真相
Alex完結話です。
アルフォード邸に、タクシーで帰るまで、俺はこの絡繰りを考え続けていた。
まず、明らかに、エドウィンと名乗っていた男はルーヴィンだと思っていい。
身分を偽ってまで事件に作り出したのだから、俺達を何らかの理由でお払い箱にしたいのだ。
シャロンとエドウィンはどうだ?「コンスタンス総合病院」に呼び出され、エドウィンは殺されたのか?
シャロンは?夫と義兄を間違えて、家に招き入れたりするか?
すべては、あの白亜の豪邸で、答えを封じ込めてある。
20分ほどの運転と共に、メーターの金額を払い、白亜の豪邸の前に立つ。
庭師もメイドも見えず、閑散とした様子のアルフォード邸は、どこか不気味な雰囲気を持っていた。
ポーチまで歩いていき、白木のドアを思い切りに蹴り飛ばす。
二度、三度、四度辺りで、漸く、ドアは半壊した。
「アレックスッ!!!」
俺はその名を呼びながら、リボルバーを取り出し、リビングへと向かう。
濃い、血の臭いが漂ってくる。銃口を向けて、先程まで“エドウィン”に化けた“ルーヴィン”と話していたそこへと足を踏み入れる。
そこには、銃を向け合うルーヴィンと、ニルヴァンが居た。
中央に置いては、シャロンが立ち竦んでおり、白肌に薄っすらと汗を滲ませていた。
「ニルヴァン!ルーヴィン!」
今にもどちらが引き金を引くか分からない、そんな状態で声を張り上げれば
視線を外さぬまま、ルーヴィンが言った。
「よう!アレックス。知らない間に、ニルヴァンと仲良くなってるみたいだな?」
「てめぇ、俺を嵌めやがって!ドロシー殺しを頼んだ理由は!?」
「シャロンに聞いてみな。なあ?可愛い義妹ちゃん。」
シャロンに視線を遣ると、今までの微笑みを捨て去り、シャロンは八重歯を噛み合わせている。
「ルーヴィン!早く、ニルヴァンとアレックスを殺して!!」
「落ち着けよハニー。いつだって殺せるんだから。君だって、“持ってない”ワケじゃないだろ?」
持っている。シャロンも、銃を所持している。
ニルヴァンが素早く引き金を引くと、シャロンが悲鳴を上げて、ヒップポケットにいれていた手から拳銃を手放す。
「なんで殺さない?」
耳打ちすれば、ニルヴァンは無表情なまま言った。
「契約内容に含まれていない。」
契約?何の話だ?俺が首を傾げ、目を細める。
ニルヴァンの鳶色の瞳は、殺気で強く光っているのが分かった。
「私の雇用主は、ニコラス・テイラーだ。アレックス。ルーヴィン殺害を頼まれている。」
ニコラス・テイラー。あの、憎まれ口をたたきながらも、面倒見の良い少年の顔が、暗鬱に浮かぶ。
「ニコラスが、か…?」
忠誠心こそなかったが、ルーヴィンさんによくしてもらっていたニコラスが、なぜ?
「ニコラスか。まあ、あいつらしいな。」
ルーヴィンは心当たりでもあるのか、唸るシャロンを放っておいて、感慨深く言う。
「あなたがアレックスを殺せばよかったのよ!」
シャロンがルーヴィンに言う仕種は、義理の兄妹と云う感じではない。深い間柄なのだろう。
今にも噛みつきそうに、ニルヴァンをシャロンが睨む。
「ルーヴィンに先に雇われたクセに、ニコラスを選んで…あなたさえ居なければよかったのに…。」
どういう事だ。ニコラスは、ルーヴィンがニルヴァンを雇用する時に声を掛けた。
そして、ニルヴァンはニコラスを選んだ。
ルーヴィンは、相変わらず、微笑みを絶やさぬままだ。その真意は汲み取れない。
「アレックス。私の本来の依頼は、お前とニコラスを消す事だった。
お前はドロシーの母、捜査官に捕まり、ニコラスは私が殺す。全部、ルーヴィンがうまく“細い絆”を頼りに作っていたシナリオだ。」
横で銃を構えているニルヴァンが言う。やっぱり、俺達はお払い箱ってことか。
「どうしてニコラスの依頼を取った?」
「さあな。」
短く告げ、ニルヴァンは引き金を絞った。同時に、ルーヴィンの手の中で銃が跳ねる。
互いの弾丸が、交差した。
シャロンの絹を裂くような悲鳴の後、俺はどっかりと倒れこむニルヴァンの背を支えながら肩を叩く。
「大丈夫だ、もう終わった。大したもんだ、アレックス。」
アレックスの腹部から流れる血は、かなりのものだったが、本人はどうともなさそうに息をしている。
ルーヴィンは―――撃ち抜かれて壊れた拳銃を手に、ぼんやりとこちらを眺めていた。
「どういうつもりだ?ニルヴァン。」
「連邦捜査局の者が来るのも時間の問題だ。お前はその女共々、法に裁かれるんだな。」
「人殺しが何を言うかと思えば…。」
呆れと怒りを含んだ声でルーヴィンが言うと、ニルヴァンは冷たく言った。
「殺人鬼も、殺す価値のない人間ぐらい分かるものだ。」
ニルヴァンから見て、自分を捨て駒扱いしていたのだろうルーヴィンは、殺す事も恥じてしまうのだろう。
シャロンも、ぱたんとその場に座り込み、ルーヴィンにひっそりと寄り添う。
遠くで、サイレンの音が聞こえた。
FBIのアビー捜査官が、この豪邸に訪れたのは、さほど時間の掛からない事だった。
すぐに拘束とまではいかずとも、ここで待機させられた。まあ、当たり前だな。
俺達四人をねめつけてから、吐き出すようにアビーは言う。
「ルーヴィン・コンスタンス、シャロン・アルフォード、貴方達の考え付いた事だっていうのは、調べがついているわ。
エドウィンの手帳が、日記代わりとして使われていたのだけれど、以前彼の殺人未遂があった様ね。ええ、勿論、そこの奥方様が思いついたみたいだけれど。」
アビーの言葉はもう聞こえていないのか、シャロンはルーヴィンの腕にぎゅっと抱き着いて、下を向いていた。
「今回の件は、貴方達とエドウィンが狙われていたわ。」
煙草を片手にリビングに入ってくるニコラス、俺を見つめ、アビーは言う。
「エドウィンと何か揉めたようだけれど、貴方達は“知り過ぎた”んでしょうね。コンスタンス総合病院の事、すべて。」
「俺達はどうなる?電気椅子行きか?」
暗鬱な気持ちで訊ねると、アビーはかすか微笑んだ。
「そうなる前に、ここから逃げることね。そのお友達を助けたければ、だけど。」
「どういう心算だかな?アビー。」
「今回は貴方達が被害を受けた。だからチャンスを設けてあげてる。それだけよ。」
にっこりと微笑むと、アビーは美しい白い歯を覗かせる。
決して、お前達を許した訳ではない。
その笑顔は、そう語っていた。
「アレックス、救急車を呼んであります。ニルヴァンを寝かせてやってください。」
ニコラスが言うので、俺は慌ててニルヴァンをソファに寝かせる。
「馬鹿野郎が、ニコラスはきっと、俺が殺されてもかまわないなんて言われてたんじゃないのか?」
そこで初めて、ニルヴァンの瞳が見開かれ、そして閉じられた。
「お前の運が良かったんだろう。アレックス。」
「お前さん。嘘が下手なんだよ。」
「それはそうだ。嘘なんだから。」
にやっと微笑まれ、俺も大笑いする。一般人から、人殺しに戻るまでの一時の休憩。
ここを離れて、暮らしてみようと、その時間は俺に言った。
「すみません、アレックス。ですが、貴方を殺すつもりはなかったんですよ。」
ニルヴァンの様子を見ていると、そう思っているのかいないのか、微妙なニュアンスの声でニコラスが言う。
「お前さんが、ニルヴァンの飼い主だったとはな。また、どうして?」
「いつかやるつもりでいたんです。院長は、病院内の不正を“特に”色濃く知っている我々を殺しにかかるだろうと予期はしてましたから。
そうして、ニルヴァンにお声が掛かった。大変でしたよ、ニルヴァンを説得して私の依頼を請け負ってくれるまで。」
ニコラスが紫煙を吐き、幾らかまた煙を吸っては甘い香りが漂う。
「――――デンバーに婚約者を置いて来ているんです。そろそろ河岸替えの時ですよ。彼女まで巻き込むような仕事をいつまでもやっていたくはない。」
コイツに婚約者が居るとは思いもしなかったが、その彼女の事を話している時も
どこか、ニコラスは冷たい眼差しを宙へ放っていた。
「貴方達も、招待しますよ。どこかで生きていればね。」
救急車がニルヴァンを運んでいくのを見届けて、俺は思う。
“今一時”の時間、見逃されているという事なら、俺はどうするか。
「しょうがねえな。…ズラかるか。」
頭を掻きながら、胸元からロスマンズを取り出そうとした時、気が付く。
ニルヴァンから、ライターを返してもらっていない。煙草はもうちっとの辛抱だ。
そうして、俺は宵闇の中へと身を翻していった。
それから数ヶ月は、逃げ回る様な生活を繰り返していた。
幸い、資金は潤沢だった為に移動手段は幾らかあったし、まだボディーガードサービス社のアレックスとして、通用している。
未だ、あの事件は忘れていない。報酬は得られなかったし、ライターも持ってかれちまったって事も。
ルーヴィン・コンスタンスと、シャロン・アルフォードが殺人未遂で捕まったって話を聞いたが
それぐらいに、俺にとっちゃ興味のない事でもあった。
そんな時、いきなり俺のもとへ手紙がやってきて、ピンクの可愛いリボンがついたそれで
すぐに結婚式の招待状だと分かった。場所は無論の事ではあるが、デンバー。
俺はふらりといった感じで、デンバーまで車を走らせ、式場のチャペルまでやって来た。
色とりどりの風船、フォーマルに身を包んだ人々、冬になる少し前の結婚式は
少々肌寒くもあったが、誰もが幸せそうにうっとりとしていた。
あれから、ニコラスは元より声を掛けられていた、条件の良い会社に移った。これからどうなるかは分からないが、今の所は順調なのだろう。
そして、アイツは――――。
座っていた長椅子の、すぐ横に誰かが立ち、俺は笑った。
「よう、久しぶりじゃあねえか。どうだい、景気は?」
横に立っているコートの男は、帽子のつばを下げて、呟いた。
「変わらないさ。人殺し人殺し、そればかりだ。お前はどうだ?アレックス。」
「お前さんと変わらんよ、ニルヴァン。」
それを切っ掛けにニルヴァンはすぐ横に座り、俺達は式を眺めていた。
ライスシャワーを思い切りにぶつけられるニコラス、その横で笑う、そばかすの可愛いブロンドの花嫁。
あの事件が嘘の様に明るい雰囲気だ。
「我々の様な存在は結婚などできないな。辞職届け代わりに拳銃を捨てても無理な話だ。」
「しようとも思わんさ。しなくたって生きてける。」
懐からロスマンズを取り出して、またライターを忘れている事に気が付くと、ニルヴァンが何か投げてきた。
慌てて手で取ったそれは、銀張りの豪華なライター。
有名ブランドの物だろうと分かり、俺は首を傾げる。
「いきなりどうした?」
「あの時のライターは失くしてしまった。これでいいだろうか。」
ごく真面目な顔で言うニルヴァンに、俺は噴き出して、大笑いしてしまった。
たかがライターひとつ、そこまで気にかけているなんて思いもしなくて。
「なぜ笑う?」
不快そうに言うニルヴァンに、俺は煙草を取り出して火を点け、言った。
「今日の借りは、いつか返すぜ、アレックス。」
それは叶うかどうかすら分からない約束だが、俺は思った。
この先また、この、ベレッタを持った眼光鋭いコートの男に、また会えるようにと。