なりきりを試す
ニアに連れられて、俺はダンジョンの近くにあった街に辿り着いた。
街の名前はファステリア。人によっては始まりの街なんて言っているらしい。
「始まりの街?」
「ここの周りは魔王城から遠いおかげか、弱い魔物が多くて駆け出しの冒険者が多いんですよ」
「ドラゴンゾンビって弱い魔物扱いなの?」
「あれはダンジョンのボスです……。あんなA級の化け物は滅多に現れませんよ……」
ニアがげんなりしたように呟く。
ダンジョンの最奥には強力な魔物がわく代わりに、強力な装備が手に入るとか。
ということは、俺が開けたあの宝箱も冒険者を釣るための餌だったんだろう。
運良く先に開けられたから良かったものの、かなり危険な橋を渡ったんだなぁ。
「えっと、それで服屋さんに行きたいんでしたっけ?」
「そうそう。ニアみたいな、いかにも魔法使いって感じの服とか装備が見たくて」
「既に立派な司祭の服があるのにですか? これから行くお店にはその服より良い装備品はないですよ?」
「ちょっと確かめたいことがあってね」
いまいち納得していないのかニアは不思議そうな表情を浮かべ続けていた。
けれど、ちゃんとお店には案内してくれた。
店の中に入ると、黒い服がいっぱい売っていた。
魔法使いなら黒を着ろ。とでも言いたげな品揃えだなぁ。
「お、ニアちゃんが彼氏連れなんて珍しいわねぇ」
「か、彼氏じゃないです!? ちょっと死んだところを助けてくれたので、お礼に街を案内しているだけです!」
とんがり帽子を被った店員のお姉さんがニタニタと笑い、ニアがあたふたと慌てふためいて自分のとんがり帽子を落とす。かわいい。
店員のお姉さんは肌が褐色で、ウェーブのかかった金髪がとんがり帽子からのぞいている。
何というか軽めのギャルが魔女のコスプレしたっぽい見た目の人だった。とはいえ、化粧は薄めなのかケバい感じはしないので、とても健康的な女の子に見える。
「あら、残念。でも、司祭様、もしニアを気に入っているなら貰ってってやって構わないからね。この子、十六にもなって彼氏の一人も作らないんだから」
「ちょっ! お姉ちゃん!? お姉ちゃんだって十八になっても彼氏いないでしょ!? 知ってるんだからね!」
「ふっ、いないんじゃなくて作らないのよ!」
へぇ、この二人は姉妹なんだ。何というか似ていないなぁ。
じゃれつく仲の良さそうな二人を横目に俺は、魔術師の服を一式揃えて試着をお願いする。
すると、何かとても不思議そうな顔をされたけど気にしない。
「あーっと、司祭様、一応言っておきますけど、魔法使いの服をプリースト系のジョブの人が着ても性能は引き出せませんよ?」
「へぇ、ある意味ちょうどいいかも」
本当に俺のなりきり士という職業が、コスプレをするだけで他の職業の力を引き出せるかどうか確かめるにはちょうど良い。
そして、ドキドキしながら衣装を変えてみると――。
《なりきり発動、職業をマジシャンに変更》
レベル:1
クラス:なりきり士 駆け出しマジシャン
ステータス:
MP:60/0+60
物理攻撃:1+10
物理防御:1+10
魔力攻撃:0+80
魔力抵抗:0+50
速度:1+50
スキル
・ファイアボルト 火の矢を放ちます。
・ファイアウォール 炎の壁を作ります。
ああ、やっぱりそうだ。どうやら俺はその職業のコスプレをすることで、能力が変わる力があるんだ。
魔法使いの服を着たまま試着室を出ると、ニアがこちらに気付いて振り向いた。
「あっ……かっこいい……」
「え? ごめんニア。良く聞こえなかったけど、えっと、似合ってるかな?」
「はい、凄く似合っていますよ。何か一流の魔法使いみたいで、とっても格好良いなぁって」
「そ、そうか?」
かわいい女の子にそう言われると悪い気はしない。
ちょっと恥ずかしかったけど、心折れずに済んだぜ。
コスプレして新しい能力をゲットする訳だから、似合わないというのが一番痛い。
けれど、店員のお姉さんからは不思議な視線を感じる。
「おかしいわね。さっきのお兄さんと魔力の質と量も変わっているわ」
「分かるの?」
「そりゃ、私も魔法使いですもん。もともと冒険者をやっていたけど、膝に矢を受けたもんで。こんな片田舎で魔法具屋やってる訳よん」
お姉さんがスカートのスリットをぴらぴらとめくり、太ももがチラチラ顔を覗かせる。
あと少しでパンツの横が見えるかと思ったけど、このお姉さん、見えそうで見えないギリギリのチラリズムをマスターしている。何という手練れだ……。
俺の視線に気付いているのか、俺の顔を見てすごくニヤニヤしているし、これは話題を変えなければ……。
「この服一式って駆け出し魔法使い用のなんだよね?」
「そうよ。冒険者になる前に買いに来る子が多い装備よ」
「これで駆け出しようの装備なら、もしかすると……」
「ん? どったの?」
「大体、この街を離れていく人達が買っていく装備はどれ?」
「それなら、これかな?」
そういって店員さんは新しい服を持ってくる。
言われて見れば、今試着している服にはない魔法陣っぽい模様の刺繍がされていて、より魔法が使えそうな服になっているし、杖についた宝石も綺麗だ。
それに着替えてみると、俺の予想通りの変化が起きた。
レベル:1
クラス:なりきり士 中級マジシャン
ステータス:
MP:100/0+100
物理攻撃:1+15
物理防御:1+20
魔力攻撃:0+100
魔力抵抗:0+70
速度:1+60
スキル
・ファイアボルト 火の矢を放ちます。
・ファイアウォール 炎の壁を作ります。
・アイスボルト 氷の矢を放ちます。
・フロストバイト 氷の顎が敵に食らいつき、敵の動きを封じます。
・ライトニングボルト 雷の矢を飛ばします。
うん、予想通りステータスが変わった。
お気に入りの服を育てることも出来れば、もともと強い服を着ることである程度一気に能力を高めることも出来る。
「おんや? さっきよりも魔力が上がっているような? 今度は質が変わらずに、純粋に濃くなってるっぽい?」
「駆け出しから中級のマジシャンに変化したからね」
「どういうことかな? お姉さんにも分かるように説明してくれると嬉しいかな?」
俺はどこから話したもんかなぁと一瞬悩んだけど、とりあえず最初から話すことにした。
俺はもともと別の世界の人間で、突然女神を名乗る神様にこの世界に放り込まれた。
その際に色々言われた訳だけど、多分こうなった原因はあの会話だろう。
俺の日本での生活はなかなか酷いもので、何かをやろうと思っても三日坊主で止めてしまっていた。それだけならまだ良かったんだけど、形から入る癖があった。
イラストレーターになろうと思って、ペンタブとか本を揃えて全く絵を描かない。
音楽で食っていくぜと言って、ギターを買ったらFのコードが弾けずに断念した。
そんな感じで俺は何もなせぬまま、何者にもなれず、事故に遭って死んだ。
「形から入って、コロコロやることが変わっても、大丈夫な力をあげるよって言われて、気がついたらニアのいたダンジョンにいたんだ」
「へぇ、なるほどねぇ。女神様がくれた衣装になりきる力で、魔力の質と量が変わっていたんだねぇ」
「みたいだね。そういう意味では俺の目標は当面服集めかなぁ。衣装がなければ戦えないし」
「となると、お金がいる訳だね? その服もタダじゃないし?」
「えぇ、まぁ、そうだけど……」
何だろう。店員のお姉さんが何かを企んでいるのか、すごいニタニタした顔をこちらに向けている。
う、何か嫌な予感がする。
「自分で服を作ったらどうなるの?」
「え? あぁー……、多分なりきれるんじゃないかな?」
コスプレイヤーの皆さんは自分で衣装を作る人だっているんだ。
なりきり士っていうのも、一種のコスプレイヤーみたいなもんだし、多分自分で作った服でも効果は出るはず。
あれ? だとすると、自分で上位装備を作れれば、簡単に強くなれるんじゃないだろうか?
「そっかそっかー! よし、それじゃあ、これ着て!」
そう言って突然、取り出されたのはシルクハットにタキシードのような執事服、そして、皮の手袋だった。
「え?」
「いいからいいからー」
背中を押されて試着室に押し込まれた俺は、渋々押しつけられた服に着替えた。
すると、表示されたのは伝説の裁縫師という文字。
レベル:1
クラス:なりきり士 伝説の裁縫師
ステータス:
MP:50/0+50
物理攻撃:1+10
物理防御:1+10
魔力攻撃:0+10
魔力抵抗:0+10
速度:1+100
スキル
・裁縫Lv MAX 裁縫が必ず成功します。
・魔力付与 作成アイテムに魔法の加護を付加します。
・デザインセンス 思った通りの物が作れます。
・潜在能力を発現 素材の力を引き出し、アイテムに付加します。
・修復 アイテムを新品に修復します。
マジかよ!? これで衣装を作り放題じゃないか!?
かなり名のある裁縫師の衣装だったのか!?
「どうかしら? お望みの衣装は作れそう?」
「うん、ってか、想定以上だった。多分、かなりすごいコスプレ衣装が作れるんじゃないかな?」
「お気に召して何よりね。それじゃあ、交渉と行きましょうか?」
「え?」
交渉と言われても、俺は金なんか持っていないし、この服に見合うものも持っていない。
「統也君、今日から家で寝泊まりして、お店の服を作ること、それとニアちゃんには最優先で良い服を作ること、それが出来るのなら、その服をお譲りするよ」
「え!? それで良いの!?」
「お姉ちゃん!? 何勝手に決めてるの!?」
俺もニアもお姉さんの提示した破格の条件に驚いた。
どういうことだ? あまりにも待遇がおかしいだろう?
見ず知らずの人にそこまでするのか?
「だって、死んじゃったニアちゃんを生き返らせてくれた恩人でしょ? しかも、こっちの世界に居場所がないのなら、家の一室を貸すくらいの恩返しは当然よね?」
その言葉にニアが言葉を無くし、困ったように頷く。
そっか。生き返ったばかりだった俺には実感が無かったけど、この世界でも死んだら終わりなんだ。
だから、命を助ける行為はすごく感謝されるみたい。
家に泊めても良いくらい感謝されたのであれば、そのご厚意を無碍にするのも男としてダメだよな。据え膳食わぬは男の恥ともいうし――。
「それに統也君が強くなるために服を作って、ニアちゃんの冒険の手伝いをしてくれれば、お姉ちゃんも安心だし、あまった服を売れば家計が火の車の我が家も助かるわ!」
「それは……そうだけど……。確かに統也さんは頼りになるし……。一緒にお仕事してくれるのは嬉しいよ?」
「でしょう? なら良いじゃない? 統也君を家に置いてバシバシ働いて貰おうよ」
あれ? 何かかなり私情が入り出したぞ?
おいおい、まさかさっき何かを企んだニマニマした笑顔は、俺を馬車馬の如く働かせようって言う魂胆が漏れ出ていたのか!?
それなら、いくら良い条件を積まれても、俺はこんなところに住まないぞ。ブラック労働反対だ!
「すみません。やはりご迷惑がかかるので――」
「それに何より、異世界のエロ可愛い衣装をニアちゃんに着せてくれそうだし!」
エロ可愛い衣装をニアに?
お姉さんの言葉に恥じらうニアが、スカートを掴み、真っ赤な顔を俯かせている。
全く、お姉さんにはこの可愛らしい仕草が見えないのか?
ニアはこのままで十分かわいい女の子だ。わざわざ色気なんか出さなくても、十分魅力的なんだ。そんな子にエロ可愛い衣服が必要か? 答えは考えるまでも無い。とてもシンプルで簡単なんだ。
「引き受けましょうお姉様!」
必要だね! 絶対に必要だね! 素でかわいい子がエロ可愛い衣装を着るなんて、見たいに決まっているだろうが! えろい衣装着た上で恥ずかしがってみろ! もう押さえが効かなくなるだろうさ!
俺はお姉さんの手を取って、交渉成立の合図にと力強く頷いた。
「私はアイシャ。よろしくね統也君」
「よろしくお願いします。アイシャさん」
「ちょっ!? 本人を無視しないでよ!? 嫌だからね! 絶対に嫌だからねー!」
こうして、俺はちょっと奇妙な姉妹の家に転がり込むことになった。