41 異世界転移の可能性、この世界への憂鬱……
「ほんとにはるちゃんなの?」
「うん。あたし春香、御門春香だよ。やっぱりライくんはあたしを忘れてなんかなったんだね。嬉しい」
ハルカはライにがしりと抱きつく。
「……はるちゃんがなんでこの世界に?」
「あたし?あたしこの世界にもう何年も前に来たの」
ライはハルカの言ったことを思案する。そして推測にたどり着く。自分たち以外にも異世界召喚された人がいたとしてもおかしくないことに。いままでにもライたちのようにこの世界に召喚された者がいても不思議ではないことを。なぜそんな簡単なことをいままで思いつかなかったのかわからなかった。
「ふあぁ。ミイちゃん動かしたら眠くなっちゃったよぉーあたし寝るね。おやすみなさい」
ハルカはあくびをすると周りの目を気にすることなくライに身体を預けて眠りについた。そんな自由気ままなハルカに対して臨戦態勢をとっていたアマラとエリィはライを一瞥する。
「アーよ。これはいったいどういうことなんだ」
「この子は――僕の幼馴染です。こんな姿になっている理由はわからないけど。僕がむかし……護れなかった大切な友達……」
小さいころ目の前で攫われた大切な友達、ただ見ることしか出来なかった僕の罪の象徴。
「……その子は本当にアーの知りあいなのか? 魔物が化けているのではないだろうな?」
アマラはライが言っていることが嘘ではないとわかっていても聞かずには入れなかった。ハルカの背中から現れた触手。それはアマラにとって憎むべき存在と似ている触手。今でも目に焼きついて離れないあの日の惨劇。故郷を――唯一の家族カマラを攫った魔物が操っていた触手と同じに思えてならなかったからだ。
「……わからない。でもこの子は僕の本名を知っていた。誰にも言ってないことなのに……」
ライにもわからない。わかるはずがない。この世界の不可思議な現象のことなど。
無言の空間が広がり、ただ静寂だけがその場にあった。そしてその静寂を割ったのは。
【おぬしよ。その女子はおぬしの幼馴染の御門春香で間違いないようじゃ】
ライにハルカのことを教えたリブラであった。
ーなんでリブラはこの子がはるちゃんだとわかったの?
【簡単なことじゃ。おぬしの記憶に潜ったときからこの女子のことを気にしておったのでな。まさか出会うとはわれも予想外であったがのう】
リブラは暇なとき、ライの記憶の中に勝手に潜っている。そのときにハルカの姿を覗いていた。ハルカの姿はいま目の前で寝ている幼女と瓜二つ――そのときの姿から変わっていなかった。
ーでもなんで成長してないの?
【それはじゃな……われの同胞のせいじゃろう】
ーリブラの同胞?
【うむ。われの同胞に【虚偽】を司る能力の持ち主がおる。その虚偽により存在を騙されつづけておるのじゃろう。この女子はこの世界に転移したときから姿、性格、すべてに変化がないのじゃ。ほんとのハルカという存在をだまし続けられておるんじゃ】
ーつまりはるちゃんはあの頃のまま成長していないってこと?
【そうじゃ。子供の時のまま過ごしておる】
ライは少しだけ合点がいった。はるちゃんの言動はわがままに生きる子供そのもの。むかしにライははるちゃんのわがままに振りまわされた記憶がある。はるちゃんは自分の思い通りに進まなかったらよく癇癪を起こし、ライをポカスカと殴ってくるような子であった。今回の行動も似たようなもので、危険度は数倍になっていたが癇癪をただ起こしてライに攻撃しようとしただけ。まさにハルカは子供である。
ーそれって残酷だよ。
【だろうのう。だがあのクソ羊は相手から望まなければ絶対に力を貸そうとせん性格じゃ】
ーということはこの体質ははるちゃん自身が望んだってこと?
【さあのう。はっきりいってわからん。本人が望むように仕向けた人物がおるかもしれん。まだ幼い子供じゃ。口ずるがしこく唆すことなどたやすかろう】
もし実際にリブラの言うとおり、はるちゃんをこんな姿に誘導した人物がいたらライは許せないだろう。ライは基本面倒ごとが嫌いだ。だがそれは自身が面倒ごとに巻き込まれることが多いから嫌いなのだ。もし周りの人が面倒ごとに巻き込まれているならば嫌気がさす。だからといって救う度胸もない、救う力もない、だからこそ許せない自身がいた。
そんなライの顔が曇りかけていたとき、アマラが不意に話しかけた。
「アーよ。なにかわかったの?」
アマラはライがリブラと会話していることに気づいていたため問いかけた。
「うん。やっぱりこの子は僕の幼馴染だったよ」
「そうか……そのほかにはなにかわかったの?」
「僕も詳しいことはわからないけど。この子は被害者かもしれない」
「……そう……幸せそうな顔で寝てるわね」
「うん」
アマラは臨戦体制を解き。
「少しウーたちは下に行ってるわ。その子のことはお願いね」
部屋から出ていった。
「おねえさま。お待ちになって」
エリィだけがこの場の状況についていけずにただアマラの後を追うだけであった。
ライはハルカと部屋に二人きりになると大きなため息をして。
「ねえ。リブラ。僕はこの世界のことがわからないよ」
声にだして無意味な質問をする。
【それでよい。少しずつわかればよいのじゃ】
リブラはただライの中に存在するだけであった。
ライの心境の変化を受け取っていただけると幸いです。




