1-1 問題児と問題児と生徒指導室
《更新予定》
毎日一回、一話あたり四千から五千文字程度。
二十五話での完結を想定。
ネットゲームを頑張る子どもは褒められるべきだろうか?
おそらく大勢の大人たちは「褒められない」と答えるだろう。
じゃあ、日本一を目指す子どもは褒められるべきだろうか?
おそらく大勢の大人たちは「褒められる」と答えるだろう。
ならばネットゲームの日本一を目指す子どもは褒められるべきだろうか?
生徒指導のとある女性教師に訊いたところ、
「おい、新田! ネットゲームの日本一とかお前は正気か? あれ一本で飯を食っているプロもいるんだ。そりゃもう厳しいトレーニングを自分に課しているらしい」
そのように前置きされたあと、
「悪いことはいわない。私立ローレライ大学にエスカレーターで進学し、手堅いところに就職する意思を持っておけ。赤点ギリギリの成績がこれ以上悪化する前にな。エスカレーターの進学希望だって蹴られることは十分あるし、そもそもネットゲームに人生を捧げるなんていつか絶対に後悔する」
「俺のことじゃないですよ! 親戚のおじさんに養ってもらっている身分ですし、将来は自分なりに考えています」
俺は頭ごなしに注意され、なぜか必死に弁解する羽目になった。
「自分なりに、ねえ。本当かねえ」
「アキラ先生はいったん生徒を疑いますよね。だからドSキャラ認定されるんじゃないですか?」
「あん、何かいったか? いったんスルーしてやるくらいの優しさなら持ち合わせているが。あくまで一回だけな」
「いえ……何もいっていないです」
千駄ヶ谷アキラ先生。
男っぽい名前をしているが、歴とした二十七歳の女性だ。
化粧が控えめな猫顔はモデルのように整っており、実年齢よりも四歳くらい若くみえる。
カジュアルスーツに包まれた手足はすらりと長く、学生時代は耳にタコができるくらい容姿を褒められたことだろう。
それでは教師になったいまも男子生徒から人気かといえば、生徒指導という肩書がマイナスのベクトルに作用し、むしろ女子生徒からの支持の方が圧倒的である。
好きな教師の学内アンケートは上位の常連。
バレンタインのチョコ獲得数は数ある教師陣の中でもダントツの一位、昨年はなんと三桁にまで突入したのだとか。
「生徒指導」という肩書のほかにも「保護者窓口」と「情報インフラ室長」も兼ねている、若手のホープのような存在である。
才能がスーツをまとって歩いているといったら、逆に褒めすぎといって注意されるだろうか。
千駄ヶ谷アキラがバイタリティ溢れる人間であることは、「やっぱり教師の方が楽しそう」という理由でローカルテレビの局アナ採用を蹴り、私立ローレライ学園へ赴任してきたことが証明している。
最近の口癖は「いまどき三十歳で独身とか普通だ。慌てて結婚するのは相手に失礼だろう」というもの。
スペックが高いくせに結婚しようとしない男女の典型といえる。
俺がアキラ先生と呼んだのは千駄ヶ谷先生よりも発音しやすいためである。
本人も駄の字を含んでいる苗字がお気に召していないらしく、「悪くない」といたく気に入った模様。
ならば結婚して改姓すればいいのにと突っ込んだら、「その手があったか!」と妙に感心されてしまった。
俺は「ネットゲームの日本一を……」なんて間抜けな主張をするために生徒指導室へきたわけではない。
「なあ、新田。おじさん、おじさんというが、ずっと連絡を取っていないのだろう。同じ大人として思うところがないわけではないが」
「おじさんは海外の仕事が忙しいんです。それに俺と義妹の生活費は毎月入金してもらっていますし、学費だって納めているのだから問題はないでしょう」
「たしかに学費は納めてもらっている。わかった。そのおじさんとやらの迷惑にならないよう、最低限のテスト勉強は頑張りたまえ。あとゲームは一日一時間まで。俗説かと思いきや、子どもの学力レベルとかなりの相関があるらしい。脳科学について研究しているどっかの大学教授がいっていた」
「だから俺はゲーマーじゃないですよ。それに義妹のことは俺が一番理解しています」
俺が小言を並べているとアキラ先生の目つきが変わった。
「妹想いの健気な兄だな。わかった。新田ルナのこと、今回は特別に不問にしてやる」
「いいのですか?」
「新田ルナに理解を示したわけじゃない。体調不良といって授業を欠席して、こっそり保健室でゲームをやるなんて言語道断だ。しかも初犯じゃなくて常習犯ときた。さすがの学園長もご立腹だし、反省文を出せとうるさいんだ。うちは自由な学風を通しているが、授業時間にゲームをしてもいい理由にはならない。まずは誠実であること。その上で自由であること」
「……なんか、すみません」
「過去に新田ルナが書いた反省文なら棚の中に山ほど眠っている。流用したところであの学園長は気づかないだろう」
「ありがとうございます。ですが、学園長を欺いちゃってもいいんですか?」
「いいんだよ。もうお爺ちゃんだし、わたしがいい感じになだめておく」
「そういう問題じゃない気がしますが……恩に着ます」
俺は頭を下げてから生徒指導室をあとにする。
「おい、新田」
「まだ問題がありますか、アキラ先生?」
「やっぱりアキラ先生という響きは悪くないな。若返った気がする。新田はいいやつだな」
「頭を撫でないでください。もう高校生なんですから。ねえ、千駄ヶ谷先生」
俺は駄のところを強調した。
「悪い、悪い。わたしが訊きたいのは和泉のことだ。お前たちは仲がいいだろう?」
「カリンちゃんですか?」
まさか和泉カリンの名を聞かされるとは思わなかった。
「ちゃん付するほど親密な間柄なのか? ハメを外したい年頃なのは理解するが、不純異性交遊で問題を起こすなよ」
「違いますよ。物心ついたときからの幼馴染なんです。もともと同じ小学校に通っていて、向こうが七歳のときにアメリカへ渡ったのですが、高校に入学するタイミングで日本へ戻ってきたんです」
「なるほど。数少ない日本の知り合いが新田というわけか」
「そんな感じです」
「ならば和泉のことを気に掛けてやってくれ。近々問題を起こすかもしれない」
「何かご存じなんですか?」
「いいや。教師のカンみたいなものだ。腰の長さまであった髪を肩の下まで切っただろう。女の子がヘアスタイルを大きくいじくるときは心境の変化があった証だ。常識だからそのくらい察してやれ」
「女の子の常識……ですか。ならば直接アキラ先生が訊いたらいいじゃないですか?」
「もう訊いたから新田に頼んでいるんだよ。期待しているよ、幼馴染くん」
そういって鼻先をちょんと突かれた。
アキラ先生があと十歳若ければ一瞬でベタ惚れしていたところである。
「知らなかったのだが、和泉は新田よりも一歳年上なんだな」
「新学期のタイミングが日本とアメリカで異なっているので、そのせいで一年ずれたみたいですね」
「小学生の時は別学年だったのに、いまはクラスメイトというわけか」
昔はよく飴やチョコレートをくれた近所のお姉ちゃんである。
一緒に秘密基地をつくったのもいい思い出だ。
「しかしカリンちゃんに限って問題はないでしょう。優等生を絵にかいたような生徒じゃないですか。生徒会選挙にも立候補していますし、このまま生徒会長か副会長になるんじゃないですか。実務能力だって高そうですし」
「それが一般の認識か。とにかく和泉が何か悩んでいたら相談に乗ってやれ」
「まあ、いいですけど。気に留めておきます」
「頼んだ」
「カリンちゃんが問題を起こすのなんて、成績不振の俺が留年をくらうよりも荒唐無稽なんですけどね」
「おいおい、留年は勘弁しれくれ。わたしの指導能力を問われる」
「ええ、わかっています、アキラ先生」
これから始まるのはフェアリーナイツクロニクル(略称FKC)というMMORPGで日本一を目指す義妹と、それを影ながら応援する兄の話である。
俺はネットやゲームというものに疎く、助け舟を出してくれるのが博識の幼馴染、和泉カリンだ。
ちなみにMMORPGというのはマッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲームの略であり、紙面などでは大規模多人数同時参加型オンラインRPGなどと表記されることを、俺は十七歳になってから初めて知った。