〈序章〉
1.始まりが始まるまで
『これは序章。とある少年が何らかの理由で遠い遠い世界へ行くまでの、少年の悲しい日常を描いた物語。』
ここは普通の町。そこには、何の変哲も無い普通の少年がいた。そう、少年は何の変哲も無い普通の人間だったのだ。
では、何が普通では無かったのだろうか?答えは至ってシンプル。普通では無かったのは『環境』。唯それだけだった。
環境と言っても大気汚染や地球温暖化などと言った地球の問題ではなく、『家庭』と言う名の人間同士の問題だった。
普通の家庭では、親と子どもが仲睦まじく暮らすのだろう。しかし、少年の家庭は違ったのだ。
少年の家には『何時も』父親がいた。その父親こそが少年の環境が普通と異なってしまった最大の原因なのだ。
父親は何時も煙草と酒を食らっていた。そのせいで、家中が何時も煙草臭く、天井や壁は何時も脂っこかった。そして、床には何時も酒の空き缶や瓶、そこから漏れた酒と言う名の液体が、幾つもの染みを作り上げていた。
その染みだが、一風変わった物がある。それは、赤黒い色の染みだ。その元は少年の血と言う名の液体だろう。何故その様な染みが出来たのか。これも父親の『何時も』が原因だった。
少年は何時も父親に暴力と罵声を浴びせられていた。それは、世間一般で言う虐待。しかし、少年は泣かなかった。泣けばそこで心が折れてしまいそうだったから。
しかし、父親の『何時も』は終わらない。一頻り少年に虐待をしたあとスッキリしたのか、パチンコや競馬などのギャンブルのため、家から出て行った。服の下の身体中がアザだらけの少年を置いたまま。
否、アザだけでは無い。皮膚が火や煙草などによって爛れたり焦げたりしている場所もあれば、爪やカッターなどによる切り傷、鞭や紐などによる跡やミミズ腫れなどもあり、言葉に出来ない程の痛々しさを醸し出している。
しかし、何故に服の下なのか。それは一重に、世間体の為だろう。けれど、少年は思う。今さら世間体もクソも無いだろうと。
そこで、母親は何をしているのかと言う疑問が浮かび上がるだろう。その母親は、煙草臭い部屋の隅で座り込み、壊れたかのように何かをぼやいていた。それは、怖いほど暗い表情で、恐ろしいほど低い声だった。
今日もそんな最低最悪な『何時も』の日が続くと少年は思っていた。
少年は腐った魚のような目をして、何処を見ているでも無く突っ立っていた。最低最悪な『何時も』が来たからだ。
何時ものように暴力と言う名の虐待が来るのだろうと少年は思っていたが、父親の様子が変だった。何故なら、父親の目は血走っており、明らかに殺意が込もっていたからだ。それは、14歳の少年が感じる程だった。
そして、父親の手が少年の首を締めようとする。
少年は悟った。やはり今から自分は殺されるのだろうと。
だんだんと父親の手が少年の細い首に向かい近づいて行き、到達し・・・握り締める。
しかし、少年は小さい体で必死に抵抗する。それもその筈だろう。脳で分かっていても体が勝手に動いてしまうのだ。それは、少年に残された数少ない生存と言う名の本能なのだから。
「ーーっ!ーーーっっ!!」
だが、所詮は子供。声にならない苦しみの嗚咽を出す、と同時に少年は涙を流した。その涙は少年が初めて父親の虐待で流した涙で、それが初めて父親の虐待に負けた証だった。
しかし、少年が抵抗した所為か、因果応報か、父親が自分で飲んで捨てた酒瓶を踏み転けたのだ。
その反動で少年は遠い場所に投げ飛ばされた。空中には少年の涙が舞っている。けれど、少年が床に落ちる前に、その少年の姿が消えた。しかし、少年の涙は床に落ちた。その涙は直ぐに染みになった。その染みは少年が作った初めての血液以外の染みで、それが、最後の染みだった。
そして、少年は文字通り遠い場所に投げ飛ばされていたのだ。それは地球上ではない、遠い遠い世界だけれど。
そこからだろう。『少年自身』と『環境』が変わったのは・・・。
しかし、驚いてはいけない。冒頭でも言った通り、これは唯の序章なのだから。