1-4 爆誕せよ! エルフちゃん!
「これからは和泉もアキラ先生と呼んでくれていいんだぞ」
「わかりました、アキラ先生」
「和泉は素直でいいやつだな。歳の離れた妹ができたみたいで可愛いよ」
すこぶる上機嫌なアキラ先生に送り出されて、俺たちは二年F組の教室へと戻った。
時刻はすでに十七時、荷物が残っているのは俺とカリンの席だけだ。
「キョーヘイくん、さっそく部活を開始しましょう。生徒指導部というのはあくまでも暫定の活動だから、はやくミッションを終了させてアキラ先生の負荷を減らすべき」
「違いない。あの先生って本当によく働くよな。仕事の鬼かよ」
「そうね。仕事が好きじゃないと無理よね」
「にしても、まいったな」
「どうかしたの?」
「ルナが学園祭に参加する姿とかあまり想像できないんだよな。毎日学校へ通う姿もあまり想像できない。兄としてあるまじき発言なのはわかっているんだけど」
「いつからルナちゃんはそうなったの?」
俺は記憶の糸をたどってみる。
「ルナと出会ったときからそうだったよ。それが普通という感じなんだ。小学生のときから私立ローレライ学園に通っていたけれど、元々学校を行ったり休んだりしていたんだ。それがここ一年でちょっとだけ悪化した。まあ学業の成績は当時の俺よりもはるかに優秀なんだけどね」
「キョーヘイくんのおじさんは何もいわないの?」
「あまり心配していないね。元々ルナのお母さんに首ったけだったんだ。放任主義というわけじゃないけれど、ルナには好きなことを好きなだけさせるつもりらしい」
「……大人としてはどうなのかしらね」
「おじさんの悪口はいってくれるなよ。ルナと俺のために一年中海外で仕事ばかりしているんだから。養父ということを抜きにして、俺はあの人のことを尊敬しているんだ」
「そうね。ここで話しても仕方がないか。とりあえず部室へ行きましょう」
文芸部にやってきたカリンはプリントを長方形にくり抜いた。
油性マジックで《文芸部、生徒指導部》と書いてから、室名札の上に張りつける。
「これでよし」
「生徒指導部の発足というわけか」
すっかりカリンの書斎と化しているこの部屋は一面が本棚と蔵書の山となっている。
その他の備品といえばコの字型に配置された机、パイプ椅子が六脚、壁にあるアナログ時計、ホワイトボードと水性マジックくらいで特筆すべきものは何もない。
「こほん、では部会を始めましょう」
「なんだかカリンちゃんは楽しそうだね」
「前の三年生が引退してからおよそ一年ぶりの部会なのよ。こんなことをいうとアキラ先生に失礼だけど、生徒会に加わるよりも生徒指導部の方が面白そうだし」
「まあ、いいけど」
「それとも部会は明日にする? ルナちゃんの夕食を作るのでしょう?」
「別にいいよ。この時間のルナは部屋で寝ているだろうから」
「そう」
カリンがホワイトボードにすらすらと文字を書いていく。
生徒指導部
顧問:千駄ヶ谷アキラ先生
部長:和泉カリン
副部長:新田キョーヘイ
活動内容:問題を抱えている生徒の更生
ミッション:新田ルナを学園祭に参加させる
「それでは小ミッションを決めましょう」
「小ミッション?」
「いきなり学園祭に参加させようとしても失敗するでしょう。そもそも学校を半分くらい休んでいるのだから。だからステップを踏んでまずは登校する頻度を上げさせる」
「つまりルナが学校を拒む原因を探るわけか」
「それも含まれるわね。まずはコミュニケーションを取らないことには始まらない」
小ミッション:新田ルナと良好なコミュニケーションをとる
「どうしましょうか。キョーヘイくんに対して本音をいってくれるとは限らないから、隣人であるわたしが声をかけましょうか?」
「あいつ、あんまり人付き合いが上手くないからな。カリンちゃんがちょっとずつ声をかけてくれると助かるよ」
「ルナちゃんが好きそうな話題とかあったりする?」
「好きな話題か……なんだろう」
「例えば熱中しているもの」
「熱中、ねえ。それだとゲームかな。毎日部屋でプレイしている。この一年はずっと同じゲームをやっているよ」
「タイトルとか分かったりする?」
「たしかフェアリーナイツクロニクルだったような……」
「ちょっと待って」
カリンはスマートフォンを取り出して調べものを始めた。
「フェアリーナイツクロニクル。略称はFKC。日米中韓のソフトハウスが共同で開発した大型MMORPG。運営はそれぞれの現地法人が行っており、サーバは各国に存在する。共同開発といってもアメリカのMM社が指揮を執ったようね。MM社というのはマザー&マーベラス社の略」
「それはゲームの情報かい?」
「うん。キョーヘイくんはFKCのアカウントを作って、こっそりルナちゃんとお友達になったらいいんじゃないかしら? ゲームの世界であればいつもと違う一面を見せてくれるかもしれない」
「その手があったか。つまり俺は素性を隠しておくと」
「女子高生っぽく振る舞ったらいいと思う。ルナちゃんの方から何か話してくれるかもしれない」
「カリンちゃん、頭がいい!」
小ミッション:FKCの世界から新田ルナへの接触を試みる
「とはいえ俺にゲームなんかできるかな。最後に熱中したのは中学生のときだぜ」
「まだ若いのだから問題ないでしょう。これを機にMMORPGデビューしてみたらいいんじゃない? ルナちゃんの話題についていけるメリットが生まれるかもしれないし」
「そうだな。ゲームのことでルナと会話したこと、今までほとんどないしな。俺がゲームに疎いのを知っているから、ルナがわざと避けているんだと思う」
「ならば決まりね」
「……ちょっと待ってくれよ」
俺はスマートフォンのストレージ空き容量を確認した。
およそ四ギガバイト。
FKCのアプリケーションは約二ギガバイトなので動作させるぶんには問題なさそうだ。
「あれ? FKCってパソコンのゲームじゃないのか?」
「FKCはパソコンとスマートフォンの両方から遊べるみたい。家からはパソコンで接続して、外出先からはスマートフォンで接続するという遊び方ができる」
「俺のスマートフォンでもプレイできるわけか。最近のゲームはすごいんだな。さっそくインストールしてみるよ」
「ルナちゃんは家のパソコンから遊んでいるのかしら?」
「うん、我が家にあるパソコンはルナの部屋の一台だけだ」
「そう。操作性とグラフィックに問題があるかもしれないけれど、キョーヘイくんにはスマートフォンで頑張ってもらうしかなさそう」
「別にいいよ。いざとなったら近所のネットカフェに行くから」
小ミッション:新田キョーヘイがFKCにログインする
「ではさっそく」
アプリケーションストアに公開されているタイトルの中からFKCを検索した。
〈タイトル:フェアリーナイツクロニクル〉
〈データ容量:2.1GB〉
〈提供元:Mother and Marvelous com〉
「スマートフォンの通信制限とかは気にしなくてもいいの?」
「問題ないよ。ネットニュースを読むくらいしか使っていないからデータ通信量はたくさん余っている。それにしても最近のゲームのCGはきれいだな」
「そうね。アニメーションなら日本のソフトハウスが強いけれど、こういう3DCGは中国や韓国も強いんじゃないかしら」
大型MMORPGというだけあってデータ量がかなり大きい。
やっとゲームを起動できたかと思いきや、差分ファイルのダウンロードがはじまる。
「へえ、妖精の力を宿した騎士たち――《フェアリーナイツ》が主人公なんだってさ。タイトルのまんまだけど、いかにも剣と魔法のファンタジーって感じだな」
さまざまな種族のキャラクター、そして簡単なチュートリアルがWAITING画面に表示されている。
〈種族はヒューマン、エルフ、ダークエルフ、ドワーフの四種類から選択できます〉
〈キャラクターメイキングの組み合わせはほぼ無限大に存在します〉
〈仲間たちと協力してギルド戦の勝利を目指しましょう〉
荘厳なクラシック調のBGMとともにオープニングムービーが始まった。
「お、ようやく始まった」
「ここまでは順調ね」
しかしすぐに大問題が発生してしまう。
〈プレイするワールドを選択してください。ひとつのワールドにつき最大四人までキャラクターを作成することが可能です。なおワールド間のキャラクター移動は行えません〉
存在するのは全十六ワールド。
《アルタイル、イグニス、ウラウ、オメガ、
キリク、グシオン、ケント、ジュール、
セイン、ティターン、ネビリム、ハルト、
マーブル、メテオワーム、リューセイ、レオン》
ワールドのステータスには〈混雑〉、〈やや快適〉、〈快適〉の三種類があり、おそらくサーバー側の負荷のことを指しているのだろう。
「まいったな。ルナがどのワールドでプレイしているか知らないぜ」
「困ったわね。別のワールドにいるプレイヤーとはゲーム内で接触することができない」
「だからといってルナに電話をして聞き出すわけにもいかないしな」
「ルナちゃんのプレイヤー名は分かる?」
「たしか……《堕剣士・真剣優》だったかな」
俺はホワイトボードに書き足す。
「ちょっと貸してみて」
カリンはまずワールド《アルタイル》をタップした。
プレイヤー名のところに《堕剣士・真剣優》と入力すると〈そのプレイヤー名は使用可能です〉というポップアップが表示される。
「プレイヤー名は重複することが許されていないみたい。つまり同一のプレイヤー名はひとつのワールドにつき一人だけね」
「そうか。だとするとワールド《アルタイル》にルナの操作キャラクターは存在しないということか」
「これを順番に調べていきましょう。全十六ワールド」
「カリンちゃん、天才じゃねえか!」
《イグニス、ウラウ、オメガ》
〈そのプレイヤー名は使用可能です〉と表示される。
《キリク、グシオン、ケント、ジュール、セイン、ティターン》
やはりルナの操作キャラクターは存在しない。
とうとうワールド《ネビリム》まできたとき、〈そのプレイヤー名はすでに使われています。別のプレイヤー名を入力してください〉という重複警告のポップアップが表示された。
「ビンゴ!」
「まだ安心するのは早い。他のワールドも調べましょう」
残りの五ワールド《ハルト、マーブル、メテオワーム、リューセイ、レオン》についても《堕剣士・真剣優》で検証してみたが、すべて〈そのプレイヤー名は使用可能です〉と表示された。
「ワールド《ネビリム》で間違いないようだな。これに決定と」
「じゃあ次のステップに進みましょう」
「次はキャラクター名の入力か」
「最大十六文字までいけるようね」
適当にアニメやゲームの女性キャラで試していく。
《エリザベス》
《ティア》
《レイチェル》
《ローズ》
《ファラ》
《イザベル》
思いつく限りを入力したが〈そのプレイヤー名はすでに使われています。別のプレイヤー名を入力してください〉のポップアップに弾かれる。
「どうやら簡単には通してくれないな」
《オリヒメ》
《クシナダ》
《アマテラス》
返ってくるのは同じポップアップばかり。
ネタが枯渇しそうになり俺は頭を抱えた。
「ダメだ、けっこう使われている。記号だらけにすると通りそうだけど、それじゃあ変人みたいだしな」
「後発ユーザには厳しいのね。もっとユニークな名前にしてみない?」
「ユニーク、ねえ」
《エルフちゃん》
しかし〈そのプレイヤー名はすでに使われています。別のプレイヤー名を入力してください〉のポップアップに拒否される。
「これでもダメなのか……」
「記号を一個だけ混ぜるのはどうかしら。他人とぶつかりにくいでしょう」
「その手があったか。さすが、カリンちゃん!」
《エルフちゃん!》
末尾にエクスクラメーションマークを付けると〈そのプレイヤー名は使用可能です〉が表示された。
「なんだか子どもっぽい名前だな」
「いいじゃない、まだ未成年なのだから」
「違いない。それじゃあ《エルフちゃん!》に決定と」
「次はキャラクターの性別と種族ね」
「名前が名前だから女エルフじゃないと変な気がするが……」
種族ヒューマン。
さまざまな武器や魔法を使えるオールラウンダーのようだ。
プレイヤーの好みに合わせて《職業》を変更でき、あらゆるミッションに対応できるという。
初心者プレイヤーから上級者プレイヤーまで活躍が見込める万能タイプとのこと。
「何だよこりゃ、最強じゃねえか。ヒューマンの一択になるぞ」
「ちょっと待って。これは器用貧乏というやつよ」
「う~ん、そうかな」
「何でもできるということは相対的に飛びぬけたところがないという意味にならない? ゲームバランスという言葉があるでしょう。ヒューマンだけが強いなんてことは常識的に考えてあり得ない。だからヒューマンを選んでしまうと後々不利になる心配があると思うの」
「じゃあ、ヒューマンは止めておくか」
種族エルフ。
これは《回復魔法》や《補助魔法》を得意とするサポーターのようだ。
パラメーター上昇の魔法を自分自身に掛けることもでき、まったく戦闘能力がないわけではない。
高難度のダンジョンになってくるとエルフの存在が不可欠らしい。
「へえ、ひとりでも戦えるんだな、エルフ」
「エルフといったらファンタジーの王道よね」
「第一候補はやっぱりエルフだな」
種族ダークエルフ。
これは《攻撃魔法》や《状態異常》を得意とするアタッカーのようだ。
一撃の火力に優れている反面、耐久面についてはからっきしのようである。
《ギルド戦》のようなコンテンツではもっとも撃墜数を稼げる花形のキャラクターらしい。
「アグレッシブな性能なんだな」
「ダークエルフは立ち回りが難しそうね」
「俺じゃあ上手に操作できないような気がする」
種族ドワーフ。
これは盾役を担えるタンクのようだ。
相手のパラメーターを低下させる技を有しており、長く戦場に留まることができるという。
プレイヤー同士の集団戦になってくるとドワーフの耐久力が勝敗を大きく左右するらしい。
「なんか……地味だな。ちっこいキャラクターがマスコットみたいで可愛いけれど」
「ドワーフは玄人向けじゃないかしら。攻撃力が低く設定されている」
「違いない」
俺はエルフを選択する。
性別はもちろん女性。
〈よろしいですか?〉という確認が表示されたので迷わずに〈はい〉を選択する。
これから待ち受けているのは〈組み合わせはほぼ無限大に存在する〉というキャラクターの設計だ。
髪パーツ、目パーツ、鼻パーツ、口パーツ、耳パーツ、輪郭パーツ、肌の色を決定していく。
男性キャラクターの場合は筋肉のボリュームを、女性キャラクタ―の場合は胸のサイズを調整すれば完成となる。
俺は直感だけを頼りにパーツを選択していった。
「ねえ、キョーヘイくん。この《エルフちゃん!》は誰かに似ていない?」
「う~ん、そうかな」
「白い肌、銀色の髪、丸っこい目元」
「普通に可愛いと思うけど」
「ルナちゃんにそっくりじゃないかしら。胸のボリュームは相当盛ったようだけれど」
「……あ」
俺が間抜けな声を出したのは、すでに決定ボタンをタップした後だった。
〈フェアリーナイツクロニクルの世界へようこそ〉というナレーションとともに〈終わりの始まり〉というイベントムービーが流れ始める。