしたが、慌てるような必要はなかった。
《死風の乱舞》が全段ヒットしたにもかかわらず《エルフちゃん!》のHPゲージは一割も削られていない。
逆にこちらが通常攻撃を繰り出すと《デスストーム》のHPゲージは二割以上も吹き飛ぶ。
これではザコ敵に毛が生えたくらいの強さだ。
〈おのれ……この無念は……必ずゴルダーク様が……晴らしてくれる……〉という遺言を残してひとつ目の大鬼《デスストーム》のポリゴンは砕け散る。
「なんだ、強いじゃないか、《エルフちゃん!》」
「むしろ敵が弱すぎるのでは?」
「ゴルダーク様の幹部とか名乗るからビビっちまったぜ」
助けた老父から感謝の証として《レッドルビー》を百個もらった。
〈おめでとうございます。装備ガチャを回すことができます〉とチュートリアルが指示してくれる。
「装備ガチャ……装備ガチャ……どこだろう」
「そこのメニューじゃないかしら。ショップ一覧のページ」
「あ、本当だ」
《高級装備ガチャ》
《1回100レッドルビー》
「押したら後悔とかしねえかな?」
「しないでしょう。チュートリアルの一部なのだから」
「だよねえ。カリンちゃんの言い方はいちいち説得力があるよ」
俺がいつまでたっても回さないものだから、くすり、とカリンが笑った。
「もしかしてキョーヘイくんは初めてガチャを回すの?」
「そうなるな」
「ならばビギナーズラックに期待ね。きっと大当たりを引くんじゃない?」
「さすがに無理があるだろう。抽選するのはサーバーだし、FKCは俺がガチャを回すのが初めてだとは知らないんだぞ」
「ならばわたしが回してあげましょうか?」
「いや、遠慮しておく。ここは俺が回す」
意を決して《高級装備ガチャ》をタップする。
神殿のような場所にカードが一枚浮いており、それがゆっくりと反転する。
虹色のエフェクトがほとばしりカードの裏から出てきたのは、
《レアリティ:UR》
《聖杖シャオルーン》
という背景が黄金色に輝いているアイテムであった。
「URというのは当たりでいいのか?」
「豪華な演出から察するにそのようね。ちょっと待って」
ほら、といってカリンがFKCの攻略情報サイトを示してくれる。
「なになに……装備には六段階のレアリティがあります。最高級のURから順にSR、HR、R、HN、Nの順です。レアリティURの装備に外れはないので絶対に売却しないようにしましょう……マジか!」
「おめでとう、キョーヘイくん。最高級の装備を引き当てたようね」
「うわ! すげえ! 《エルフちゃん!》って優秀じゃん!」
俺はさっそく《聖杖シャオルーン》を装備してみることにした。
すると攻撃力が〈332→6876〉へと一気に跳ね上がってしまった。
まさかの二十倍である。
さすがにバグかと思ったが、それが正規の値であることは近くの敵を殴ればわかる。
《ブラックフェザー》というゴルダーク様の幹部を名乗るエリアボスが出てきた。
全長が十メートルはありそうな怪鳥なのだが、強化された《エルフちゃん!》の手にかかれば一撃で沈められる。
《マンティコア》というサイボーグ化した獅子のような化け物も出てくる。
先ほどの《デスストーム》や《ブラックフェザー》と比べると、なかなか格好いいデザインのモンスターだ。
これもゴルダーク様の幹部を名乗るエリアボスなのだがワンパンチで終了である。
「もう幹部を三体も倒しちゃったよ。ちょっと強すぎて笑っちゃうな。なんでだろう。すごく楽しい」
「キョーヘイくん、それは本気でいっているの? ゲーム性を著しく損ねちゃっている気がするのだけれども。ただのワンサイドゲームじゃない?」
「カリンちゃんのいう通りなんだけど不思議と楽しんだよ。なんか特別なパワーをもらっちゃった感じ。ほら、レベルだってサクサク上がるし」
カリンの気持ちが分からないわけではない。
俺だってもし第三者であれば「そんなに強くなって楽しいのだろうか?」と疑問を投げかけたことだろう。
「全打席でホームランを打っちゃうバッターの気分だよ。あるいはスターを手に入れた配管工のおじさん」
「とんでもないヒーローね」
「それは否定しない」
「でも大切なことを忘れないでね。キョーヘイくんの目的は《エルフちゃん!》を強くすることじゃなくて、FKCの中からルナちゃんに接触することだから。楽しむのもほどほどにしないと、キョーヘイくんまでゲーム中毒になってしまう」
「いっけねえ! 忘れるところだった!」
「もう、人がせっかく協力しているのに」
「ごめんね、カリンちゃん」
「攻略情報サイトによると、《レベル18》で《フレンド登録》のコンテンツが解放されるそうよ。きっとチュートリアルが開始されるはず」
「いまが《レベル16》だからもうちょっとだな」
冒険クエストを進めていくとあっという間に《レベル18》に到達した。
カリンが予想した通り、〈フレンド登録ができるようになりました。他のプレイヤーとつながってみましょう〉とチュートリアルが指示してくれる。
「なになに……登録できるフレンドは三十人。これはレベルが上がっていくと上限が解放されて最大で六十人になる。フレンド登録のメリットは下記の通り。《名誉ポイント》を毎日授受できる。一緒にパーティーを組んだとき《フレンド恩恵》を受けられる。《フレンドチャット機能》を利用することができる」
《名誉ポイント》というのはFKCの中で使うことができる財貨のようだ。《ゴールド》のようにアイテムと交換したり、《経験値》と交換してキャラクターを強化することもできる。
《フレンド恩恵》というのは文字通りパラメーターの上昇補正のことである。よく一緒にパーティーを組む人をフレンド登録するといいらしい。
《フレンドチャット機能》というのはSNSのグループ設定みたいなものだ。最低二人から最高六十人まで、好きな人たちだけで集まってわいわいがやがやできる。グループへ招待するのにフレンド登録が必要ということらしい。
「じゃあ、ルナにフレンド申請を送ってみる」
「いよいよね」
「ああ、ものすごく緊張してきた。ここで拒否されると計画の練り直しだからな」
「ちなみに《堕剣士・真剣優》のステータスは確認できるのかしら? きっと相当に強いのでしょう?」
「うん、プレイ時間が半端ないから強いと思う。よくよく考えると初心者プレイヤーがいきなり申請したら普通は蹴られるよな。向こうがフレンドを選別している可能性もあるし」
「その可能性は捨てきれない。とにかくフレンド申請を送ってみましょう」
俺は《プレイヤー検索》の画面に《堕剣士・真剣優》と打ち込んだ。
ヒットするプレイヤーはひとりだけ。
《レベル180》
《堕剣士・真剣優》
「ねえ、カリンちゃん。もしかして《レベル180》がレベル上限だったりするのかな?」
「ちょっと待ってね……うん、現在のレベルキャップは《レベル180》に設定されているようね」
「うわ! めちゃくちゃ強いプレイヤーじゃん! なんか申請するのが怖くなってきた! ステータスのところに《ギルドマスター》という表記もあるし」
「あら、そうなの?」
《所属ギルド:エロフ商会》
《権限:ギルドマスター》
《ギルドランキング:1位》
「本当ね。これはワールド《ネビリム》の実質的な覇者じゃないかしら」
「これぞラスボスという感じだな」
「わたしが代わりにタップしてあげましょうか?」
「いや、いい。俺が頑張ってみる」
俺は震える指先で《申請》のボタンをタップしてみた。
すぐに〈そのプレイヤーのフレンド数は上限に達しています。フレンド申請に失敗しました〉というメッセージが返ってくる。
なんてこった。
承諾される拒否される以前にフレンド枠の空きがないらしい。
「カリンちゃん、これは対策が必要という認識でよいだろうか?」
「仕方がないわね。もう少し方法を考えましょう」
「あとキリのいいところまでレベルを上げてもいいかな? 協力してくれたお礼に何でも好きな夕食をつくってあげるから」
「本当にいいの?」
「キーマカレーでも、ボルシチでも、パエリアでも何でもいいよ」
「ならメニューを考えさせてちょうだい」
「帰りに食品スーパーへ寄ろうと思うから、それまでに決めてくれたら大丈夫」
それから五分くらい冒険クエストをプレイしていると次のようなメッセージが流れた。
〈《エルフちゃん!》が《レベル20》になりました。新しいコンテンツが解放されます〉