掲げられた布
「布」と書いて、「ふだ」あるいは「はた」と読ませます。
当て字の意味は読めば分かると思います。
「はぁ……はぁ……」
逃げる兎に追う狼。昼間は明るい繁華街の町も、薄暗い雲や雨といった天気を代弁するが如くに静まり返る。
兎は狭い裏路地のゴミ箱を蹴飛ばして、狼から逃れようとする。だが、狼はただ笑った。その手に握る銃の引き金を引く。サプレッサーのついた小銃から撃ち出された弾丸は狙いを逸れて近くの壁へ跳弾した。跳ね返った弾丸は蹴倒したゴミ箱に風穴を開け、派手な音が鳴った。
それでも狼は笑っていた。
逃げる兎に追う狼。命掛けの鬼ごっこは、狭い裏路地の袋小路で決着がついた。
「ま、待ってくれ!」
兎は言う。
見逃してくれと、兎は言う。狼の返事は引き金だった。
またもや狙いが逸れて心臓ではなく、体を守るように出した手を撃ち抜いた。悲鳴を一つ上げて、地面に倒れこむ兎。
狼は笑った。
「お前は自分の罪を数えたことがあるか?」
「俺がいったい、何をしたというんだ!! どうして俺が――」
激痛を堪えながら狼を睨む兎は痛みを忘れ、硬直する。
狼は最初、額に拳銃を当てられたからだと思っていた。
しかし、兎は言う。
「なるほど、な。……俺も、お前も――」
最後の言葉を聞くことなく狼は引き金を引いた。着弾の衝撃で頭から吹っ飛び路地の壁に頭をぶつける。雨に血が滲み、血だまりを形成した。
そこで狼は、遠くでサイレンの音が聞こえた。狼はこう、吐き捨てた。
「今頃来たのか、無能な警察共め」
動かなくなった兎を放って狼は裏路地を後にする。それから警察が到着したのは数分後の出来事であった。
それから狼は、新たな兎を狩り続けた。
いや、兎ではない。悪魔らだ。
世に蔓延する悪魔らを裁き続けた。
そして、また。
「はぁ……はぁ……」
逃げる兎に追う狼。暗雲はこの廃れた工場を象徴するかのようで、泥臭い雨が延々と降っていた。
狂った兎は狼に襲い掛かる。しかし、サプレッサーのついた拳銃で右肩を撃ち抜かれて無様に床に伏す。狼は冷ややかな目を注ぎ、こう言った。
「貴方は自分の罪を数えたことがありますか?」
「なん、だと!?」
「私は前から貴方の事をずっと調べていました。驚きましたよ、あんなに残酷に人を殺すなんて」
今宵の狼は饒舌のようだ。拳銃を手で持て遊びながら言葉を続ける。
「貴方は”悪”だ」
「違う!」
吠えた兎の額に拳銃が突き付けられる。
そこで兎は思い出す。かつて、狼であった時のことを。
逃げる兎に追う狼。あの兎はなんと言っていたのか?
「あぁ、そうか。……僕も、お前も――」
引き金は躊躇うことなく引かれた。
廃工場に、己に溺れた者の血だまりが、一つ。
無限ループって怖くね?