6 城下町案内、僕はなにも……
異世界転移生活三日目朝
城下街へ赴くために召喚者たちを三つのグループに別れて行動することになった。ライたちのグループは騎士団長と召喚者三人の編成である。
「召喚者さまがた、本日城下街を案内させて頂きます。紫銀騎士団長の『フェブリル・A・デュエス』と申します。リルとお呼びください」
「よろしく頼むよ。ぼくは半田勇斗」
「時坂すみれです。女性なのに騎士団長をなされているんですね」
「僕は天童ライです」
ライと一緒に行動する一行に、ライの一知り合いはひとりもいなかった。そのため少し先行き不安な気分であった。
。
「それでは参りましょう。わたくしたちは商店街から巡回します」
リルは召喚者達――ライたちを連れて城下町を歩く、召喚者に万が一があってはいけないため、騎士たちは厳重に召喚者を護衛するように街中を散策する。道中、召喚者たちは仲良く談話する。
「ライ、すみれちゃんもよろしく、ぼくのことはユートって気軽に呼んでくれてかまわないよ」
半田勇斗、『ユート』は気さくにライたちに声をかけてきた。ライは心なしかユートとは仲良くなれそうな気がしていた。
――レオニードや軸原はイケメン過ぎてあんまり関わりたくないしなぁ。
その点ユートは僕と同じでどこにでもいそうな平均顔だ。
話して落ち着くわぁ。
いままで話した男たちは女受けしそうな顔――イケメンばかりだったのでライは嫉妬心をもっていたしかしその点ユートはどこにでもいそうな平凡な顔であったため、ライはユートに仲間意識がわいていた。
「すみれちゃんは読書が趣味なんだ。読者が趣味でメガネって、クラス委員長みたいだね」
「ふふっ、このメガネ伊達なんですよ」
「おしゃれメガネ女子だね」
ライはユートが少し女慣れしてそうなのが少し気に障ったが、許容範囲内であったのでそんなに気にすることはなかった。
「召喚者さまがた。楽しい会話をしているところ申し訳ありませんが、ここが我が国の商業地帯のひとつ、流れる流通場です」
ライたちは城下町の商業地帯を案内されていた。
流れる流通場という名の通り、人が波打つように大勢いる。ライはあまりの人だかりの多さに驚きを得た、この世界の人の営みに、活気が見受けられたからだ。ユートやすみれもライと同じように感じたのか街中を見渡していた。
「すごいですね。おっ? あそこにある肉の丸焼きみたいなの旨そう。リルさん、あのお店寄っていいですか?」
「ユートさまは食べるのが好きなのですね」
「もちろん。運動部に入ったのも食事をたらふく食いたかったからだしね」
ユートは立ち食い処に目移りしていた。確かに立ち食い処からは美味しそうな匂いが漂い、歩行者のお腹を魅了するほどの威力があった。ライは美味しそうな食べ物を発見しては横道に逸れていくユートの後ろを追随していく。
――ユートは食いしん坊なのか。
食いたいために運動部に入るとかすごいなぁ。
ライはユートがそんなに食べるような体格には見えないのに食べ歩きをし続ける様子をみて、人は見た目どおりではないなと思った。ユートは一言で表すとガリガリである。そのためたらふく食べたいがために運動をしているとは到底見て取れなかったのだからその感想も湧くものであった。
「すみれちゃんも一緒に買い食いしに行こうよ。あそこにスイーツみたいなものもあるよ」
「ふふっ元気ですね。そうですね。ご一緒させてもらいますわ」
ユートはすみれを誘い、立ち食い処に片っ端から寄る。護衛する対象がうろうろ動くので騎士たちは護衛するのも一苦労の様子である。そんな騎士と同じようにライも動く。
――おい、僕も誘えよ。泣くぞ。
まあぁ勝手についていくけどさ。
ライは声をかけてはもらえなかったがユート達に付いていく。
そして立ち食い処でライ達が食事を食べていると向かい側の通りから女性の叫び声と騒音が聞こえてきたのであった。
――ん? 周囲が騒がしいな? なんだろう?
ライは音がするほうを伺うと、巾着袋を持ち走っている男と、それをすごい形相で追うお婆さんの姿が見えた。
「泥棒じゃー! 誰かつかまえとくれー。その小袋がなくなるとわたしゃどうすればいいんじゃ!」
男は婆さんからお金の入った巾着袋を掠め取り、逃げている最中であった。
――おお!? 治安悪いのかな。
ライは他人事のようにそのまま立ち尽くしていた。
そしてユートとすみれさんがさっきまで居た立ち食い処に、泥棒の男が向かっていることに気づいたライはユート達に声をかけようとする。
「ユートとすみれさんそこにいるとあぶな……いよ」
しかしライがユート達に声をかけようとしても既にそこにユート達の姿はなかった。 ライはユート達がどこにいるのかあたりを見渡す。するとユートが泥棒の男に向かって走っているのが視界に入る。
ユートは泥棒の姿を見かけるや直ぐに駆け出していた。
ライはユートの走る姿がきれいだと感じた。両手をリズムよく交互に振り、足を大きくストライドさせて駆ける。一歩一歩前に進むユートの姿はまるで翼が生えているような軽やかなステップであった。
「婆ちゃんから物を盗むな!!」
ユートは泥棒に追い付き、体当たりをかます。泥棒はユートの体当たりによりバランスを崩し、盗んだ小袋を落とした。泥棒の男はユートにいきなり体当たりされ驚き慌てふためいたが、直ぐに正気を取り戻し逃げようとした。
そこにユートとは別に行動していたすみれはすぐに騎士の一人に話しかけていた。
「そのお持ちの弓を貸していただけませんか?」
そういって騎士から弓を貸りたすみれは弓の弦を引き絞り矢を放つ。放たれた矢は、緩やかな放物線を描き、泥棒の服に見事に突き刺さった。
「的中」
すみれさんは泥棒に当たったのを確認するとゆっくりと残心をした。
ライはその姿を見てきれいだと感じた。すみれは華麗な立ち振舞いをする。その姿は女神の御身の佇まいのような人を魅了する迫力があった。
――やっぱりこのふたりも……。
二人の姿をみてライは感じた。この二人も自分とは違う世界に生きていた人だと言うことに。
「泥棒逮捕に協力、我々から感謝申しあげます。召喚者さまの手を煩わせてしまいすみません」
騎士はユートとすみれに対してお礼を言った。
「いいですよ。体が勝手に動いたことですから」
「そうですね。やれることがあったから動いただけですよ」
「さすがは勇者の卵に選ばれた者です。とても勇敢で優しい」
騎士たちはユートとすみれを誉め称えた。この行動が騎士たちと街の人に感銘を受けたのか、ユートとすみれはこのあと街の人たちに歓迎されていた。
しかし、ライだけはその二人の輪の中に入ることが出来なかった。
ライはその後ひとり後ろを歩き、ユートとすみれさんと会話することなく、城下町の案内の終わりを迎えた。
9月29日改稿。
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