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3-1 真剣優 with エルフちゃん!

《たぬきのしっぽ》という名のネットカフェが家の近くにある。


 秋の空気が漂いはじめた土曜日、「ちょっと学園祭の準備があるから」といって家を抜け出した俺は徒歩でこの《たぬきのしっぽ》までやってきた。


「お客様のご利用ははじめてですか?」


 ポニーテールがお似合いの女性店員からネットカフェのシステムを説明してもらう。

 休日のプランとしては、


《1時間:400円》

《3時間:900円》

《7時間:1600円》


 の三つが用意されており、超過料金は《10分につき100円》とのこと。

 別料金を払うと食事やアルコールの提供サービスを受けられる。


「それじゃあ、三時間のコースでお願いします。あとゲームパッドをレンタルしたいです」

「かしこまりました。お客様は初回のご利用になりますので入会用紙に記入をお願いします」

「はい」


 ブース席にたどり着いた俺は、貴重品だけをポケットに突っ込んでフリードリンクのコーナーへ向かった。

 ちょうど戻ってきたタイミングでPCのリブート処理が終わっている。


「しっかしなあ、俺はパソコンにも疎いんだよなあ。こういう時にカリンちゃんがいたら心強いのに……て、俺は二十世紀の人間かよ」


 目当てのタイトルはもちろんフェアリーナイツクロニクル。

 略称FKC。

 これは日米中韓のソフトハウスが共同開発した大型MMORPGであり、サービス開始から一年が経過したいまでも国内アクティブユーザー数が十五万人を超える人気タイトルである。


 俺はワールド《ネビリム》を選択する。

 そしてキャラクター《エルフちゃん!》としてログインする。


〈さあ、冒険の旅に出ましょう!〉


 すっかりお馴染みとなった登場カットインが発生し、銀髪ツインテールのロリ巨乳エルフがフィールドに舞い降りる。

 丸っこい目元といい、華奢(きゃしゃ)な体つきといい、義妹のルナにそっくりなのが気恥ずかしい。


 俺の自慢は何といっても《聖杖シャオルーン》だ。

 これはレアリティURの最強クラス装備であり、ガチャから排出される確率は四千回に一回とも八千回に一回ともいわれる。

 リアルマネーに換算すると……いや、頭が痛くなりそうだから止めておこう。


「まあ、ライト層の俺が持っていても宝の持ち腐れなんだけどな。装備の強化とかよく理解していないから」


 ちなみに俺にはFKCのフレンドが二人いる。

 ひとりはもちろん《堕剣士・真剣優》。

 ワールド《ネビリム》の最強プレイヤーであり、有名ギルド《エロフ商会》を束ねているルナの操作キャラクターだ。

 フレンド登録に苦労したのはいい思い出であり、あの時のメールは削除せずにボックスの中に残してある。


 ちょくちょく《真剣優が教える攻略動画!》はチェックするようにしている。

 相変わらずテクニックの話にはついていけないのだが、ルナの軽妙なトークが楽しくてついつい視聴してしまう。

 一本当たり十分から二十分という手軽さも人気の秘密であろうか。


「さてと、ルナとの約束までにはまだ一時間くらいあるから……」


 ふと画面右下のチャットアイコンが点滅した。

 期待したわけではないのだが、もうひとりのフレンドがログインしているようである。


〈こんにちは~〉


 俺はキーボードを叩いて返信する。


〈こんにちは~〉

〈奇遇です。また会いましたね〉

〈はい!〉

〈知った名前をみかけたので思わず声をかけちゃいました。どうです? もし時間があれば一緒にパーティーを組んで狩りをしませんか?〉

〈ぜひお願いします〉

〈あ、僕はずっと狩りをしているので、いつでも抜けてもらって構いませんよ〉

〈こちらは一時間くらいなら大丈夫です〉

〈それではパーティー招待を送りますね〉


 画面上にメッセージが点滅する。


〈《(かみ)()いにゃん()》からパーティー招待がきています。承諾しますか?〉


 俺は迷うことなく〈はい〉をクリックした。


〈《神食いにゃん子》のパーティーに加入しました〉


 画面にスライドインしてきたのはダークエルフの男性キャラクターだ。

 狼のようなシルバーの短髪に、猛禽類(もうきんるい)のようなゴールドの瞳をしている、超絶イケメンの双剣使いである。

 黒い肌はロッククライマーのように引き締まっており、戦うことに特化したような体つきだ。


 いかにも悪役っぽいルックスをしているが、FKCの世界ではダークエルフも立派な《フェアリーナイツ》なのである。


《レベル56》

《神食いにゃん子》

《所属ギルド:なし》


 現在の職業は《ブレードダンサー》。

 しなやかな手足を活かした戦闘スタイルはさながら剣舞のようである。


〈あ、お互いにまだソロですね〉


 俺もまだ《所属ギルド:なし》なのである。


〈どうもギルドに入るのは座敷が高くて〉

〈ええ、わかります。ギルドのログイン報酬とかもらえたら有利なのでしょうけれど……〉

〈なんかギルドの人に迷惑をかけちゃいそうで〉

〈同感です。ソロもなかなか気楽ですよ〉


 同じような会話をするのはもう三回目だ。


〈《神食いにゃん子》さんがソロだと、ソロ仲間みたいですよね?〉

〈あ~、確かに〉


 こういう仲間意識もあり、俺は《神食いにゃん子》から送られてきたフレンド申請を快く受け入れたという経緯がある。

 だから相手がどこに住んでいる誰なのかまったく知らない。


〈そういえばもうすぐ《KoF》のワールド予選が始まりますね?〉


 近くにいる《ベビードラゴン》を攻撃しながら《神食いにゃん子》がいう。


〈《神食いにゃん子》さんは誰かを応援したりしますか?〉


 俺は《補助魔法ビルドアップ》を《神食いにゃん子》にかけてあげる。


〈やっぱりワールド《メテオワーム》の《闇神》さんですかね。昔から色々なMMORPGで活躍している人ですし。まあ、ワールド《ネビリム》でプレイしている身なので《堕剣士・真剣優》さんも応援しています〉

〈ふたりとも予選は勝ち抜くのでしょうか?〉

〈まず予選で負けることはないですね。二位のギルドとけっこうな戦力差がありますから。ワールドによっては一位と二位の実力が伯仲しているでしょうけれど……〉

〈ですか……。《闇神》さんと《堕剣士・真剣優》さんが戦ったらどっちが勝つと思いますか?〉

〈う~ん、僕が思うに……〉


《神食いにゃん子》がしばらく考え込む。


〈一対一なら《堕剣士・真剣優》さんでしょうね。僕は昔からFKCを見てきましたが、けっこう個人戦が強いのですよ、《堕剣士・真剣優》さんは。中の人がまあまあ若いのだと思います。一方の《闇神》さんは豪傑タイプというよりかは軍師タイプなのです。ええと……一人で戦局を塗り替えるというよりかは、仲間に指示を出して戦局をコントロールするのが上手なのです〉

〈じゃあ、ギルド戦だと?〉

〈さすがに《闇神》さんが有利ですね。やっぱり経験豊富ですよ。ライバルの研究も熱心に行っていますし、何より弱点があまりないですね……〉

〈ですか……〉

〈でも《闇神》さんが勝っても大会としての盛り上がりに欠けちゃいますよね。前回も優勝していますから。だから《殺戮舞踏会》でも《麻雀クラブ》でも《エロフ商会》でもいいですが、どこか別のところが優勝すると面白いかもしれません。そういう意味で《堕剣士・真剣優》さんを応援しています〉

〈なるほど〉


 なんだろう。

 もしリアルの世界で《神食いにゃん子》と知り合うことができれば意気投合するのではないか?

 そういう波長の合致のようなものを感じた。


〈《エルフちゃん!》さんの《聖杖シャオルーン》は強いですよね。リセマラとか課金とかで頑張ったのですか?〉

〈いや、これは本当に運が良かっただけなんです。もちろん無課金です〉

〈もしRMTの機能があったら十五万円くらいの値がつくんじゃないかな~〉

〈でも《神食いにゃん子》さんが装備している《(そう)(じん)ダブルクロス》とあまり攻撃力が変わらなくないですか?〉

〈いや、これは武器の強化レベルの問題です。元々のスペックは全然違いますよ!〉

〈あ、なるほど〉

〈強化方法を教えましょうか? 強化アイテムがいっぱい落ちるダンジョンとかありますよ!〉

〈ぜひ!〉


 俺はこのように《神食いにゃん子》から色々とレクチャーを受けているのである。

 言われたとおりに強化すると攻撃力が〈26053→33703〉という具合に跳ね上がる。


〈FKCは装備の育成とかも大切ですから〉

〈プレイヤーのレベルだけじゃないのですね〉

〈ええ、そうです〉


 そろそろルナとの約束の時間が迫っている。

 俺は礼を述べてから〈パーティーから離脱する〉をクリックした。


「ネットゲームの世界にはかなり親切な人もいるんだな。なんか意外だ」


 約束の時間ぴったりにチャットアイコンが点滅する。


〈おっす!〉

〈《堕剣士・真剣優》さん、こんにちは~〉

〈おう! あやうく寝坊するところだったぜ! もしかして待った?〉

〈いえ、全然っす!〉


 俺はスクリーンの前で苦笑した。

 きっとルナは夜通しFKCをプレイしていたのだろう。


〈ちょっと待ってね~。いまからそっちへテレポートするから~〉


 俺の画面にスライドインしてきたのは巨大な剣を背負った剣士だ。

 神話から飛び出してきた英雄のような顔つきに、サッカー選手のようなソフトモヒカンが似合っている。

 種族ヒューマンの《ウォーロード》職。

 ダークエルフと比べると攻撃性能では劣るが、ルナの圧倒的なプレイヤースキルがヒューマンの弱点をカバーしている。


 そういえばルナは《エルフちゃん!》の容姿についてどう思っているのだろうか。

 中身が俺であると発覚しないか、それだけが心配だったりする。


〈じゃあ、ダンジョンへ行こうか!〉

〈また《ジョボ平原》に潜りますか?〉

〈いや、《エルフちゃん!》のレベルも上がってきたからあそこは卒業だな! もうちょっと難し《タタ雪原》にしよう!〉

〈了解っす!〉


「ルナのいうもうちょっと難しいって信用ならないんだよな。俺にとってはかなり難しいに相当するんだよな」


 ゲーム音痴ゆえの悩みなのだが、画面の向こうのルナはそんなことなど知らない。


〈それじゃあ俺についてこい!〉

〈あいあいさ~!〉

〈返事が小さい!〉

〈あいあいあいあいさ~!!!〉

〈おっけい! 気合いだぁ!〉


 俺が苦笑していると画面上にメッセージが点滅した。


〈《堕剣士・真剣優》からパーティー招待がきています。承諾しますか?〉


 すぐに〈はい〉をクリックする。


〈そういえばもうすぐ《KoF》の大会がありますよね?〉

〈そうなのよ~〉

〈気合い十分って感じですか?〉


 俺は探りを入れてみることにした。


〈それな~〉


 ルナがしばらく考え込む。


〈ここだけの話なんだけどさ~〉

〈はい〉

〈どうしても達成したい目標があるんだよな~〉

〈それって《KoF》で優勝することですか?〉

〈う~ん、そうなんだけどちょっと違うかな……〉


 優勝じゃないとすれば何だろう?

 今度は俺が考えさせられる番だ。


〈あ、変な話をしちゃってごめんな!〉

〈いえいえ〉

〈でも、まあ、いまのギルドで優勝したいのは本当だから!〉

〈応援しています!〉

〈さんきゅ~!〉

〈他の参加者もなかなか強いと聞きました。特に《闇神》さんとか?〉

〈あ~、あの人はMMORPG界の神みたいなもんだからな~〉

〈そうなのですか?〉


 神さま呼ばわりは意外である。


〈だって名前に神がついてるじゃん! 滅茶苦茶強いよ!〉

〈《堕剣士・真剣優》さんでも勝つのは難しいですか?〉

〈もちろん! まあ、良くて五分五分だわな! わははは!〉

〈それでも勝ってほしいです!〉

〈おう! 俺は最後まで諦めないよ!〉

〈格好いいですね!〉

〈嫌だな~! 照れるじゃねえかよ! がははは!〉


《タタ雪原》に到着した俺たちは《ブルーグレムリン》という大型悪魔のポップポイントを探した。

 この青い体毛でおおわれたモンスターは多様な状態異常を繰り出してくる実にトリッキーな強敵なのである。

 本来であれば《エルフちゃん!》ごときが太刀打ちできるはずのない《ブルーグレムリン》であるが、《堕剣士・真剣優》のフォローが強力すぎてサクサクと倒すことができる。


〈さあ! 今日は悪魔狩りじゃ~!〉

〈了解っす!〉


 元々は一時間という約束だったのだが、三十分延長してつきあってもらった。

 こういう優しさが《堕剣士・真剣優》の人望なのだろう。


〈それじゃあまたね~! 頑張って!〉

〈はい! すごく楽しかったです!〉

〈あとゲームはほどほどに楽しめよ~。一日一時間ってどっかの先生が言ってたぞ~。俺みたいな廃人にはなるなよ~〉

〈あはは……気をつけます〉


 まったくどの口がいうのやら。

 俺は清算を済ませてからネットカフェ《たぬきのしっぽ》をあとにする。

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