4-1 俺の背中に隠れていなよ!
画面に向かって《神食いにゃん子》が頭を下げてきた。
〈なんかスミマセン。勝手にクリアしちゃいました〉
〈いえ、こっちこそ役立たずでした……。最後は倒されちゃいましたし〉
〈そんなことはまったくないです! 九階の戦闘で掛けてもらったバフが生きていたから何とか勝てました! けっこう危なかったです!〉
〈ですかね?〉
〈僕はダークエルフですから魔法で強化してもらわないと弱いんですよ。紙装甲なので!〉
俺は率直な気持ちを打ち込む。
〈とても楽しかったです。次は足を引っ張らないように腕を磨いておきます〉
〈僕も楽しかったですよ! あっ!〉
〈どうしました?〉
〈いま手元のスマートフォンに親からメールがきちゃって……。もうちょっとしたらログアウトしないとです……。本当に申し訳ない!〉
〈いえいえ、お気になさらず〉
キャラクターを強くしたいのであれば何を伸ばすべきなのか?
俺は《神食いにゃん子》にアドバイスを求めた。
〈いまの《エルフちゃん!》さんなら、《薬草ダンジョン》はどうでしょう?〉
〈存在だけは知っています〉
〈ハーブを効率よく集めることができるのですよ。それを《調合屋》へ持っていけばパラメーターが上昇するアイテムと交換してもらえます。地味ですけれどけっこう大切ですよ。確実に強くなりますから。序盤とか中盤のプレイヤーには特にお勧めって感じです!〉
〈じゃあ、トライしてみます!〉
〈ご一緒できず、スミマセン……〉
〈いえいえ! またダンジョンを攻略するときはご一緒させてください! 強くなっておきますから!〉
〈ええ、楽しみにしておきます!〉
〈それではまた〉
〈また会いましょ……あっ!〉
〈どうしました?〉
〈《エルフちゃん!》さん、たぶんご存じないでしょうが……〉
〈はい?〉
〈知っていたら教えてください。《ノーネーム》というプレイヤー名を見かけたことはないですか?〉
俺は素直に回答する。
〈《ノーネーム》さんですか? ないですね〉
〈ゲーム内の知り合いなんですが、ちょっと困ったやつでして……〉
〈もし見かけたら情報共有しますよ〉
〈いや~、申し訳ない。ちなみに《ノーネーム》は改名している可能性もあるので、そんなに気にしなくてもいいです! それでは《薬草ダンジョン》を頑張ってください!〉
〈はい!〉
俺はアドバイス通り《薬草ダンジョン》へと潜入することにした。
これは一階層のフィールドからなる空中庭園のようなエリアだ。
きらきらと輝く植物がいたるところに生えており、他のプレイヤーたちが熱心に採取している。
〈このエリアはPKが可能です〉
〈1日につき30回まで採取可能です〉
〈採取回数は毎日0時にチャージされます〉
「PKって何だよ。サッカーのペナルティキック? そんなわけないよな。まあいいか」
ハーブは四種類、HPの《グリーンハーブ》、MPの《ブルーハーブ》、攻撃力の《レッドハーブ》、防御力の《イエローハーブ》がある。
欲しいパラメーターに対応しているハーブを重点的に集めればいいらしい。
俺が《レッドハーブ》を採取していると横から《ゴッド神》というプレイヤーが割り込んできた。
ドワーフの男性キャラクターであり、背中に重そうな鉄の槍を装備している。
《エルフちゃん!》が採取しかけていたハーブはその男の手により奪われてしまった。
他人のテリトリーを荒らしちゃったのかな? と心配した俺は遠くまで移動してからハーブの採取を再開した。
それなのに《ゴッド神》がまた横から割り込んでくる。
「なんだこりゃ? ストーカーかよ」
いくらゲームとはいえ《エルフちゃん!》に粘着するのは勘弁してほしい。
俺にとってはルナの生き写しみたいなものだから。
「もしかして《ゴッド神》が《ノーネーム》……いや、そんなわけないよな」
ふいに《エルフちゃん!》の体が赤い光をおびる。
これは《レッドポーション》でHPを回復したときのエフェクトだ。
《ゴッド神》からの攻撃を食らってしまい、HPの自動回復が行われたらしい。
不測の事態をうけてゲームパッドを握る手に汗がにじむ。
「まずい!」
俺はすぐに逃げ出したのだが、《ゴッド神》は敏捷のパラメーターを鍛えているらしく、あっという間に距離を詰められてしまった。
背後から《槍技メテオシュート》を放たれる。
三秒ほど気絶させられる単発ヒットの技である。
「あっちゃ~! 人から人に攻撃できるのかよ。知らなかった」
しかし《エルフちゃん!》が力尽きることはなかった。
英雄のような顔つきの剣士が画面にスライドインしてきて《大剣技スプラッシュ》を放ったからだ。
くるりと空中で一回転した《堕剣士・真剣優》の剣が今度は《ゴッド神》を気絶させる。
〈危なかったね! 《エルフちゃん!》〉
〈それよりも相手が!〉
チャットしているあいだに三秒のボーナスタイムが終わってしまった。
〈まあ、俺の背中に隠れていなよ!〉
HPを半分ほど失った《ゴッド神》がぴくりとも動かなくなる。
戦うのか逃げるのか決めかねているようでもあるし、《堕剣士・真剣優》の登場に動揺しているようでもある。
たっぷりと五つ数えるだけ経過したとき《槍技ドラゴンランス》のモーションが見えた。
イエローのオーラをまとった槍が《ゴッド神》の手元から放たれる。
もちろん《堕剣士・真剣優》が迎え撃つのは《大剣技セイクリッド》だ。
七回の斬撃エフェクトが飛び出して、荒れ狂うかまいたちのように襲い掛かった。
ジャンケンの構図によると、
《大剣技セイクリッド》 > 《槍技ドラゴンランス》
だったのを俺は記憶している。
一方的に《ゴッド神》のHPゲージが吹き飛び、砕けたポリゴンが光の粒になって消えた。
〈はっはっは! どんなもんだい!〉
〈とても助かりました! ありがとうございます!〉
〈いいって、いいって! 偶然なんだから!〉
〈なんとお礼をすればいいのやら……〉
〈そんなこといわれると感激しちゃうな~〉
むしろ感激したのは俺の方である。
〈いきなり攻撃されたので、びっくりしちゃって……〉
〈《ゴッド神》ってやつは昔からちょくちょくPKしているプレイヤーなのよ。まあ、弱い者いじめが好きなやつだよな~。最近見かけないと思ったら《薬草ダンジョン》に潜んでいたのか~〉
〈あの~、PKってなんでしょう?〉
〈ああ、プレイヤーキルのことだよ! 《ゴールドダンジョン》とか《薬草ダンジョン》とか一部のエリアでは他のプレイヤーを攻撃できるんだ!〉
〈マジっすか!〉
〈《エルフちゃん!》は気をつけた方がいいよ! どこのギルドにも所属していないから狙われやすいし! 見た目だってか弱いし! スカートの丈が短いし! ロリのツインテールだし!〉
〈あはは……か弱いですか……〉
ルナが自分で自分のルックスを評価したような気がする。
ドキリとする俺は兄バカだろうか。
〈俺が守ってやるよ! なんちゃってな! はっはっは!〉
〈すみません、まだ弱くて〉
〈いいって、いいって、ゲームなんて楽しむためのものだから! あ、そうそう……〉
〈はい?〉
〈次のバージョンアップで結婚システムが実装されるんだってさ! アイテムボックスの共有とか、そんな恩恵はちっともないお飾り機能なんだけどさ! 面白いよね! もちろん多重婚はなし! 男キャラと女キャラのみ可能! 一対一の結婚なんだよ!〉
〈《堕剣士・真剣優》さんは誰かと結婚するのですか?〉
〈俺が《エルフちゃん!》にプロポーズしちゃおうかな! はっはっは!〉
〈マジっすか!〉
〈結婚指輪とか販売されるのかな? 課金アイテムだったらどうしよう! 困っちゃうよね! 《名誉ポイント》と交換にしてくれると助かるんだけど!〉
〈もう妄想の世界ですよね……〉
〈うん! 盛り上がっている人は盛り上がっているよ! 俺はこんなキャラだから彼女募集中なんだけどね~〉
〈あの~〉
〈うん?〉
〈もし《堕剣士・真剣優》さんが《KoF》で優勝したら……〉
〈おっ!〉
〈《エルフちゃん!》と結婚してくれませんか!〉
ルナとゲーム内で結婚したいわけではない。
ゲーム内とはいえ知らない誰かと結婚してほしくなかったりする。
やっぱり俺は正真の兄バカのようだ。
〈いいね! いいね! そうしようよ! なんか死亡フラグっぽいけれど、《KoF》で優勝したら俺は《エルフちゃん!》と結婚するよ!〉
〈では約束ということで〉
〈ゲーム内とはいっても、結婚は恥ずかしいよね! はっはっは!〉
〈誰と結婚しているのか、ゲーム内に表示されますかね?〉
〈うん、されるよ! プロフィールのところに!〉
〈《堕剣士・真剣優》さんのパートナーになれたら、PKされないかな、なんちゃって……〉
〈はっはっは! ナイスアイディア! 頭いいね!〉
それから俺たちは一緒に《調合屋》へと向かった。
交換してもらった《能力増幅薬》を消費すると、《神食いにゃん子》がいっていたようにパラメーターが若干上昇する。
〈うんうん、強くなったね! 《エルフちゃん!》くらいのレベルだと悪くない育成方法だよね~。俺のくらいのレベルになると、ハーブを集めるのは効率がちょっと落ちるんだ〉
〈《堕剣士・真剣優》さんでもまだ強くなる余地はあるのですか?〉
〈あるある! いくらでもあるよ! 装備を強くするのが一番効率はいいかな~! あとは技のレベルを上げたり、《ルーン》で上限解放していったり。どこかでレクチャーしてあげるよ!〉
〈時間のあるときにぜひお願いします〉
〈おう!〉
《堕剣士・真剣優》がこちらの画面に向かってピースサインを向けてくる。
〈そういえば《ノーネーム》というプレイヤーをご存じですか?〉
俺はもしやと思い質問してみることにした。
〈ああ……う~ん……たしか……〉
〈もしかして知っているのですか?〉
〈いや~、知らねえよ! はっはっは!〉
〈ですよね~〉
〈急にどうしたの? お尋ね人なのかい?〉
〈ん~と、知り合いの知り合いみたいな感じなのです。もし見かけたら教えてくれと……〉
〈《ノーネーム》さんねえ。じゃあ、俺にとっては知り合いの知り合いの知り合いというわけか!〉
〈あ、そうなりますね〉
ルナの発想は本当に自由である。
〈有名プレイヤーはだいたい知っているつもりなんだけどな~〉
〈改名しているかもしれません〉
〈ありゃ~、だったら探すのは難しいかもな! 《ノーネーム》さんねえ。名無しさんとか変なプレイヤー名だよね~〉
〈おっしゃる通り〉
〈《ノーネーム》、《ノーネーム》、《ノーネーム》、いたっけなあ~。あっ! そうそう! これから俺のギルドに遊びにこない? 一緒に料理をしようぜ!〉
〈料理ですか?〉
〈うん、たまたま高級食材がドロップしたんだよ! 俺の料理スキルは限界まであがっているから、《エルフちゃん!》にもご馳走してあげるよ。パラメーターが一時的にあがるから!〉
〈高級食材なんて、申し訳ないような……〉
〈いいって! これは婚前祝いだよ! はっはっは!〉
〈では、お言葉に甘えます〉
ゆで卵さえ満足に作れないくせに、ゲームの世界では料理スキルがマックスなのか。
野暮と知りつつ、俺は画面の向こうに突っ込んでしまう。
〈じゃあ、俺についてこ~い!〉
〈あいあいさ~!〉
ギルド本部を案内してもらったあと、《堕剣士・真剣優》の料理を振る舞ってもらった。
たった十秒くらいの調理時間にもかかわらず、フルコースかと見まがうほどの豪華な食事を提供される。
〈いっただっきま~す!〉
〈いただきます!〉
ゲームの中で食事をするというのは不思議な感覚だ。
幸福感のためなのか、視覚効果のためなのか、お腹が膨れたような錯覚を受ける。
スクリーンの中の《エルフちゃん!》だって愛らしい極上スマイルだ。
〈それではまた~〉
〈うん、まったね~〉
〈料理、ありがとうございました~〉
ゲームの中でルナと結婚か。
《KoF》で優勝するという条件付きだが、想像しただけでニヤニヤと笑ってしまう。
「いや~、楽しかったな。なんかルナに甘いものを食べさせたくなったぜ。婚前祝いのお返し? バカか、俺は」
ネットカフェ《たぬきのしっぽ》を出た俺は、ケーキ屋さんに寄ってからルナの待つ我が家へと帰った。