32 馴染みの食堂、甘い香りの女……
「今夜はごちそうだー」
アマラはサカナという名前のワームを地面に引き摺りながら、馬車の横を並走していた。サカナは4メートルほどあるにも関わらずアマラは平然と歩いている。アマラが能力的に筋力が優れているからできる芸当であった。
ライはサカナを狩れて嬉しそうなアマラをみてサカナに興味を持った。
「そのサカナってワームは美味しいの?」
ライが聞くとアマラは首をあげて斜めに目線を向けながら応えた。
「好き好みが激しい味かな。肉の匂いに癖があって受け付けない人はとことん駄目だと思う。でもウーは大好き。その癖が噛めば噛むほど旨みが増していく感じかする」
サカナはとても癖のある味である。肉質は歯応えがよく、好みの人は多い。しかし匂いはパクチーのような癖のあるものだった。そのためマニア受けの食材であった。
「なんだ?アーも食べたいのか?うーん。けっこうでかいのが狩れたから少しくらいなら分けてやってもいいぞ?」
「う、うん。少しだけもらうよ」
ライはアマラがくれるという話に乗り気ではなかった。いま目の前でミンチ状になっている生物を食べるのに抵抗があった。しかしアマラの好意を無下に扱うのも悪い気がしたので貰うことにしたのだった。
「美味しい食事屋に提供して捌いてもらうから期待してね」
アマラは自分の好物の物をライに食べさせてあげれると思い、嬉しそうに耳を動かした。
ーうれしそうだな。
ー安易に断らなくてよかった。
【そのおぬしの考えが良い方向に進めばよいのう】
リブラが不吉なことを言い残しながらも、ライ一行は街の門の近くまでたどり着いた。
街の門の前は大がかりに検閲が行われており、検閲待ちの行列が出来ていた。
「ありゃ? なんだろう?」
アマラは検閲が厳重に行われていることを不思議に思った。いつもは街に入る検閲は警備員に街に入る理由をいえば通される簡単なものであった。しかしいま行われている検閲は違った。街に入る人ひとりひとりにボディチェックや馬車の中をまんべんなく調べていた。
ライ一行も仕方なしに検閲の行列に並び順番が来るのを待つことにした。おとなしく半刻ほど並んでいるとやっとライ達の検閲の番が回ってきた。
「このまちにはなんのご用で?」
「船に乗って東タリラーンまで行く予定だ」
警備員が問いかけてきたので、アマラが代表して警備員と話すことにした。そしてアマラと応対していない警備員たちは何かを探すように馬車の中を調べていた。
「船か、悪いがいまは船は全部停船中だ」
「なにかあったの?」
「ああ、あるアイテムが盗まれてな。さらに殺人事件まで多発してる始末だ。そんな状況だからな、船は当分出ないぞ」
「そうか、まあいいよ。出るまで待つことにするからさ」
アマラはそういって検閲を受けていた。馬車を調べていた警備員の人達も調べ終わったのか次の検閲待ちの人へと移動していった。
「異常なしだな。通ってよし」
ライたちは港街へと入っていった。馬車の人に報酬を渡してここで馬車とは別れた。
「このあとどうしょうか?」
ライはこの街に来たことがなかったのでアマラに頼ることにした。
「まずはウーの馴染みの食堂でサカナを調理してもらおう」
「そうだね。それを背負って街中を歩き回るわけにもいかないもんね」
サカナを処理しないことには行動するのに不自由しそうだったのでライはアマラの意見に賛成した。
「よし。行くよ」
アマラはサカナをズルズルと引き摺りながら馴染みの食堂へと足を運び、店の中へ入るとすぐに声をだした。
「バニラさん。またサカナを狩ってきたから調理して」
「おお。アマラじゃないか。またサカナ狩ってきたのかい。ほんとにサカナが好きだねぇ」
バニラと呼ばれた店長らしき人は調理場から出てきて、毎度のことのようにサカナを受けとる。アマラがこの店をよく利用しているのがわかるほどバニラとアマラは打ち解けていた。
「すぐに調理してやるから、テーブルで待ってな」
「毎度ありがとね。あといつも通り、食堂の二階に泊まらせてもらうよ」
アマラはいつもこの港町に寄るとバニラの食堂二階で寝泊まりをしていた。
「別にいいけど、あんたあの部屋は一人部屋だよ。その連れの人はどうする気だい?」
バニラはライがアマラの連れと気づき聞いてきた。
「あー」
アマラは二拍ほど考えたあとにライのほうを向くと。
「アーはウーと相部屋でも問題ないだろう?」
アマラは馬車の中でもライと一緒に過ごしていたので何も気にせずに言った。
「えっ」
ライはどきりとした。ライは女性と相部屋なんてしたことがない。というかデートもしたこともない。女性経験なんて中学生になってから皆無であった。そんなライにとって女性と相部屋などというのは未知の領域であった。
「あ……の……アマラがよければ……」
「よし、ならいいな。バニラそういうことだから気にしないでいいよ」
「はぁ。あんたがそれでいいならいいよ。でもうるさくするんじゃないよ」
バニラは呆れながらも調理場へと戻っていった。
「うるさく?………あっ! バニラなんか誤解していない!」
アマラはことの次第に気付いたのかバニラへと弁明しようとしたがバニラは既に調理をはじめていて聞いてはいなかった。
「……アーよ。ウーに変なことしたらわかってるな」
「は、はい! なにもしません」
「ふぅ。ならいいか。ほら席に座ろう」
【そんな度胸あるならいいのじゃがな】
ーうるさい。
ーリブラは黙っててよ。
ライはリブラと言い合いながらもアマラが待つテーブルへと座る。
「さて、アーも聞いたと思うが船が動かんらしい。今後どうするか話そうか」
アマラはライが座ると今後の方針について話し合おうとしていた。
「なるべくはやく船が動いてくれると嬉しいね」
ライは時間が過ぎればすぎるほど魔核の侵食により寿命が削れていくため船に一分でも早く乗りたかった。
「船の他に向こう側に行ければいいんだけどね」
目的地の東タリラーンへ向かうには今居る港街カイロスからの船以外に基本的に行き方はない。他の街へと行き船に乗る方法もあるが、ここから最寄りの船乗り場までは早くて一週間はかかる距離の場所にしかなかった。そこから船で東タリラーンへ行くのにさらに日にちがかかる。そのため街を出ることは得策ではないとアマラは考えていた。
「そこのあなたたち東タリラーンに行きたいの?」
ライとアマラの会話を聞いていたのか、隣のテーブルの女性のお客が話しかけてきた。女性は髪をキレイに団子にしていて顔は丸顔で愛嬌がある。服装はこの世界の人には珍しいカラフルな服装であった。
「そうだけど、アーはなにか行き方を知ってるの?」
「うーん。船の情報に関連することについてなら知ってるの。あっ自己紹介しておくの。わたしビビット、情報屋なの」
ビビットと名乗った女性からは甘い香りがした。




