47 九曜が来る、幼き頃の情景……
「魔王って……どうして、僕たちの敵なの!?」
ライは強くハルカを糾弾する。
「てき? なに言ってるのライくん。あたしはライくんの味方だよ? いまもむかしもそれだけは変わらないよ」
ハルカは言い切る。ライの味方、それはどんなことがあっても揺るがない意思を持って。
「アーよ。やめるんだ。言っても聞きとめてくれはしまい。九曜という団体は各地で戦乱を巻き起こしている元凶の集まりだわ。そこをどきなさい。いまここで倒してしまわないと今回のような事件がまたどこかで起きてしまうわ」
アマラは前に立ちふさがるライを退かそうとする。だがライは動かない。
「……はるちゃん……そんな団体から抜ける気はないの」
ライは悲痛な顔をする。ハルカとはもう数年会っていない。だからハルカにどんな心境の変化が起きたのか知らない。でもハルカが人を傷つける姿を見たくないとライは思った。
ライは幼き頃、ハルカに無理やり色んなところへと連れまわされた記憶がたくさんあった。だがライは嫌だとは一度も思っていなかった。なぜならばハルカがライを連れまわしていたのは善意からの行動であったからだ。ライは幼い頃から嫌な出来事に襲われていた。そんな怖い経験をしたライは家に徐々に引きこもるようになっていった。そんなとき外に連れて出してくれたのがハルカであった。塞ぎこんでいたライを明るい世界、晴れ渡る太陽の下に再び案内してくれた恩人、それが春香であった。
「はるちゃんになにがあったか知らない。なんでそんな姿なのか、なんでこの世界にいるのか、何も知らない僕だけど、はるちゃんには傷ついて欲しくない」
ハルカがライのせいで事件に巻き込まれたとき、ライはもうハルカの側に行くのをやめようと思った。自分のせいでハルカが傷つくのをもう見たくなかったからだ。
「ライくん……」
訴えかけるライの言葉を聞いたハルカは、
「うん、あたし九曜やめる」
またもや重要そうなことを気軽に言った。
「えっ……と」
ライはやめるという言葉を聞いて戸惑った。あっさりやめると言ったことが予想外であったからだった。
「うん。もともと九曜に入ったのも元の世界に返るためだし、それもライくんに会うためだから、もう九曜に居る意味ないかなっと思って」
さっきまでハルカの身体中で蠢いていた触手の動きが緩慢になっていく。
「というわけで雌犬さん。あなたと戦うとライくんが悲しむのでここは休戦です」
そしてアマラに向かって指を指してビシッと宣言した。
「あの……これはどうすればいいのでしょうか……」
二転三転とめまぐるしく変わる状況にエリィはどうすればいいのか迷った。
「……ハルカよ。いまは休戦してもいい。その代わりカマラのこと詳しく教えてもらうわよ」
アマラはいまだ抜いた矛を収めずに言った。
「いいよ。でもあたしカーラのことあんまし知らないよ? カーラは秘密主義だから聞いてもなーんも教えてくれないから」
「それでもいい。ウーはカマラのことなら一欠けらでも情報が欲しい」
「ははっ。そんなに知りたいなんて、カーラは雌犬さんになにしたのかな?」
ハルカの好奇心で聞いてきた質問にアマラは、
「カマラは故郷の森と一族を皆殺しにした仇だ」
深い憎しみを込めた声で言う。
「ふーん。思い出した。雌犬さんカーラの双子の姉でしょ? そっかそっか、ブラスカの森の賢狼族ってあのカーラを迫害してた集落のことね」
「ハルカよ。アーもあのときその場にいたのか……」
「いたよ。九曜の大半があの場にいたんんじゃないかな?」
「九曜が関わっていたのね」
「うん。でももともとはカーラが――いまは九曜のズィーベンが願ったことだからね。あたしはあのとき手出しなんかしてないよ。あたし戦闘要員じゃないしね」
「そんなことだれが信じるの。アーはあの場にいた。それだけで十分よ」
アマラはハルカを睨む。
「凄まないでよね。あたしだって好きで九曜に入ってたわけじゃないんだから。あたしはただライくんに会いたかっただけ、そのために九曜にいただけなんだから。いまだってここにいるのはライくんに会えるかもしれないって思って、九曜のみんなに嘘の天啓をついて来たんだから」
唇を尖らせてハルカは文句のように言い放つ。
「ならなんでそこの勇者狩りの首を飛ばしたのよ」
アマラは遺体となった勇者狩りと思しき男を見ながら問う。
「うん。そのときはまだ九曜から抜ける気なかったし、その男が集めた魔素を回収しようかなと思って首飛ばしたの、ほらこれ、この首にあるので魔素を集めてたのよ」
ハルカはそういって足元に転がっていた首を拾い、うなじの部分に埋め込まれていた板状のアイテムを見せてきた。
「このアイテムね。魔素を貯めることが出来るの、九曜は魔素を貯めるのが目的だからさ。このアイテムを使って魔素を世界中からかき集めてるの」
ハルカは板状のアイテムを首からえぐりだし手に持った。
「ねぇはるちゃん。なんで魔素を集めているの?」
ライは板状のアイテムのことが無性に気になったので聞いてみた。
「それはね。九曜が」
「ノイン我らのことを語るその口を開くのはそこまでにしてもらえないだろうか」
そのときライたちの周りにマントを羽織ったものたちが現れた。その人物の登場にハルカは顔を険しくする。
「あれ? どうしてアインスとフィンフがここにいるのかな?」
その者たちは九曜の者であった。
「にゃはは。おれっちにうそはつうようしねぇべよ。おめぇが天啓なんてうそついたから、あとをつけてたんだべ」
ゆらゆらと身体を揺らしているフィンフと思わしき男はハルカのことを怪しんでいたのか、ハルカのことを監視するためにずっと近くで潜んでいたのであった。
「そういうことだノイン。いまならまだ君を許そう。その手の物と先ほど言った九曜から抜けるという発言を撤回するのだ」
顔を銀色のマスクで隠しているアインスはハルカに――ノインに手をさし伸ばす。その様子を見てハルカはため息を吐く。
「あちゃー。うまく騙せたと思ったのになぁ。失敗、失敗」
ちらりとライの様子を一瞥すると、ハルカは一度顔を俯かせた。
「アインス、あたし戻ってもいいけど、ここにいる人には手だししないでもらえるかなぁ?」
「……いいだろう。お前の我侭はいまにはじまったことではないからな」
ハルカは表情が明るい笑顔ではなく張り付いた笑顔、置物のような笑顔をした。
「ごめんねライくん。また会えるから」
ハルカは指し伸ばされていたアインスの手を取る。ライはそんな二人を見ていると不意に心臓の鼓動が高鳴っていく。
「まってはるちゃん」
ライはここでハルカと別れるともう会えない気がした。だから身体が知らず知らずのうちに動いた。アインスに向かって両足を大きく上げて駆ける。しかしアインスに近づこうとした瞬間、側方にハンマーで殴られたような衝撃が走った。衝撃を受けたライの身体は見事に宙に浮き、きりもみに吹き飛ばされた。
「ライくん!!」
「これは正当防衛だべ。あっちから来たんだ。手出しはしてねぇべよ」
フィンフが接近するライに対して衝撃波を放ったのであった。
衝撃波で吹き飛んだライを見てハルカの顔はいまにも泣き出しそうな表情を浮かべる。
「……フィンフ行くぞ。ここに長居する意味も無い」
アインスがそういうと、即座に足元に巨大な魔法陣が形成され、アインス、フィンフ、そしてハルカの身体が消えていく。そして消える間際にハルカはそっとつぶやいた。
「また会えて嬉しかったよライくん」
かすかな声がライの耳元に聞こえた。倒れながらもハルカの姿を見たライは幼き頃の情景を思い出す。ライを庇い、攫われる春香、なにもすることが出来ず、ただ隅で隠れてがたがたと身体を震わせ怯えていたあの頃の自分を。
――僕はあの頃となんにも変わっちゃいない。
無力なままだ……。
薄れゆく意識の中、ライは後悔を胸に刻んだ。




