4-2 にしてもゲームの中で結婚か!
「うむ、素晴らしいではないか。和泉も新田も頑張ってくれているようで、わたしはとても嬉しいよ。教師としても、一個人としても」
そういってコーヒーを口に含んだアキラ先生は、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
ただでさえモデル顔をしているところに、小動物のような愛嬌まで添えられる。
千駄ヶ谷アキラ。
二十七歳の女性。
俺とカリンにとってはもっとも信頼できる教師のひとりである。
それは向こうも同じらしく、カリンのことを年の離れた妹と表現したくらいだ。
「にしてもゲームの中で結婚か! 新田は面白いことを考えるな! ふふっ! すまない。悪気があって笑っているわけではない。いいじゃないか! 後日談があったら聞かせてほしいくらいだ! あとゲームの中で結婚したからといって、不純異性交遊にまで発展させてくれるなよ!」
「ええ、わかっていますよ。あくまでゲームの中の話ですから」
「いい。いかにも青春している感じがするしな」
「茶化さないでくださいよ。相手は義妹なんですから。それにクソ真面目にやっているのであって、けっして遊びではありませんので」
「そういうところもひっくるめて褒めているのだ。和泉はどう思う?」
「はい、望ましいことだと思います。モチベーションも向上するでしょうから」
「なら決まりだな」
アキラ先生があごの下で指を組む。
「応援してやれ。新田ルナの《KoF》とやらを。君たちの全力でな。もし裏目に出た場合はわたしも連帯責任といこうじゃないか」
「ありがとうございます!」
「自慢じゃないが、千駄ヶ谷アキラはこの学園の運営に欠かせない存在だ。わたしが新田ルナに目をかけていると知ったら、学園長も少しはクールダウンしてくれるだろう」
「俺たちのために体を張ってくれるのですか?」
「当たり前じゃないか。わたしが何のために生徒指導というポジションを望んだと思っているんだ」
「いや……先生の鑑だと思います……なんか生意気なこといっちゃいましたが……」
「そういうのは気持ちだけでいい」
俺たちは頭を下げてから生徒指導室をあとにする。
「キョーヘイくん、もうすぐ《KoF》よね」
「ああ、ここからは毎日が緊張の連続だよ」
「ルナちゃんの様子は?」
「コンディションは悪くなさそうだ。学校だって一日おきに通っているよ。それだけリラックスして臨んでいる証拠だよ」
「経過は順調、あとは当日を迎えるだけ、そんな感じかしら?」
「そうだね。《エルフちゃん!》からも毎日応援メッセージを送っているよ」
部室のホワイトボードにはあの日の書き込みがまだ残っている。
生徒指導部
顧問:千駄ヶ谷アキラ先生
部長:和泉カリン
副部長:新田キョーヘイ
活動内容:問題を抱えている生徒の更生
ミッション:新田ルナを学園祭に参加させる
小ミッション:新田ルナと良好なコミュニケーションをとる
小ミッション:FKCの世界から新田ルナへの接触を試みる
小ミッション:新田キョーヘイがFKCにログインする
《堕剣士・真剣優》
カリンのいった通りすべてが順調だ。
《KoF》の本戦さえ終われば、ルナは学園祭に参加する気になってくれる。
そうすれば進学の問題だってオールクリアとなるだろう。
「ねえ、キョーヘイくん。今日も食卓にお邪魔してもいいかしら。直前のルナちゃんの様子を観察しておきたいの」
「こっちからお願いしたいくらいだよ」
「今日はわたしが料理をする」
「えっ! カリンちゃんの手料理!」
「お好み焼きでもいい? 週末に練習したから。そのくらいしか作れないのだけれども」
「粉モノはルナの好物だから、むしろ大歓迎だよ。キャベツを切るのくらいなら手伝おうか?」
「それはダメ。焼くのなんて誰でもできるから野菜のところが本命なの」
「まあ……そうかもな。じゃあ、こっそり見守っているよ。でも、本当にひとりで料理してくれるの?」
「キョーヘイくんはわたしの料理スキルを信用していないの? 包丁を握るくらいだったらできる」
「いいや、カリンちゃんのことはいつだって応援しているし、信用しているよ」
家で一緒にお好み焼きか。
想像しただけでお腹が減りそうだ。
「だから今日はちょっとだけ早めに部活を切り上げましょう」
「りょ~かい。部長さん」
俺は《KoF》の情報を仕入れるため有名プレイヤー《闇神》のブログ《黒の騎士団のチラシ裏》へとアクセスする。
最新記事のタイトルは
〈いよいよ本戦! トーナメント組み合わせ発表! ずばりベスト4に進むのは? 各ギルドの戦術を考察!〉
というFKCプレイヤーとしてはスルーしかねる文言が並んでいる。
※ ※
みなさん、こんにちは。
《ダークナイツ》のギルドマスターをやっている《闇神》です。
最近は連日更新でしょうか。
さて、《KoF》の本戦の組み合わせが発表されましたね。
ここからはトーナメント形式の一発勝負!
ディフェンディングチャンピオンとしては並みならぬプレッシャーを感じています!
波乱は起こるのか? ということを気にしている観戦者は多いと思います。
今回の《KoF》についていうと。
……。
…………。
あんまり波乱は期待できません!
あ、ごめんなさい!
石を投げないでください!
お願いですから《ダークナイツ》を見捨てないで!
ええと、有力ギルドがきれいに散っています。
なので《ダークナイツ》、《殺戮舞踏会》、《麻雀クラブ》、《エロフ商会》が順当に勝ち上がってくるのではないでしょうか?
もちろん勝負の世界に絶対はありません!
有力ギルドがダークホースに呑まれる可能性もあります!
《闇神》だって一回戦で消えることは普通にあり得ますから!
そしてベスト4の予想組み合わせがこちら。
《ダークナイツ》 vs 《麻雀クラブ》、
《殺戮舞踏会》 vs 《エロフ商会》
いや、これはヤバいっすね!
かなりエキサイティングな勝負になること請け合いですよ!
じゃあ、どういう部分がエキサイティングなのか、これから説明してみます。
みなさん、ギルド戦をやるときに《アルカナストーン》を占拠しますよね。
赤、黄、青の三色のやつです。
念のために説明しておくと、
《赤》 = 《攻撃のアルカナストーン》
《黄》 = 《防御のアルカナストーン》
《青》 = 《敏捷のアルカナストーン》
というのが正式な名称ですね。
そして《アルカナストーン》の占拠に成功したギルドはパラメーターの上昇恩恵を受けられますから、けっして相手に渡したくない拠点にもなります。
ゆえにギルド戦は《アルカナストーン》をめぐる攻防なのです。
面白いのがギルドによって欲しい《アルカナストーン》が異なっている点です。
例えば《麻雀クラブ》にはディフェンシブなプレイヤーが多いですから、《防御のアルカナストーン》をまっ先に狙ってきます。
そして《殺戮舞踏会》はプレイヤースキルに自信がありますから、《敏捷のアルカナストーン》を占拠して足でかき乱してきます。
どちらかというと《ダークナイツ》と《エロフ商会》は万能型でしょうか?
《攻撃のアルカナストーン》を狙うことが多いですが、状況によりけりです。
相手の顔色をうかがう?
あっはっは、そう表現してもあながち間違いじゃないですね。
つまり《アルカナストーン》の周囲では両ギルドのアタッカーが乱舞するのです!
戦局が目まぐるしくひっくり返りますから、飽きがくることはありません!
各ギルドがどの《アルカナストーン》を狙ってくるのか?
本命でくるのか?
裏を突いてくるのか?
そこらへんの駆け引きにもぜひ注目してください!
いかがでしたか。
本戦まで残り一週間を切りました!
もうやり残したことはありません!
《ダークナイツ》のメンバーを信じるだけです!
ぜひみなさんも《KoF》をご観戦ください!
そして好きなギルドを全力で応援してください!
ではまた次の記事でお会いしましょう。
※ ※
俺が《ノーネーム》という名前を見つけたのはほんの偶然であった。
《黒の騎士団のチラシ裏》のコメントに同一人物の書き込みが多数残っている。
〈いつも下らない記事あげるな!〉
〈自分で万能型とか!〉
〈草が生えるわ!〉
〈闇神はスケベ!〉
〈闇神はヘンタイ!〉
〈闇神はインチキだから!〉
〈さっさと……〉
〈こんなブログなんか…………〉
〈閉鎖すればいいのに!〉
もはや不毛。
そういいたくなるようなコメントが十件も二十件も続いている。
それらは同一ハンドルネーム《ノーネーム》による書き込みだ。
中には《闇神》のファンとおぼしき人のコメントもあり、
〈またお前かよ!〉
〈《ノーネーム》はしつこすぎる!〉
〈文句をいうなら来るな!〉
というふうにヒートアップしていた。
「キョーヘイくん、何を読んでるの?」
「いや、ちょっと胸糞悪いものを見つけちゃってさ」
「どれ?」
「あの《闇神》さんのブログだよ。前にカリンちゃんが教えてくれたやつ」
「コメント欄が荒れているのね」
「どうやら常識のない読者がひとりいるらしい」
「……《闇神》さんのアンチなのかしら」
「そうだと思う。そいつの名前がこれ」
「《ノーネーム》?」
「……」
「どうしたの。キョーヘイくん?」
「いや、何でもないよ」
これは《神食いにゃん子》が探していた《ノーネーム》と同一人物ではないだろうか。
FKCの中にも暗い一面があることを知り、俺はちょっとだけ悲しくなった。
「カリンちゃんには話したことがないけれど、FKCの中に友達がいるんだ。《堕剣士・真剣優》以外という意味でね。《神食いにゃん子》さんというプレイヤー。これがすごくアクションの上手い人でさ、俺とそんなにプレイヤーレベルは変わらないのに、いつも助けられてばかりなんだ。もしかしたらルナと同じくらいの時間をゲームの中で一緒させてもらっているかもしれない」
「その人がどうかしたの?」
「《ノーネーム》という人を探していたんだよ。どうやらゲームの中の知り合いみたいだ」
「不思議な話ね。ゲームの中で人探しだなんて」
「ああ、どういう理由で探しているのかは知らない。でも気になっちゃうんだよな。《神食いにゃん子》さんって何者なんだろう。リアルの世界で会ったらどんな人なんだろうって。ものすごく優しくて、頼りになって、会話をするのも楽しくて、俺と波長が合う感じがするんだ」
「でも、ゲームの世界で知り合った人とリアルの世界で知り合うことはできない」
「そうなんだよな~。俺たち、絶対にウマが合うはずなんだけどな~」
「キョーヘイくんはそんなに《神食いにゃん子》さんのことが好きなんだ」
「うん、すごく好きだ。ルナとは違った意味で大好きだよ」
「へえ。あのキョーヘイくんがねえ」
「どういう意味だよ?」
「とてもピュアな性格をしているのね」
「えっ! 俺ってそんなに汚れている!」
「ちょっと拗ねちゃっているところがあるから」
「まいったな。否定はできないや。カリンちゃんは本当に人を観察するのが上手だよ」
「それは褒め言葉として受け取っておこう」
「あ! そのセリフは俺の専売特許だったのに!」
「あっはっは! キョーヘイくんったら、ムキになっちゃって本当にピュアよね」
その瞬間のカリンの顔がものすごく嬉しそうで。
俺は思わず見とれてしまって。
でも三秒後にはいつもの真顔に戻っていて。
「キョーヘイくん、そろそろ引き上げましょうか」
「ああ、そうだな」
俺たちは部室に鍵をかけてから下校の途についた。