仲間になりたそうに見つめてみるも、ことごとく拒否られる件
俺は 腐った死体、魔物だ。
名前はまだない。
ちょうど先程、人間との戦闘を終え
記念すべき50回目の受け入れ拒否をされたところである。
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「――あぁ、今日も死ぬほど暇だな」
「死んでるけどな、俺たち」
「そうだったな~」
「昨日もしたな、この話」
「そうだったかもな~」
――ここは城だ。
と言っても、誰もいない。厳密に言えば「人間は」誰もいない。
元々名のある王が治める綺麗で治安の良い国だったが、流行病であっという間に国は滅んだ。つまりここは廃城だ。
今話していたのは俺と同じ腐った死体。
俺たちは2人ともこの城に兵士として勤めていたようだが、生きていた頃の記憶はない。当然名前も覚えていない。しかし自然に一緒に行動するようになった。
――俺たちは死なない。厳密に言えば「死ねない」。
腹も減らない。これまた厳密に言えば「内蔵がない」。
生物の本能である食欲も物欲も、性欲すらない。そもそも『アレ』が腐って使い物にならないのだが……。
睡眠欲だけは残っていたので、二匹はひたすら寝た。
ただただ無常に過ぎていく時間は、何も与えてくれないし、何も奪ってくれやしない。
生き地獄とはこのことだ(死んでいるが)。
時折やってくる冒険者に殺られてしまう魔物を見て「うらやましい」とさえ思う。
そんな事を思いながら、今日もまた30年前と変わらぬ日を過ごす――。
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俺は 腐った死体、魔物だ。
名前はまだない。
変わらぬ日々を怠惰に過ごしていた俺は、30数年ぶりに希望に胸を躍らせた(躍らせるほど胸の肉ついてないけど)。
数ヶ月前のことだ。
冒険者が一組やってきた。
いつもであれば適当に冒険者の前に現れて、そこそこ戦ったら殺られたフリをして退屈しのぎをしていた。
その日の俺は、なんとなく気分が乗らなかった。
すると「じゃあちょっと行ってくるわ~」と相方だけ飛び出していった。それが運命の分かれ道だった。
――いつまで経っても帰ってこない。
今まで一緒に居たお喋りな奴が急にいなくなると不安になるものだ。そういう感情が芽生えたことに、自分自身少し驚いた。
(本当に殺されちまったのか……?)
だとしたらズルい! と真っ先に思ってしまった自分は腐っている(心身ともに)。
しかしその後、城内を探し回ったがどこにもいない。死体すら見つけられなかった(俺も死体だけど)。
そうしてそのまま時間だけが流れていき、一人の生活にも慣れてきてしまった頃だった。
一通の手紙をガーゴイルが運んできてくれた。
長い長い腐った死体人生の中で、手紙を受け取るのは初めての出来事だった。
焦る気持ちを抑え、手紙を開封しようとする。
久しぶりの細かい作業に苦戦した。指が2本程もげた。
ようやく開封して中を見れば、それは消えた相方の腐った死体からだった。
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○○城の腐った死体へ
突然居なくなってしまってすまん。
俺は今△△△にいる。と言ってもわからないだろうから、順を追って説明するよ。
実はあの日、やってきた冒険者の相手をしていたんだ。いつものようにね。
そのパーティは全部で4人、本当に今時珍しいくらいに熱血で、仲間想いで、諦めが悪くて、強かった。
なんていうか……忘れていた何かが込み上げてきたっていうか……久しぶりに血湧き肉躍るっていうか。
あ、湧く血も躍る肉もないけどな。
気付いたら俺も必死になってた。負けたくないって、思ったんだろうな。そんな感情があることに自分でも少し驚いたけど。
そして、本当に負けた。いや、俺は死なないけどさ。心を折られたっていうのかな。
清々しい気持ちで、そいつらを見送ろうとした。まぁ向こうはまだ立ち上がるのか!? って驚いてたけど。
降参のポーズをして、帰ろうとした時だった。冒険者達に呼び止められたんだ。勝負はついてないぞ! とでも言われるのかと思ったら
「お前、俺たちと一緒に来ないか? 一緒に冒険しよう!」
正直、俺は震えたよ。震えで目玉が片方落っこちそうになったけど。でもそれぐらい感動したんだ。
まぁ色々あって、今はおかげさまでそのパーティの一員としてあちこち旅をしているよ。思ったより悪くない。悪くないどころか、生前抱いていた王への忠誠心っていうのかな、それをちょっと思い出してさ。王の代わりにこのパーティに尽くしてる。毎日充実してる。
――きっとお前のことだから、またダラダラ適当にやっていると思う。でも、もし……もしお前も気が向いたら、冒険に出てみろよ。
またどこかで……、今度は冒険者としてお前と会えるのを楽しみにしてるよ。
それじゃあ元気で。
――死んでるけど。
腐った死体の<ラトゥン>より
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俺は震えた。おかげで片方の目が落ちそうになった。
歓喜、嫉妬、後悔、尊敬、期待、不安、軽蔑、劣等感……
今までにないほど様々な感情が駆け巡る。
まさかそんな選択肢があるなんて――
俺はそこから2週間寝込んだ(気分的な問題)
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俺は 腐った死体、魔物だ。
名前はまだない。
ちょうど先程、人間との戦闘を終え
記念すべき50回目の受け入れ拒否をされたところである。
――ラトゥンという名前を与えられた元相方からの手紙の後、俺は冒険者の前にひたすら姿を現した。ほどほどに戦って、良い勝負だったな……と言わんばかりに起き上がってみれば、逃げられる。
仲間になりたそうに見つめてみるも、逃げられる。
自分なりに努力はした。
何十年も同じ服なので、少しはお洒落をしてみようと殺してしまった冒険者の衣服を着てみたり(すぐに腐敗するのであまり意味はなかったが)。
もっと目がキラキラしていたほうがいいのかもしれないと、殺してしまった冒険者の目をえぐって自分の目と入れ替えてみたり(サイズが合わなくてよく取れるが)。
レアなアイテムで釣ろうと、殺してしまった冒険者の武器を奪って、戦闘後にわざとらしく落してみたり(その武器を装備した冒険者は呪われてしまったが)。
次またいつ冒険者がやってくるかわからない。
しかし、一度抱いてしまった希望と言う名の炎はもう消えることはない。俺は諦めない。冒険者として、ラトゥンに再会するまでは――。
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俺は 腐った死体、魔物だ。
名前はまだない。
今日は1ヶ月ぶりに冒険者が現れた。
俺は嬉々として冒険者の前に立ち塞がる。
相手は3人。大所帯ではないので仲間になれる希望がある。
俺はいつもより気合を入れた。
気合を入れたのにも関わらず……
なんというか、あっという間に負けた。ただただ強かった。
死にはしないが、一瞬で動けなくされてしまった。
悔しかった。と同時に、憧れてしまった。こんな強いパーティと冒険が出来たらどんなに素敵だろうか。このパーティなら胸を張って(張るほどの胸はないが)ラトゥンに会えたのに、と。
「――ら、ラトゥン」
自分でも気付かぬうちに、俺はラトゥンの名をつぶやいていた。
その独り言を、パーティの1人が気付いた。立ち去ろうとするメンバーを引き止めて、何やらボソボソと相談している。
ついに来た! 待ちに待ったチャンスがついに――。
話し合いは数十秒だっただろうか。俺は今までにないほど長く感じた。
冒険者たちは俺が動けないことを改めて確認してから、近付いてきて声をかけてくれた。
「おいお前、今『ラトゥン』とか言ったか?」
喋ろうとするが、声が出ない。
しばらく喋らなかったからか、声帯まで腐り始めたのだろうか。
必死に頷き、俺は自分の意思を表現した。
「ラトゥンて、あのアンデッドキングのラトゥンのことだよな……。仲間なのか?」
――あいつ、アンデッドキングに進化しているのか。
どんどん先に行ってしまうな……。
俺は冒険者の質問に頷いて答える。
俺も旅に出たい。
自分の可能性に挑みたい。
俺は冒険者から奪った瞳で盛大にアピールした。
必死に熱い視線を送った。
ただひたすら、仲間になりたそうに見つめた。
また数秒冒険者達は話し合う。
――そしてついに、俺は51回目の返事を聞いた。
「あー……無理無理。仲間になりたいって気持ちは伝わってきたけど。無理だよ」
俺は絶望した。
冒険者とこうして会話するなんて(俺は喋ってないけど)もう仲間入りが決まったも同然だとさえ思っていたのに。
俺は「なぜ……?」という表情(のつもり)で冒険者達を見た。
「あのね、俺ら見たいな普通の冒険者は腐った死体といるだけで危ないの。ただの呼吸が『毒の息』だし、触れたものみんな腐敗するし」
――なるほど、冒険者がみな息苦しそうなのは俺の腐敗臭と毒の息のせいだったのか。
では、なぜラトゥンのパーティは? と思ったら、その疑問が伝わったのか冒険者が教えてくれた。
「そのラトゥンっていうお前の仲間がいるパーティはね、特殊なの。今やこの世界で一番有名なパーティだよ? 正真正銘の勇者様がいるし、大賢者様もいるし、光の精霊もいるから加護もありまくり。まぁつまり、そういうパーティじゃなきゃ腐った死体を仲間に出来ないのよ。オッケー?」
――俺はただただ放心状態だった。
その後も冒険者達は俺に二言三言なにか言っていたようだが、俺はそれどころじゃなかった。完全に希望を失った。
反応のない俺を見て
「返事がない。ただの屍のようだ……」
と言い、冒険者達は去っていった。
一度抱いた希望という名の炎は、あっけなく鎮火した。
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俺は 腐った死体、魔物だ。
名前はまだない。
これからもきっと、ない。