第六話
この小説はリレー形式で掲載していきます。
作者 四月一日代継
俺たちは、上半身がごみ袋に包まれ二本の足が出ている、爪つきカニクリームコロッケのようなそれを、ごみ袋から開放しようとしていた。
まず、ダンジョンがごみ袋を勢いよく破り捨てた。
ーー中は、黄色いごみ袋だった。
それを見て、俺も力強く袋を引っ張る。
ーー中は、青いごみ袋だった。
ダンジョンが再び、ゆっくりと袋を裂いていく。
ーー中は、橙色のごみ袋だった。
俺たちは、果てが見えるまで、交互にそのマトリョーシカ式ごみ袋を破り続けた。その様は、まるでマジック、はたまた餅つきの名人芸のようでもあった。
男同士の刹那の交渉が続くなか、ヒーラーは、ひたすら「助けてえ」だの「エイメン! 神様助けてください!」と叫ぶだけだった。
しばらく後、男同士の熱き戦い(ダンジョンは冷たい顔をしていた)が終わった。先に果てたのはもちろん俺だった。
「はあ……! はあ……。」
息を切らす俺に、何故か少し苛立ち気味なダンジョンはこう言った。
「どうやら、当たりとも外れとも言えない奴を引いてしまったようだ。……いや、さすがにこれは、外れかもしれないな。」
そのカニクリームコロッケモンスターを見ると、どうやら、「彼女」も果てたらしい。ばた足をやめて、体を揺らしながら息をしようとする。
ーーしかし、どうも様子がおかしい。
先程まで、元気に蠢いていた足が、みるみる紫色に変わり、動きが鈍くなっていった。
「これはまずいな……何かないか……。」
ダンジョンが、白い手袋をつけながら、まわりを見渡す。幸いこの部屋は物で溢れかえっていた。
「おい、これで、だいたい口のあたりを刺してみろ。」
次の瞬間、俺の手中には、何故あるのか竹槍のように尖った塩化ビニルパイプがあった。
「ちょっと待てええい! もし、別の場所に刺さったらどうするんだ!?」
「どのみち、このままでは窒息死する。それに、もし刺し殺しても俺が弁護してやる。凶器に俺の指紋はない、だから絶対に弁護してやれる。俺を信じろ。」
ダンジョンが、強く俺の肩を叩く。
「いやそれ、本当に……、ああもう、どうすれば!」
「一人を殺せば殺人者、百万人を殺せば英雄。という言葉があるだろ、勇者も同じだ。」
気がつけば、ごみ袋から生えた足は動きを止めていた。というより、痙攣してピクピク動いていた。
「ああ! 本当にまずい! もういい、どうとでもなりやがれ!!」
勢いよく、丁寧に突き刺す、途中からその槍をゆっくり進めていき、手の感覚をたよりに口を探した。そのうち、カツッと固いものにぶつかった。恐らく歯である。
「やった!これで……」
しかし、開通後いくら待っても足は動かない。息を吸う音さえしなかった。
「ヨシフ人工呼吸だ、パイプから息を吹き入れろ。」
「ヨシフじゃねえ! ヨシピコだ!」
俺は勢いよく、息を吹き入れた。何度も何度も吹き入れ、頭がくらくらしてきても我慢した。
その時だ、ダンジョンが大きく足をひいて、ごみ袋を蹴飛ばした。ドスッという音が、あたりに響く。
「なにやってんだ!」
思わず俺は叫んだ。すると、
「こほっ、げほっ、はあっ……はあっ……。」
ビニルパイプの穴から、咳と息を吸う音が聞こえた。
ダンジョンハ、「CPR蹴リ」ヲオボエタ。
テレテレッテレ〜。
息を吹きかえした、「彼女」は、俺たちの目の前に正座していた。俺たちはというと、座布団を被せた満杯のごみ袋に腰かけていた。
「ゆうひゃヨヒヒュリりょ、わたひがおまへのさぎゃしているヒーリャーだ!」
「ヨシピコだ!」
正直、ほとんど何を言っているのかわからなかった。ただ、俺の名前を間違っているのは聞き取れた。どうやら、塩ビパイプをくわえているせいで、上手く喋られないらしい。
「しゃっそくでふが、たふけてくれてあいがとうございました。」
それでも、彼女はそのまま喋り続けた。ダンジョンは、それを聞きながらハンカチで眼鏡を拭いていた。
「なあ、ヒーラーさん。実は君は自分でそのごみ袋から抜け出せるんじゃないか?」
ダンジョンの目は吸い込まれそうなほど深かった。それはまさに底がなく、光を吸収していた。
「いや、そんんあことは……」
「それなら何故、俺たちが破り捨てたごみ袋が床に無いんだ?」
そう、ダンジョンと俺が、床に散らしたはずのごみ袋は、切れ端一つ残されていなかったのだ。あの騒ぎのせいで、いつ消えたのかは、わからないが、あれだけ剥いたのに「そこにない」なんてのはありえない。ダンジョンは、続ける。
「もしかして、君は破損したごみ袋を、『治』していたんじゃないのか?」
「そりぇは……」
「それに、はじめの『助けてください!』は、演技だろう?」
「……。」
「あんな演技で現役の弁護士を騙せると思うな。」
現在の様子は、端から見ると面白い光景だった。ダンジョンは正座したごみ袋を追い詰めていき、ごみ袋はダンジョンの一言一言を受けるたび、しぼんでいくように見えた。
少女は泣いていた。一時間にわたる弁論と説教で、ダンジョンが完全論破&ハートブレイクしてしまったのだ。……本当にそれは一方的で、心から少女が可愛そうだと思った。
「さあ、ヒーラーさん、ごみ袋をとっていただこうか。」
ダンジョンがごみ袋に手をかける。
「はい……。」
返事とともに、ダンジョンはごみ袋を破り捨てていった。黒、黄、青、橙、緑、そして紫がめくられその少女は姿をあらわした。
俺たちは固まった。それは、少女が化物であった訳でもなく、俺のビニルパイプアタックが顔を血だらけにしてしまっていた訳でもない。ただ、目のまわりを除いた顔の左半分にアザがあっただけである。
ーーそれは、ミミズが這っているようなものだった。
ダンジョンは、どうやらその傷跡に見覚えがあるらしい。はじめは驚いていたが、すぐにいつもの冷えきった無愛想な顔に戻っていた。俺は正直どこを見ていいのかわからず、顔を凝視してしまった。
少女の顔は整っていて、美しかった。髪はセミロングで、アザを隠すように前髪の左側が長かった。少女が、涙を拭うと左手にも顔と同じアザがあるのが見えた。
そこから視線を落とすと、首から下がる銀の十字架が目をひいた。ここで、ダンジョンが俺に耳打ちする。
「あれは、火傷の痕だ。しかも、見る限りかなり複雑な事情がありそうだ。」
「ああ、そうだな。というか、あれだけの火傷痕に、この部屋なんだから、複雑な事情がないわけはないよな。」
男同士顔を見合わせ、うなづきあった。
「ああ、えっと。まず、はじめまして。えっと勇者の山田ヨシピコです。」
「戦士のダンジョンだ、よろしく頼む。」
「うう……ぐすん。ヒーラーのワンドです。」
こうして、ヒーラーの少女とであった俺たちは、これから彼女の悲しい過去を知ることになるのであった。
「すまない、ワンド。まず、そのパソコンを閉じて、明かりをつけてもらえるか?」
「あっ、すいません。いま、シャットダウンしますね。」
悲しい過去を知ることになるのであった。