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4-3 現役JKのお好み焼きとかレアすぎるだろ

 豚バラ肉に熱を通していくジュワワワァという音がリビングにまで聞こえてきた。

 手持ち無沙汰になってしまった俺は、適当にチャンネルをまわしてプロ野球の中継を眺めている。


「……バッターが打ったぁ! 打球はぐんぐんのびて! それをライトが追いかける! ……ああっと! もうひと伸びがありません! この回も得点はなし! 三者凡退です! ピッチャーがマウンド上で吼えました! ものすごい気迫です! グラブを一回叩きました! ゆっくりとベンチへ戻っていきます! さあ、次の攻撃は…………」


 戦っているのは赤いユニフォームのチームと青いユニフォームのチームだ。

 球団名はかろうじて記憶しているが、選手の名前がまったく分からない。

 四番バッターも、エースピッチャーも、メジャーから渡ってきたであろう外国人選手も。

 野球ファンではない俺が知っているのは、往年のスター選手だったトドのような顔つきの監督だけ。


「キョーヘイくん、焼けたよ」

「うん、ありがとう」

「お皿はどれを使ってもいいのかしら」

「好きなのを取り出してくれて大丈夫」

「お待たせしました。お好み焼きになります」

「カリンちゃんの料理は新鮮だな」

「どうかしら? 中まで火は通っていると思うけど」

「すごくおいしそうだよ!」


 お好み焼きの皿を持ってきてくれたのはエプロン姿のカリンだ。

 ピンク色のシュシュで髪をしばっており、それが家庭的な雰囲気を(かも)し出している。

 普段のカリンと違ってすごくキュートだ、といったら本人は冷笑するだろうか。


「なんか他の人に料理してもらうのって不思議な気分だ。いつも俺がつくっているから」

「キョーヘイくん専用のキッチンを使っちゃったけれど大丈夫だった?」

「そっちの方が包丁もまな板も喜ぶよ」

「お好み焼き、お口に合うといいのだけれど」

「カリンちゃんが調理したから美味しいに決まっているさ」

「それはハードルを上げすぎ」

「そうかな?」


 俺はさっそくお好み焼きを口へ放り込んだ。

 しかし、熱さのあまり舌を火傷しそうになる。


「もっとゆっくり食べなさいよ」

「ごめん、ごめん、つい嬉しくって」

「ほら、お水」

「ありがとう」

「熱いと味がわからないでしょう」

「そんなことはない。美味しくできているよ。キャベツをちょっと粗めにカットしているから歯ごたえが残っている。生地もしっかりと空気を含んでいるから焼いたときにふっくらしている。もう満点だよ」

「キョーヘイくんから褒められると嬉しいかも」

「そうか? いつもカリンちゃんのことは褒めているけどな」

「料理のことで、よ」


 カリンが悪戯(いたずら)っぽくウィンクしながらいった。

 向こうの方が一歳だけお姉ちゃんなんだな、と意識させられる。


「ルナちゃんの分はどうしようか?」

「そのうち起きてくるからまだ焼かなくても平気だよ」

「そうなの?」

「食べ物の匂いが二階まで昇っていくんだ。するとお腹が空いたタイミングでいつも目覚める」

「面白いシステムね」

「まあ、食料隊長としては困るんだけど。作りたてを提供できないから」

「食料隊長?」

「ルナが俺のことをそう呼ぶんだ。掃除大臣、大蔵省長官、それから何だっけ……」

「ルナちゃんらしい」


 二階からドドドドッという音が降りてくる。

 噂をすれば何とかやらだ。


「ルナのお腹が空いちゃったよ! お兄ちゃん、今日は何を作っているの!」

「おはよう、ルナ。もう七時半だよ」

「あれっ! もう朝になっちゃったの! ヤバい! 学校に遅刻しちゃう!」

「……さすがに夜の七時半だよ」

「お兄ちゃん、ルナを(だま)したな!」

「ルナが勝手に勘違いしたんだ」

「ぐるるるぅ……うわっはっは! よかった! 本当に朝だったらどうしようかと思ったよ! ルナはひと安心だよ! もう少しで泣くところだったよ!」

「まあ、いいから座りなさい」


 スウェット姿のルナがお腹を抱えてゲラゲラと笑っている。

 その肩をカリンがぽんと叩いた。


「こんにちは、ルナちゃん」

「あれ、お姉ちゃんがエプロン姿だ!」

「今日はわたしがご飯をつくっているの。お好み焼きをこれから焼くから、ちょっとだけ待っていて」

「ええっ! いいのですか! お姉ちゃんの手料理を食べちゃって! 本当にいいのですか!」

「手料理といっても普通のお好み焼きだから」

「大好きです! お好み焼き! 急にどうしちゃったのですか! お兄ちゃんと何かあったのですか! それともルナのためですか!」

「ええとね……」


 あまりのハイテンションにカリンが圧倒されてしまう。


「お~い、ルナ。カリンちゃんが困っているだろう。質問攻めにするんじゃない」

「は~い」

「それにカリンちゃんだって料理をしたくなる日があってもいいだろう。ならば甘えられるときに甘えておけ。現役女子高生のつくったお好み焼きがこの世でどのくらいレアだと思っているんだよ。しかも普通に美味しい」

「じゃあ、ルナが料理すると、それもレアになるの?」

「なる。しかし、ルナの場合はまずゆで卵からマスターしなさい」

「あっはっは! 困っちゃうな! ゲームの中だと料理がうまいのに! まずはゆで卵だってさ!」

「……おう」

「じゃあ、お兄ちゃん! 今度はゆで卵の作り方を教えてね!」

「…………お、おう」


 ルナのいう通り《堕剣士・真剣優》の料理スキルはマックスだった。

 しかし、あれを引き合いに出してはいけない。


「お待ちどおさま。ルナちゃんの分が焼けたよ」

「やったぁ~!」


 かつお節とソースのかかったお好み焼きがルナの鼻先に差し出される。

 ふうふうしてから()(しゃく)したルナは、


「なにこれ! 超おいしい! ヤババババ!」


 といってテレビ前のカーペットまで飛んでいってしまった。


「うめえぇぇぇ!」と叫んで床をゴロゴロしている。

 おいおい、マジかよ。

 そういう感情表現はアニメの世界にしか存在しないと思っていたのだが。

 なぜか次元の壁のようなものをルナに対して感じてしまう。


「こんなに美味しいお好み焼きなら百枚だって食べられるよ!」

「ルナちゃん、百枚はいい過ぎじゃないかしら」

「そのくらい美味しいって意味なんです! メチャウマです!」

「そうかしら。……ありがとう」

「いいな~。ルナもお姉ちゃんみたいなお嫁さんが欲しいな~! そして毎日料理をつくってほしいな~!」

「ルナちゃんはお嫁さんになる方じゃないかしら?」

「あっ! そうだった! ゲームの中では男のキャラクターを使っているのですよ! それで勘違いしちゃいました!」

「あら、そうなの。なんだか意外ね」

「ゲームの世界ではねえ、これから結婚システムが実装されるんですよ。むふふっ。面白くないですか? ゲームの中とはいえ面白くないですか? 結婚システムですよ!」

「ルナちゃんは誰かと結婚するの? これからの予定は?」

「実はもう婚約者がいるんですよ~! フィアンセなんですよ~!」


 俺は飲みかけのお茶を吹きそうになった。


「相手の子がね、メチャクチャ可愛いのです! まあ、ゲームのキャラクターといえばそれまでなのですが!」

「なかなか面白そうな話ね。どんなところが可愛いの?」

「ん~と、弱いところですかね!」

「弱い?」

「こっちが守ってあげないといけないんです! それって可愛くないですか!」


 俺はもう一度お茶を吹きそうになる。

 なるほど、弱っちい生き物に対しては往々にして愛着が湧いたりするものだ。


「この前なんか別のプレイヤーにイジメられていたのですよ! ルナが格好よく助けてあげました!」

「まるでヒーローみたいね」

「はい! 立場が逆だったらルナはベタ惚れですね~! むふふ! あれは白馬の王子さまって感じでした! いや~、ドラゴンに乗った伝説の勇者って感じですかね!」

「ルナちゃって……」

「はい?」

「なんか罪のある女の子よね」

「あっはっは! お姉ちゃんと話すのが面白すぎて笑い死んじゃいそうですよ! もう好感度のバロメーターが天井を突きぬけてルナの胸が苦しいです! はっは! おかしい! これは明日、お腹が筋肉痛になっていますよ!」


 俺は()(たび)お茶を吹きそうになる。

 なるほど。

《堕剣士・真剣優》の素性を偽っているという意味では、ルナは罪のある女の子になるのかもしれない。


「ルナちゃんはもうすぐゲームのイベントがあるのでしょう。大切なイベントが」

「そうです、そうです、《KoF》というイベントがあります」

「調子はどうかしら。いい成績を残せそう?」

「もう気合い十分ですから! きっと上位まで食い込みますよ! 頂点に立てるかどうかは分かりませんが」

「あら、優勝は狙わないの?」

「優勝は……どうですかね~」


 ルナが急に弱気になった。

 カリンだって小首をかしげている。


「とてもとても強い人がいるのです。いまのルナでも勝てないと思います。まあ、負けたなら負けたでいいんですよ。それがルナの実力ということになりますから」

「とても強い人なのね」

「ええ、メチャ強です。あの人くらい強い人を他には知らないです。だからいいんです。ルナの本気を見てもらえれば満足ですから。《KoF》で勝ち進みさえすれば、ルナの成長したとことを見せられます。それまでは絶対に負けたくないのですけれど、あの人に負けたのなら仕方がないです。もちろん、ゲーム仲間がいるので負けたくないのが本音なんですけど。ですが、全力を出したからといって優勝できるとは限りません。それは戦う前から割り切っています。あの人に負けるのは仕方がないと」

「その人が負けることはないの? ルナちゃん以外の誰かに?」

「……ないですね。メチャ強って言葉じゃ足りないくらいメチャ強なんです。MMORPGの神さまなんですよ」


《闇神》のことを指しているのだろうか。

 成長したところ、という部分が俺は気になった。


「そう。手合わせできる機会があるといいね」

「実はトーナメントの組み合わせはわかっているんです! わたしが負けない限り、絶対にぶつかりますから! そうしたら最後まで笑顔で戦おうと思うんです! とにかく楽しみなんです! 楽しくて仕方がないくらい楽しみですから! その人も楽しんでくれたら、ルナはとってもとっても嬉しいです!」

「ルナちゃんらしいと思う」

「あっ! ごめんなさい! なんか湿っぽい話になっちゃいましたね!」

「いいのよ。一途な気持ちにちょっと感動しちゃったから」


 その時、カリンのスマートフォンが振動した。

 どうやら親が最寄り駅まで帰ってきたらしい。


「今日はここら辺でお(いとま)する」

「うん! お姉ちゃん、またね!」

「おやすみなさい」

「おやすみ~!」


 俺はいつものようにカリンを見送っていった。


「どうしたんだよ、嬉しそうな顔しちゃってさ」

「そうね、いよいよだと思ってね」

「そうだな。もうすぐ《KoF》が終わって、ルナのゲーム熱が落ち着いて、生徒指導部のミッションもコンプリートになるな」

「キョーヘイくんには感謝しないといけない」

「ん? いつもの夕食のこと? あれは日頃のお礼みたいなものだから」

「そうじゃなくて、楽しい時間を過ごせたこと」

「ルナのハイテンションが伝染していない? いつものカリンちゃんらしくないぜ」

「あのハイテンションに関しては伝染するなという方が無理じゃない?」

「ああ、言われてみるとそうかも。俺なんかとっくに汚染されているな」

「……《KoF》の結果はわたしも確認しておく」

「ああ、頼むよ。俺がいれば大丈夫だと思うけれど、何かあったら連絡する」

「そうね。電話にはいつでも出られるようにしておく」


 カリンの姿が玄関の中に吸い込まれていく。


「ねえ、キョーヘイくん。ルナちゃんは例の人と戦えるかしら?」

「う~ん、正直いうとわからねえ。勝負に絶対はないって誰かがいっていたし。《KoF》の本戦は一発勝負だからな」

「そうね。そこは運も絡んでくるかもしれない」

「俺はとりあえず祈っておくよ。ルナと例の人が戦えるように。効果があるのかわからないけれど」

「わたしも祈っておく。一緒に応援しましょう」


 カリンがひとつ笑みをこぼした。


「おやすみなさい、副部長さん」

「おやすみ、部長さん」


 ひとりになった俺はふと空を見上げた。

 すると「ぎゃあああぁ!!!」というルナの悲鳴に続いて、バタバタと物が倒れる音がする。

 何事かと思った俺はすぐに自分の家までダッシュした。


「お兄ちゃん! Gが出た! やつが出ちゃったよ! お願いだから倒して!」

「おいおい、落ち着けよ。いま何時だと思っているんだ」

「怖いよぉ~! すごくでっかいGだったよぉ~! ルナは死んじゃうよぉ~!」


 ゲームの中では無敵の剣士なのに、と俺は心の中で突っ込んだ。


「どこにいたんだ?」

「ルナの部屋!」

「それはルナがちゃんと部屋を掃除していないから……」

「でもね、頑張ってお兄ちゃんの部屋の方まで追い払ったんだ!」

「何だと!」

「だってお兄ちゃんの部屋の方が隠れるところ少なそうだし!」

「ああ! それはすごく合理的な判断だ! ちょっと気に入らないけれど!」


 ルナの鳥肌が収まったのはそれから十五分後のことであった。

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