30 ライとリブラ、天秤は揺れる……
アマラの故郷に向かうことを約束した日から翌日。
ライはガルドシールの馬車停留所でアマラと待ち合わせをしていた。アマラの故郷の森は東に向かい、一度港街で川を挟んだ反対側を進んだ先にある森なんだそうだ。そのため、港街までの移動は馬車を使い向かうことにしたのだった。
ライはアマラが来るよりも先に馬車停留所で待っていた。ライが約束の時間より早めに到着したのでない。ただ単にアマラが遅刻しているようだった。
ーアマラ来ないね。
ーなにかあったのかな?
【うむ。アマラは優秀なハンターだからのう。街を移動するのにも色々とめんどうなだけじゃろ?】
ライは待ちぼうけをしている間、リブラとおしゃべりをして時間を潰していた。
ーねぇリブラ。
ーそういえばこの間僕の魔術回路の中でやってたことってなんだったの?
【おお、あれか。ふっふっふ、気になるのじゃな?】
ーまあ。
ー少しくらいは。
【いまおぬしに聞こえとるわれの声なんじゃが、いまは魔法で繋がっておるだけだからのう。われの声が無機質にしか聞こえとらんじゃろ?】
ーうん。
ー感情のこもってない人みたいにしか聞こえてないよ。
ーそれがどうしたの?
【ふっふっふ。そんな声をずっと放置する状況をわれがずっと甘んじると思うてか?われも乙女。男性に思われとったなど失礼千万!おぬしよ刮目してわれの声を聞くがよい。そしてわれにひれ伏すのじゃ。なぁはっは】
リブラは待ちわびたときがきたと感情が昂り早口で捲し立てる。
ーうん。
ーおとこって言ったこと根に持ってたのね。
【当たり前じゃ。あのときのわれはどれだけ哀しみの涙を流したことか】
おろおろおろと演技じみた声を出すが、無機質にしか聞こえないので少し不気味さがあった。
ーわかったよ。
ー失礼なこと言ってごめんね。
ライはリブラが少し気の毒になったので軽く謝罪をした。するとニヤリと笑ったかのような感覚を受けて嫌な予感がした。
【うむ。謝るならよい。だかせっかくじゃし、いまその魔術回路をいじった成果をお披露目しようかのう】
ーえっ!? ちょっとまっ
【ではいくぞい】
⏩⏩聖なる乙女の旋律⏩⏩
リブラはライの制止を聞こうともせずに魔術回路を発動させる。ライの身体中に微弱な電流が走る。
ーいま魔術使うと僕の抵抗値がヤバイことになるんじゃないの!?
ー確か抵抗値の残りは1しかなかったような…。
ライは焦った。邪悪竜との戦いで抵抗値は残り1。ライの計算では残り1しかなかった気がしたからだ。そんなときにリブロが魔術を発動したらどうなるか。慌ててステータスを視ようとするライ。
ーオープン
ステータス
天童ライ
クラス:勇者の出来損ない
魔核LV1
HP:105/88
攻撃値:20
防御値:19
敏捷値:23
抵抗値:12
魔術回路:0
スキル:集中・低級
天性才能:無し
状態異常:神々の呪い
ーあれ?
ーステータスが変わってる?
ステータスを視ると、抵抗値が予想より残っており、さらにスキルや能力値が増えてるのに驚いた。驚いてたじろいでいると。
【うふっふっふ。それはね。邪悪龍が星の欠片を所持してたから増えたのよ】
見知らぬ女性の声がライの頭の中で響いた。いままで会話していた相手とは異なる声であった。
ーえっとどちらさんですか?
【ふっふっふ。わからないかしら?貴方の女神様リブラさまよ】
ーえっ!?
ライは困惑した。いままで聴こえていたリブラの声は無機質な声であったのに、いま聴こえてくる声は麗しの乙女のような声質。声を聴いただけでこの女性の人は美人だと感じられるほどに魅惑的な声。そう声だけで男性を手込めに出来るほどの耳障りのよい、安らぎを与えられる声であった。
ーほんとにリブラなの?
【なぁはっは。おぬしのその顔を見れてわれは満足じゃ。どうじゃ? これでもわれのことを男性といえるのかのう?】
さきほどまでとは違い、砕けたしゃべり方で語りかけられてライはハッとして正気に戻る。
ー……参りました。
ーリブラさまは女性です。
ー男性扱いしてすみませんでした。
ー……これでいいの?
【うむ。われの不当な扱いを返上したのなら良しとするかのう】
リブラはライが男性扱いしたのをそうとう根に持っていたようだった。それだけのために魔術回路を弄り、リブラ本来の声を聴こえるようにしたのだった。
ーそれでリブラ……。
ー僕になにか言うことないの?
【うむ? 抵抗値と星の欠片の件かのう? それは邪悪龍の奴が体内に持っておったのをおぬしが吸収したんじゃよ。そのおかげでおぬしの抵抗値はあがったからなんとも運の良いことじゃ】
ーそれだけ?
ー僕の抵抗値が下がるのをわかってて。
ーいま魔術を使ったことをどう思ってるの?
ライは珍しく険悪な顔でリブラに問いかける。ライにとって魔術を使用するのは命を削るのと同義。それを無断で使用したのだ。ライが怒るのも無理はなかった。そのことをわかっていたのにも関わらず場の勢いで魔術を使ったリブラは。
【あっ!? ……えっと……。え~……。すまぬ……】
リブラはおろおろとした。情けない姿のリブラを拝見して、ライは「はぁ」と溜め息を吐き。
ー今回は許すけど。
ー今度からは魔術を使うなら言ってからにしてよね。
【うむ。わかったのじゃ】
ーほんとに勘弁してよね。
ー抵抗値があがってるの知らなかった僕からしたら肝が冷える思いだったよ。
【わかった。わかったわ。魔術を使ったことは謝る。すまぬ。じゃがのう。そもそもおぬしがわれを男扱いしたのが悪いのじゃ】
リブラはまたガミガミとライを攻めたてる。頭の中の魔物は1度も口を停めようとはせずにどれだけ哀しんだか、ライが悪い等と繰り返し言い続けた。頭の中で聞こえる声はまるでどんちゃん騒ぎ。
ーはぁ。
ーいくら声が良くなっても。
ーリブラだから意味ないか……。
【うむ!? おぬしいま聞き捨てならぬことを申さんかったかのう!?】
ー気のせい。
ー気のせい。
ーはっはっは。
【うきぃー。おぬしのくせに、おぬしのくせに】
こうしてライとリブラはアマラが到着するまでずっと仲良く言い合っていました。
ライはふと思う。異世界転移してよかったと。こんな愉快な魔物と出会えたのだから。
どこかで天秤は揺れる。ゆらゆらと。重りの重さを変えて揺れている。ライの楽しい人生の幕開けはここから始まるのかもしれない。神々の呪いを背負いながらも。
これでいったん第一章は終了です。またわたしがふらふらとみなさんの知らぬ間に改稿しているかもしれません。
次回はガンナがライに説明したハンターの内容のまとめ。




