50 冷たい甲板、動く船員……
プオー
船の汽笛が鳴る。船が出港する合図を知らせる。
「やっと森に出発か、短い間だったけどこの街ではいろいろあったな」
ライは甲板から離れていく街並みを眺めていた。
「アーよ。名残を惜しむのもよいが、時間のある限り鍛える時間を設けるよ」
「うん。よろしく頼むよアマラ」
ライは先日の事件のあと、アマラに武術の指南をお願いした。
「まずはアーの得物を選ばないと。アーはなにか使いたい武具はあるのか?」
「うーん。ある人から小型剣を使えばといわれたことがあるくらいしか、それも直ぐに壊れたから、無いに等しいか、武具とは縁がないかな」
「無駄に型に染まってないからいいわ。まず基礎をしっかり鍛えようかな。街で買っておいた木刀でがむしゃらにウーにかかってきなさい」
そうしてライとアマラは甲板の上で船旅を過ごす。
「あいつばっかりおねえさまと関わって、妬ましいわ」
そんな二人を隅で立ち尽くすエリィはライを憎らしそうな目で睨むのであった。
ライとアマラが剣戟をすること数刻。
「ほら、足が甘い。剣はもっとしっかりと握る。剣ばかり見ない」
「そんなにいきなり言われても、イタい、イタい」
アマラはライにバシッバシと木刀で叩く。はあぁはあぁと肩で息をするライとは対照的にアマラは涼しい顔で相手をしていた。
「ほらっほら、闘いでは相手は待ってはくれないよ」
「そんなこといっても足が、あっ」
ライは足がもつれ尻餅をついた。
「ふぅ。今日はここまでかな」
アマラがそういうと、ライは力が抜けたのか大の字に倒れこみ青空を仰ぐ。
「明日もするから、身体ほぐしておくように」
アマラはライを置いて船内へと行った。
「きつい……」
ライに木刀で叩かれた箇所がひしひしと痛みを知らせる。
【最初はこんなもんじゃろうのう】
「これ、僕の身体もつかな」
【初日から弱気になってどうするんじゃ。ほれ、身体を休めるためにわれらも船内に行くぞい】
「わかったよ。でもあと少しだけ寝かせて、身体がいうこと聞かないよ」
ライの火照った身体は、ひんやりとした甲板の床と海風とともに船の揺れを味わう。
「初めての船で甲板の上で倒れこむ人ってめったにいないだろうね」
【なんじゃおぬし、船は初めてなのかのう?】
「うん。僕はカナズチだから、海とか川にあまり近づかないようにしてたんだ」
【……おぬし盛大なフラグを立てるでないわ】
「そんな、船が沈没とかさすがにないでしょう」
ライは船が沈没することがめったにないことを知っていた。現代でも沈没すればニュースになるほどの一大事件、世界で年に数回あるかどうかの確率。
【……】
「リブラ……変なとこで無言にならないでよ。不安になるよ」
【おぬしよ。邪悪龍に出くわす確率は百年に一度あるかどうかじゃと思うがのう】
「…………」
冷たい甲板と一体化するように寝転ぶライであった。
―――――
「ふう、手ほどきするのがつかれるな」
アマラは部屋へと戻り汗を拭いていた。
「いまの方法でほんとにライが上達するのかしら」
アマラは誰かに教えるというのをやったことがない。師匠の元での修行はいつも実践練習のみ、そのやり方がライに適しているのか不安に駆られる。
「迷っても意味ないか、ウーはこの方法しか知らないしな。師匠がいればこんなことで悩まなかったのに、いや違うか、きっとあの時の師匠もこんな気持ちだったのかな」
アマラが弟子入りを志願したとき師匠はずっと拒否していた。そこを無理やり弟子にしてもらった。きっと師匠も教えることが苦手だったのだ。
「だれか教えるのがうまい人いないかな。まあ、そんな都合よくいくはずないか」
アマラが考えごとをしていると、廊下で騒がしく足音が動き回っているのが聞こえた。
「そっちにいたか」
「いえこっちにはいません」
「なんだ外が騒がしいな。なにかあったのか?」
扉を開けて廊下に顔を出すと、船員たちが誰かを探すように駆けまわっていた。
「船員さん。なにかあったの? これでもウーはハンターだ。力が必要なら手を貸そう」
「ハンターさんか、なら悪いが手伝ってくれ。この船に無断で乗ってる女がいやがるんだ」
「無賃乗船ね」
「そうそう、ほんといやになるぜ。船が再開してから何回目だよ。まったく」
「そんなに多いの?」
「多い、多い。チケットが手に入らないから無断でとか、急いでるからとか、順番ぐらい守ってほしいぜ」
一般の客が乗船チケットを手に入れるのは不可能に近い。何週間も船が動かなかったので大手や偉いさん方のみが乗れているのが現状。アマラたちも事件を解決した功労者ということでハンター協会から乗船チケットを手に入れることが出来ただけ。もしそれがなければ乗船するのにあと一か月は待たなくてはいけなかった状況であった。
「事件が解決すればまた別の事件ね。絶えないものね」
アマラは船員と共に無賃乗客を散策に動いたのであった。




