第十一話
作者 仲間梓
ヨシピコとワンドの足音が遠くなっていく。
ダンジョンは足音を聞き届けた後に、靴の紐をしっかり結び直し、ジャケットを脱ぎ捨てた。
「さて、いつもみたいにふざけている場合じゃないな。これは……」
ダンジョンは手のひらに拳を打ち付け、倉庫から出してきた男たちを睨みつける。巨漢の男から細身で長い髪の男まで、総勢十五人。敵が持っているのは、手ごろな長さの鉄パイプや木材。
操られているところから見て、力を加減してくれるとは思えない。どれも一撃貰ってしまえば気絶してしまうだろう。これだけの人数が同時に攻撃してくればヨシピコ一行で最高の攻撃力を誇るダンジョンでさえ、ボコボコにされる。
――本気を出さなければ……だが……。
「恨むなよ……」
メガネを中指で押し上げ、無法者たちを睨みつける。と同時に睨みつけられた無法者たちが一歩、また一歩と後退を始めた。
ダンジョンの眼光から放たれる冷気が……殺気が、無法者たちに恐怖を植え付けている。それほどまでに、今のダンジョンとゴロツキの間には圧倒的な力の差が存在するのだ。
「ヨシピコにも言ったが……。俺の本気は、かなりヤバイ。止めるなら今のうちだぞ」
怯んだ無法者ではあるが、一人が蛮勇の雄たけびを上げると、仲間たちが次々と共感し、咆哮。ダンジョン目がけて一直線に突っ込んできた。
「分かった。だが、気をつけろよ……」
――骨折くらいじゃ、すまないぞ。
大男がダンジョンの間合いに入り、鉄パイプを大上段へ振りかざす。喧嘩慣れしているのだろう、その動きは巨漢の割に素早く、常人には決して躱せない。だが、今のダンジョンは、常人ではない。
振り下される鉄パイプを、半身を切るだけで避ける。腰を深く落とし、がら空きの胴体に一撃をお見舞いした。能力を乗せて。
「……ふんっ!」
動いたはずの右手は、ダンジョン以外には、止まっているように見えたはずだ。
そして……
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」
巨漢の男が宙に浮き、体をくの字に曲げながら、急速に後退していく。途中で仲間を三人ほど巻き込み、倉庫の壁を突き破る。巨漢の男と巻き込まれた男たちは出てくる気配がなかった。
「あと十一……」
飛ばされた大男に見向きもせず、男たちが四方から襲い掛かってきた。
「同時攻撃なら避けられないとでも思ったか?」
力の抜けた右手で、ずれてしまったメガネの位置を戻す。
今にも襲い掛からんとしていた男たちが急速に速度を落とした。しかし、止まっているわけではない。口は何かを叫びながらゆっくりと動き、誰かが吐き出した唾が、空中で球体を作り舞っている。
その様子は、まさしくスローモーション。
そんな世界の中で、ダンジョンはいつものように動き、一人一人、丁寧に一発をお見舞いした。
一瞬の静寂。
直後、思い出したかのように大気が躍動し、ダンジョンを取り囲んでいた男たちは一斉に吹き飛ばされる。散らばり、起き上がってくる者はいない。
「ふぅ……」
ダンジョンは息を吐いて、拳を払う。
敵意を向けてくる荒くれ者たちを、睨みつけた。
神様に認められ、能力を与えられたのは、なにもワンドだけではない。
ダンジョンもその一人だ。
『高速移動』
自身の速度を極限まで速くし、そのスピードの中で振るわれた物理攻撃は、威力が大幅に強化される。ただし……
「力を調節しなきゃいけないのが面倒くさい。魔物が相手なら全力でやれるのになっ!」
一人を空中に張り飛ばし、一人を前蹴りで蹴飛ばして、もう一人を体当たりで弾き飛ばす。
ダンジョンの目の前にいた男たちは、数を四人にまで減らしていた。
「魔王、もういい加減わかっただろ? そいつらじゃ俺には勝てない」
ダンジョンは襟元を伸ばしながらどこかで聞いている魔王に挑発するように言う。中心にいた髪の長い男が粘っこい笑みを浮かべた。頬を吊り上げ、両の歯をしっかりと見えるように笑う。
その表情はまるで、狂った人形のようだ。
ダンジョンは油断なく身構える。
「ならば……とっておきを……」
低い、とても低い声だった。どんな勇敢な戦士でも、歴戦の猛者であろうと、不安にさせ、足を鈍らせてしまうような……。恐怖という感情を揺さぶる声。
声が消えるとともに、残っていた四人の男たちは膝を折り、その場に倒れ込んだ。
「大丈夫か!?」
駆け寄って口元に手を当ててみる。微かに空気の流れを感じ取ることができた。
「息はあるみたいだ。早く病院へ」
電話をしようとして、投げ捨てたジャケットに近寄ろうと立ち上がろうとする……。しかし……
「なっ……」
鈍い音と共に地面が揺れ、足元が覚束なくなる。地面に両手をついて、なんとか揺れに耐えた。
地震のごとき揺れは数十秒で収まった。
しかし今度は急激に視界が暗くなり、ダンジョンは背筋に寒気を覚えながら、ゆっくりと視線を上げてく。
まず見えたのは四本の脚。足の一本ですでにダンジョンの身長を優に越していた。その上には長い尻尾と剛毛に包まれた身体。そしてさらに上には三つの巨大な頭。頭部には三角の耳と鋭く尖った犬歯、口元から滴る、粘り気のある液体。
「嘘……だろ……」
ギリシア神話に伝わる冥界の番犬『ケルベロス』が姿を現す。
低い声で唸りながら、六つの瞳がダンジョンだけを睨みつけていた。
ダンジョンは、六つの瞳を睨み返しながら、力の抜け始めた右腕を握り締める。
――『高速移動』
自身の速度を極限まで速くし、そのスピードの中で振るわれた物理攻撃は、威力が大幅に強化される。ただし……
――自身がその衝撃に耐えられるとは限らない。




