48 ライと、リブラの関係……
――身体が重い。
窓から涼しい風が室内に入ってきている。もう日は昇り、外からは人々の喧騒が聞こえてくる。ライはバニラの食堂二階のベッドに寝かされていた。
――前にもこんな状況あったな。
ライは重たい身体を起こす。
【おぬし、目を覚ましたようじゃな】
「おはようリブラ……いまどういう状況かな」
ライは寝ていううちに進行した状況の変化をリブラに聞いた。
【どこから話そうかのう】
「アマラとエリィは」
【あの二人は事件の報告をしておるのう。勇者狩りの遺体の処理、プロビデンスを商業ギルドに返還しておる】
「そっか、二人が後始末をしてくれてるんだね。」
ライはうなだれる。本当に聞きたいことをリブラに質問できずにいた。
【おぬしよ。小娘は無事じゃよ】
リブラはライを安心させるように、語り始める。
【九曜は小娘を必要としておるのじゃ。小娘が言っておったであろう。天啓のノインと】
「それがどうしたの」
【天啓、それは至高級のスキルのひとつなんじゃよ。そしてあやつら九曜が魔素を集めるために使っておったアイテム。あれはおぬしが欲しておる星の欠片じゃよ】
至高級のスキル、それは世界に二つとないスキル、世界にひとつしか存在しえない能力。
「それで」
【天啓のスキルは世界にある欲しいものを指し示す能力、つまりあやつらは星の欠片を小娘の能力で探しておるのじゃろう。それにあの様子じゃ、まだまだ小娘の天啓の能力を必要としておるのじゃろうな。だから心配するでない】
ライはリブラの言っていることを信じるしかなかった。そうしなければ心が砕けそうだったから。だがそうわかっていても煮え切らない感情はたまる。
【なんじゃ。おぬしよわれに申したいことでもあるのかえ】
リブラはライの感情がどす黒くなっていくのを感じる。
「……リブラだったらあの状況なんとかできたんじゃないの。前みたいに時間を巻き戻したりしてさ。なんであのとき、僕になにも助言してくれなかったのさ」
何も出来なかった自分、無力感、憎しみの感情を他人にぶつけて自己防衛をする。そんなことでしか心を守れない。
「城のときも、邪悪龍もときも助けてくれたじゃないか、なんで今回はなにもいってくれなかったんだよ」
ライはいつものようにリブラに頼る。
【甘えるでない!! いつでもわれがおぬしを助けると思うな!!】
だがリブラは初めてライに対して声を荒立てた。
【われは所詮、おぬしに取り憑いておるだけ、われはおぬしの保護者でもなんでもない。ただおぬしがそこにいた、そこにわれが取り憑ける場所があっただけ。おぬしとわれはただの他人じゃ】
いままで何でも助けてくれる、優しい言葉で対応してくれる、わからないことがあれば助けてくれたリブラからの突き離す言葉。
【おぬしはなにがしたいのじゃ。われは頼れば何でも解決してくれる不思議の猫型ロボットではないのじゃ。われは現実世界にはいないただの魔物じゃ。結局はおぬし自身の力で問題に立ち向かっていかねばならん。おぬしよ逃げるでない。本当におぬしはいまのままでよいと思っておるのか】
ライもわかっている。もし時間を巻き戻しても結果は同じ。ハルカはいずれ九曜に連れて行かれる。
「リブラ……」
【なんじゃ】
「僕……強くなりたい。人を救える力が欲しい。リブラの力を貸してもらうんじゃなくて、誰かに助けてもらうんじゃなくて、僕自身の手で誰かを救う力が欲しい」
リブラに叱咤激励されて、いままで無意識の内に考えることを避けていた考えを認識させられる。
ライは何度も何度も無力を感じてきた。だがいつも誰かが助けてくれた。でももう誰かに助けてもらうだけじゃなく、自身の力で誰かを助けたいと心の底から願ったのだ。
【それでよいのじゃな。その道は険しいぞえ。おぬしの人生にとって初めての壁じゃ】
リブラはライの心に再度問いかける。
「うん。僕は春香を救いたい。僕はただ生きるためだけに生きたくない」
ただ生き延びるだけの人生、それからの脱却、ライはその殻からいま剥けようとしていた。
【ならばわれも微力ながらライの力になろうぞ】
ライは見えるはずのないリブラの姿が少し見えた気がした。こちらにやさしく微笑む女性の姿を。
「ありがとうリブラ。僕は変わる。変わらなくちゃいけない」
ライの瞳には火が灯った。魂の加重が天秤をわずかに傾ける。
【ライよ。次にあやつらにあったときに一泡吹かせてやるのじゃ】
「うん。そして春香を返してもらう」
ライはコブシを堅く握る。ここでの決心が零れ落ちないように。
【うむ。ライよ、なにもやるにもまずやることがあるのじゃ】
「それは……なに?」
ライは慎重な面持ちでリブラの言葉に耳を澄ます。
【なぁはっは。腹ごしらえをしに参ろうかのう】
だがリブラはいつものように高らかに笑った。そう、いつも一緒にいる魔物が笑うのだ。
「そうだね。腹が減ってはなんとやら。バニラさんに料理を作ってもらいに行こうか」
ライもいつものように肩の力を抜いて笑う。それが二人の関係。ひとりの人間とその人間に取り憑いてる魔物の関係。
ライという人物の描く軌跡はここから大きく動き出そうとしていた。星はひとつで星と呼ばれるが、星座はいくつもの星が連なって形を描き呼ばれるもの。
左右の天秤の秤に乗った、ライとリブラ、天秤に乗る重しは加速度的に増えていく。




