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3-2 ちょっと、そこの可愛いお姫さま

「最近はやけに頑張っているな。君のことは随分と評価しているよ」


 アキラ先生の褒め言葉を受けて、俺はちょっとだけ頭を下げた。


「こんな感じで計画は進行しています。当初の想定よりもいい具合ですよ。リアルの世界とゲームの世界の両面からアプローチしていることがいい結果に繋がっていると思います」

「うん、素晴らしい。しっかりとコミュニケーションを取れているようで安心したよ。新田と和泉のチームワークも大したものだ」

「まあ、ルナは家族ですから俺が最後まで責任を持ちます」

「家族だからこそ難しいのだろう。いったい、どれほどの家庭が内部に問題を抱えていることか」


 そういってアキラ先生が苦い顔をしたのは「保護者窓口」を担当していることと無関係ではないだろう。

 手元には「次期学内システムのリプレース計画」という資料も置かれており、もはや一教師の枠を超えた仕事をこなしている。


「和泉はどうした? いつも一緒じゃなかったか?」

「カリンちゃんは家の用事があるらしく、ホームルームが終わったらすぐに帰宅しましたよ」

「新田と和泉が別々に行動するのは珍しいな」

「いや、ただの幼馴染ですからね。さすがに四六時中一緒というわけじゃないです」

「ただの幼馴染、か。ならば今日の生徒指導部の活動はお休みか?」

「いえ、俺はこれから部室へ行きます。それほど遅くまで残るつもりはありませんが」


 アキラ先生が悩ましそうに眉を曲げる。


「にしても新田ルナはゲームの大会か。あいつはゲームをしながら勉強しているのか? それが今どきの子どもなのか?」

「はい、そういう芸当が可能みたいです」

「信じられないが、ある意味天才ではある。まさにマルチタスク人間だ」

「アキラ先生も似たようなものだと思いますが……ルナのポテンシャルは俺なんかよりもずっと高いです。まあ、ベクトルの向き先が問題かもしれません」

「そうだな。あと新田ルナは本当にいい兄に恵まれているよ」

「そうですかね?」

「ああ、もっと自分の能力に自信を持ちたまえ」


 俺はもう一度だけ頭を下げてから部室へと向かった。


「さ~て、どうするかな~。カリンちゃんがいないと何をすればいいのかわからねえしな。俺の首から上は何のためにあるんだって話だよな~」


 アキラ先生はああいってくれたが、過大評価された気がしないでもない。

 ルナのため、という理由がなければもっと味気のない毎日を送っていたはずだ。


「部室に(こも)ってゲームでもするか? いや、早めに帰ってルナの夕食を作るか? ゲームや料理をしながら勉強できたら俺も最強なんだけど」


 カリンのいない部室にやってきた俺は蔵書のタイトルをざっと眺めた。


《古事記》

《日本書紀》

()()(しゅう)()


「あいつ、いつの時代の人間だよ」


 これは日本文化の学習の一環というやつなのだろうか。

 ベクトルの向き先が問題なのはひとりだけじゃないらしい。


 窓辺から外の景色を眺めた。

 すると物陰から物陰へとコソコソ移動するスパイのような人影を見つけてしまう。


「ん? なんだ?」


 思わず注視してしまったのはその容姿が《エルフちゃん!》とそっくりだからだ。

 白い肌、丸っこい目元、小さい口、銀髪のツインテールを揺らしながら走っている。


 ゲームの世界から飛び出してダンジョン私立ローレライ学園へ迷い込んだのだろうか。

 ありえない妄想が浮かんできた。


「何やってんだよ。あれで隠れているつもりか」


 一階へ降りた俺はすぐに怪しい影を見つけた。

 私立ローレライ学園の制服を着ているので、けっして不審者というわけではない。

 しかし担任の先生に見つかったら少々面倒なことになりそうだ。


「ちょっと、そこの可愛いお姫さま、道に迷ったのですか?」

「ひゃ!」


 肩をびくりと震わせたルナが振り返る。

 今朝の《伝言ボード》によると《学校:×》、つまり病欠だったはずだ。


「それとも病欠に効くお薬をお探しでしょうか?」

「ちょっと、お兄ちゃん! 驚かさないでよ!」

「驚いたのはこっちだよ。ちゃっかり学校に来ているんだからさ」

「う~ん、バレちゃったものは仕方ないか……」

「どうした? もう授業は終わっているだろう。もしかして忘れ物か? それなら電話をくれたらよかったのに」

「そうじゃなくて……行きたいところがあるの。クラスメイトに見つからずに」

「行きたいところ? どこだよ?」

「ねえ、お兄ちゃん! 協力して! どうしてもそこに行きたいの!」

「別にいいぜ」

「ルナが行きたいところはね……」


 俺とルナは裏庭から回り込むようにして多目的室の近くまできた。

 二十人くらいの生徒が集まっており、学園祭でおこなうであろう演劇の練習をやっている。


「何が題材なんだ? プラスチック製のリンゴが置かれているから白雪姫か?」


 ルナがこくりと頷く。


「もしかしてルナのクラスの出し物?」

「……うん、そうなんだ」


 黒板には配役の一覧がリストアップされている。

 白雪姫。

 王子。

 小人。

 魔女。

 魔法の鏡。

 もちろんその中に新田ルナの名があろうはずがない。


「もしかして学園祭に出る気になったのか?」

「今日、アキラ先生から電話をもらった。それで考えてみる気になった。いまからでも間に合うかな?」

「おう、十分間に合うよ。全然遅くなんかない」

「う~ん、そうだといいけど」

「クラスの練習は毎日やっているのか?」

「いや、週に一回だけみたい。あとは個別練習だって、アキラ先生が調べてくれた」


 ルナの小さな手がぎゅっと制服の裾を握っている。

 俺はその頭に手を乗せた。


「お兄ちゃんの後ろについてこい。声が聞こえるところまで接近しようぜ」

「うん」


 壁一枚を隔てた位置にしゃがみこむと、楽しそうな声がシャワーのように降ってきた。


「ねえねえ、新田さんは今日もお休みだっけ?」

「うん」

「最近は二日に一日のペースで登校しているよね」

「いつも病欠だけれど持病なの?」

「それがねえ……」

「ズル休み?」

「う~ん、ズル休みと見せかけて、実は不治の病を患っているという噂がある」

「髪を染めているのも病気のせいなんだってさ!」

「かわいそう!」

「いや、噂だから……」

「でも、あれで勉強ができるって反則だよね~」

「家で勉強しているっぽいよ」

「だったら先生とかいなくても平気じゃん!」

「あはは!」


 話は配役のことにも及ぶ。


「もし新田さんが学園祭の当日にきちゃったらどうしよう?」

「小人を七人から八人に増やすとか?」

「それな」

「さすがに背景じゃないと増やせないでしょう?」

「ならば木?」

「木か。あまり新田さんらしくない?」

「そうそう、新田さんって声真似がうまい!」

「お願いしたらやってくれるよね~」

「アニメキャラの真似、やってもらったことがある!」

「あ、わたしも!」


 ルナの肩がびくりと震えた。


「王子の役とか絶対にぴったりだよ!」

「女の子なのに王子とか!」

「いいじゃん、格好いいし!」

「まあ……ねえ」

「悪くないかも」


 ルナの悪口が聞こえてくることは一度もなかった。


「こんなわたしなのに、みんなすごく優しいな。あはは、困っちゃうな」

「お兄ちゃんも昔は学園祭で演劇やったな。その時の演目はシンデレラだったぜ」

「そうなの?」

「うん、隣のクラスと合同にしてけっこうボリュームを増やしたんだ。すると木の役だけで二十人になった。お兄ちゃんもその中の一本というわけだ」

「楽しかった?」

「もう忘れちゃったけれど、最後の集合写真はいまでの引き出しの奥に眠っているよ」


 急に風が冷たくなってきた。


「そろそろ帰ろうか」

「うん」


 ルナと一緒に電車に乗り込み、最寄り駅で降車する。


「これから食品スーパーに行って夕食の材料を買おうと思う。それとも外食にするか? たまにはアリだろう」

「今日もお兄ちゃんの料理がいいな!」

「何か食べたいメニューはある?」

「カレーがいい! その上にゆで卵をのっけるの!」

「りょ~かい、お姫さま」

「ねえねえ、ルナも手伝っていい?」

「別にいいけど……包丁とか握れるのか?」

「ルナはゆで卵係なのです!」


 ルナがぴしっと敬礼した。

 いつものハイテンションが戻ってきたらしい。


「ねえ、お兄ちゃん! 手をつなごうよ!」

「さすがに恥ずかしいだろ」

「恋人気分ごっこなのです! 周囲からの視線に負けて最初に手を切った方が負け!」

「勝てる気しねえけど、まあいいや」


 ルナと手をつないだまま駅から食品スーパーまでの道を歩いていく。

 すると向こうから本物のカップルとおぼしき二人組が歩いてきて、偽物の俺たちはものすごく恥ずかしい気分に襲わた。


「なあ、ルナ。そろそろ終わりにしないか。この勝負は引き分けだ」

「ぷっはっはっは!」

「こいつ、笑いやがった!」

「毎日が楽しいから、ルナはとっても満足だよ!」

「制服を着ているくせに授業に出ていない人間がそういうことをいうもんじゃない!」

「ごめんね、お兄ちゃん」


 電話でアキラ先生とどういう会話をしたのか、俺は何も知らない。

 アキラ先生だって俺に何もいってこなかったから、きっと良好な信頼関係を築けているのだろう。


 スーパーの袋をそれぞれ分担して家へと持ち帰った。

 ルナと一緒に台所に立つなんて本当に久しぶりだ。


「それでは料理を開始するであります! 食料隊長殿!」

「食料隊長?」

「お兄ちゃんのことです! 我が家の食料隊長! 掃除大臣! 大蔵省長官! それから対Gの特殊部隊!」

「なんかスーパーマンになってないか?」

「ウルトラでギャラクシーでアメージングなスーパーマンです!」

「長いな!」

「あ、忘れてた!」

「どうかしたのか? またスーパーへ行くなら気をつけて行けよ」

「そうじゃなくてお線香をあげていない!」

「ああ」


 ルナの母親が亡くなってからそろそろ二年が経つことになる。

 あの天真爛漫(てんしんらんまん)っぷりが母親譲りだといったら、どのような女性だったのか想像するのは簡単だろう。


「お線香! お線香!」


 ルナのウキウキする声がリビングにまで響いてくる。

 あそこまで楽しそうに仏間で手を合わせる人間は、日本広しといえども数が限られそうだ。


 俺は一口サイズに切った野菜をボウルに入れていく。

 まずは玉ねぎが飴色になるまで炒めて、それから他の具材を足した。


 世の中にはスパイスから手作りする人間がいるらしいが、我が家のカレーは市販のルウである。

 いったん火を止めた鍋の中にルウを投入し、原型がなくなるまで溶かしていく。


「おい、ルナ。ゆで卵の水が沸騰しているよ!」

「はいは~い!」


 ゆで卵ごときで失敗することはないだろう。

 そう安易に構えていたら、落下の衝撃が強すぎて卵にひび割れが入ってしまった。


「あちゃ~! 白身がちょっと飛び出ちゃった!」

「球技のボールじゃないんだからもっと優しく!」

「困っちゃったネ! でも、作り直すから大丈夫アル!」

「エセ中国人みたいに言わない! あと卵がもったいないから作り直さなくていい!」

「えへへっ!」


 ペロリ、と舌を出しておちゃらけたキャラを演じている。

 このまま演劇のステージに立ったらお客さんの爆笑を買うことだろう。


「ルナが器に白ご飯を盛るよ! お兄ちゃんは大盛? それとも特盛? メガ盛?」

「普通盛りでいいよ! 体育会系じゃないんだから!」

「はい! 体育会系盛がいっちょ!」

「人の話を全然聞いてねえじゃねえか!」

「あれ、違った?」

「炊飯器の中が空っぽになっているし! それだとルナの食べる分が……」

「あ、本当だ。体育会系盛、がっつり減らしま~す!」


 まったく、やりたい放題にも程度というものがあるだろう。


「あ、お兄ちゃん、いま笑った!」

「笑ってないよ」

「いや、笑ったもん!」

「笑ったら何でも許されるわけじゃない。あれはバラエティーの世界のルールだ」

「じゃあ、ルナ、将来は芸人を目指そうかな?」

「ルナに相方が見つかるとは思えないんだけどな~」

「お兄ちゃんとコンビを組むんだよ。ボケがお兄ちゃんで、ツッコミがわたし」

「どうしてそうなる! どう考えても逆だよ!」

「コンビ名は何かな~。シスターコンプレッサーとか? 略してシスコン!」

「また人の話を聞いてないし」


 何はともあれ俺たちは仲良く「いただきます」をした。

 ルナの発案で盛り付けたゆで卵がちょうどいいアクセントになっている。


「お兄ちゃんのカレーは世界一だよ!」

「まあ、お世辞でも嬉しいな」

「お世辞じゃないよ。いつかカレー屋を開くといいよ」

「世の中にはカレー職人といわれる人たちがいてだな、スパイスからルウをこしらえているんだ」

「え、そうなの! あの茶色いルウって家で作れるの!」

「当たり前だ! いや、当たり前じゃないんだけれど、世の中のカレー屋さんは自分のところで作っていたりする!」

「そうなんだ~。お兄ちゃんって何でも知っているね!」

「何でもはいい過ぎだ、このやろ~」

「あ、その口調、アニメのキャラに似ている!」

「似てねえし!」

「似ているし、このやろ~」

「真似するな! そして笑うな!」

「あっはっは。笑い過ぎてお腹が痛いよ~」


 という風に笑い声が絶えない食卓となってしまった。


 きっと隣の和泉家にもガンガン聞こえたことだろう。

 申し訳ない。

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