ランプの竜
ランプの竜
(デルムントのパラレルワールド)
静かな夜道をデルムントは一人、歩いていた。
うっそうと生い茂った森の木々が周囲に広がり、暗闇の中でたよりなく続く小道が曲がりくねりながら彼をいずこへと導いていた。
「おい、お前」
突然木の影から男の声がした。
デルムントは立ち止まり、その男が道に出てくるのを待った。
旅の剣士だろうか?大ぶりな刀を背負い、革製の胴着を身につけている。体格も良く、強そうだった。
「こんな時間に一人でどこへ行く?」
「どこか休める所を捜しに歩いているんですよ」
悪びれずにデルムントは答えた。
男のほうもおそらく何か(身分を明かせない旅など)の事情があってこんな場所に一人でいるのだろうが、デルムントはそれに触れるつもりはなかった。
「ここからもよりの村まで三日はかかるぞ。…ちょうどいい。話し相手が欲しかった所だ。俺の焚き火のそばに来て休むといい」
男は干し肉とラム酒をデルムントにふるまってくれた。
「おもてなしのお礼をしなければなりませんね…」
デルムントはシルクハットを脱ぎ、胸の前に持った。
「といっても何ももっていませんので、知っている話をすることにしましょう」
「ああ」
「私はある理由からあちこちいろんな場所に行っています。この近辺には以前…といってもかなり前になりますが、来たことがあります。その時の話をしましょう」
デルムントは目をつむり、思いをはせた。
「この森の奥に一人の少女がいました。彼女はいつも誰か来ないか待ちながら暮らしていました。少女は外見はまだ幼い様子でしたが、実は魔法のため年をとらない存在でした。少女の住む小屋にはいろんな不思議な道具があり、それらは少女にしか扱えませんでした。私は道に迷い、その小屋へたどりついた一人です。少女は私の世話をしてくれて、数日間おしゃべりをしながら一緒に過ごしました。ある夜。少女は屋根裏部屋からほこりをかぶったランプをとりだしてきました。
『いい?このランプに火をつけたら炎をよく見て。中に何かが見えるから』
そう言われて私はテーブルにつき、少女がランプに火をともす様子を眺めていました。ランプは赤銅と緑色のガラスでできていました。しゃれたデザインだったことを覚えています。火がともされ、炎がちろちろと燃え上がりました。果たして、炎の中に何かの姿が見えました。私は食い入るように見つめ、それが小さな竜の姿をしていることに気づきました。
『見る人によって見えるものが違ってくるの』
と少女はためすように私を見ました。
『竜が見える。火の中の竜は上へ昇りたがっている』
『まぁ。サラマンダーが見えるの?あなためずらしい人ね』
『めずらしい人?なぜ?』
『竜は想像上の生き物といわれるくらい不思議な存在なの。それが見えるってことは、あなたも多少変わった存在みたいね』」
デルムントがそこまで話すと、聞き手の男は焚き火に木切れを放りこんだ。ぱちぱちと火がはぜる。
「なんていうんですかね、占いに近いことを少女は言っていましたよ。竜はどこまでも昇りつめようとする存在で、迷いや恐れを吹き飛ばし、孤独を背負って生きているとか。半信半疑でしたが、いつも何か事あるごとにそのことを思い出してこれまで切りぬけてこれました」
「ふうん」
男は自然にあいづちをうった。
デルムントはちょっと妙なしぐさをして手に持ったシルクハットをくるりと一回転させた。すると、両方の手のひらで包み込めるくらいの大きさの水晶玉がどこからともなく現れた。男はびっくりして一瞬動きを止めたが、危険はなさそうだったので、デルムントが何をするつもりなのか見守ることにした。
「ランプの中の竜をゆずってもらったんです。今はこの水晶玉の中にいるんですが…、あなたには見えますか?」
男はそっと水晶玉の中をのぞきこんだ。
「いや…俺には見えんな」
男は首を横にふった。
「…だが、竜じゃないものなら見える。一軒の小屋みたいなものだ」
「そこに少女はいますか?」
「さぁ?」
「小屋が見えるのなら、彼女があなたに会いたがっているのかもしれませんよ。ためしに行ってみませんか?」
「行く?どうやって?」
「こうやってです」
デルムントは男の手を水晶の中へひきこんだ。
「うわあっ!なにをする」
男は無我夢中で水晶玉をはらいのけようとしたが、気がつくと、森のどこか奥にデルムントと二人で立っていた。
「俺は行きたいとは言ってなかったぞ」
「それは申し訳ない」
デルムントは口の端に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「あらめずらしい。久しぶりのお客さまだわ」
木の桶に水をくんで近づいてきた少女が言った。
「久しぶり。覚えていますか?」
デルムントが言うと、少女はかなりしげしげとデルムントを見て、考えこんだ末、
「サラマンダーを見た人」
と思い出した。
「あなたぜんぜん変わってないわねぇ」
「それはあなたこそ」
二人は笑いながら言ったが、少女の声には驚きに似たものが混ざっていた。
連れてこられた男はぶすっとして、元の焚き火の所へ帰りたいと主張したが、デルムントと少女に小屋の中へとひっぱりこまれてしまった。
男はしぶしぶテーブルにつき、出されたお茶を飲んだ。
「良い剣を持ってるわね。うちにも似たようなのがあるんだけれど見てみない?」
少女は楽しげにそう言った。
男の持っている方の剣には拭い去れない血の跡などがついていたのだが、それを見ても少女は顔色一つ変えなかった。
運ばれてきた剣はさやと柄に凝ったデザインがなされた大ぶりのものだった。
男はちょっと気に入った様子でながめまわした。
「よかったらさしあげるわ。その剣」
「本当か?」
「ただし、一つ条件があるの。今からランプを持ってくるから、それを見てどう感じるか言って欲しいの」
「ランプって、デルムントが話していた例のやつか?」
「あら、知っているのなら話は早いわね」
少女は屋根裏部屋へあがって行った。
「俺にはどうにもあんたたち二人が怪しくてしかたがないんだがな」
「おや?そうですか」
デルムントは苦笑した。
「昔話みたいに魔女とか妖精とか子鬼とかがこぞって出てきてラインダンスでも踊りだしそうな雰囲気だ」
「それはそれは」
少女が戻ってきてランプに火をともした。
「どう?炎の中に何か見える?」
「いいや…。俺には何も」
男はかぶりをふった。
「そういえば、さっきデルムントはランプの中の竜を水晶玉の中へもらって入れたような内容の話をしていなかったか?」
「ええそうよ」
「?」
「水晶玉の中の森。森の中の小屋。小屋の中のランプ。そしてランプの中に、竜」
そのとたん、ランプの炎が大きくゆらめいた。それはちょうど巨大な竜のような形になってランプから飛び出すと、男の全身を包み込んだ。
「うわあ、助けてくれ」
男は気絶し、炎は消し飛んだ。
少女は男に近づき、ある名前を呼びながら肩をゆすった。
男はやがて気がついた。
「やっとランプの呪縛から解かれたわね」
少女は嬉しそうにその男を抱きしめた。
「新しい体は強そうな男の人だね」
「デルムントが連れてきてくれたのよ」
男はもはや別人だった。長い長い間ランプに閉じ込められていた精神が男の精神と入れ替わったのだった。かつての少女の恋人で、この日が来るのをランプの中で待ち望んでいたのだった。
「デルムントは?」
「精神交代のエネルギーを使って、またべつの世界へ『跳んだ』みたい」
「お礼くらい言いたかったんだけどな」
「以前会ったのはかれこれ六百年ほど前のことだもの。またいつか思いだしたら来てくれるでしょうね。その時に言ったら?」
「ああ。…彼はサラマンダーのように永遠に燃え盛る炎の中で生きる運命なのかな…」
「え?」
「いいや、なんでもない…」
少女と男のいる森にはいつまでもいつまでも朝が来なかった。
☆おわり☆




