お姉さんはからかい上手
とりあえず、居候の許可を貰った俺は見よう見まねで、一度試着させてもらった魔術師のコートを作ってみた。
型を作ったら布を切り出す。
切りだした布に針を通してまとめていき、装飾をくくりつけていく。
複雑で繊細な動きを俺の手はすいすいと動いてやってのけた。
そして、気付けば一晩が過ぎて、朝日が部屋に差し込んでいる。
「出来た!」
さっそく試着してみると、昨日着た時と同じスキルが使えるようになっている。
どうやら、完全再現出来たみたいだ。
いや、それ以上の物が出来ている。
「鑑定発動」
鑑定のスキルを発動させて、自分の作った服を確認すると、二つの耐性ボーナスが付加されていたのだ。
服に付加された加護
・物理耐性 初級 物理ダメージを1割減らします。
素材の潜在能力発動
・氷耐性 初級 氷のダメージを1割減らします。
服につける加護の方は俺が自由に選べるらしく、服を作ろうとしたときに一覧が目の前に出てきたんだ。
裁縫師のコスレベルが1だと物理耐性と魔法耐性の二つを選べて、レベルが上がると魔力アップといったステータスアップ系とか、肉体高速再生といった回復系の加護を付加できるらしい。もちろん、耐性の効果も上昇して物理完全無効なんてのもある。
素材の方はというと、事前に鑑定スキルでどんな能力を持っているのか把握が出来て、その通りの力が発揮された。
なので、何か欲しい特殊能力があれば、がんばって素材を集める必要がある。
服を畳んでいると、チャリンと裁縫師のコスレベルの上がった音がする。
同時に新しい加護の選択肢が増えた。
キリも良いし、一眠りしたいけど、アイシャさんに出来たら持ってきてと言われたし、とりあえず、持って行こう。
そう思って、部屋を出た俺はアイシャの部屋と書かれたネームボードの扉を探す。
少し迷ってうろうろしてからその部屋を見つけると、俺はトントンと扉をノックした。
「ふぁーい、入っていいよー」
「おはようアイシャさん。服ができ――ました!?」
主の許可を貰って部屋に入った俺は驚きで声を裏返した。
アイシャさんがベッドから起き上がり、眠そうに目をこすっている。
何故か全裸で!
つるつるの褐色の肌が朝日に照らされ、テカテカしてエロイ!
じゃなくて! ちゃんと許可をとったのに、この人は何でこんな無防備な格好に!?
「し、失礼しました!」
寝ぼけているうちに逃げてうやむやにしよう。
と思ったら、音も無く近づかれた上に、袖を掴まれて逃げ出せない!?
「あれぇ? 統也君どこいくのよぉ?」
「アイシャさん自分の格好に気付いて!?」
「え? あー……」
俺が必死に顔を反らしながら言った言葉で、ようやくアイシャさんが自分の格好に気付いたらしい。
ラブコメならこの後、殴られる理不尽が待っているんだろうなと思って、ぐっと歯を食いしばるが、衝撃はこなかった。
不思議に思って顔をアイシャさんの方に向けると――。
「あぁ、ごめんねー。お粗末な物を見せちゃって」
何だか申し訳無さそうに謝られた。
「お粗末だなんてそんなことないですよ!」
むしろ、今すぐ揉みたいくらいにご立派です。
「ほほぉ、嘘はついていないみたいだねぇ」
アイシャさんがニマニマと含み笑いをして、俺の顔を見つめる。
いや、嘘はついていないけど、何でそんな悪戯を企んでいるような顔をしているんだ?
「……えっと?」
これは据え膳的なあれなのか? 私を味見してみる? 的なお誘いの笑みなのか?
「女として喜ぶべきか、同居人として警戒するべきか、どうしたら良いと思う?」
「え?」
「だって、統也君の統也君は元気いっぱいみたいだし?」
そう言ってアイシャさんは俺の目の前でしゃがんだ。
その目線はちょうど股の上で――。
「ああああ!?」
慌てて俺は股を手に持っていた服で隠した。
「いやー、大人しそうな顔して統也君も男の子なんだねぇ?」
不可抗力だ! 生理現象だ!? どうしようもないだろ!?
ってか、何で服着ている俺の方が恥ずかしがっているんだよ!?
裸のアイシャさんが恥ずかしがる場面だろう!?
「それじゃ統也君、その服貸りてもいいかな?」
「え!?」
今これを外したら大変なことになりますよ!?
「女の子をいつまでも裸にするのは感心しないぞ?」
「え、あ、はい。どうぞ!」
そう言われたら渡さざるを得ない。
俺は服をアイシャさんに押しつけると、背中を向けて何とか自分を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
よし、落ち着いた。これで何とかアイシャさんに正面を向けられる。
「うん、実に良いね。ちゃんと加護もついているし、私の見込み以上の仕事をしてくれたよ。これなら相場の1.5倍くらいで売れるね。良きかな良きかな」
アイシャさんはいつの間にか普通に私服を着て、俺の作った服を広げていた。
なんか、ちょっとガッカリ。
「それはよかったです」
「ろこつにガッカリしてるねぇ」
「別にガッカリしてないですよ」
裸ワイシャツならぬ、裸コートなんていうチラリズムあふれる格好をしてくれるなんて期待はしていない。
「あら? てっきり、統也君は私の着た服を部屋に持ち帰った後、残り香を楽しむつもりかと思ったのに」
「そ、そんなことないですよ!?」
俺の予想以上の変態行為を想定されていた。その発想は無かったぜ……。
「あらら、それじゃあ、着心地を試さず、そのまま返そうかな? 本当に良いの?」
ど、どういう意味だあああ!?
俺は今試されているのか!? 男として色々なものを試されているというのか!?
女の子の残り香……人肌で温められた服……寝汗でちょっと湿っぽい感じ……。
だ、ダメだ気を確かに持つんだ!
「試着し――なくても大丈夫ですっ!」
「そっか。ざーんねん」
俺は下唇を噛んで、天を仰いだ。
血の涙が出そうになったけど、勝ったぞ。俺は煩悩に勝ったんだ!
「代わりにこれ渡すね」
「へ?」
天を仰いで必死に涙をこらえている俺の腕の中に、ぽすんと何かが収まる。
何だろうと思って見てみると、しわくちゃになった黒いローブがあった。
何か良い匂いがする。ちょっと甘いリンゴのような香りだ。一体何の匂いだろ?
「これ昨日私が着ていたローブなんだけど、今日お洗濯するから洗濯籠に入れておいてもらえる?」
「ちょっとローブの中に頭埋めて寝てきます」
「あらあら、何をするか分からないけど汚さないでよ?」
頭の中で何かが弾けた気がした。
自分で何を言っているのかハッキリ言って良く分かっていない。
今はただ、この服に頭をつっこんでベッドでゴロゴロしたい。
ローブの中に全身をつっこんで、アイシャさんの香りにくるまれて寝たい。
きっとすごくよく眠れる。
「お姉ちゃんと統也さん朝から何やってるの?」
突如背後に現れたニアの声に血の気が引いた。
弾けた何かが急に元通りになって、危うく変態になるところだったことに気がついた。
「んー、なんだろうねぇ? ねぇ、統也君?」
お姉さんの服に頭つっこんでゴロゴロしようとしてました! なんて言える訳が無い。
何かニヤニヤと俺の顔を見てくるし、この人の本性がわからない。
でも、今はニアに誤解されないようにするのが一番だ。
「服をね……見て貰ってたんだ……」
「あぁ、そうだったんだ。良い服出来た?」
「うん……だから、ニアにもきっと良い装備を作ってあげられるよ……」
「歯切れが悪いのが気になるけど、ご飯出来たから一緒に食べよ?」
「あぁ、うん、ありがとう」
何とか窮地を脱した俺がホッと息を吐く。
あぁ、呼吸するのを忘れるくらい焦った。
呼吸も鼓動も落ち着くと、ふっと耳にこそばゆい風が吹いた。
「統也君のえっち」
「ふぁっ!?」
アイシャさんにだけは言われたくない!
「あはは。いい反応をありがとう。とりあえず、理性を保てたみたいだし、合格かな?」
あぁ、これあれだ。完全に玩具にされているパターンだ。
でも、お姉さんに手玉にされるのも、意外と悪くない――って、何考えてるんだ!?
居候先の家主はある意味強敵でした。俺の理性がいつまで持つか分かりません。