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2-5 お兄ちゃんの料理が大好きだよ!

「あ、今日もお姉ちゃんがいる! しかもお兄ちゃんが焼き餃子の材料を買ってきた! やったぁ! 今日はいい日だなあ!」


 俺とカリンが帰ってくると、これ以上にないくらい幸せそうなルナが出迎えてくれた。

 昨日と同じサイドアップの髪型。

 ノースリーブにホットパンツというかなり露出度の高い格好をしている。


「どうしたんだ、ルナ? そんなに上機嫌になっちゃって。学校でいいことでもあったのか?」

「いや~。ルナね、今日ファンレターをもらったんだ~」

「ファンレター?」

「ゲームの中の話なんだけれど、とっても嬉しいよ! ルナのプレイを観て感激したってさ! 嬉しすぎて困っちゃうよね!」

「それはよかったな」


 ハイテンションのルナを見ていると、わきの下からどっと汗が噴き出してくる。


「ルナが頑張っている姿を誰かが見ているんだな」

「むふふ~」


 間違いない、ファンレターというのは《エルフちゃん!》からのメールのことだ。

 毒まんじゅうのような内容だと心配していたが、ルナとしてはご満悦(まんえつ)のようである。


「しかも今日は餃子を食べたいと思っていたのです!」

「これから作るからちょっとだけ我慢してね」

「うん! お兄ちゃんが作ってくれる餃子、とってもとっても美味しいんだ! そうだ、お姉ちゃんは楽にしてくつろいでください! ルナがお茶を淹れますので!」


 カリンがこっそり耳打ちしてくる。


「ねえ、キョーヘイくん。今日のルナちゃんは昨日よりも元気ね」

「あれは十段階あるうちの十だよ。(にぎ)やかでごめんね」

「いや、家庭が明るいのはいいことだと思う。むしろ元気すぎて心配だけれど」

「きっとカリンちゃんが作文したメールが嬉しかったんだ。顔文字がいっぱいのやつ」

「さすがに想像以上の効果よ」

「同年代の子からメールをもらったと思って舞い上がっているのかも。ルナは楽しいことが好きだから」

「さすがに罪悪感をおぼえちゃう」

「気にすることはないよ。俺が感激したのは本当なんだから。さあ、カリンちゃんもいつまでも玄関にいないで上がってくれ」

「うん、お邪魔します」


 ルナは昨日と同じく「お客さま! お客さま!」と張りきっている。

 カリンが指摘したように、ここまで楽しそうにお茶を淹れる人間を俺は知らない。


「じゃあ俺はこれから餃子を作るから。退屈だったら適当にテレビでも観ていて」

「はいは~い!!」


 椅子に腰かけたルナがニコニコしている。

 カリンは文庫本を取り出そうとして、すぐに(かばん)から手を放した。


「ねえ、お姉ちゃんってアメリカに長いこと住んでいたんだよね?」

「そうね。八年以上は住んでいたかしら」

「アメリカの人ってスキンシップが大好きなの? すぐにベタベタしちゃうの?」

「……ごめんなさい、アメリカは銃が出回っているから、心配した親がなかなか遊びにいかせてくれなかったの。人にもよるけれど肌と肌の接触にあまり抵抗がないのは本当よ」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんはどうなの?」


 カリンがぷっとお茶を吹きそうになった。


「それは恋仲かどうかという質問かしら?」

「うん!」

「アメリカに住んでいたわたしよりもルナちゃんの方がよっぽどフランクなのね」

「それで、それで?」

「わたしとキョーヘイくんはいわゆる幼馴染だから」

「だから?」


 ルナよ、あまり攻めるな。

 そんなことを考えながら俺は黙々と餃子の(あん)をこねる。


「わたしとしてはお姉ちゃんキャラでいたいの。キョーヘイくんにとっても、ルナちゃんにとっても」

「えぇ~! お兄ちゃんは恋愛の対象に含まれないのですか~? 除外なのですか~?」

「そうね。どちらかというと今は学業に集中したい。一年後には大学受験だって控えているし」

「なんだ~、ルナは残念です」

「キョーヘイくんにはルナちゃんの方がお似合いじゃないかしら。外ではいつもルナちゃんの話題ばかりだし。これは本当の話よ。キョーヘイくんが料理の腕を磨いているのはルナちゃんを愛しているからなの」

「きゃ! いや! そんなそんな! その発言はヤババババですよ! て? わたしのことを外で話すのですかぁ!」


 強烈なカウンターパンチが飛んできた。

 いわんこっちゃない、今度はルナがお茶を吹きそうになる番だ。


「はいはい、口論はそのくらいにしてくださいよ。ご注文いただきました餃子になります」


 焼きあがったギョーザの第一陣を俺は大皿に盛りつけて提供した。


「うわあ、いい匂い!」

「キョーヘイくん、焼くのが上手ね」


 やっぱり俺はこの瞬間が大好きだ。


「お姉ちゃんって学園祭でカフェの設営をやるのですか?」

「ええ、わたしのクラスはそうよ」

「写真をもらってもいいですか! エプロン姿の!」

「別に構わないけれど……いたって普通だと思う」

「そんなことないです! そんなことないです! 和泉カリン先輩はすごく人気者なんですよ! 中等部の男子も女子もみんなメロメロです! 声をかけたくてもかけられない! クールで凛とした性格! 成績がすごくいいのに頑張っている姿をさらさない! 帰国子女だから英語もペラペラ! 頭から爪先まで秀才の塊じゃないですか!」

「褒めすぎ。その表現はどうかと思うのだけれど……」

「とにかくお姉ちゃんの写真が欲しいのです!」

「自分で撮りにくるという選択肢は……ないのかな?」

「う~ん、ルナはどうも学園祭の空気が苦手でして。お客さんとして参加したいのが本音なのですが、担任の先生に捕まったら何といわれるか。この髪の色ですし、去年はそうやって失敗して、けっこう恥ずかしい思いをしましたし」


 しれっと問題のある発言をしたような気がする。

 俺は何も聴かなかったことにして黙々と餃子の第二陣を焼いていく。


「ねえ、ルナちゃん。やっぱり学園祭にはクラスのみんなと一緒に参加した方がいいと思うの。楽しんだり笑ったりする義務はないけれど、ボイコットすると後ろめたさが残るじゃない?」

「ですよねえ。同じようなことをアキラ先生にもいわれましたし」

「少しは参加してみる気になった?」

「はい。でもその前に大切なイベントがあるのです。ゲームの中の話なんですけどね。ルナはそれを楽しみにしているので、イベントが終わってから考えます」


 ゲームの中のイベント、やはり《KoF》のことか。


「学園祭の当日にルナちゃんと会うことがあったらいくらでも写真を撮らせてあげる」

「本当ですか!」

「このような場では嘘はいわない」

「やった! でっかい一眼レフのカメラを持っていきます! 大砲みたいなレンズのやつ! ぜひ決めてほしいポーズがあるのです!」

「……あまり高価なカメラを買うと操作に困らないかしら」

「頑張って激写します!」


 その宣言にカリンは面を食らったようだ。

 ルナの発想の自由さには俺もときどき唖然とさせられる。


「はいはい、餃子の第二陣が焼けましたよ」

「お兄ちゃんも一緒に食べようよ!」

「そうだな。足りなくなったら追加で焼くか」


 それからは他愛のない話をしながら食事を済ませた。


「お兄ちゃんの餃子を好きなだけ食べられるなんて、ルナは幸せ者だよ!」

「そうかい。また作ってやるよ」

「明日も明後日も餃子がいいよ!」

「さすがにそれはダメ!」


 このハイテンションは十段階あるうちの十だ。

 カリンをお客さんとして招待したことが元気なルナのカンフル剤になっている。


「お姉ちゃん、今日はお風呂も入っていきますか? ルナの使っているシャンプー、とってもいい匂いなんですよ! 大好きな女優さんが使っているのと同じやつを通販サイトで買ったのです!」

「さすがにお風呂は遠慮させていただく」

「おいおい、ルナ。カリンちゃんが困っているだろう」

「う~、ごめんなさい!」

「いや、困ってはいないけれど。むしろ気持ちはありがたい」

「えっ、そうなの!」


 会話がひと段落したところで、俺は和泉家までカリンを見送ることにした。


「ごめんね、カリンちゃん。ルナが好き放題やっちゃって」

「いいえ、わたしも楽しかったから。むしろお礼をいいたいくらい」

「学園祭の話題を出してくれたから俺としても助かったよ。アキラ先生にもいい報告ができるような気がする」

「そうね。もうひと押しだと思うから、これからも生徒指導部として頑張っていきましょう。あとFKCの世界のことはキョーヘイくんに一任するけど、何か困ったことがあれば相談してちょうだい」

「うん、ありがとう」

「おやすみなさい、副部長さん」

「おやすみ、部長さん」


 ルナが風呂に入っているあいだ、俺はスマートフォンでFKCをプレイした。

 最高レアリティ装備《聖杖シャオルーン》のお陰でほとんど苦戦することなく冒険を進められる。


 そろそろ節目のレベルだ。

 エリアボスを倒してから明日に備えてゆっくり休もう。


「お兄ちゃん! お風呂が空いたよ!」

「わかった。すぐに入るよ」

「何をやっているの?」

「ニュースを読んでいるんだよ」

「ねえねえ、通販サイトで新しいワンピースを買ったんだ! とっても可愛いんだよ! お兄ちゃん、見てみて! そして感想を二千文字前後でいってください!」

「二千文字はさすがに多いだろ!」

「じゃあ千文字!」

「それでも多い!」


 次のようなメッセージが流れたことを確認してからFKCのアプリを落とす。


〈《エルフちゃん!》が《レベル40》になりました。新しいコンテンツが解放されます〉

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