51 物置開けたら、ただ鳴く……
空が橙色に染まり、夜の訪れを知らせる。
「ううぅさすがに寒くなってきたか」
ライはむくりと上体を起こし、周りを窺うと、船員以外の人の姿は見受けられない、ライも船内へと足を運ぶ。船内の通路を歩いていても誰ともすれ違うことなく自室へとたどり着く。
「はあぁ汗臭いな、着替えるか」
ライたち一行は乗船する前に生活用具一式を町にて買いそろえていた。鍛錬用に木刀、短剣等、旅に必要なものは各自で所持している。
「えっと着替えはタンスの物置の中だったかな」
部屋に完備している引き戸の物置を開く。
「へっ??」
開くとその中には、人の姿――少女が体育座りをして安やかな吐息を立てて寝ていた。
バタンっ。
「ちょ……ちょっと待って」
――身に覚えのない少女が僕の部屋で寝ている→ 物置で人目に隠れて寝ている→ 他人が見たら僕が誘拐? → 少女を誘拐→ ロリコン!?
「まて、見間違えかもしれない」
再度、物置の戸を開くと、やはりそこには少女が寝ている。背は小さく、150前後、長いあざやかな金髪は後ろで三つ編みに整えられている。服は緑色のワンピースみたいにひらひらしている物だが要所要所に金属で補強されており、ただの村人とは思えない格好だ。そして寝ているのに顔は端正に整ったことが一目でわかるほどに綺麗、だが気になったのは耳が長いこと。
【この娘は深林族じゃな】
そう、そこには僕の想像していたエルフがいた。
「まさか僕はエルフを求めるあまりに無意識のうちにエルフを誘拐、監禁をしてしまったのか!?」
【ロリコンに深林族……おぬしの業はふかいのう】
「そんな、僕はなんてこと」
その場で膝を付き、前のめりに腕を伸ばして絶望したポーズ。
【ノリがいいのう。茶番はそこまでじゃ、娘が目を覚ますぞい】
深林族の娘は戸を開けた光で目を覚ましたのか、目をこすりながら起きようとしていた。
「う、ぅん……ここは、ハッ!!」
ライと娘は目が合う。無言の二人。
「あのー僕はライって言います。あなたはどちらさんでしょうか?」
「……ミスティ……」
気まずい雰囲気が漂う。ミスティは物置の中からのそのそと這い出し、ライに対面すると。
「お願い……わたくしがここにいるのを誰にも言わないで」
目を潤ませライを見つめる碧の瞳、威力は絶大であった。平時のライならば「喜んで」と即時に返答したであろう。だが知らぬ間に物置に居た少女、怪しさはうなぎのぼりの少女の願いはさすがに躊躇してしまう。
「なんで僕の物置に居たのか理由を教えてくれないかな?」
「……わたくし急いでいるの、一刻も早くそこにある物をブラスカ森林に持っていかねばなりませんの」
ミスティは先ほど居た物置の隅に立てかけてある、棺のような大きな荷物を指さしながら答えた。
「その荷物をねぇ……」
荷物はミスティの体格がすっぽりと収まるほどの大きさの棺、ライの脳裏には先日のアイテム盗難事件がよぎった。
「その中に何が入ってるのかな?」
「……普人族には関係の無い物よ」
「そうはいってもね……」
ミスティは俯き、しばし口を紡んだあと、意を決したように口を開いた。
「あの中にはわたくしたちの、深人族の秘宝が入っているの。秘宝をブラスカ森林の賢者に届けるのがわたくしの使命。もしあなたが秘宝を奪おうとするなら、わたくしは……」
「わかった。きみのことはなにもいわない。ここにいてもいいよ」
「……なんで……わたくしを疑わないの?」
「別に、僕にはきみがここに居ても問題ないと思っただけだよ。それに僕もブラスカ大森林に用があるんだ。ここできみと争って、またきみに会ったとき諍いを起こしたくないな、と思っただけ……かな? それじゃだめ?」
「……ありがと」
ミスティは安心したの肩の力を抜いて、大きく息を吐いた。
なんとかひと段落したライは物置から着替えを取り出した。その間、ミスティは部屋の椅子に座ってのんびりしていたので、ライは気が抜けていた。
――ふう。
何とかやりすごせた。
ちょっと冷や冷やした。
【それで、ほんとはどうするんじゃ?】
おっ!?
やっぱり僕が嘘ついたのわかってた?
【当たり前じゃ。さしずめ娘の腰のダガーが怖くて、この場を収めようとした、というところかのう】
――そのとおり。
だってあの娘左手でずっとダガー握りしめてるんだもん。
もし、受け入れなかったら僕やられてたよね?
【十中八九、やられただろうのう。あの娘は勇者ではないが、深林族の一族、独自の魔術を操り、秘宝の輸送を担う者、戦闘訓練も受けておるじゃろう。いまのおぬしだけで対峙すれば九割方負けじゃ】
――あとの一割は?
【おぬしの悪運というところじゃな】
――そっか……
ちなみにリブラが手助けしてくれたら?
【十割勝ち確定じゃな】
――すごい自信だね。
さすがリブラ様
【なーに。われに勝てるものなどそうそうおらんわ。そんなわれに守護されておるおぬしは幸せ者じゃ】
――守護って、取り憑いてるだけでしょ。
【へらず口をいうのう】
ライとリブラが内心で会話をしているとき、ミスティがこちらを凝視していることに気付くことが出来ていれば、この後の状況には陥らなかったのではないかと振り返るライがいた。だがそれは後の祭り。
「えっとミスティさん? 僕ちょっと食事をもらってくるね。ミスティさんの分もあるから多めにもらってくるよ」
「あっはい。お願いします」
ライは食事をもらいに部屋のドアノブに手をかけ、まったく背後の警戒心無く、扉を開けようとする。
そしてドンっといきなり背後から押された、そのまま扉に身体を押し付けられると、顔の横に銀色に光る刃物が視界に入った。
「嘘つき。わたくしが嘘を見抜けないとでも?」
ライはミスティに後ろから抑え込まれた。腕が腰の後ろ関節を決められ身動きが取れない。
「あなただれと話していたの?」
――リブラのこと感づかれている?
まさかアマラみたいに特殊能力持ち!?
【そうじゃった。深林族の者は精霊に問いかけて、相手のオーラを知ることができたのじゃったな。忘れておった。失敬、失敬】
――そういうの早く言ってよ!!
【われも長年深林族の者に会っとらんかったのじゃ。度忘れしても仕方なかろうて】
またライとリブラが会話しているのを感づいたミスティは、「だれかと話すのとやめなさい」、とライの腕を強く締め上げる。
ライはただ痛みにむせび鳴くことしか出来なかった。
――もうやだ。




