真相を追いかけて
Alex第三話です。
やがて、スターウッドホテルが見えてくる。
いつも行くシティホテルとは違い、質素な外観は落ち着く。
駐車場にドライブインすると、俺は早々に車を停め、半ば慌ただしく降りた。
まだまだ、冬の寒さに耐えながら労働する時期だと思うのだが、客人は少なく、首を傾げながらエントランスホールへと向かう。
記帳台に立っていた、ブロンドの娘にカフェバーを訊ねると、どこか冷めた態度で案内される。
「―――こちらが当ホテルのカフェバーとなります。お待ちのお客様はおいでですか?」
ゆったりと手を差し出して見せたその先、モノクロ基調のこざっぱりとしたカフェには
見覚えのある少年の背中が見え、横には橙色の髪の男が座っている。
間違いない、ニコラスとエドウィンだ。
「ありがとよ。ほら。」
感謝の意としてチップを渡すと、ようやく娘は笑って、腰を折り、その場から去った。
ニルヴァンが呆れた様に、俺に言う。
「気の好いことだ。」
「ほっとけ。おい、ニコラス!どうなってんだ?」
向かいの席に座れば、ちょうどアーク・ロイヤルを咥えて火を点けようとしてニコラスは、気怠そうに俺を見やる。
「道は混んでいましたか?」
「ああ。大したものだった。」
スツールを持ってきて、全員が見渡せる様に座るニルヴァンが答える。
にしても、だ。
横で、縮こまってコーヒーを啜るエドウィンは、些か疲れて見える。
前に、嫁に選んでもらったと自慢していたフロックコートはよれて、美容にも気を遣っていた顔には隈がひっそりと浮かんでいた。
コーヒーカップを置いて、エドウィンは、ルーヴィンさんと全く同じ声で溜息を吐く。
「じゃあ、きっとドロシーはもう死んだんだね。」
「なあ、エド。何が起こってやがんだ?遠回しにじゃなく、はっきり言ってくれ。」
疲れて黙っているエドウィンに、ニコラスがタバコのパッケージを見せたが、「禁煙中だ」と丁寧に断った。
そうして、長いこと時間が経った様な錯覚に襲われていれば、不意にエドウィンが呟く。
「ドロシーは、豪邸の並ぶ界隈じゃあ、お偉い警察機関の娘として知られてる。
本人は、それが厭で秘密にしてるらしいんだが、隠し事ってのは穿られるのが常だろう?」
警察機関。一番、俺の背筋を凍りつかせてくれる単語だ。
「彼女の母親の方がね、連邦捜査局の一人なんだ。今朝、自宅に電報が届いてて、ドロシーの殺害予告が聞かされた。」
連邦捜査局。殺害予告。次々と、俺の胃に穴が空きそうな感覚。
俺は手を伸ばしかけていた、報酬の“おまけ”のロスマンズをテーブルに放った。
「ルーヴィンはどこだ!?アイツと話をさせろ!」
「居ませんよ、院長は。」
すかさず、ニコラスが冷たく言う。
「なんだと?」
「居ないと言ったんです。正確には、院長室には“まだ”居ます。鑑識の傍でぐったり冷たくなってると思いますが。
エドウィンの電話に応対してたら、気づけばもうそんな状態でしたよ。
貴方達の事を考えて、警察沙汰は避けようかどうか悩みましたが、遺棄も犯罪なんでね。」
俺は完全に黙りこくって、宙を見上げる。
どういう事だ?俺達を嵌めるなら、黒幕はルーヴィン・コンスタンスしか思いつかなかったのに。
ドロシー殺しの宣言者、ルーヴィンの死。すべてが俺には強すぎる話だった。
立ち上がりかけた腰を降ろし、焦る手がもう片方の拳をぎゅっと握りしめる。
「ルーヴィンは、他殺か?」
「自殺する様な人に見えます?撃たれて死んでましたよ。」
「リアルでもブラウン管の中でも、第一発見者が疑われがちだが。」
全く動揺していないニルヴァンの口調に、ニコラスは緩く紫煙を吐く。
「これでも心配して集まってもらった次第なんですがね。
それに、自宅で有給休暇を楽しんでいたドロシーの母親も、動き出しているとエドウィンから聞いていますよ。」
「プロが俺が殺した女を調べるって?くそ、なんだってんだ…。」
全く自体が呑み込めない俺に、ウェイトレスがやって来て、にこやかに注文を伺ってきたので
落ち着くためにもコーヒーを、ニルヴァンは空気も読まずに水を頼んだ。
コーヒーをもう一杯頼んだエドウィンは、物憂げに言う。
「僕も関わっている事なんだろうな。兄貴は正直、恨まれる覚えは結構あるだろうが。」
「だろうな。お前は何か覚えはないのか、アルフォード。」
ウェイトレスが興味深げにこちらを見ていたが、ニルヴァンが睥睨すると
肩を竦め、水とコーヒーのカップを置いて逃げていった。
「…僕が不倫をしていたのは確かなんだ。ドロシーを愛していた。金目当てだって思われるかもしれないが。でも、それは妻を…シャロンを傷付ける行為なんだろうな。」
シャロン・アルフォードは、資産家の箱入り娘で、少し前にエドウィンが婿入りし今は高級住宅街に住む女だ。
結婚式の写真がルーヴィンのデスクに置いてある為、姿は見た事があるが、美女といって差し障りのない風貌でエドウィン以外の男にも熱望されていたらしい。おやじさんのススメで見合いもしていた様だが、エドウィンの求婚が通ったのは、今でも俺の中じゃ謎だ。
だって、カジノで一山当てる前のエドウィンは、いつもビールを片手にスロット台に構えているような、貧乏なギャンブラーだったのだから。
「シャロンさんに気付かれているような節は?彼女は電報を態々自宅に送って、あなたを陥れる様なことをしますか?」
ニコラスの追及に、エドウィンは首を横へ力なく振って見せた。
「シャロンは、落ち着いた女性だが…何というか、何を考えているか読めないんだ。自分の事を語らないからだと思うが。怒られたり、愚痴を言われる事もなくて、出来過ぎている。我慢強くて優しいというより、作り物みたいな雰囲気だ。だから、不倫に気付いているかどうかなんて、読めないよ。」
「その女に会いたい。」
ニルヴァンが即座に言う。シャロンを疑っていると見て間違いないだろう。
腕時計を見たニコラスは、顔を上げる。
「今ならまだ、警察も現場に待機しているでしょう。エドウィンの自宅は遠く郊外で、カジノも総合病院からも遠い。送りますよ。」
「もし壊れたら、車の請求書を送る場所がなくて悪いな。ニコラス。」
こんな時は洒落でも言っていないと和まないと思って言えば、ニコラスは車の鍵を取り出しながら俺を見た。
「院長が生きてても、出してくれませんよ。葬式の費用すらね。」
時間帯は、昼過ぎを廻りつつある。空は薄いグレイを纏った、曇り空だった。
ニコラスが運転する車は、もう一車のスターウッドホテルまで運転してきたもので
助手席にエドウィンを、後部座席に俺とニルヴァンが座る事になった。
『他の女性に目移りしたとしても、妻を守るのは夫の役目だろ?』
そう言って、いつになく強引について来たエドウィンは、携帯を取り出して何処かに掛けている。
「…シャロンか?今どこに?…そのままそこに居てくれ。気にしないで、ニコラス達が遊びに来るんだ。」
心配をかけまいとしてか、しゃんとした声でシャロンに電話をしているらしい。
「ニルヴァン、シャロンで当たりだと思うか?」
「作り物の様な物ほど怪しいとは思わないのか。」
「で、シャロンに会ったらどうする?自首でもさせるのか?」
「私達の様な奴らの手口を思い出すんだな。」
シャロンを殺すってのか、コイツ?
流石に、勝手にくたばったとはいえ、かつての雇用主の義妹を殺す事は躊躇してしまう。
「お前が出来ないなら、私が殺す。」
「…いや、いいさ。俺も乗っけられた船だ。お前さんにだけ汚い仕事を全部押し付ける様な真似はしねえ。」
「…お前がなぜ、“こっち”に来たのか、よく分からなくなった。」
そこで、俺は何となく気が付いた事がある。
まさかとは思うが、ニルヴァンの奴は―――。
「着きますよ。ああ、豪邸ってのは鬱陶しい。苦手だな。」
ニコラスが苛々した様子でぼやく。運転をする時のニコラスは、いつも以上に神経質になる。
昔、酔っ払ってニコラスの車で、しつこくちょっかいを掛けてしまった時は、一週間は口をきかなかった。
俺よりかなり運転が上手いニコラスは、容易く一発のバックでアルフォード邸に車を停め、颯爽と車を降りた。
エドウィンの家には初めて来たが、大した白亜の豪邸だった。
庭先では初老の庭師が、人の好い笑みで俺達に頭を下げ、一番上の三階でメイドが窓を開けて換気している。
雇用する者の多さもさることながら、家に使っている素材も高級な物だと一目で分かる。
だが、煌びやかさは出張る事なく、過ごし易そうな環境であるのが逆に、この家に掛かった金を右肩上がりにさせていく。
白木のドアを鍵で開けたエドウィンは、玄関先でその名を呼ぶ。
「シャロン!今帰ったぞ。」
そうすれば、スリッパがフローリングを歩く音が聞こえて、一人の女性がリビングからやって来た。
豪奢な金髪と、透けそうなほど白い肌を持ったその女―――シャロンは、切れ長の目先を丸め柔和に微笑んだ。
写真で見た通り男共が挙って取り合いするのも分る容姿だが、どうにも美人ってのは緊張して苦手だ。
「おかえりなさい、エド。寒かったでしょう。皆さんもようこそ。」
エドウィンが脱ぐコートを受け取り、シャロンは手招きをする。
「ちょうど、紅茶を淹れていたところなの。暖まっていって。」
「どうも。飲みながらでいいんで、話をしてもいいですかね。ちょっとトラブルがありまして。」
ニコラスの言葉に、シャロンは分かっているのかいないのか、ごく穏やかに、ゆっくりと頷いた。
そのまま先導して、リビングに入っていくシャロンに、俺はニコラスへ耳打ちした。
「…いっつもあんな態度なのか?」
「ええ。エドウィンが考えている事が読めないというのも分りますよ。仕事だとああ云うタイプは面倒です。」
エドウィンが微か気にしているのも意識に留めないニコラスも、ニルヴァンに負けず劣らず横柄な奴だ。
仕様もなく、エドウィンの肩を叩いて「行こう」と合図をすると、俺達はシャロンの後に続く。
外観は落ち着いた家に見えたが、リビングには驚いた。
暖かみのある大きな円形テーブルや、ソファやテレビはそうおかしなもんじゃないが部屋の中央は円形にくりぬかれたガラスに包まれ、中では立派な噴水があったのだ。
今も水を溢れさせて、さわさわと波を作る様は、秋頃には似つかわしくないが決して快くないものではない。
「すごいもんだな。」
思わず感嘆が出てしまうと、ティーカップを運んできたシャロンがにっこりと笑みを浮かべる。
「エドが図案を書いて、建築デザイナーに渡してくれたのよ。結婚祝いだって。」
「そうなのか?エド、やるもんじゃねえか。こりゃ大したサプライズだ。」
隠さずエドウィンを褒めてやると、意外にも反応せず、ソファに座ってしまう。
まあ、こんな家なら言われ慣れてもいるか。
「さあ、座って。」
遠慮なく、と俺とニコラスが座り、シングルのオフホワイトのソファにシャロンが座り込む。
ニルヴァンと来たら、完全に臨戦態勢だ。冷ややかな目つきで、リビング入口に凭れ、全員の様子を眺めている。
「あなたは?座らないの?」
聞きたくもなるだろう、シャロンが優しく問いかける。ニルヴァンは素早く返した。
「人を見渡すのが仕事だ。」
「まあ。探偵さんか何かかしら?こうして初めてアレックスさんに会う事も出来たし…お友達の方?」
「…シャロン。その事なんだがな…。」
エドウィンが重たい唇を開き、事の顛末を話し出す。
どれだけエドウィンが真剣に、暗い面持ちで言葉を紡いでも、シャロンの笑顔は崩れず
最後まできちんと聞き終えると、夫の頬を撫ぜてやる。
「そんな事があったのね…いいのよ、私のエド。ドロシーに気が合ったとしても、あなたはこうして帰ってきたのですもの。」
「本当にすまない。君には悪い事をしたし、これから迷惑を掛けるかもしれない。」
不安だった修羅場にはならなかったようで安心しつつも、どこか俺もシャロンをおかしいと思い始めてしまう。
そりゃあ、今時、殺し屋だの事件だのは映画やコミックにも取り上げられるし
この町だって治安が良い訳じゃないが、それにしても驚きがない。落ち着きすぎだ。
それとも、事の大きさにショックを受けて、受け入れられてないのか?
考え込んでも答えは出ず、ニコラスが話を進める。
「お二方は、どこか安全な所に匿って貰った方が良いと思います。
総合病院、或いは人だかりの多い場所。
院長まで巻き込まれている分、アルフォードにも何か被害が及ぶかもしれない。」
「警察には言ってはだめなの?」
「コンスタンス総合病院ごと、全員仲良く鎖で繋がれたかったらそれでも良いですが。」
シャロンが含まれなくとも、エドウィンは一時警察の世話になるのは事実だ。
ルーヴィンの死。ドロシーの死。少しばかり、エドウィンは巻き添えの度合いが大きい。
「なら、ここが安全ってことか?」
エドウィンが縋る様にニコラスに問うと、ニコラスは首を振った。横へと。
「いつまでも同じ場所に停留するのは、今私達の最善とは思えない。
しかし、全員で一気に動くのも目に着くのも事実です。」
「ねえ。」
場違いにも紺碧の瞳を輝かせて、シャロンが細長い十指を組む。
「ルーヴィン義兄さんは、誰に殺されてしまったのかしら?」
「…分かりませんね。あなたの態度と同じく。」
苦虫を噛んだ顔をするニコラスの気持ちも理解出来ないことはない。
そうして、広がりかけた沈黙を破ったのは、今まで口を出さなかったニルヴァンだった。
「調べてくればいい。テイラーとアレックスは、コンスタンスの右腕であり、銃なのだから。
まさか、アレックスが殺し屋だなんておおっぴろげにしてる訳でもあるまいに。」
「ええ。表向き、アレックスはボディーガードとして院長の傍に待機していると云う事になってます。」
ニコラスが答えた通り、表向き俺は、サービス会社から派遣されたボディーガードと云う職で通している。
まあ、普段は滅多にルーヴィンの傍には居ない事が多かったが
俺を疑う輩もそう多くはなかったし、大体にして認知されているのかどうかも怪しい。
「だが、お前さんはどうするんだ?ニルヴァン。一人でここに残るのか?」
「また人の心配か?」
若干疲れ気味の顔で言われて、俺は少なからず驚いた。
さっきから思っていた他愛もないことだが、ニルヴァンは普段むっつりだんまりだがごく稀に、人間らしい表情をするし、話もする。
丸一日も一緒に過ごしちゃいないが、俺はなぜか、ニルヴァンが言うほど性の悪い奴に思えない。
俺は少し考えて、ニコラスとアルフォード夫妻が話しているのを見遣ってから
自分のコートのポケットに手をしのばせた。そして、出てきたのは緑色の使い捨てライターだ。
傍目から見りゃただの安物だが、育ての先生がいつも持っていたのと同じ物で、俺にとっちゃ宝物に等しい。
ニルヴァンの肩を叩きつつ、俺はそのライターを差し出した。
「アルフォード夫妻は任せたぞ。そら、お守りだ。」
てっきり、俺に突き返すと思っていたのだが、ニルヴァンはそれを受け取りコートにしまい込み小さく言う。
「…受け取っておく。終われば返そう。」
互いに返せる状況ならな、と言っちまうのは野暮な気がして、ただ頷く。
「ニコラス!とっとと行こうぜ。」
「アルフォード夫妻、ニルヴァン、失礼します。お待たせしました、アレックス。」
ネクタイを締め直しながら、リビングを出ていくニコラス。
俺は一度振り向いて、シャロン、エドウィンときてニルヴァンを見てから、踵を返した。
「――――ところで、あなた…ニルヴァンさん。ニューヨークに彼女は置いて来たの?
それとも、この町に移り住むのかしら。」
にこやかにシャロンが訊ねると、その殺し屋は冷たく返した。
「会って間もなく、そんな事を誰かれ構わず聞くなら、お前は急いでこの屋敷を這い蹲って見渡せ。どこかに、頭のネジが落ちているかもしれない。しめられるかどうかは、別として。」
「コンスタンス総合病院」に向かうまで、喧嘩した訳でもないが、何となく俺達の間には沈黙が広がっていた。
ニコラスは、忠誠心などない奴だったが、ルーヴィンの死をどう受け止めているのか。
「なあ、ニコラス。俺ぁ、頭が良い訳じゃないから、サッパリ事が呑み込めねえ。
誰が敵で、味方なのか、分からねえよ。…お前さんはどうだ?」
「異な事を言うものですね。それで殺し屋が務まるんですか?」
綺麗にハンドル捌きをしつつ、ニコラスはチラリと俺を見る。
「殺し屋がいつだって頭が良くて、強くて、孤高だと思うか?馬鹿言うなよ。
俺だって人だ。簡単なミスをしでかしたり、女に脛を蹴られて半泣き顔になってたり、クラブ友達が居たりするんだぜ。」
「…アレックス。」
いつも、かったるい喋り方をするニコラスが、神妙な面持ちで言うので、俺は黙り込む。
何か話したい事があるのかと思ったが、前方の車を追い抜いたっきり、とうとうニコラスは何も言わなかった。
ルーヴィンの死体があるだろう「コンスタンス総合病院」では、警察の車が幾らか止まっていて事件が確かなものなのだと俺に突き付ける。
地下駐車場に車を停めていると、すぐさま青い制服をきっかり着込んだ警官がやって来てニコラスの車の窓をとんとんと叩く。
「すみませんね、お兄さん方。今、事件が起きたところで、病院内に入る事は出来ないんですよ。」
「ニコラス・テイラー。通報した者です。こちらのアレックスを慌てて捜しまわっていて、時間が掛かってしまいまして、申し訳ない。」
「そうでしたか。できりゃ、すぐ傍に居て欲しかったんですがね…ゲストが上で待ってるんで、どうぞ。」
厭な予感がしたが、踏み込まない訳にはいくまい。俺達は、駐車場のエレベーターから院長室のある5Fへと向かった。
エレベーターの扉が開くと、廊下は騒がしく警官が行き来している。
その中―――見覚えのあるチョコレート色の肌の女性が、黒いパンツスーツを着て辺りを見ている。
女はこっちを見ると、ゆっくりと歩み寄ってくる。
胸には、背筋が冷たくなるものがあった。
連邦捜査局の身分証明書―――間違いない、ドロシーの母親だ。
「あなたがテイラーさんと、アレックスさんね。」
低くセクシーな声で訊ねられ、遊びの日に出会えたならいっぱいひっかけていたところだろう女に、俺達は体を緊張させて頷く。
「そう構えないで。ドロシーがお世話になっていたみたいね。…アビーよ。」
そう言って―――アビーとニコラスは握手を交わす。
アビーの黒い瞳は冷静で、俺達を慎重に見つめていた。
「それで、院長の死因は、射殺で間違いないんですか?」
ニコラスが聞くと、アビーの瞳が瞬く。
「あそこに居るのは、ルーヴィン・コンスタンスじゃないわ。
――――エドウィン・アルフォードよ。」
ぴたりと、煙草に伸ばした手が止まる。
エドウィン?死んだのは、ルーヴィンのはずじゃないのか?
「どうやって、エドウィンと確認した?」
「わかりやすいのは、目よ。色彩をよく確認して。エドウィンの目は、青色に金の斑点がちらほらしててルーヴィンはその色素が薄いのよ。写真で鑑定もしたわ。」
俺は愕然としつつ、あのぶっきらぼうな相棒の事を思い出した。
「ニコラス!帰るぞ!!」
踵を返し、俺は歩き出す。ニコラスは声を張り上げて言った。
「まだ、話は終わっていません。アレックス。」
「…お前さんが行かないなら、俺だけ戻る。」
どいつもこいつも、欲を掻いて、他人様の事も考えず行動しやがって!
俺はタクシーを拾いに、急いでエレベーターへと向かった。
「まだフィナーレには早ぇぞ、アレックス…!」